雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(90」
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/201(2020/10/13/火】わが庭を訪れて小生の無聊を慰め癒してくれるスズメは60羽ほど。夏場はコロナ禍で各地の餌やり爺さんがヒッキーになって餌が不足しがちだったのか、遠方のスズメもやってきて100羽ほどになっていたが、今は実りの秋でもあるから常態に戻ったようだ。
キップス著「ある小さなスズメの記録」を読みながらの昼寝から覚め、何となく庭掃除を始めたら、スズメが網戸に使われるナイロン糸を首に絡ませてぶら下がっていた。
なんてこった、可哀想に、安全確保に努めていたつもりでもミスってしまった、情けないやら自責の念やら・・・丁重に埋葬した。
良き友は儚く消え、悪しき敵は長くのさばる・・・怪人FDRルーズベルトは73歳没、殺人鬼スターリンは75歳没、嗜虐者毛沢東は83歳没・・・悪い奴ほど長生き、というわけではないが、彼らには護衛隊や専属医療チームがついているから当時としては長生きなのだろう。
キップス著「ある小さなスズメの記録」末尾の広告欄に毛沢東の主治医だった李志綏著「毛沢東の私生活 上・下」 (文春文庫) があった。面白そうだが、このところハッキングみたいな怪しい詐欺的メールが多いので(間抜けにも簡体字で送ってくる奴もいる)アマゾン利用は控えており、とりあえずネットで同書の内容をチェックしてみた。以下、概要。
◆上巻PR:睡眠薬に依存し、若い女性をはべらせ、権力を脅かす者は追放する毛沢東、夫人の胸にすがって泣く林彪、毛の前に跪拝する周恩来ら、中国現代史を彩った様々な人間像を主治医(李志綏)が暴露!
「もし私が殺されてもこの本は生きつづける」の言語を残し、著者は本書が発売された3カ月後、シカゴの自宅浴室で遺体となって発見された。また北京政府は「事実無根の書」として、事実上発禁扱いにした。が、地下では密かに熱心に読まれている、と言われている。現代中国史はこの本の刊行で、見直されなければならないだろう。
◆読者評:今年読んだ本のうちでは出色の出来である。
医者には患者の秘密を守る義務がある。この点から著者の行為は褒められたものではない。しかし、その誹りを補って余りある面白さは、上下合わせて1023ページのボリュームを問題とさせない。
毛の実像と虚像との落差はもちろん驚きであるが、もっと意外だったのは当時の中華人民共和国が国家の体を成していなかった点である。
国家主席でもない個人の思いつきによる独裁、ルールのない意思決定の過程、絶え間ない権力闘争、江青を代表とする訳の分からない連中の横暴など、枚挙に暇がないとはこのことである。
こんな国や人物を無条件に崇めていたマスコミ、学者、作家等が、かつて日本に数多く居たことは事実である。大変恥ずかしい歴史である。
これは作り話ではないと思う。関係者でなければ知りえない事実がたくさん紹介されているし、辻褄もあっている。作り話はどこかで破綻するものだ。数多くの写真も本の内容を裏付けている。
それにしても鄧(トウ)小平さんって、パンダ風の小父さんというイメージからは想像もできないような苦労人だったんですね。
◆下巻PR:脂濃い料理を好み、歯を磨かず、入浴せず、純朴な娘とベッドを共にし、権力への妄執に悩まされる。主治医が綴った“赤い皇帝”の素顔。
本書では毛沢東の、「一千万人や二千万人の死者など物の数ではない」とか「国内には三千万人の“人民の敵”がおり、中国は人口が多いから、少しくらいいなくなっても余裕たっぷりだ」といった人間軽視の発言が記録されています。
毛沢東の個人的な健康を管理する医師の22年間にわたる勤務で見聞きした、まさに毛沢東の私生活を詳細につづった記録。中国の歴代皇帝の中でもいや、世界の有名な独裁者の中でもこれほど詳細な個人的記録や個性がくっきりわかるようなものが残っている人は少ないのではないだろうか。毛沢東自身の肉声や体温が伝わってくるような内容である。
記者や作家が詳細に取材したものはプロの仕事ではあるが限界がある、また身近に仕える人間は記録を書き残す教養がなかったりする。身近に暮らしながら、文章を書く能力のある人が偶然いたことで毛沢東とはどんな人物だったかを記録する一級の歴史資料が出来あがった。
