昨日、面白い話を聞きました。
私の友人の1人が、
専門学校で、論文の添削をやっています。
といっても、教壇に立っているのではなく、
とある資格取得系の学校の、
下請けをやっているのです。
つまり、その学校は、
先生にとって、一番面倒な論文添削だけを、
食えない若手の研究者に丸投げしてるんですね。
だから、彼女は家で、
送られてきた論文を1枚いくらで添削して、
学校に送り返すワケです。
バイト代はかなり安いようですけど、
「食えない研究者」には、
家でできることもあり、
ありがたいバイトのようです。
その彼女いわく、
「どんな論文を書いてくるかは、名前を見ればわかる」
って言うんです。
といっても、姓名判断じゃないですよ。
「下手でも主張のある字を書く子は、
論文の内容も、しっかり自分の考えを書いている」
「字がきれいでも、訴えてこない字を書く子は、
論文の内容も、自分の考えが入っていない」
のだそうで、
それも、文章じゃなくて、
自分の名前を書いたときに、
一番現れるのだとか。
字が訴えかけてくる、っていうのが、
いかにも国文学の研究者っぽいと思いますが、
自分の名前って、一番慣れているから、
何も考えずに書くし、
それだけに、
一番自分が現れるのかもしれません。
芝居でも、きちんと主張できれば、
少々荒削りでも、ちゃんと客席に伝わってきます。
反対に、問題なくこなしているのに、
観る側の心が、ぜんぜん動かない役者さんもいます。
芝居の場合は「役」というクッションがあるから、
自分の名前とは違うけど、
きちんとしたものを心に築いていれば、
おのずと主張は見えてくるのでしょう。
これから、人の名前を見るとき、
もっと気をつけて見てみようかな。
おっとっと。
その前に自分の名前はどうなんだ?
汚いけど主張もないね~、なんて、
言われないようにしなくちゃね
私の友人の1人が、
専門学校で、論文の添削をやっています。
といっても、教壇に立っているのではなく、
とある資格取得系の学校の、
下請けをやっているのです。
つまり、その学校は、
先生にとって、一番面倒な論文添削だけを、
食えない若手の研究者に丸投げしてるんですね。
だから、彼女は家で、
送られてきた論文を1枚いくらで添削して、
学校に送り返すワケです。
バイト代はかなり安いようですけど、
「食えない研究者」には、
家でできることもあり、
ありがたいバイトのようです。
その彼女いわく、
「どんな論文を書いてくるかは、名前を見ればわかる」
って言うんです。
といっても、姓名判断じゃないですよ。
「下手でも主張のある字を書く子は、
論文の内容も、しっかり自分の考えを書いている」
「字がきれいでも、訴えてこない字を書く子は、
論文の内容も、自分の考えが入っていない」
のだそうで、
それも、文章じゃなくて、
自分の名前を書いたときに、
一番現れるのだとか。
字が訴えかけてくる、っていうのが、
いかにも国文学の研究者っぽいと思いますが、
自分の名前って、一番慣れているから、
何も考えずに書くし、
それだけに、
一番自分が現れるのかもしれません。
芝居でも、きちんと主張できれば、
少々荒削りでも、ちゃんと客席に伝わってきます。
反対に、問題なくこなしているのに、
観る側の心が、ぜんぜん動かない役者さんもいます。
芝居の場合は「役」というクッションがあるから、
自分の名前とは違うけど、
きちんとしたものを心に築いていれば、
おのずと主張は見えてくるのでしょう。
これから、人の名前を見るとき、
もっと気をつけて見てみようかな。
おっとっと。
その前に自分の名前はどうなんだ?
汚いけど主張もないね~、なんて、
言われないようにしなくちゃね
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