雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(77」
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/187(2020/9/16/水】そういえば「等々力渓谷」はどうなっているんだろう、30年前に行ったときは随分ドブ臭かったけれど・・・ということで行ってきました、だって多動児なんだもん。
<東京都指定名勝 等々力渓谷/世田谷区
等々力(とどろき)渓谷は、武蔵野台地の南端に位置しており、この台地面を谷沢川が浸食して形成された延長約1キロメートルの東京23区内唯一の渓谷(開析谷)です。
東急大井町線の等々力駅から南に歩いて3分ほどの、谷沢(やざわ)川に架かるゴルフ橋(東急のゴルフ場があった名残)脇の階段を下りると、下流に向かって谷沢川沿いに散策路があります。
夏でもひんやりとした渓谷内はケヤキ、シラカシ、コナラ、ヤマザクラなどの樹木が鬱蒼と茂り、川のせせらぎや野鳥の声が聞こえ、渓谷のいたる所から水が湧き出ています。
散策路を下流に進み、環状8号線にかかる玉沢橋をくぐると、古墳時代末期から奈良時代の頃の横穴墓(よこあなぼ)である等々力渓谷3号横穴があります。
さらに渓谷南端には、桜の名勝として知られる等々力不動尊があります。不動尊から渓谷に下りた所に不動の滝があり、古来から今日まで滝に打たれて行をする人々が各地から訪れています。
等々力の地名は、渓谷内の不動の滝の音が響き渡り轟いたところからついた、との言い伝えがあります。
谷沢川には平成6年より仙川浄化施設(多摩川水系の上流)からの導水が始まり、水質の改善がおこなわれました。また、等々力渓谷には約30箇所以上の湧水が発生し、一部には窪地に集まって湿地を形成しています。
谷沢川の水質は、ゴルフ橋から下流に行くにしたがって改善されていることから、この谷沢川に流れ込む湧水が、水質や水量の維持に大きく寄与していることがうかがえます>
チャリで多摩川右岸を下り、二子多摩川へ渡って左岸をさらに下って第3京浜の下をくぐって行くと左に広い上り坂がある。えっちらおっちら愛車を押し上げていったが、丘陵は戸建ての家やマンションだらけで森らしきものが見えない。
さらに坂を登れば低血糖と脱水症状でヘロヘロになり、行旅死亡人として官報デビューしかねない。
「本籍・住所・氏名不詳、推定年齢70歳前後の男性、身長155cm位、長髪。胃切除創痕、左足膝蓋骨手術創痕、奥歯なし。着衣は、緑色ポロシャツ、茶色半ズボン、ウォーキングシューズ。所持品なし。
上記の者は、令和2年10月14日に東京都世田谷区の多摩川河川敷草叢で死体で発見されました。死亡年月日は死後1か月程度と推定され、身元不明のため火葬に付し、遺骨は保管してあります。心当たりの方は、世田谷区保健福祉課福祉係まで申し出てください」
誰か引き取ってくれるのかなあ、「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂」・・・先人は立派だったが、小生は「なさず、なせず、遺さず」ただの溝(どぶ)で朽ちるという最後か。まあ刑死よりはマシだが・・・
それはさておき、体力が残っているうちに帰るしかないと下り坂の横道に入って暫く行くと、人の手の入っていない小さな森がある。神社でもあるのかなあと未舗装の狭くてゆるい坂を登って行ったら、何と「等々力不動尊」だった。
何気なく紅灯篭を見たら寄進者に「等々力の叔母さん」(父の妹)の嫁ぎ先の名があったのは、叔母さんが小生を導いてくれたのかも。バブル崩壊でここ30年は行方知れずだが・・・呆然としていたら別の小道からハーハー言いながら若いカップルが登ってきた。「そうか、ここは渓谷の一部なんだ、ついに発見した!」。
