隣に住んでた若い女性、引っ越ししはったみたいやわ。
彼氏がおったさかい、やっとこさ同棲することになったか、結婚でもすることになったんやろか。
まあなんにしろ、良かったわ。
俺の部屋の隣は、事故物件やさかい。
2011年の六月に、俺のおる隣で、自ら命を絶ちはってん。
日曜日には必ず布団を外に干す生真面目な若い男性やった。
ずっとずっと働きながら静かに暮らしてる人やった。
何が彼を壊したんやろな。死ぬちょっと前から、独り言みたいな、喚く声が夜中にも聴こえてきて、よく午前三時頃にも声を振り絞るようにミスチルのトゥモローネバーノーズっちゅう曲を大声で歌ってはった。
何が彼の繊細な心を、壊したんやろ。
死ぬ間際は、どんなに辛かったやろ。
もう彼は、この世には存在しない。
俺の隣で生きていた、彼の死ぬ瞬間にも、俺は薄い壁一枚隔てた此方側で、寝とったわ。
その頃、変に身体が重くて寝たきりになってた。
今想えば、エンパスかなんかとちゃうかと俺は想ってる。
共鳴ってゆうのかな。
俺は彼と死を共鳴してたと想いたいけど、彼が死んだあとは、俺は妙にすっきりとした気持ちで、イアン・ブラウンをガンガンにかけてたら、夜にな、ピンポンて鳴ってん。
それも下のオートロックやのうて、上のドアのピンポンやったさかい、俺は怖くなってな。
何べんも何べんもピンポン鳴らすから、震えながら覗き窓で覗いたらば、どうやらなんか、警察か何かの制服を着た人で、ドアを開けたら警官が立っていて、その後ろには、おばちゃんが立っとった。
警官は俺に、隣の人と何日も連絡が取れないのですが、何か心当たりはありませんか?と尋ねた。
俺はそれはそれは吃驚して、必死に知らないということを伝えた。
後ろからおばちゃんが、すいませんねえと申し訳なさそうに謝った。
警官は、もしドアが開かなければここの部屋のベランダから入らさせて貰ってもいいですかと言った。
俺は、はいと答えてドアを閉めたら急いで散らかった部屋を片付けた。
そして片付けていると、ドアがやっと開いたような大きな物音がして、俺は廊下に行ってドアに聞き耳をたてた。
その瞬間、ものすごい泣き崩れるような叫び声のあとの咽び泣く声が聞こえてきた。
あのおばちゃんの声や。彼のお母さんが、大声で泣いている声。
あかんかったんか……俺は怖くて身体の震えが止まらんかった。
俺の隣で、死んでたんか……あの彼が。
ドアの外には彼のお父さんもおるみたいで、そのお父さんが泣き喚く彼のお母さんを下の階に引き摺るようにして急いで連れてゆく音が聞こえた。
そのあと、何かを運び出すような音や警官たちの話し声やらで共同廊下は騒々しかった。
そのなかから、彼のお父さんが彼の弟らしき人物に電話をかけている声が聞こえた。
あんな、落ち着いて聴きや。○○○な、自ら命を絶った……。
その言い方は、人間の命の呆気なさを、この上なく表しているような言い方やった。
彼の父親のその言葉自体が、変に呆気なかった。
涙を堪えながら言っているのはわかった。それなのに、自分の息子が自ら命を絶つという最悪な悲劇を伝える言い方としては、変に軽い言い方やなと想った。
お母さんは泣き崩れていたが、お父さんは冷静で、こんなときに誰かと仕事の話もしていた。
そして騒々しさはなくなり、また静かな廊下に戻って、俺の部屋の隣には、事故物件、ただそれだけが残った。
何年経っても、事故物件。彼が俺の隣で自ら命を絶った部屋。
また誰かが、一人で住むんやろ。
彼の部屋を、ベランダから覗く夢を見たことがある。
その部屋は、暖かい色合いのランプに照らされたとても居心地の良さそうな部屋だった。
嗚呼こんな部屋で彼は暮らしてたんや。
彼の部屋を覗けた俺はすごく嬉しかった。
あの空間は、俺が此処を離れてからも俺の隣に在り続ける。
彼が存在している空間。
