雀庵の「常在戦場/4 中国経済の無理無駄無謀」
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/291(2021/4/29/木】1970年代から職場=戦場は銀座、新橋、虎ノ門あたりだったが、当時、高層ビルは霞が関ビルと貿易センタービルのみだった。それがいつの間にか増えて80年代は東京湾沿いに高層ビルが屏風のように林立し、特に新橋駅界隈は風がさえぎられて夏は暑くてたまらなかった。
新橋の陋巷のような飲み屋街の朝は、道路わきのゴミ集積場は大きなゴミ箱がぎっしり並び、その上や周辺にポリ袋が山の如くに積まれており、特に夏場の朝は凄まじい悪臭を発して年々耐え難くなっていった。社会人になったのは新橋、起業したのも新橋、ちょっと怪しく、蠱惑的で、サラリーマンの汗と涙、哀愁、他愛ない笑いと喜びがうかがわれる、気取らない、庶民的な・・・大好きな街だったが、丸ノ内線・新宿御苑のハイテクビルに移転した。
高層ビルが林立し人口が集中すれば当たり前ながら風通しが悪くなる、暑いからエアコンを使う、エアコンからは熱風が外に出る、外は蒸し風呂、汗だくになってオフィスに戻って設定温度を下げる、室内で冷え性気味で毛布にくるまっていたお嬢様たちは氷のような冷たい視線を向ける・・・ああ、女とは仕事はできない、女は可愛がるものである、と思ったものである。
我が街は凄まじい勢いで住宅が増えており、緑がどんどん減っている。川崎市多摩区の人口は、1972年17万8052人、1982年に二つの区に分割(麻生区誕生)されて14万6479人になったが、1992年には18万人台、2002年には20万人台、2012年には21万人台、今は22万人あたりのようだ。それ以降は少子高齢化で減少していくとか。
建物と人口が増えれば地域一帯は温暖化する。反対に人口が減れば寒冷化する。人間自体が温かいし、人間が少なければ建物も少なく風通しが良いから涼しく、あるいは寒くなる。10年もすれば東京、大阪など密集的都市部以外では人口減が進んでいくから怪しげな「地球温暖化問題」は自然に消えていくだろう。
発展途上国では国連やJICAなどによる農業技術支援で生産性が高くなり、食糧事情が好転すれば人口増がさらに進みそうだ。世界人口は1961年に30億人、60年後の2019年に77億人だったが、2025年には80億人になるとか。人口パンデミック、地球温暖化という問題があるのなら、この増殖、繁殖が一番の問題ではないか。
世界人口が30億人の頃に「人口が少なすぎるから増やすべし」と言った学者は一人もいなかったろう。キリスト教では「産めよ増やせよ地に満ちよ」と教え、米国の黒人解放運動家は「産めよ増やせよ、ブタ(白人)が育てる」と言ったそうだが、人数=勢力を必要とする人々、覇権を目指す人々は仲間、子分の人口増を奨励する。
その一方で潜在敵や被支配階級の弱体化を狙う支配勢力は人口増を抑制する。例えばGHQが日本の復活を抑えるために「少なく生んで賢く育てる」産児制限策=掻把・堕胎を広めたのはそれが狙いだったろう。
現在、出生率が高い国はほとんどが発展途上国である。農業主体のため「子供は労働力」という考えが浸透していること、また国連の支援で粉ミルクなどが普及していることも影響しているようだ。医療が後れており成人未満で亡くなる率が高いためもあり、「子供は多い方がいい」という考えもあるだろう。宗教上の理由で産児制限しないこともありそうだ。
単純に考えると先進国は人種的に“純粋種”(先祖代々の○○人)の人口減が続き、これから中進国や途上国に追い上げられていくのだろうが、どうもそう単純な話ではなさそうだ。第2次大戦中の“列強諸国”は負け組の日独伊もそれなりに元気である。英国は勝ち組だったが膨大な植民地を失い「老大国」と言われたものの、したたかに生き抜き、EUのクビキからも離れ、今では「さすが」と存在感を増している印象だ。一方で唯一の戦勝国だった米国はグラグラし始めオーラが薄れるばっかり。
現在、中進国や途上国で国際社会を著しく驚かせ、同時に脅かしているのは中共くらいで、その中共にしても最先端技術では先進国に依存している面もうかがえる。食糧も輸入に随分頼っている。
国際秩序には「絶対これがいい」という永遠の枠組みはない。生モノだから経年劣化する。これは狼だけど大人しいから大丈夫、調教すればいい友達になれるよ、「お手っ!」、ねっ、ご褒美をあげると尻尾ふって「古い友人の恩は忘れない」って擦り寄ってくるんだ、かわいいね・・・元祖パンダハガーのキッシンジャーあたりに世界は騙された。
今や中共はトウ小平の韜光養晦をかなぐり捨てて戦狼を隠さず、牙をむいてとびかかる勢いだ。猟友会の出番、駆除しなければ大変な被害になる。
この戦狼は「国家、人民のため」という政治・統治のイロハ、政治家の義務という初期設定が全くなされていない、というか、そういうソフトがあることさえ知らないようだ。気に入らないと「強烈な不満と断固とした反対を表明する」と吠えまくる。何が何でも朝から晩まで対外的には「強烈抗議強烈的不満」、国民に向けては「革命的理想は天よりも高く、最も困難な時期にそれに固執し、奇跡的な勝利を達成せよ」(人民網4/28)とアジりまくっている。完全にビョーキ、病膏肓、まずは急性期閉鎖病棟に隔離すべきだ(先輩としては勧めるね、暴発が抑制される)。
支那人の生き甲斐、人生の目標は「蓄財蓄生美酒美食」だと小生はよく書くが、上に政策あれば下に対策あり、とてもタフだから中共包囲網で国家が隔離されてもどっこい生き抜いて新しい国造りへ向かうだろう。この100年を振り返っても大清帝国→中華民国→中共に変わった。次代は20ほどの国に分かれた方が無理無駄無謀のない合理的な統治ができるのではないか。安田峰俊著「さいはての中国」から。
<果てしなく広がる大草原を真一文字に貫く高速道路を東へ向けて走り続けた。やがて小さな丘を越えた先に場違いな高層建築の群がいきなり現れた。インターを降りて市内に入る。
8月のモンゴル高原の太陽がマンション群を照らし、その影が無人の通路へと延びている。マンションに人が住んでいる気配はなく、周囲の店舗はシャッターを閉めた店も多い。人工物だらけの空間なのに、周囲の草原と変わらない静寂だけが街を支配していた。
ここは北京の北西300km、内モンゴル自治区ウランチャブ市集寧新区だ。往年は遊牧民の楽園だったが、近年は不名誉な形で注目を集めつつある。通行する自動車がほとんど見られない8車線道路を通り、市政府へ向かう。10階建ての庁舎は敷地面積が東京ドーム2.8個分。2013年秋の完成当初、人口300万人足らずの都市規模に見合わない無用の長物だとしてネットなどで批判が殺到した建物である。
市の面積は日本の関東地方の1.7倍、市周辺に11の町村(県、旗)があり、郊外の8町村は国家級貧困地域に指定されているほどの貧しさに苦しんでいる。外見だけはゴージャスな巨大建築だらけの市内中心部の集寧新区は、そんな貧困地帯と草原の海の中にある。
庁舎南には、広大な公園と珍妙なデザインの市営体育館が鎮座していた。この街が報道される際には必ず写される有名なハコモノだ。メジャー競技のプロチームが本拠地を置くわけでもない地で、こんな大きな施設が活躍する機会は多くないだろう。周辺は緑化のつもりなのか、一面に緑色のマットが敷き詰められていた。
「許可のない者は入るな!」、体育館の内部に入ろうとしたところ、警備員に怒鳴られた。施設は稼働中のはずだが、一般市民の利用を想定していないのか。隣接するのは現代美術風の外見の真新しい市営博物館だが「長期休業中」とのことで内部に入れなかった。
街には大量の爛尾楼(ランウェイロウ)という、建築中に放棄された“幽霊ビル”も目につく。鉄骨がむき出しのまま、工事車両や労働者の姿が全く見えなくなったマンションやホテルはあまりにも多い。市営体育館から数区画先には20階はありそうな巨大な高級ホテルが8割ほど完成した状態のままで放置され、異様な威圧感を放っていた。
胡錦涛政権が2011年に開始した5か年計画以来、ウランチャブ市トップの王学豊(市党委書記)は3年間で70万の人口増を見込み、大量の宅地造成を計画、農地を1畝(26m四方、200坪)あたり日本円で数万から16万円の廉価で接収して投資を募り、開発を進めた。その結果、2011年から3年間で市内(全域)で新築された分譲用マンションは5、6万棟に及んだ。
取材前年の2014年4月の「中国経営報」によると、同年に建設が停滞状態にあった分譲マンションは7937棟、建設済みのマンションにも入居所はほとんどいなかったという。この年の旧正月には建設労働者に対する大量の賃金未払いが報じられ、通報があっただけで58件、労働者1726人への未払い額は2億5000万円に上った。