◆読者評1:上巻を読んでから下巻にとりかかるまでかなり時間が経ってしまった。上巻を読んで、面白くはあったのだが、権力闘争や毛沢東の部下をコントロールする手練手管、毛沢東に仕える者同士の蹴落とし合いなど読んでいると気分が悪くなってしまって、下巻をなかなか読む気になれなかった。
毛沢東は歴史上でもまれにみる最悪の独裁者である。「大躍進」は3千万人近い人々が餓死したと言われる。さらに「文化大革命」は中国の伝統的社会をことごとく破壊し、直接間接に数千万人が死亡したと言われる。
本書の中で李博士が繰り返し述べているが、毛沢東の近くで勤務すればするほど毛沢東を尊敬できなくなるという、実際的には個人的な魅力も乏しい人物だった。
この本を読んで「毛沢東がとんでもない独裁者だった、凄かったんだね」と読んで終わってしまうのは皮相的にすぎるように思う。なぜなら毛沢東は中国に繰り返し出現する混乱の後に農民の支持を背景にゲバルトで中国を統一する歴代皇帝の一類型であるという認識が必要だと思うからである。
策略の使い方、駆け引き、部下をコントロールする方法、政敵を追い落とす方法などについて毛沢東はまさに歴代中国皇帝の正当なる継承者だったのだと思う。この本を読めばそのことがよくわかる。
しかし前から分からなかったのは、なぜ毛沢東の周囲の人間は尊敬も難しい毛沢東にあれだけ忠誠を誓っていたのかである。
一般大衆が毛沢東を崇拝するのは分かるとしても、周恩来やトウ小平などの一流の洞察力と歴史観をもった人間があれほどまでに毛沢東を支えた理由が分からなかった。単なる保身から出た行動には思えなかった。
上巻を読んでから下巻を読む間に『おどろきの中国』橋爪大座三郎/大澤真幸/宮台真司共著(講談社現代新書)を読んだ。この本を読んで周恩来やトウ小平はじめとする毛沢東を絶対として行動する人たちの行動原理が分かった気がする。
この本によると、中国は戦国時代から繰り返し発生する個人の闘争をゲバルトで決着させる。そしてその安定状態を保つために天や皇帝としてゲバルトのチャンピオンになった人を祭り上げてそこを不可侵な神聖なものとして安定を保つ。そういうメンタリティーを持っているのだと。
民衆は無意識に(それを)持っているのだろうし、周恩来やトウ小平はそういうことが意識的に分かっていたのだろうと思う。
「毛沢東の私生活」上巻と下巻の間に小室ゼミ出身3人による本「おどろきの中国」を読んだことでこの本の理解が深まった。ちなみにトウ小平もある意味その後「小皇帝」としてふるまう事になる。中国の権力構造を理解するためにこの本は第1級の歴史的資料です。
◆読者評2:本書は評者(私)が中高大学生の頃に、中華人民共和国内で起きていた裏事情並びに中国国内の各地で起きていた悲惨な事情をよく表しています。
評者は、いわゆる「朝日系・岩波系進歩的文化人」による「大躍進」や「文化大革命」に対する絶賛を聞かされて育った世代です。当時「毛語録」は必需品でした。
我々世代(当時の若者)は、「1.学生運動に走る者」、「2.右翼方向に走る者」、「3.学生運動に心情的にはシンパシーを感じるものの、そこまで信じていいのかなと懐疑的な目でみる傍観者」、「4.学生運動に全く関心のない者」に分別できますが、評者含め大半の若者が、3.のいわゆる「日和見主義者」と評される者でした。
評者は「マル経」ではなく「近経」を志し、卒業後、銀行に勤務した者ですが、「大躍進」「文化大革命」を経済的側面から見るにつけ、朝日系・岩波系進歩的文化人の人達の「絶賛」ってなんだったのかと思うようになった次第です。同様の話は、北朝鮮への帰国運動の際にもありましたね。
当時の朝日系・岩波系進歩的文化人の方々が、今何を思っておられるのか聞いてみたいと思っているのは、私だけではないと思います。
本書を読むと、1)共産主義体制内部では、文字通り「殺すか殺されるか」の権力闘争が、圧倒的多数の一般人の生活事情に関係なく行われること。2)各々正義(人民の為?)を振りかざした闘争となり、決して妥協のないこと。3)妥協すると、後々どこかで裏切られること。
それが非常によく分かります。現在の中国でも、同様の権力闘争が今でも行われているのは、各種報道を見るまでもありません。あなたは、日本をそんな国にしたいですか?
