蛍の川

 蛍がたくさん見られるところがあるというので、京都の北、岩倉の方へ行って来た。
 通りから遠ざかるように川沿いを歩いて行くと、闇が濃くなるにつれて、二つ三つ、五つ六つと、川面に幻想的な緑色の明かりが灯り出した。街灯の光を避けるように、木々の陰や草むらに、蛍の数は増えていく。しばらく行くと、川の土手が少し開けたような場所があって、そこに、いくつもの蛍が、ふわふわと光の尾を引くように、飛び交っていた。蛍の乱舞とまではいかないけれど、たとえば蛍の名所として知られる哲学の道なんかよりも、たくさん飛んでいた。
 たよりげない光の粒が、ぼうっと明滅しながら、ただ静かに闇を舞う光景は、なんとも、浮世離れしているように感じられる。もっとも蛍にとってみれば、雄と雌のあいだで光の言葉を交わすこの夜は、まさに浮世そのものであるはずなのだけれど。
 蛍を捕まえて、かごに入れている子供がいた。子供の手の中で、二つほどの明かりが、ゆっくりと瞬いている。
 一緒に蛍を見に来た人たちは、可哀相に、捕まえるなんて酷い、放してやればいいのに、と怒っていたが、私は曖昧に相槌を打って、黙っていた。
 子供の頃、海でキャンプをしたときに、星の降るような砂浜で、一匹の蛍を捕まえた。ビニール袋に入れて枕元に置いておいたら、明かりを消した車の中で、弱々しい光を放っていた。
 袋に空気穴をあけておいたのに、次の朝に蛍は死んでいた。胸の上で足を折りたたんで、袋の内側をつるつると滑った。朝の明るい光の中に、蛍はただの甲虫となった哀れな姿を晒していた。とても悪いことをしたと思った。なんて儚い虫だろうと思った。
 あの子供も、家に帰る前に、蛍を夜の闇に逃がしてやっていればいいのだけど、と思う。
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )