雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(70」
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/180(2020/9/4/金】雨が多い時はできなかった屋外作業をあれこれ続けたせいか、いささか夏バテ気味になった。午前中もベッドに横たわらないと疲労が抜けない。「加齢なんだなあ」とちょっと寂しく思うが、まあ人並かと納得したり。
20年使ったシェイバーのスイッチが経年劣化し、「新しいのを買うか」と思ったが、せいぜい数年しか使わないだろうから、旅館でもらったカミソリで間に合わせることにした。きれいに剃れるし、つるつる、さっぱりするので気持ちがいい。
己の経年劣化もやりよう、考えようによってはプラスに転じるのではないか。若い時にはあまりなかった自由時間がいっぱいあるのだから、社会の役に立つことだってできる。ツタヤでビデオをどっさり借りている爺さんがいたが、何となく寂しい感じがする。引き籠って暇つぶしするより、何かにチャレンジする方が心と体にとってはいいだろう。
チャレンジ・・・立つんだ、ジョー! 最近、多摩川で大きめのボードに立ったままで櫓をこぐ10人ほどの若者を見かける。皆、ライフジャケットを付けており、調べたら「SUP」とか。
<スタンドアップパドルボード(Stand Up Paddleboard)は、ウォータースポーツの一つ。サーフボードの上に立ち、一本のパドルで左右を交互に漕ぎ、海などの水面を進む。「SUP」(サップ)という略称や「立ちこぎボード」という呼び方もある>
小生にもできそうだが、すぐにバランスを崩してドボン、だろうな(「あちらのジョー」みたいに)。SUPはここ2年ほどで人気が出てきたようで、同好会のサイトには「9月12日(土)、13日(日)で開催を予定しておりました『SUP JAPAN CUP』は、新型コロナウイルス感染症のさらなる拡大を防止するため、関係各所と協議した結果、延期することと致しました」とあった。
まったくコロナ禍は罪作りだ。中共はその責任を全く感じていないどころか居直っている、それどころか外交のチャンス、経済の商機にしようとし、これまた非難されると逆切れして「おい、ええ加減にせえよ、痛い目に遭わんと分からんようやな、しばくぞ!」と脅しまくっている。
世界はパンダを装った赤い極悪暴力団を封鎖し隔離すべきだったが、餌をたっぷりやって飼育してしまい、今や手の付けられない害獣戦狼に変身し、何と「咬みつくぞ!」と威嚇されてオロオロしている。
生物兵器に世界がすこぶる脆弱なことは身に染みて分かった。ことほど左様に我々は“異形の大国”中共の実態に無知だった、それとも見て見ない振りをしていたのか、我々の責任も免れ得ない。
<サーチナ2020/9/3「中国の貧富の差は『日本人には想像つくまい』、日中の差は農村にあり」
中国も大都市だけを見ると、先進国に全く引けを取らない豊かな国という印象だ。しかし大都市と農村との間には大きな隔たりがあり、農村部は同じ国とは思えないほど立ち遅れている。中国メディアの捜狐は「日本と中国との差は農村にある」と題する記事を掲載、「日本は都会も農村も生活の質に格差がない」と紹介している。
中国は経済大国となったが、貧富の差は日本人には想像もできないほど大きい。路上で物乞いをしているぼろぼろの服を着た高齢者と子どもの横を、超高級車が走り抜けていくといった光景は中国ならではのものだ。
中国が先進国になるためには貧富の差の解消が今後の課題になるだろうが、農村部の住みやすさという点では、日本を大いに参考にできるに違いない>
Record China 2020/9/2「中国で『道路がなかった』最後の村、子供たちが自動車で通学」
四川省涼山イ族自治州昭覚県阿布洛哈村では8月30日、新学期が始まった子供たちが、村の入口で車に乗り、山を下りて集団登校した。中国新聞網が伝えた。
阿布洛哈村は、中国で最後まで道路がなかった建制村(国家承認で設置された村)であり、これまで山を下りて登校する生徒は、道路にたどり着くまでに、険しい山道を3時間以上歩かなければならなかった。
2020年6月30日、建設者たちの不断の努力の結果、「金通プロジェクト」が正式に開通し、同村に対面通行の車道がついに完成した>
政治・統治・行政は「経世済民=世をおさめ、民を救う」のが基本だと日本は支那の哲人から学んだ。ところが毛沢東・中共は私利私欲の徒党だから、民なんて奴隷か敵くらいにしか思わないし、過去にさかのぼって哲人はすべて殺してしまった。今では「経世済民」も「韜光養晦」も禁句だろう。
<JBpress 2020/9/3 福島香織氏「中国政府にモンゴル語を奪われるモンゴル人の怒り」
中国・内モンゴル自治区の多くの地域の小学校や中学校で、8月28日から授業ボイコットが起きている。自治区内の小中学生、保護者らの8割が参加しているともいわれ、改革開放以降、最大規模のモンゴル人の抵抗運動になりそうだ。
きっかけは、9月1日に全自治区で導入される第2類双語教育(バイリンガル教育)に対してモンゴル人保護者たちが、母語喪失につながると強い抵抗感を示しているからだ。
(これまでは)国語を含む各学科の授業はモンゴル語で行われ、それとは別に小学校3年から漢語の授業が第2語学として行われる形だった。
内モンゴル自治区に対するこの双語教育モデル変更の方針は6〜7月頃に打ち出され、国際社会でも、中国内モンゴル人からモンゴル語を奪うことになりかねない、と懸念が表明されていた。
日本では内モンゴル自治区出身のモンゴル系日本人の楊海英・静岡大学教授らが、7月の段階からモンゴル人から母語を奪う可能性があると問題視、政策変更の中止を求める抗議文を中国教育部長、内モンゴル自治区教育庁長等あてに提出すべく広く署名を求め、私も署名した>
古人は「正義と思ってなす悪は際限がない」と嘆いた。嘆いても悪は消えない、改心もしない、増長するだけだったことが分かり、米国、西側世界も「習近平・中共つぶすべし」と舵をきり始めた。
ソ連は冷戦という「米英仏日独」主導の経済封鎖で最後は自壊した。中共封鎖は「米英日EU印豪加台」が主導することになるだろう。メルケル独は発狂して中共と同盟を結びそうだが、EUリーダーの仏が抑え込むと小生は期待している。ドゴールが世界を敵に回しても手に入れた核兵器がドイツの暴発を防ぐに違いない。
「中共封鎖」、小生の言う「長城包囲網=グレートウォール作戦」で中共を自壊させられるのか。細谷雄一氏「国際秩序」から。( )内は修一。
<(欧州制覇を夢見る夜郎自大の好戦的なドイツが発狂して火をつけ欧州が大爆発し、未曽有の大災害をもたらした)第1次大戦後の世界秩序を構築するうえで、(1918年のパリ講和会議で)米国のウィルソン大統領が考えていたのは「国際連盟」を創設して、そこでの理性的な討議を通じて国際的な平和を確立することであった。
ウィルソンはそれまでの「勢力均衡」(戦争抑止のために強過ぎる勢力を作らせない)の秩序原理を嫌悪して拒絶した。それこそが(軍拡をあおり)戦争に至る悪の根源であり、それを絶つことで平和が到来するであろう、と。
(ウィルソンは民主党で、国際連盟創設を主導した。綺麗ごとや理想を唱えるがリアルを分からない、分かりたくないという愚者、脳内お花畑。民主党は今でも同じだ。彼は日本が提案した人種差別撤廃案を潰したが、今も人種差別で米国は荒れている。その騒擾を大統領選に利用しているというのが民主党で、まるでマッチポンプ、下司だ。キチ〇イの小生もビックリ、渡る世界は下司だらけ!)
ところが1930年代の国際社会では、日独伊といった国際連盟理事国などの(植民地時代に乗り遅れた)諸国が領土の拡張に乗り出し、国際連盟は無力であり、勢力均衡の論理で対抗することも不可能であった。
かつてドイツの宰相ビスマルクは(世界はお行儀のよい社交界ではない、弱肉強食だとして)「力がなければ平和や安全を確保できない、力の否定は必ずしも平和もたらさない」と喝破した。パスカル曰く「悪い奴はいつもいる」のだ。
ウィルソンの(理性的な討議を通じて国際的な平和を確立するという)国際連盟主義では日本やイタリアの勢力拡張の軍事行動は阻止できなかった。
1939年9月にナチス・ドイツがポーランド侵攻を開始した時に、それを止めるには力が必要だった。「勢力均衡なき共同体」の国際連盟は、そもそも米国の姿はなく、機能麻痺を露呈していた。ソ連はフィンランド侵略で除名されていたし、日独伊はすでに脱退していた。
英仏は自国の安全を守るのに精いっぱいで、独伊の侵略的行為を容認することで戦争を回避しようとした。「宥和政策」である。(そして勢力均衡なきタガの外れた世界は第2次大戦へと雪崩をうっていく)>(以上)
この期に及んで習近平一派を刺激せずに「見て見ぬ振りをしていよう」というのは概ねアカである。アカは世界中を共産主義にしたいと願っているが、それはオウムやISなど過激派邪教と一緒、世界を自分たちのハーレムにしたいのだ。
「鬼畜中独!」「60億火の玉!」「欲しがりません勝つまでは!」・・・万年不況の出版界はチャンス到来、すでに戦時、「わが社の興廃、この一戦にあり!」とやる気満々。産経9/4掲載の広告から。
徳間書店「黄文雄『親中派の崩壊』ポスト安倍政権で加速!暴かれるパンダハガーの工作活動!!日本・世界で始まった親中派狩りを完全解説!」、勇ましいなあ。
現代史において「黄文雄」は2人いる。小生が最初に知った黄文雄(1937年生)は「台湾の政治家・独立運動家・人権活動家で、1970年4月24日、訪米中の蒋経国(後の中華民国総統)をニューヨークのプラザホテルで狙撃するという暗殺未遂事件を起こし、ニューヨーク市警察に逮捕され、その後、保釈中に逃亡し、1996年まで地下に潜伏した」(WIKI)という英雄。
もう一人の黄文雄(1938年生)は2005年頃に池袋の台湾独立運動の集会で知った、上記の本の作者。まだあまり知られていない頃で、ひげは立派だったが貧乏学徒みたいにジャージー上下で、大いに好感したもだ。
<政治家・黄文雄と日本在住の評論家・黄文雄とは、生年・政治的な主張が似ており、しかも双方とも台湾独立建国連盟の関係者であるため、混同されることも多いが、全くの別人である>(WIKI)
両人は傘寿翁でも現役バリバリ、小生も「腰痛だから」なんて怠けてはいられないなあ。言葉を武器に戦死する覚悟で日々を送る・・・吾れ「老獪戦老」たらんなんてちょっとカッコイイかな。些か狂気じみてはいるが・・・
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/180(2020/9/4/金】雨が多い時はできなかった屋外作業をあれこれ続けたせいか、いささか夏バテ気味になった。午前中もベッドに横たわらないと疲労が抜けない。「加齢なんだなあ」とちょっと寂しく思うが、まあ人並かと納得したり。
20年使ったシェイバーのスイッチが経年劣化し、「新しいのを買うか」と思ったが、せいぜい数年しか使わないだろうから、旅館でもらったカミソリで間に合わせることにした。きれいに剃れるし、つるつる、さっぱりするので気持ちがいい。
己の経年劣化もやりよう、考えようによってはプラスに転じるのではないか。若い時にはあまりなかった自由時間がいっぱいあるのだから、社会の役に立つことだってできる。ツタヤでビデオをどっさり借りている爺さんがいたが、何となく寂しい感じがする。引き籠って暇つぶしするより、何かにチャレンジする方が心と体にとってはいいだろう。
チャレンジ・・・立つんだ、ジョー! 最近、多摩川で大きめのボードに立ったままで櫓をこぐ10人ほどの若者を見かける。皆、ライフジャケットを付けており、調べたら「SUP」とか。
<スタンドアップパドルボード(Stand Up Paddleboard)は、ウォータースポーツの一つ。サーフボードの上に立ち、一本のパドルで左右を交互に漕ぎ、海などの水面を進む。「SUP」(サップ)という略称や「立ちこぎボード」という呼び方もある>
小生にもできそうだが、すぐにバランスを崩してドボン、だろうな(「あちらのジョー」みたいに)。SUPはここ2年ほどで人気が出てきたようで、同好会のサイトには「9月12日(土)、13日(日)で開催を予定しておりました『SUP JAPAN CUP』は、新型コロナウイルス感染症のさらなる拡大を防止するため、関係各所と協議した結果、延期することと致しました」とあった。
まったくコロナ禍は罪作りだ。中共はその責任を全く感じていないどころか居直っている、それどころか外交のチャンス、経済の商機にしようとし、これまた非難されると逆切れして「おい、ええ加減にせえよ、痛い目に遭わんと分からんようやな、しばくぞ!」と脅しまくっている。