・・・
書評を寄稿する読書人は知的レベルが高いようで、さすがに文章がしっかりしている。読んでいて「?」と躓かないのがいい。せいぜい軽佻浮薄なベストセラーしか読まないだろうTV&スマホ人とは「民度が違う」。
キップス曰く「静かな時間、思索黙想の時を持て。静寂こそが人間の精神が成長する場所である」。知足安分、足るを知りて分に安んずる、学びて時にこれを習う、また喜ばしからずや。
維新前後に来た外国人は「庶民と武士はまるで人種が違う」と驚き、鴎外の「小倉日記」には手癖の悪い下男を「無智蒙昧、善悪を知らない私利私欲の車夫馬蹄」のように描き、今さら何を言っても無駄、と諦観している。福翁は口が酸っぱくなるほど「学問のすゝめ」を説いた。
普通選挙導入は明治の初期からの課題だったが、実施するには国民の民度、教育レベルを高めなければならない。それをしなければ理性ではなく場当たり的な風説や気分で議員を選び、亡国になりかねないからだろう。ロシア革命の熱狂が落ち着き始めた1928/昭和3年2月20日、第一回普通選挙投票日。民度をそれなりに高めるのに維新から何と60年もかかってしまった。(劣化させるには30年で十分だろう)
それから100年近くになっても国会は「良識の府」とは言えやしない。箸にも棒にもかからないような輩が「高給だし、この際だから運を天に任せて立候補しよう」、議員の3分の1はそんなものではないか。
スナックのママが市会議員に立候補した際、ヒモのような旦那が「当選すれば年間に〇〇円、月当たり○○円になるから生活できる」と計算機で皮算用して小生を唖然とさせたが、この手の人は結構多そうだ。
それでも国会や選挙はあった方がいいし、有象無象の議員はいないよりいた方が遥かにいいのである。タンクの圧力を調整する安全弁、それがなければ大爆発してしまう、レバノンのように。
漢族は有史以来「戦乱が常態化」し、「困ったときのカネ頼み、一族の相互扶助」が生存を確保するための絶対的な価値観になったのだろう。覇者が悪漢だろうが狂気だろうが、「とにかく戦乱を封じてくれれば御の字」であり、それ故に側近たちは異民族であろうと暴君であろうと覇者、即ち漢族+周辺民族を抑え込む「重し」「タガ」を必死で維持しようとしたわけだ。
「正義」「道徳」「人道」では漢族は治められない、とにかく強権独裁でも治まることが最大の優先事項だということ。マキャベリ曰く「自由だがバラバラで治安のない国と、自由はないが秩序ある治安の良い国。後者の方が遥かにマシである」。そういうことだなあと首肯せざるを得ない。
弾圧だろうが悪政だろうが、とにかく「治安優先」、漢族の統治者、指導者はそれ以外の方法による統治方法を知らない、あるいは知っていても「支那大陸には合わない、強権独裁統治しかない」と確信しているのだろう。
今、漢族由来の国民が多い台湾人は「自由民主人権法治、普通選挙による国民国家は漢族には無理だと言われていたが、私たちはそれを覆して国民国家を創った」と誇らしげだ。つまり中共の漢族に向けて、「あなたたちにも国民国家を創れる、台湾も世界もそれを応援できる、やってみなさい」とアピールしている。
中共がこのまま国民国家を拒否し、妄想的強権独裁、習近平的世界制覇を進めれば、確実に鉄のカーテンで包囲される。西側世界の協力を得ながら国民国家への道を歩むか、敵対して内戦、戦乱で自滅の道を歩むか、中共独裁帝国は歴史的な岐路にある。
習近平なら「14億の民を結束させ毛沢東主義の原点に返る絶好の機会だ」と見るはずだ。習近平一派を一気に叩く宮廷革命が望ましいが、それをできる人材がいるかどうか・・・21世紀の孫文は登場するのだろうか。
