幻のアケビ

 子供の頃、山歩きの好きな父に連れられて、よく北山や滋賀の比良山系の山へ家族で登りにいった。もともとが怠け者なので、山を登ること自体にはたいして喜びは感じなかったけれど、森の中で木の実を拾ったり、きれいな石を探したりするのは大好きだった。とくに、木苺や椎の実、シバ栗、胡桃など、食べられる木の実を見つけるとわくわくした。そういった山の幸は、お店で売っているきれいな果物やお菓子なんかに比べたら、たいして美味しいわけでもないのだけれど、珍しいことのほかに、落ち葉に埋まったイガを探したり、高い枝についた胡桃を竿で取ったり、採取するところから面白くて、苦労したり工夫したりしてついには手に入れることが出来ると嬉しく、家に持ち帰ってみんなで楽しく食べた。
 あるとき父が、アケビって知ってるか、と聞いた。ツル植物で、とても甘い実がなるんだ。子供のときに食べたことがあるけど、美味しかったなあ。その話を聞いて、ぜひともその甘くて美味しいというアケビを食べたくなった。もう一度アケビを食べてみたい父も一緒になって、みんなで探しはじめた。林の中に目を凝らして、木の幹に蔓が這ったり巻きついたりしているのを見つければ、アケビじゃないかしらと疑ったが、アケビはなかなか見つからなかった。
 比良山の登り口近くの、林道を歩いているときだった。砂利道の上に、ぱっくり開いたこぶしくらいの大きさの紫色の実が落ちていて、父が、あっ、アケビ、と言った。はじめて見るアケビは、なんだか異様な形に思えた。きっと近くに木があるに違いないと思って、林道を外れて林の中に少し分け入ると、とうとうアケビの蔓が見つかった。
 しかし、少し遅かったらしい。実はすべて開いて落ちてしまっていて、どの実も真ん中のつぶつぶしたところには、小さな蟻がたくさんついていた。蟻も好きなのだからよっぽど甘いのだろう。もう数日早く来ていればと思うと、悔しくて、ますますアケビへの憧れが増した。
 その次の年に、頃合を見計らって同じ場所を訪れたのか、それとも別の山で見つけたのか、忘れてしまったのだけれど、その後、ついにアケビを食べることが出来た。が、やっと手に入れたアケビは、それほど甘くもなく、食べる部分はほとんどが小さな種ばかりで、勝手に羨望して思い描いていたものとは程遠く期待はずれだった。父も、昔は今みたいに美味しいものが少なかったから、あんなに美味しく感じたのかな、と拍子抜けしたようだった。それ以来、もうみんな、アケビアケビと探さなくなった。
 最近、スーパーなどで、ときどき結構な値段のついたアケビがパックに入って売られているのを見かけるが、買おうとは思わない。山の中で、自分で探して見つけて食べるから、楽しいし、美味しいのである。



※絵のアケビは、大原で飾り用に売っているのを見つけて買ってきました。スケッチしたあと食べてみましたが、やっぱり昔と同じような、少し水臭い葡萄のような不思議な味がしました。
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