大量に放置された建設途中の建物や、誰も住んでいない分譲マンションは、私の取材時点でもそのままになっていた。こうして現在の「鬼城」(ゴーストタウン)の光景が生まれてしまったわけである>
・・・・・・・・・・・・・
日本でも1986年からのバルブ景気で分譲マンションは投機対象として人気が高まり「マンション転がし」という言葉も一世を風靡した。値上げを見込んで何戸かを買い、値が上がると売り、儲けると、また何戸かを買う、そして売るという不動産投資・投機だ。世話になった香港企業大手の日本人支社長は上手く転がして儲け、売り抜けたが、失敗した人もずいぶん多いだろう。
中共は2008年のリーマンショックを60兆円の公共投資=バラマキで早々と乗り越えて世界をビックリさせたが、この「公共投資=経済活性」に味をしめ、法則化し、2匹目、3匹目のドジョウを狙ったのが2010年あたりからの投資ブームになったわけだ。実需がないのに「手堅い投資」と思って虎の子を注いでマンションを買い、結局は役人や不動産屋が美味しい思いをしたものの、投資した人々のほとんどが泣くことになったろう。
ウランチャブ市のトップである王学豊とその子分は、胡錦涛の跡目を2012年に襲った習近平統治の2016年9月に失脚し、王は2億5600万円の収賄で懲役15年の判決を受けた。しかし「蓄財蓄生美酒美食」は十分すぎるほど堪能しただろうから、中国人としてはまあ納得の人生だったに違いない。
習近平も「蓄財蓄生美酒美食」は十分堪能したろうが、今は何やら戦時に備えて「贅沢は敵だ! 料理は残すな、少な目に注文しろ」と唱え始めた。そのうち質素倹約、欲しがりません勝つまでは、人民服を着ろ、化粧するな、と言い出しそうだ。中共はトウ小平を除いてやることなすこと無理、無駄、無謀の連続だが、習近平は第2次文化大革命で挙国一致体制を固め、インド大平洋制覇に乗り出すつもりだろう。我々は中共包囲戦を始めなければならない。
目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/291(2021/4/29/木】1970年代から職場=戦場は銀座、新橋、虎ノ門あたりだったが、当時、高層ビルは霞が関ビルと貿易センタービルのみだった。それがいつの間にか増えて80年代は東京湾沿いに高層ビルが屏風のように林立し、特に新橋駅界隈は風がさえぎられて夏は暑くてたまらなかった。
新橋の陋巷のような飲み屋街の朝は、道路わきのゴミ集積場は大きなゴミ箱がぎっしり並び、その上や周辺にポリ袋が山の如くに積まれており、特に夏場の朝は凄まじい悪臭を発して年々耐え難くなっていった。社会人になったのは新橋、起業したのも新橋、ちょっと怪しく、蠱惑的で、サラリーマンの汗と涙、哀愁、他愛ない笑いと喜びがうかがわれる、気取らない、庶民的な・・・大好きな街だったが、丸ノ内線・新宿御苑のハイテクビルに移転した。
高層ビルが林立し人口が集中すれば当たり前ながら風通しが悪くなる、暑いからエアコンを使う、エアコンからは熱風が外に出る、外は蒸し風呂、汗だくになってオフィスに戻って設定温度を下げる、室内で冷え性気味で毛布にくるまっていたお嬢様たちは氷のような冷たい視線を向ける・・・ああ、女とは仕事はできない、女は可愛がるものである、と思ったものである。
我が街は凄まじい勢いで住宅が増えており、緑がどんどん減っている。川崎市多摩区の人口は、1972年17万8052人、1982年に二つの区に分割(麻生区誕生)されて14万6479人になったが、1992年には18万人台、2002年には20万人台、2012年には21万人台、今は22万人あたりのようだ。それ以降は少子高齢化で減少していくとか。
建物と人口が増えれば地域一帯は温暖化する。反対に人口が減れば寒冷化する。人間自体が温かいし、人間が少なければ建物も少なく風通しが良いから涼しく、あるいは寒くなる。10年もすれば東京、大阪など密集的都市部以外では人口減が進んでいくから怪しげな「地球温暖化問題」は自然に消えていくだろう。