楊海英先生著「中国人の少数民族根絶計画」から。
<当時、ウラーンハダ人民公社で暮らしていたモンゴル人女性は次のように証言しています。
「(中共の敵とされた)内モンゴル人民革命党員の妻や娘たちは、ほとんど例外なく革命委員会の中国人幹部たちにレイプされました。あの時代、半径数十キロ以内のモンゴル人女性にはまったく逃げ場がありませんでした。
1968年夏のある晩、彼らは私たち5人の女性を丸裸にして草原に立たせました。私たちは両足を大きく広げられ、股の下に灯油ランプが置かれました。すると無数の蚊や蛾などの虫が下半身に群がってきました。このような虐待は、その後何日も続きました。
また中国人たちはSという女性に、彼女の義父と「交配」するように命じていました。このように凌辱された時、いつも大勢の中国人幹部たちや農民たちが周りで見て、笑っていました」>
民族の記憶は何百年も消えないから、中共はモンゴル人、ウイグル人、チベット人などの報復を恐れ、敵性民族を絶滅したいわけだ。そうならないように支那大陸から中共核心の中共党員と元紅衛兵合わせて1億人を消さなければならない。目まいがしそうだが、13(億)人が1(億)人を始末すると考えれば、さほど問題ではなさそうだ。
台湾人は「恩讐の彼方に」ということなのか、政治的な配慮のためなのか、蒋介石国民党一派に報復していない。ならぬ堪忍、するが堪忍、じっと耐えている、大したものだ。中共残党1億の処分は台湾人と香港人に委ねればスムーズにいくのではないか。
日本は中共包囲戦で頑張るべきだが、残党を受け入れたくはないなあ。エチオピアなど中共と親和性が高いアフリカ諸国とか、アカが大好きな朝鮮半島に引き受けてもらうとか、検討すべきだろう。
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/201(2020/10/13/火】わが庭を訪れて小生の無聊を慰め癒してくれるスズメは60羽ほど。夏場はコロナ禍で各地の餌やり爺さんがヒッキーになって餌が不足しがちだったのか、遠方のスズメもやってきて100羽ほどになっていたが、今は実りの秋でもあるから常態に戻ったようだ。
キップス著「ある小さなスズメの記録」を読みながらの昼寝から覚め、何となく庭掃除を始めたら、スズメが網戸に使われるナイロン糸を首に絡ませてぶら下がっていた。
なんてこった、可哀想に、安全確保に努めていたつもりでもミスってしまった、情けないやら自責の念やら・・・丁重に埋葬した。
良き友は儚く消え、悪しき敵は長くのさばる・・・怪人FDRルーズベルトは73歳没、殺人鬼スターリンは75歳没、嗜虐者毛沢東は83歳没・・・悪い奴ほど長生き、というわけではないが、彼らには護衛隊や専属医療チームがついているから当時としては長生きなのだろう。
キップス著「ある小さなスズメの記録」末尾の広告欄に毛沢東の主治医だった李志綏著「毛沢東の私生活 上・下」 (文春文庫) があった。面白そうだが、このところハッキングみたいな怪しい詐欺的メールが多いので(間抜けにも簡体字で送ってくる奴もいる)アマゾン利用は控えており、とりあえずネットで同書の内容をチェックしてみた。以下、概要。
◆上巻PR:睡眠薬に依存し、若い女性をはべらせ、権力を脅かす者は追放する毛沢東、夫人の胸にすがって泣く林彪、毛の前に跪拝する周恩来ら、中国現代史を彩った様々な人間像を主治医(李志綏)が暴露!
