先日訪れた法性寺、その裏から続く名越の切り通し
季節は菜の花から・・・
桜に変わりつつありました。
この桜は「玉縄桜」といい、大船植物園で育成された、早咲きのご当地品種です。
切り通しは鎌倉の松葉ケ谷へと通じています。
現在の住所では鎌倉市大町になります。
ほどなくして横須賀線の線路脇に出ました。
細い路地の脇に、本当にひっそりとありました~!
「日蓮乞水」です。
この竹板の下に井戸があります。
龍神様がお守りになっていました。
700年以上経った今も、水が湧き続けているそうです。
名越の切り通しを越えて松葉ケ谷に来られた日蓮聖人、のどがカラカラになってしまったのですが、周囲に川は見当たりません。
もちろん、鎌倉の誰一人として日蓮聖人のことを知らないので、水を頂けるアテもありません。
今でこそ、どこにでもコンビニや自販機がありますが、鎌倉時代のことですからね・・・難儀したと思われます。
そこで日蓮聖人が地面に杖を刺したところ、地下水が湧き出てきたそうです。
これが「日蓮乞水」となりました。
「おんめさま」大巧寺のお上人の名前が刻まれていました。
大巧寺さんがこのご霊跡を管理しているんでしょうか?
ほんとうにご苦労様です。
ちょっと歩けばもう松葉ケ谷の古刹、長勝寺が見えます。
松葉ケ谷に構えたご草庵からほど近いこの場所にある井戸ですから、日蓮聖人は生活の水として汎用されたと想像します。
横須賀線の名越踏切に、このご霊跡の場所を示す法塔がありました。
「日蓮水」って刻んでありました。
日蓮水はこんこんと、しかし途切れなく湧き続け、干ばつでも水量は変わらなかったそうです。
思い返してみると、これまで廻ってきたご霊跡の多くが、水に関するものでした。
雨乞いのご霊跡、御硯水、三浦半島の滝・・・などなど。
日蓮聖人は水をいざなう、もしかしたら水を自由にコントロールできる能力があったのかもしれません。
同時に鎌倉時代、水がいかに貴重であったかを思い知らされます。
水の拠点を作ることは、庶民の信頼を得る助けになったのでしょうね!!