発展途上国では国連やJICAなどによる農業技術支援で生産性が高くなり、食糧事情が好転すれば人口増がさらに進みそうだ。世界人口は1961年に30億人、60年後の2019年に77億人だったが、2025年には80億人になるとか。人口パンデミック、地球温暖化という問題があるのなら、この増殖、繁殖が一番の問題ではないか。
世界人口が30億人の頃に「人口が少なすぎるから増やすべし」と言った学者は一人もいなかったろう。キリスト教では「産めよ増やせよ地に満ちよ」と教え、米国の黒人解放運動家は「産めよ増やせよ、ブタ(白人)が育てる」と言ったそうだが、人数=勢力を必要とする人々、覇権を目指す人々は仲間、子分の人口増を奨励する。
その一方で潜在敵や被支配階級の弱体化を狙う支配勢力は人口増を抑制する。例えばGHQが日本の復活を抑えるために「少なく生んで賢く育てる」産児制限策=掻把・堕胎を広めたのはそれが狙いだったろう。
現在、出生率が高い国はほとんどが発展途上国である。農業主体のため「子供は労働力」という考えが浸透していること、また国連の支援で粉ミルクなどが普及していることも影響しているようだ。医療が後れており成人未満で亡くなる率が高いためもあり、「子供は多い方がいい」という考えもあるだろう。宗教上の理由で産児制限しないこともありそうだ。
単純に考えると先進国は人種的に“純粋種”(先祖代々の○○人)の人口減が続き、これから中進国や途上国に追い上げられていくのだろうが、どうもそう単純な話ではなさそうだ。第2次大戦中の“列強諸国”は負け組の日独伊もそれなりに元気である。英国は勝ち組だったが膨大な植民地を失い「老大国」と言われたものの、したたかに生き抜き、EUのクビキからも離れ、今では「さすが」と存在感を増している印象だ。一方で唯一の戦勝国だった米国はグラグラし始めオーラが薄れるばっかり。
現在、中進国や途上国で国際社会を著しく驚かせ、同時に脅かしているのは中共くらいで、その中共にしても最先端技術では先進国に依存している面もうかがえる。食糧も輸入に随分頼っている。
国際秩序には「絶対これがいい」という永遠の枠組みはない。生モノだから経年劣化する。これは狼だけど大人しいから大丈夫、調教すればいい友達になれるよ、「お手っ!」、ねっ、ご褒美をあげると尻尾ふって「古い友人の恩は忘れない」って擦り寄ってくるんだ、かわいいね・・・元祖パンダハガーのキッシンジャーあたりに世界は騙された。
今や中共はトウ小平の韜光養晦をかなぐり捨てて戦狼を隠さず、牙をむいてとびかかる勢いだ。猟友会の出番、駆除しなければ大変な被害になる。
この戦狼は「国家、人民のため」という政治・統治のイロハ、政治家の義務という初期設定が全くなされていない、というか、そういうソフトがあることさえ知らないようだ。気に入らないと「強烈な不満と断固とした反対を表明する」と吠えまくる。何が何でも朝から晩まで対外的には「強烈抗議強烈的不満」、国民に向けては「革命的理想は天よりも高く、最も困難な時期にそれに固執し、奇跡的な勝利を達成せよ」(人民網4/28)とアジりまくっている。完全にビョーキ、病膏肓、まずは急性期閉鎖病棟に隔離すべきだ(先輩としては勧めるね、暴発が抑制される)。
支那人の生き甲斐、人生の目標は「蓄財蓄生美酒美食」だと小生はよく書くが、上に政策あれば下に対策あり、とてもタフだから中共包囲網で国家が隔離されてもどっこい生き抜いて新しい国造りへ向かうだろう。この100年を振り返っても大清帝国→中華民国→中共に変わった。次代は20ほどの国に分かれた方が無理無駄無謀のない合理的な統治ができるのではないか。安田峰俊著「さいはての中国」から。
<果てしなく広がる大草原を真一文字に貫く高速道路を東へ向けて走り続けた。やがて小さな丘を越えた先に場違いな高層建築の群がいきなり現れた。インターを降りて市内に入る。
8月のモンゴル高原の太陽がマンション群を照らし、その影が無人の通路へと延びている。マンションに人が住んでいる気配はなく、周囲の店舗はシャッターを閉めた店も多い。人工物だらけの空間なのに、周囲の草原と変わらない静寂だけが街を支配していた。
ここは北京の北西300km、内モンゴル自治区ウランチャブ市集寧新区だ。往年は遊牧民の楽園だったが、近年は不名誉な形で注目を集めつつある。通行する自動車がほとんど見られない8車線道路を通り、市政府へ向かう。10階建ての庁舎は敷地面積が東京ドーム2.8個分。2013年秋の完成当初、人口300万人足らずの都市規模に見合わない無用の長物だとしてネットなどで批判が殺到した建物である。