しかし、もう体力は限界で、志半ばにして断念、ヘロヘロになって帰路についたのであった。ああ青春は麗し、されど悲しき・・・そんな気分。因みに多摩川右岸の川崎市側にも等々力があり、等々力競技場など運動施設がある。明治末まで同じ「等々力村」だったという。
しつこい、やり残したくない、極めたい、老いてますます嫌らしいほど粘着質になっていくようで、昨日は夜も明けやらぬ早朝から地図まで作って再挑戦した。
緑の風も爽やかに、握るハンドル、心も軽く、老生ながら「戦狼」(戦老)気分でペダルを踏んで1時間、着いた所が小さな“正門”(環8沿い)。
間違えたのかとうろうろしたが、どうも正門らしい。我が家の駐車場、6畳ほどの狭さで、ナンカナーの気分。
手摺のない、これまたナンカナーの階段を慎重に降りていくと、空が見えないくらいに鬱蒼と背の高い木が覆い、何やら心細くなってきたが、犬2匹と散歩しているお姉さんを見たときはホッとした。午前8時、人気はないのは当たり前か。
降りたところが渓流沿いの遊歩道。鼻をクンクンしてみたらかつてのドブの悪臭はなく、水は澄んでいるし、きれいに掃除されている。土砂崩れ対策はしているのだろうが、20メートルほどもあろうか、両岸の崖は自然のまま。奥の方に進んでいくとまったく「深山幽谷」の趣。
ロングスカートのお姉さんが遊歩道のベンチで本を読んでいる。彼女はドラマのヒロインの気分に浸っているようだ。「お嬢さん、藪蚊に気を付けた方がいいですよ」と声をかけたくなったが、無粋な爺さんとは見られたくないから我慢した。「よく我慢した、自分で自分を誉めてやりたい」、まだ正気が残っているか。
とても気持ちがよく、流れに沿って巡ると小さな「谷沢橋」に出た。そこは前述の「小さな森」の横だった。ここから渓谷に入れば坂を延々と登らなくても手軽に「深山幽谷」を楽しめる。大発見!(駐車場がないので秘密にしているのだろう)この先で流れは多摩川方向と二子多摩川方向に分かれていく。
まあ「深山幽谷」と書いたものの、狭い日本だから「圧倒的な迫力で迫る」大パノラマというわけにはいかず、箱庭的な「美」なのだ。日本は小さいながら周りはすべて広大な海であり、どこに暮らしていようと車で3時間も行けば海に出られるから、「狭いながらも開・解放感がある国」、それが良さなのかもしれない。
世界の一流都市は(震災がなく美観・伝統優先の都市以外は)どこでも高層ビルだらけで、もう40年以上も前だが、ニューヨークから来た女性が「東京の空はとても広い」と感動していたものである。米国でも見渡す限りの自然を地べたに立って満喫できるのは荒野(desert、砂漠、無人地帯)くらいだろう。
自然豊かなニューヨーク州で話題になるのはNYCなど都市部だけだ。森林地帯も山を登らない限りは見晴らしがいいとはならない。手軽な山の尾根を歩いても木が鬱蒼としているから眺望は得難いだろう。
自然への畏怖、恵みへの感謝、母なる大地への敬意によるのだろうか、自然をできる限り残したいという思いは人類共通ではないか。
ちなみにイザベラ・バードの「朝鮮紀行」によると、半島人は人食い虎に襲われることを非常に恐れて、予防のために森をハゲチャビンにするそうだ。虎が多過ぎるのなら清正流に虎退治をしたり、毛皮を売ろうという発想はなく、ひたすら森を潰すのは人災だろう。メキシコ在住の方の「トラネコ日記」2018/7/1から。
<それでも李氏朝鮮時代にも国土の7割は森林があったとされるが、人々が暮らす町村周辺はオンドルの燃料と焼き畑のおかげで、平野部はもちろん山野にも殆ど森林がなくなっていたのである。