もう此処には存在しない彼の空間。
彼氏がおったさかい、やっとこさ同棲することになったか、結婚でもすることになったんやろか。
まあなんにしろ、良かったわ。
俺の部屋の隣は、事故物件やさかい。
2011年の六月に、俺のおる隣で、自ら命を絶ちはってん。
日曜日には必ず布団を外に干す生真面目な若い男性やった。
ずっとずっと働きながら静かに暮らしてる人やった。
何が彼を壊したんやろな。死ぬちょっと前から、独り言みたいな、喚く声が夜中にも聴こえてきて、よく午前三時頃にも声を振り絞るようにミスチルのトゥモローネバーノーズっちゅう曲を大声で歌ってはった。
何が彼の繊細な心を、壊したんやろ。
死ぬ間際は、どんなに辛かったやろ。
もう彼は、この世には存在しない。
俺の隣で生きていた、彼の死ぬ瞬間にも、俺は薄い壁一枚隔てた此方側で、寝とったわ。
その頃、変に身体が重くて寝たきりになってた。
今想えば、エンパスかなんかとちゃうかと俺は想ってる。
共鳴ってゆうのかな。
俺は彼と死を共鳴してたと想いたいけど、彼が死んだあとは、俺は妙にすっきりとした気持ちで、イアン・ブラウンをガンガンにかけてたら、夜にな、ピンポンて鳴ってん。
それも下のオートロックやのうて、上のドアのピンポンやったさかい、俺は怖くなってな。
何べんも何べんもピンポン鳴らすから、震えながら覗き窓で覗いたらば、どうやらなんか、警察か何かの制服を着た人で、ドアを開けたら警官が立っていて、その後ろには、おばちゃんが立っとった。
警官は俺に、隣の人と何日も連絡が取れないのですが、何か心当たりはありませんか?と尋ねた。
俺はそれはそれは吃驚して、必死に知らないということを伝えた。
後ろからおばちゃんが、すいませんねえと申し訳なさそうに謝った。
警官は、もしドアが開かなければここの部屋のベランダから入らさせて貰ってもいいですかと言った。
俺は、はいと答えてドアを閉めたら急いで散らかった部屋を片付けた。
そして片付けていると、ドアがやっと開いたような大きな物音がして、俺は廊下に行ってドアに聞き耳をたてた。
その瞬間、ものすごい泣き崩れるような叫び声のあとの咽び泣く声が聞こえてきた。
あのおばちゃんの声や。彼のお母さんが、大声で泣いている声。
あかんかったんか……俺は怖くて身体の震えが止まらんかった。
俺の隣で、死んでたんか……あの彼が。
ドアの外には彼のお父さんもおるみたいで、そのお父さんが泣き喚く彼のお母さんを下の階に引き摺るようにして急いで連れてゆく音が聞こえた。
そのあと、何かを運び出すような音や警官たちの話し声やらで共同廊下は騒々しかった。
そのなかから、彼のお父さんが彼の弟らしき人物に電話をかけている声が聞こえた。
あんな、落ち着いて聴きや。○○○な、自ら命を絶った……。
その言い方は、人間の命の呆気なさを、この上なく表しているような言い方やった。
彼の父親のその言葉自体が、変に呆気なかった。
涙を堪えながら言っているのはわかった。それなのに、自分の息子が自ら命を絶つという最悪な悲劇を伝える言い方としては、変に軽い言い方やなと想った。
お母さんは泣き崩れていたが、お父さんは冷静で、こんなときに誰かと仕事の話もしていた。
そして騒々しさはなくなり、また静かな廊下に戻って、俺の部屋の隣には、事故物件、ただそれだけが残った。
何年経っても、事故物件。彼が俺の隣で自ら命を絶った部屋。
また誰かが、一人で住むんやろ。
彼の部屋を、ベランダから覗く夢を見たことがある。
その部屋は、暖かい色合いのランプに照らされたとても居心地の良さそうな部屋だった。
嗚呼こんな部屋で彼は暮らしてたんや。
彼の部屋を覗けた俺はすごく嬉しかった。
あの空間は、俺が此処を離れてからも俺の隣に在り続ける。
彼が存在している空間。
もう此処には存在しない彼の空間。