世界はパンダを装った赤い極悪暴力団を封鎖し隔離すべきだったが、餌をたっぷりやって飼育してしまい、今や手の付けられない害獣戦狼に変身し、何と「咬みつくぞ!」と威嚇されてオロオロしている。
生物兵器に世界がすこぶる脆弱なことは身に染みて分かった。ことほど左様に我々は“異形の大国”中共の実態に無知だった、それとも見て見ない振りをしていたのか、我々の責任も免れ得ない。
<サーチナ2020/9/3「中国の貧富の差は『日本人には想像つくまい』、日中の差は農村にあり」
中国も大都市だけを見ると、先進国に全く引けを取らない豊かな国という印象だ。しかし大都市と農村との間には大きな隔たりがあり、農村部は同じ国とは思えないほど立ち遅れている。中国メディアの捜狐は「日本と中国との差は農村にある」と題する記事を掲載、「日本は都会も農村も生活の質に格差がない」と紹介している。
中国は経済大国となったが、貧富の差は日本人には想像もできないほど大きい。路上で物乞いをしているぼろぼろの服を着た高齢者と子どもの横を、超高級車が走り抜けていくといった光景は中国ならではのものだ。
中国が先進国になるためには貧富の差の解消が今後の課題になるだろうが、農村部の住みやすさという点では、日本を大いに参考にできるに違いない>
Record China 2020/9/2「中国で『道路がなかった』最後の村、子供たちが自動車で通学」
四川省涼山イ族自治州昭覚県阿布洛哈村では8月30日、新学期が始まった子供たちが、村の入口で車に乗り、山を下りて集団登校した。中国新聞網が伝えた。
阿布洛哈村は、中国で最後まで道路がなかった建制村(国家承認で設置された村)であり、これまで山を下りて登校する生徒は、道路にたどり着くまでに、険しい山道を3時間以上歩かなければならなかった。
2020年6月30日、建設者たちの不断の努力の結果、「金通プロジェクト」が正式に開通し、同村に対面通行の車道がついに完成した>
政治・統治・行政は「経世済民=世をおさめ、民を救う」のが基本だと日本は支那の哲人から学んだ。ところが毛沢東・中共は私利私欲の徒党だから、民なんて奴隷か敵くらいにしか思わないし、過去にさかのぼって哲人はすべて殺してしまった。今では「経世済民」も「韜光養晦」も禁句だろう。
<JBpress 2020/9/3 福島香織氏「中国政府にモンゴル語を奪われるモンゴル人の怒り」
中国・内モンゴル自治区の多くの地域の小学校や中学校で、8月28日から授業ボイコットが起きている。自治区内の小中学生、保護者らの8割が参加しているともいわれ、改革開放以降、最大規模のモンゴル人の抵抗運動になりそうだ。
きっかけは、9月1日に全自治区で導入される第2類双語教育(バイリンガル教育)に対してモンゴル人保護者たちが、母語喪失につながると強い抵抗感を示しているからだ。
(これまでは)国語を含む各学科の授業はモンゴル語で行われ、それとは別に小学校3年から漢語の授業が第2語学として行われる形だった。
内モンゴル自治区に対するこの双語教育モデル変更の方針は6〜7月頃に打ち出され、国際社会でも、中国内モンゴル人からモンゴル語を奪うことになりかねない、と懸念が表明されていた。
日本では内モンゴル自治区出身のモンゴル系日本人の楊海英・静岡大学教授らが、7月の段階からモンゴル人から母語を奪う可能性があると問題視、政策変更の中止を求める抗議文を中国教育部長、内モンゴル自治区教育庁長等あてに提出すべく広く署名を求め、私も署名した>
古人は「正義と思ってなす悪は際限がない」と嘆いた。嘆いても悪は消えない、改心もしない、増長するだけだったことが分かり、米国、西側世界も「習近平・中共つぶすべし」と舵をきり始めた。
ソ連は冷戦という「米英仏日独」主導の経済封鎖で最後は自壊した。中共封鎖は「米英日EU印豪加台」が主導することになるだろう。メルケル独は発狂して中共と同盟を結びそうだが、EUリーダーの仏が抑え込むと小生は期待している。ドゴールが世界を敵に回しても手に入れた核兵器がドイツの暴発を防ぐに違いない。
「中共封鎖」、小生の言う「長城包囲網=グレートウォール作戦」で中共を自壊させられるのか。細谷雄一氏「国際秩序」から。( )内は修一。
<(欧州制覇を夢見る夜郎自大の好戦的なドイツが発狂して火をつけ欧州が大爆発し、未曽有の大災害をもたらした)第1次大戦後の世界秩序を構築するうえで、(1918年のパリ講和会議で)米国のウィルソン大統領が考えていたのは「国際連盟」を創設して、そこでの理性的な討議を通じて国際的な平和を確立することであった。
ウィルソンはそれまでの「勢力均衡」(戦争抑止のために強過ぎる勢力を作らせない)の秩序原理を嫌悪して拒絶した。それこそが(軍拡をあおり)戦争に至る悪の根源であり、それを絶つことで平和が到来するであろう、と。
(ウィルソンは民主党で、国際連盟創設を主導した。綺麗ごとや理想を唱えるがリアルを分からない、分かりたくないという愚者、脳内お花畑。民主党は今でも同じだ。彼は日本が提案した人種差別撤廃案を潰したが、今も人種差別で米国は荒れている。その騒擾を大統領選に利用しているというのが民主党で、まるでマッチポンプ、下司だ。キチ〇イの小生もビックリ、渡る世界は下司だらけ!)