だから日韓併合の頃のソウル周辺はほとんど禿山になっており、ちょっと長雨が続けば大洪水になったという。これらの事実は、当時西欧や日本からきた人々の旅行記や報告書に述べられている>
日本は半島統治時代にずいぶん植林したが、日本が撤収すると食糧増産などで山は再びハゲチャビンにされたようだ。
閑話休題。大国だろうが小国だろうが、多くの人間は利便性の高い狭い所に密集しているだろう。第一次産業=農林水産業依存ではない都市化(≒高層化)が進んでいる先進国の国民性は、今では国土の広さや風土とはあまり関係がなくなりつつあるのではないか。むしろ価値観が同一化しつつあるような気がする。例えば、
・国民国家である。国民による、国民のための、国民の国家だ。
・自由、民主、人権、法治を重んじる。
・普通選挙が公正に実施されており、政治に民意が反映されている。
・教育水準、民度が高い。
・産業は基本的に市場経済重視の民間企業が主体であり、国有企業は例外的である。
・GDPなどの経済指標は高い。概ね輸出入のバランスが取れている。
・国民所得は高く、貧富の格差、富の偏在は比較的に少ない。
・福祉政策はそれなりに重視されている。
・国際問題は軍事より経済、外交で世界秩序を維持する傾向が強い。
G7とかG20という国は概ね上記の「先進国価値観」を共有(受容)しており、国家間の競争はあるものの、軍事力で他国を威嚇したり、戦争で抑圧したり、領土を奪うということは戦後の75年間はほとんどなかった。5大戦勝国(米露英仏中の常任理事国)中心の国連の機能がそれなりに働いていたことは事実だろう。
今はどうか。軍事大国かつ経済大国になった中共は、上記の価値観を否定し、軍事力で他国を威嚇し、経済力(カネ)で世界を屈服、支配し、巨大な「習近平独裁共産主義圏」を創ろうと牙を剥き出しにし始めた。パンダが着ぐるみを脱いで戦狼、餓狼の本性を現したのだ。
常任理事国は各自が「拒否権」を持ち、自国に不利な取決めはすべて拒否できる。中共にとって国連は利用するもので、気に入らない決議や議題は「ただの紙切れ」と拒否、無視、ちっともブレーキにはならない。
ロシアはもともと上記の価値観からは距離を置いているから、国連安保理のキャスティングボートを握ってプーチン帝国の利益=他国の不利益を追及するだろう。狡猾な“漁夫の利”狙い。
習近平は政敵も多く「このままだと求心力が衰える、軍の支持を固めるためにも開戦は今しかない」と焦っているのではないか。
「核ミサイルでアンカレッジかシアトルを攻撃し、次はハワイかサンディエゴだぞと脅して米国の介入を抑えながら、まずは短期決戦で南シナ海と東シナ海を制圧しよう、その後にグアム、西太平洋へ、さらにインド洋へ駒を進めるべし」
毛沢東は「核戦争で3億死んだって、まだ3億も残っている。大体、我が国は人口が多すぎる」と豪語したが、毛の真似っ乞食、病的エピゴーネンの習近平なら「7億死んだって、まだ7億も残っている、どうってことない」と思っているはずだ。
G7中心の連合軍は中共軍の出鼻を速攻で叩くか? 米国依存症のヘタレの日本はどうするのか、はなはだ怪しい。
上海のホテルで目撃したが、漢族は相手が強いと直ぐに引いて大人しくなる。一瞬で変身するのは「形勢が悪い時はさっさと引く、無駄あがきすれば犬死、そのうち機会を見て逆襲すればいい」というのが4000年の処世訓だからだ。それを思うと初戦で中共軍を叩き、威圧し、同時に習近平を始末すべきだ。
孫子は「戦わずして勝つ」のが最上等と言った。それなら戦端を開く以前に「習近平は不慮の事故で急逝」したことにすれば世界はずいぶん平和になる。ノープロブレム! 習は疑心暗鬼になっているようだから自殺説でもいいか。
ゴルゴかジャッカルか、あるいは衛星からのピンポイント攻撃か、毒殺なら「ウラジミール、あんたの出番だ」。成功報酬は経済制裁緩和とか。
