何が変わったかって?
先日他の人のブログを覗いたら、「NHK囲碁講座」(月刊雑誌としてですが)がこの4月号から変わったと言うことが書いてありました。
そう言えば月半ばを過ぎたのでそろそろ4月号の発売時期でもあるので、夕方仕事の帰りに大型スーパーに寄るついでがあったので本屋に行きました。
確かに変わりました・・・まず第一感。
いつもの場所に平積みされているのに一瞬気がつかなかったのですから、これまでのこのテキストの表紙のデザインのイメージが頭に刷り込まれていたのでしょう。
マア、確かにどんな雑誌でも毎月号の表紙がイメチェンしたら混乱を招くはずで、それぞれのイメージを保ちながらも毎月のイメージを表紙に表わす必要があるから難しいのでしょうね。
そういう目的に沿ってデザインしたであろう囲碁講座の表紙が定着していた筈で・・・本屋さんの棚にそのイメージの雑誌があって、○に数字が入っていればその月の雑誌ということは一目了然だったわけで、そういう時期が何年も続いたのでしょう・・・それをマンネリというのかどうか素人にはわかりませんが。
そういう伝統というか、イメージの定着も大事ですが、今回みたいなイメチェンもいつかは必要なんでしょうね。
4月号の表紙は梅沢5段と将棋の矢内理絵子女王・・・お二人が白い服でにっこり。
一見介護雑誌風?イヤ悪い冗談です・・・考えて見れば囲碁的要介護ですから意外とストレートに編集方針を表わしているのかも知れないです(私にとっては)。
「囲碁講座」の文字も従来のゴチックから柔らかな字体に変わって、見た感じはソフトになったと思います・・・なんだか自分のノートにタイトルを書いておいたと言う文字です。
尤も小さく「NHKテレビテキスト」教育テレビ・・・と書いてあります。
ところで今月号からは「小林光一の攻めの構想」
内容についてはこれからひと月かかってゆっくり読むことにします(放送に合わせてという事で)。
ただ、読む前にこういう事をいうのは甚だ失礼でしょうし、レベルの低さを露呈していますが、気分としてはアマ・ザルの攻めと本格派(勿論プロです)の攻めとは相当に違うから、「本格派の攻めとはこういうものだ」というお手本では「従来の攻め講座とはどこが違うのだ?」にならないと良いのですが。
要するに講師が変わっても、入れ替わり立ち替わり似たような話であったり、あるいは素人にはどうもイマイチしっくりしないこともありました。
強くなるための勉強ですから、本格派、正道と言われる道で無くてはいけないのは分かってはいます・・・それは、言葉としては。
しかし分かってはいても、身に着くものが少なかった自分史があるわけで、開き直って自己流でも良いから楽しく打ちましょうと言う感じになっている。
つまりそういう開き直り気分と、正しい道を学ばねばならないと言う事のはざまで揺れているわけです。
どんなものでも王道が最も重要な事は重々承知で、敢えて言ってしまうと、たまにはザルを応援してくれる企画もあっても良さそうに思うのです。
例えば「攻め気分」と来たら、サブタイトルは「取れる石は取ってしまえ」でしょう。
キャッチコピーというか導入部は絶対これです。
勿論こんな乱暴な事だけではいけないわけで、「取れる」というところをきちんと分析・解説してくれるのが先生の腕ということです。
「取る事で優位に立つ方針(つまり捨て石を取らされるのではない)」
「取りに行く事で他方面にひずみが出ない事」
「仮に取れなかった時にバランスが崩れない取りに行き方」
「取りに行く事で(取れなくても)局勢が有利になる事」
「取りそこなう事で劣勢にならな方法、あるいは状況判断」
こういう都合のよい講座は無いものでしょうか。
先崎学さんのエッセイが無いのは寂しいですね・・・これはチョットがっかり。
それから王先生の「ゾーンディフェンス」は終ったのでしょうか?・・・これも好きな講座だったのです。
ともあれ変わって行くのは仕方が無いのでしょう。
ところで初めに戻って表紙・・・これを絵として見る時に、これからもこういうイメージの表紙になるのでしょうか?
