金木犀と銀木犀

 朝ベランダに出たら、雨の降りそうな低い空に押し込められた重い空気に、金木犀の甘い匂いが充満していた。
 昨日までは気がつかなかったのだが、今朝、いっせいに花開いたのだろうか。それとも、風の強さや向きで、今までは匂いが届いて来なかったのだろうか。
 表に出てもやっぱり金木犀の香りがあふれていて、どうやら家の周り一帯は、花の香りに包まれているようだった。
 どこに木があるのだろうと目で探すと、向かいの公園の木々の中に、割合に大きな、丸いきれいな形の金木犀の木が見つかって、深緑の葉っぱの上に、橙色の小さな花が、星屑を散りばめた小宇宙みたいに咲いていた。それがあたりを匂わせているらしかった。
 家の庭にも金木犀らしい小ぶりの木が幾本か生えている。らしいというのは、葉の感じから見て金木犀だとは思うのだけれど、ここへ引っ越してきた年の秋(去年の秋)には花をつけなかったので、確信を持てずにいたのである。
 その木も咲いているかもしれないと思って、庭へまわってみた。果たして、期待通りに小さな花がほろほろとこぼれるようについていたけれど、花の色はオレンジ色ではなくて、薄い黄色だった。金木犀だと勝手に思っていたが、銀木犀だったらしい。
 引っ越す前の家の庭には、銀木犀の大きな切り株があった。もとは立派な木で、毎年秋には花が咲いて上品な香りを漂わせていたそうだけれど、大きくなりすぎて根っこが裏の家にまで伸びてしまったために、前に住んでいた人が切り倒したのだと、隣の小母さんが教えてくれた。本当にいい匂いがしてね、と小母さんが残念そうに言うので、私もなんとも惜しいような気がして、切り株から伸びている数本のひこばえにいつか花がつかないかしらと期待して待っていたけれど、結局私たちが住んでいるあいだには無理だった。
 銀木犀の香りは金木犀よりも控えめだというので、どんな匂いなのだろうと花のついた枝に顔を寄せてみたけれど、そこに漂っている匂いが、銀木犀のものなのか、それとも公園の大きな金木犀から流れてきたものなのか、よくわからなかった。
 秋を深める短い雨が降って、頼りなげな木犀の花たちが落ちてしまわないかしらと心配したけれど、雨のあがった夜、花の姿は見えないけれど、空気はやっぱり甘い匂いで満たされていたので安心した。


※この文を書いた次の日に、もう一度庭へ出て見たら、うちにある木もやっぱりオレンジ色の花で、銀木犀ではなく金木犀でした。曇り空のせいだったのか、なぜ薄黄色に見えたのか不思議です…
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