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/187(2020/9/16/水】そういえば「等々力渓谷」はどうなっているんだろう、30年前に行ったときは随分ドブ臭かったけれど・・・ということで行ってきました、だって多動児なんだもん。
<東京都指定名勝 等々力渓谷/世田谷区
等々力(とどろき)渓谷は、武蔵野台地の南端に位置しており、この台地面を谷沢川が浸食して形成された延長約1キロメートルの東京23区内唯一の渓谷(開析谷)です。
東急大井町線の等々力駅から南に歩いて3分ほどの、谷沢(やざわ)川に架かるゴルフ橋(東急のゴルフ場があった名残)脇の階段を下りると、下流に向かって谷沢川沿いに散策路があります。
夏でもひんやりとした渓谷内はケヤキ、シラカシ、コナラ、ヤマザクラなどの樹木が鬱蒼と茂り、川のせせらぎや野鳥の声が聞こえ、渓谷のいたる所から水が湧き出ています。
散策路を下流に進み、環状8号線にかかる玉沢橋をくぐると、古墳時代末期から奈良時代の頃の横穴墓(よこあなぼ)である等々力渓谷3号横穴があります。
さらに渓谷南端には、桜の名勝として知られる等々力不動尊があります。不動尊から渓谷に下りた所に不動の滝があり、古来から今日まで滝に打たれて行をする人々が各地から訪れています。
等々力の地名は、渓谷内の不動の滝の音が響き渡り轟いたところからついた、との言い伝えがあります。
谷沢川には平成6年より仙川浄化施設(多摩川水系の上流)からの導水が始まり、水質の改善がおこなわれました。また、等々力渓谷には約30箇所以上の湧水が発生し、一部には窪地に集まって湿地を形成しています。
谷沢川の水質は、ゴルフ橋から下流に行くにしたがって改善されていることから、この谷沢川に流れ込む湧水が、水質や水量の維持に大きく寄与していることがうかがえます>
チャリで多摩川右岸を下り、二子多摩川へ渡って左岸をさらに下って第3京浜の下をくぐって行くと左に広い上り坂がある。えっちらおっちら愛車を押し上げていったが、丘陵は戸建ての家やマンションだらけで森らしきものが見えない。
さらに坂を登れば低血糖と脱水症状でヘロヘロになり、行旅死亡人として官報デビューしかねない。
「本籍・住所・氏名不詳、推定年齢70歳前後の男性、身長155cm位、長髪。胃切除創痕、左足膝蓋骨手術創痕、奥歯なし。着衣は、緑色ポロシャツ、茶色半ズボン、ウォーキングシューズ。所持品なし。
上記の者は、令和2年10月14日に東京都世田谷区の多摩川河川敷草叢で死体で発見されました。死亡年月日は死後1か月程度と推定され、身元不明のため火葬に付し、遺骨は保管してあります。心当たりの方は、世田谷区保健福祉課福祉係まで申し出てください」
誰か引き取ってくれるのかなあ、「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂」・・・先人は立派だったが、小生は「なさず、なせず、遺さず」ただの溝(どぶ)で朽ちるという最後か。まあ刑死よりはマシだが・・・
それはさておき、体力が残っているうちに帰るしかないと下り坂の横道に入って暫く行くと、人の手の入っていない小さな森がある。神社でもあるのかなあと未舗装の狭くてゆるい坂を登って行ったら、何と「等々力不動尊」だった。
何気なく紅灯篭を見たら寄進者に「等々力の叔母さん」(父の妹)の嫁ぎ先の名があったのは、叔母さんが小生を導いてくれたのかも。バブル崩壊でここ30年は行方知れずだが・・・呆然としていたら別の小道からハーハー言いながら若いカップルが登ってきた。「そうか、ここは渓谷の一部なんだ、ついに発見した!」。