市の面積は日本の関東地方の1.7倍、市周辺に11の町村(県、旗)があり、郊外の8町村は国家級貧困地域に指定されているほどの貧しさに苦しんでいる。外見だけはゴージャスな巨大建築だらけの市内中心部の集寧新区は、そんな貧困地帯と草原の海の中にある。
庁舎南には、広大な公園と珍妙なデザインの市営体育館が鎮座していた。この街が報道される際には必ず写される有名なハコモノだ。メジャー競技のプロチームが本拠地を置くわけでもない地で、こんな大きな施設が活躍する機会は多くないだろう。周辺は緑化のつもりなのか、一面に緑色のマットが敷き詰められていた。
「許可のない者は入るな!」、体育館の内部に入ろうとしたところ、警備員に怒鳴られた。施設は稼働中のはずだが、一般市民の利用を想定していないのか。隣接するのは現代美術風の外見の真新しい市営博物館だが「長期休業中」とのことで内部に入れなかった。
街には大量の爛尾楼(ランウェイロウ)という、建築中に放棄された“幽霊ビル”も目につく。鉄骨がむき出しのまま、工事車両や労働者の姿が全く見えなくなったマンションやホテルはあまりにも多い。市営体育館から数区画先には20階はありそうな巨大な高級ホテルが8割ほど完成した状態のままで放置され、異様な威圧感を放っていた。
胡錦涛政権が2011年に開始した5か年計画以来、ウランチャブ市トップの王学豊(市党委書記)は3年間で70万の人口増を見込み、大量の宅地造成を計画、農地を1畝(26m四方、200坪)あたり日本円で数万から16万円の廉価で接収して投資を募り、開発を進めた。その結果、2011年から3年間で市内(全域)で新築された分譲用マンションは5、6万棟に及んだ。
取材前年の2014年4月の「中国経営報」によると、同年に建設が停滞状態にあった分譲マンションは7937棟、建設済みのマンションにも入居所はほとんどいなかったという。この年の旧正月には建設労働者に対する大量の賃金未払いが報じられ、通報があっただけで58件、労働者1726人への未払い額は2億5000万円に上った。
大量に放置された建設途中の建物や、誰も住んでいない分譲マンションは、私の取材時点でもそのままになっていた。こうして現在の「鬼城」(ゴーストタウン)の光景が生まれてしまったわけである>
・・・・・・・・・・・・・
日本でも1986年からのバルブ景気で分譲マンションは投機対象として人気が高まり「マンション転がし」という言葉も一世を風靡した。値上げを見込んで何戸かを買い、値が上がると売り、儲けると、また何戸かを買う、そして売るという不動産投資・投機だ。世話になった香港企業大手の日本人支社長は上手く転がして儲け、売り抜けたが、失敗した人もずいぶん多いだろう。
中共は2008年のリーマンショックを60兆円の公共投資=バラマキで早々と乗り越えて世界をビックリさせたが、この「公共投資=経済活性」に味をしめ、法則化し、2匹目、3匹目のドジョウを狙ったのが2010年あたりからの投資ブームになったわけだ。実需がないのに「手堅い投資」と思って虎の子を注いでマンションを買い、結局は役人や不動産屋が美味しい思いをしたものの、投資した人々のほとんどが泣くことになったろう。
ウランチャブ市のトップである王学豊とその子分は、胡錦涛の跡目を2012年に襲った習近平統治の2016年9月に失脚し、王は2億5600万円の収賄で懲役15年の判決を受けた。しかし「蓄財蓄生美酒美食」は十分すぎるほど堪能しただろうから、中国人としてはまあ納得の人生だったに違いない。
習近平も「蓄財蓄生美酒美食」は十分堪能したろうが、今は何やら戦時に備えて「贅沢は敵だ! 料理は残すな、少な目に注文しろ」と唱え始めた。そのうち質素倹約、欲しがりません勝つまでは、人民服を着ろ、化粧するな、と言い出しそうだ。中共はトウ小平を除いてやることなすこと無理、無駄、無謀の連続だが、習近平は第2次文化大革命で挙国一致体制を固め、インド大平洋制覇に乗り出すつもりだろう。我々は中共包囲戦を始めなければならない。
目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
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