ところが1930年代の国際社会では、日独伊といった国際連盟理事国などの(植民地時代に乗り遅れた)諸国が領土の拡張に乗り出し、国際連盟は無力であり、勢力均衡の論理で対抗することも不可能であった。
かつてドイツの宰相ビスマルクは(世界はお行儀のよい社交界ではない、弱肉強食だとして)「力がなければ平和や安全を確保できない、力の否定は必ずしも平和もたらさない」と喝破した。パスカル曰く「悪い奴はいつもいる」のだ。
ウィルソンの(理性的な討議を通じて国際的な平和を確立するという)国際連盟主義では日本やイタリアの勢力拡張の軍事行動は阻止できなかった。
1939年9月にナチス・ドイツがポーランド侵攻を開始した時に、それを止めるには力が必要だった。「勢力均衡なき共同体」の国際連盟は、そもそも米国の姿はなく、機能麻痺を露呈していた。ソ連はフィンランド侵略で除名されていたし、日独伊はすでに脱退していた。
英仏は自国の安全を守るのに精いっぱいで、独伊の侵略的行為を容認することで戦争を回避しようとした。「宥和政策」である。(そして勢力均衡なきタガの外れた世界は第2次大戦へと雪崩をうっていく)>(以上)
この期に及んで習近平一派を刺激せずに「見て見ぬ振りをしていよう」というのは概ねアカである。アカは世界中を共産主義にしたいと願っているが、それはオウムやISなど過激派邪教と一緒、世界を自分たちのハーレムにしたいのだ。
「鬼畜中独!」「60億火の玉!」「欲しがりません勝つまでは!」・・・万年不況の出版界はチャンス到来、すでに戦時、「わが社の興廃、この一戦にあり!」とやる気満々。産経9/4掲載の広告から。
徳間書店「黄文雄『親中派の崩壊』ポスト安倍政権で加速!暴かれるパンダハガーの工作活動!!日本・世界で始まった親中派狩りを完全解説!」、勇ましいなあ。
現代史において「黄文雄」は2人いる。小生が最初に知った黄文雄(1937年生)は「台湾の政治家・独立運動家・人権活動家で、1970年4月24日、訪米中の蒋経国(後の中華民国総統)をニューヨークのプラザホテルで狙撃するという暗殺未遂事件を起こし、ニューヨーク市警察に逮捕され、その後、保釈中に逃亡し、1996年まで地下に潜伏した」(WIKI)という英雄。
もう一人の黄文雄(1938年生)は2005年頃に池袋の台湾独立運動の集会で知った、上記の本の作者。まだあまり知られていない頃で、ひげは立派だったが貧乏学徒みたいにジャージー上下で、大いに好感したもだ。
<政治家・黄文雄と日本在住の評論家・黄文雄とは、生年・政治的な主張が似ており、しかも双方とも台湾独立建国連盟の関係者であるため、混同されることも多いが、全くの別人である>(WIKI)
両人は傘寿翁でも現役バリバリ、小生も「腰痛だから」なんて怠けてはいられないなあ。言葉を武器に戦死する覚悟で日々を送る・・・吾れ「老獪戦老」たらんなんてちょっとカッコイイかな。些か狂気じみてはいるが・・・