しかし、もう体力は限界で、志半ばにして断念、ヘロヘロになって帰路についたのであった。ああ青春は麗し、されど悲しき・・・そんな気分。因みに多摩川右岸の川崎市側にも等々力があり、等々力競技場など運動施設がある。明治末まで同じ「等々力村」だったという。
しつこい、やり残したくない、極めたい、老いてますます嫌らしいほど粘着質になっていくようで、昨日は夜も明けやらぬ早朝から地図まで作って再挑戦した。
緑の風も爽やかに、握るハンドル、心も軽く、老生ながら「戦狼」(戦老)気分でペダルを踏んで1時間、着いた所が小さな“正門”(環8沿い)。
間違えたのかとうろうろしたが、どうも正門らしい。我が家の駐車場、6畳ほどの狭さで、ナンカナーの気分。
手摺のない、これまたナンカナーの階段を慎重に降りていくと、空が見えないくらいに鬱蒼と背の高い木が覆い、何やら心細くなってきたが、犬2匹と散歩しているお姉さんを見たときはホッとした。午前8時、人気はないのは当たり前か。
降りたところが渓流沿いの遊歩道。鼻をクンクンしてみたらかつてのドブの悪臭はなく、水は澄んでいるし、きれいに掃除されている。土砂崩れ対策はしているのだろうが、20メートルほどもあろうか、両岸の崖は自然のまま。奥の方に進んでいくとまったく「深山幽谷」の趣。
ロングスカートのお姉さんが遊歩道のベンチで本を読んでいる。彼女はドラマのヒロインの気分に浸っているようだ。「お嬢さん、藪蚊に気を付けた方がいいですよ」と声をかけたくなったが、無粋な爺さんとは見られたくないから我慢した。「よく我慢した、自分で自分を誉めてやりたい」、まだ正気が残っているか。
とても気持ちがよく、流れに沿って巡ると小さな「谷沢橋」に出た。そこは前述の「小さな森」の横だった。ここから渓谷に入れば坂を延々と登らなくても手軽に「深山幽谷」を楽しめる。大発見!(駐車場がないので秘密にしているのだろう)この先で流れは多摩川方向と二子多摩川方向に分かれていく。
まあ「深山幽谷」と書いたものの、狭い日本だから「圧倒的な迫力で迫る」大パノラマというわけにはいかず、箱庭的な「美」なのだ。日本は小さいながら周りはすべて広大な海であり、どこに暮らしていようと車で3時間も行けば海に出られるから、「狭いながらも開・解放感がある国」、それが良さなのかもしれない。
世界の一流都市は(震災がなく美観・伝統優先の都市以外は)どこでも高層ビルだらけで、もう40年以上も前だが、ニューヨークから来た女性が「東京の空はとても広い」と感動していたものである。米国でも見渡す限りの自然を地べたに立って満喫できるのは荒野(desert、砂漠、無人地帯)くらいだろう。
自然豊かなニューヨーク州で話題になるのはNYCなど都市部だけだ。森林地帯も山を登らない限りは見晴らしがいいとはならない。手軽な山の尾根を歩いても木が鬱蒼としているから眺望は得難いだろう。
自然への畏怖、恵みへの感謝、母なる大地への敬意によるのだろうか、自然をできる限り残したいという思いは人類共通ではないか。
ちなみにイザベラ・バードの「朝鮮紀行」によると、半島人は人食い虎に襲われることを非常に恐れて、予防のために森をハゲチャビンにするそうだ。虎が多過ぎるのなら清正流に虎退治をしたり、毛皮を売ろうという発想はなく、ひたすら森を潰すのは人災だろう。メキシコ在住の方の「トラネコ日記」2018/7/1から。
<それでも李氏朝鮮時代にも国土の7割は森林があったとされるが、人々が暮らす町村周辺はオンドルの燃料と焼き畑のおかげで、平野部はもちろん山野にも殆ど森林がなくなっていたのである。
だから日韓併合の頃のソウル周辺はほとんど禿山になっており、ちょっと長雨が続けば大洪水になったという。これらの事実は、当時西欧や日本からきた人々の旅行記や報告書に述べられている>
