私の財布に、お守りがふたつ、入っています。
まったく同じものだけど、ひとつは37年前のもの。
そしてもうひとつは、去年のもの。
秋篠寺のお守りです。
秋篠寺は、日本でたった一体だけ、
芸事の神様である、
技芸天の像が残っているお寺です。
37年前。
大昔です。
すべてを捨ててでも、役者になりたい、
と思いつめていた高校生がいました。
そして家族旅行で奈良に出かけたとき、
秋篠寺で、そっと、願掛けをしました。
「役者になれますように・・・」
そして、願いをこめてお守りを買って、
自分の財布にそっと滑り込ませました。
3月というのに、雪のちらつく寒い日でした。
しかし現実では、
すべてを捨てるなんて、できよう筈もなく、
高校生は、普通に大学に行きました。
芝居の道は、すっぱりあきらめたつもりでした。
それでも、このお守りだけは捨てられず、
お財布を替えても、
そのたびに深いところに忍ばせていました。
それから37年(トシがバレる・・・)
去年のこと。
仕事で奈良に行った娘が、
お守りを買ってきてくれました。
「芸事のお守りだから、ぴったりでしょ」 と。
「・・・・・」
息を呑みました。
・・・同じお守り・・・。
明らかに新しくてきれいだけれど、
間違いなく、同じお守り。
若い頃、それこそ人生を捨てるくらいの思いで、
芝居への夢を捨てた。
あの当時と同じお守りが、今度は娘の手にありました。
「ちょっと待ってて!」
と、今度は私が、
財布から、お守りを出して・・・、
不思議な縁で、
37年を越えて、
新旧ふたつの、同じお守りが並びました。
芝居の道をあきらめた高校生は、
その後、紆余曲折を経て、
結局、役者になりました。
ちっぽけな無名の役者だけれど、
でも役者は役者。
夢は叶ったといえます。
もしかしたら、
どうしても捨てられずに持ち続けた、このお守りに、
私の願いが届いたのかも。
神も仏も信じない私が、ちょっとそんな気持ちになりました。
今では芝居をすることが当たり前になって、
お守りも、財布の中で忘れ去られていました。
いかんいかん。
泣く泣く芝居をあきらめた、若い頃もあったんだ。
今の幸せを忘れたら、バチが当たるぞ。
ふたつになったお守りは、
今度は「初心忘れるな」のお守りにするつもりです。
さぁて、っと!
2倍にパワーアップしたお守りに負けるなよ!