すると5月号はどういう風になるのか今から楽しみです。
介護雑誌のイメージが以外と続いたり。
先日他の人のブログを覗いたら、「NHK囲碁講座」(月刊雑誌としてですが)がこの4月号から変わったと言うことが書いてありました。
そう言えば月半ばを過ぎたのでそろそろ4月号の発売時期でもあるので、夕方仕事の帰りに大型スーパーに寄るついでがあったので本屋に行きました。
確かに変わりました・・・まず第一感。
いつもの場所に平積みされているのに一瞬気がつかなかったのですから、これまでのこのテキストの表紙のデザインのイメージが頭に刷り込まれていたのでしょう。
マア、確かにどんな雑誌でも毎月号の表紙がイメチェンしたら混乱を招くはずで、それぞれのイメージを保ちながらも毎月のイメージを表紙に表わす必要があるから難しいのでしょうね。
そういう目的に沿ってデザインしたであろう囲碁講座の表紙が定着していた筈で・・・本屋さんの棚にそのイメージの雑誌があって、○に数字が入っていればその月の雑誌ということは一目了然だったわけで、そういう時期が何年も続いたのでしょう・・・それをマンネリというのかどうか素人にはわかりませんが。
そういう伝統というか、イメージの定着も大事ですが、今回みたいなイメチェンもいつかは必要なんでしょうね。
4月号の表紙は梅沢5段と将棋の矢内理絵子女王・・・お二人が白い服でにっこり。
一見介護雑誌風?イヤ悪い冗談です・・・考えて見れば囲碁的要介護ですから意外とストレートに編集方針を表わしているのかも知れないです(私にとっては)。
「囲碁講座」の文字も従来のゴチックから柔らかな字体に変わって、見た感じはソフトになったと思います・・・なんだか自分のノートにタイトルを書いておいたと言う文字です。
尤も小さく「NHKテレビテキスト」教育テレビ・・・と書いてあります。
ところで今月号からは「小林光一の攻めの構想」
内容についてはこれからひと月かかってゆっくり読むことにします(放送に合わせてという事で)。
ただ、読む前にこういう事をいうのは甚だ失礼でしょうし、レベルの低さを露呈していますが、気分としてはアマ・ザルの攻めと本格派(勿論プロです)の攻めとは相当に違うから、「本格派の攻めとはこういうものだ」というお手本では「従来の攻め講座とはどこが違うのだ?」にならないと良いのですが。
要するに講師が変わっても、入れ替わり立ち替わり似たような話であったり、あるいは素人にはどうもイマイチしっくりしないこともありました。
強くなるための勉強ですから、本格派、正道と言われる道で無くてはいけないのは分かってはいます・・・それは、言葉としては。
しかし分かってはいても、身に着くものが少なかった自分史があるわけで、開き直って自己流でも良いから楽しく打ちましょうと言う感じになっている。
つまりそういう開き直り気分と、正しい道を学ばねばならないと言う事のはざまで揺れているわけです。
どんなものでも王道が最も重要な事は重々承知で、敢えて言ってしまうと、たまにはザルを応援してくれる企画もあっても良さそうに思うのです。
例えば「攻め気分」と来たら、サブタイトルは「取れる石は取ってしまえ」でしょう。
キャッチコピーというか導入部は絶対これです。
勿論こんな乱暴な事だけではいけないわけで、「取れる」というところをきちんと分析・解説してくれるのが先生の腕ということです。
「取る事で優位に立つ方針(つまり捨て石を取らされるのではない)」
「取りに行く事で他方面にひずみが出ない事」
「仮に取れなかった時にバランスが崩れない取りに行き方」
「取りに行く事で(取れなくても)局勢が有利になる事」
「取りそこなう事で劣勢にならな方法、あるいは状況判断」
こういう都合のよい講座は無いものでしょうか。
先崎学さんのエッセイが無いのは寂しいですね・・・これはチョットがっかり。
それから王先生の「ゾーンディフェンス」は終ったのでしょうか?・・・これも好きな講座だったのです。
ともあれ変わって行くのは仕方が無いのでしょう。
ところで初めに戻って表紙・・・これを絵として見る時に、これからもこういうイメージの表紙になるのでしょうか?
すると5月号はどういう風になるのか今から楽しみです。
介護雑誌のイメージが以外と続いたり。