日本は半島統治時代にずいぶん植林したが、日本が撤収すると食糧増産などで山は再びハゲチャビンにされたようだ。
閑話休題。大国だろうが小国だろうが、多くの人間は利便性の高い狭い所に密集しているだろう。第一次産業=農林水産業依存ではない都市化(≒高層化)が進んでいる先進国の国民性は、今では国土の広さや風土とはあまり関係がなくなりつつあるのではないか。むしろ価値観が同一化しつつあるような気がする。例えば、
・国民国家である。国民による、国民のための、国民の国家だ。
・自由、民主、人権、法治を重んじる。
・普通選挙が公正に実施されており、政治に民意が反映されている。
・教育水準、民度が高い。
・産業は基本的に市場経済重視の民間企業が主体であり、国有企業は例外的である。
・GDPなどの経済指標は高い。概ね輸出入のバランスが取れている。
・国民所得は高く、貧富の格差、富の偏在は比較的に少ない。
・福祉政策はそれなりに重視されている。
・国際問題は軍事より経済、外交で世界秩序を維持する傾向が強い。
G7とかG20という国は概ね上記の「先進国価値観」を共有(受容)しており、国家間の競争はあるものの、軍事力で他国を威嚇したり、戦争で抑圧したり、領土を奪うということは戦後の75年間はほとんどなかった。5大戦勝国(米露英仏中の常任理事国)中心の国連の機能がそれなりに働いていたことは事実だろう。
今はどうか。軍事大国かつ経済大国になった中共は、上記の価値観を否定し、軍事力で他国を威嚇し、経済力(カネ)で世界を屈服、支配し、巨大な「習近平独裁共産主義圏」を創ろうと牙を剥き出しにし始めた。パンダが着ぐるみを脱いで戦狼、餓狼の本性を現したのだ。
常任理事国は各自が「拒否権」を持ち、自国に不利な取決めはすべて拒否できる。中共にとって国連は利用するもので、気に入らない決議や議題は「ただの紙切れ」と拒否、無視、ちっともブレーキにはならない。
ロシアはもともと上記の価値観からは距離を置いているから、国連安保理のキャスティングボートを握ってプーチン帝国の利益=他国の不利益を追及するだろう。狡猾な“漁夫の利”狙い。
習近平は政敵も多く「このままだと求心力が衰える、軍の支持を固めるためにも開戦は今しかない」と焦っているのではないか。
「核ミサイルでアンカレッジかシアトルを攻撃し、次はハワイかサンディエゴだぞと脅して米国の介入を抑えながら、まずは短期決戦で南シナ海と東シナ海を制圧しよう、その後にグアム、西太平洋へ、さらにインド洋へ駒を進めるべし」
毛沢東は「核戦争で3億死んだって、まだ3億も残っている。大体、我が国は人口が多すぎる」と豪語したが、毛の真似っ乞食、病的エピゴーネンの習近平なら「7億死んだって、まだ7億も残っている、どうってことない」と思っているはずだ。
G7中心の連合軍は中共軍の出鼻を速攻で叩くか? 米国依存症のヘタレの日本はどうするのか、はなはだ怪しい。
上海のホテルで目撃したが、漢族は相手が強いと直ぐに引いて大人しくなる。一瞬で変身するのは「形勢が悪い時はさっさと引く、無駄あがきすれば犬死、そのうち機会を見て逆襲すればいい」というのが4000年の処世訓だからだ。それを思うと初戦で中共軍を叩き、威圧し、同時に習近平を始末すべきだ。
孫子は「戦わずして勝つ」のが最上等と言った。それなら戦端を開く以前に「習近平は不慮の事故で急逝」したことにすれば世界はずいぶん平和になる。ノープロブレム! 習は疑心暗鬼になっているようだから自殺説でもいいか。
ゴルゴかジャッカルか、あるいは衛星からのピンポイント攻撃か、毒殺なら「ウラジミール、あんたの出番だ」。成功報酬は経済制裁緩和とか。