「もし私が殺されてもこの本は生きつづける」の言語を残し、著者は本書が発売された3カ月後、シカゴの自宅浴室で遺体となって発見された。また北京政府は「事実無根の書」として、事実上発禁扱いにした。が、地下では密かに熱心に読まれている、と言われている。現代中国史はこの本の刊行で、見直されなければならないだろう。
◆読者評:今年読んだ本のうちでは出色の出来である。
医者には患者の秘密を守る義務がある。この点から著者の行為は褒められたものではない。しかし、その誹りを補って余りある面白さは、上下合わせて1023ページのボリュームを問題とさせない。
毛の実像と虚像との落差はもちろん驚きであるが、もっと意外だったのは当時の中華人民共和国が国家の体を成していなかった点である。
国家主席でもない個人の思いつきによる独裁、ルールのない意思決定の過程、絶え間ない権力闘争、江青を代表とする訳の分からない連中の横暴など、枚挙に暇がないとはこのことである。
こんな国や人物を無条件に崇めていたマスコミ、学者、作家等が、かつて日本に数多く居たことは事実である。大変恥ずかしい歴史である。
これは作り話ではないと思う。関係者でなければ知りえない事実がたくさん紹介されているし、辻褄もあっている。作り話はどこかで破綻するものだ。数多くの写真も本の内容を裏付けている。
それにしても鄧(トウ)小平さんって、パンダ風の小父さんというイメージからは想像もできないような苦労人だったんですね。
◆下巻PR:脂濃い料理を好み、歯を磨かず、入浴せず、純朴な娘とベッドを共にし、権力への妄執に悩まされる。主治医が綴った“赤い皇帝”の素顔。
本書では毛沢東の、「一千万人や二千万人の死者など物の数ではない」とか「国内には三千万人の“人民の敵”がおり、中国は人口が多いから、少しくらいいなくなっても余裕たっぷりだ」といった人間軽視の発言が記録されています。
毛沢東の個人的な健康を管理する医師の22年間にわたる勤務で見聞きした、まさに毛沢東の私生活を詳細につづった記録。中国の歴代皇帝の中でもいや、世界の有名な独裁者の中でもこれほど詳細な個人的記録や個性がくっきりわかるようなものが残っている人は少ないのではないだろうか。毛沢東自身の肉声や体温が伝わってくるような内容である。
記者や作家が詳細に取材したものはプロの仕事ではあるが限界がある、また身近に仕える人間は記録を書き残す教養がなかったりする。身近に暮らしながら、文章を書く能力のある人が偶然いたことで毛沢東とはどんな人物だったかを記録する一級の歴史資料が出来あがった。
◆読者評1:上巻を読んでから下巻にとりかかるまでかなり時間が経ってしまった。上巻を読んで、面白くはあったのだが、権力闘争や毛沢東の部下をコントロールする手練手管、毛沢東に仕える者同士の蹴落とし合いなど読んでいると気分が悪くなってしまって、下巻をなかなか読む気になれなかった。
毛沢東は歴史上でもまれにみる最悪の独裁者である。「大躍進」は3千万人近い人々が餓死したと言われる。さらに「文化大革命」は中国の伝統的社会をことごとく破壊し、直接間接に数千万人が死亡したと言われる。
本書の中で李博士が繰り返し述べているが、毛沢東の近くで勤務すればするほど毛沢東を尊敬できなくなるという、実際的には個人的な魅力も乏しい人物だった。
この本を読んで「毛沢東がとんでもない独裁者だった、凄かったんだね」と読んで終わってしまうのは皮相的にすぎるように思う。なぜなら毛沢東は中国に繰り返し出現する混乱の後に農民の支持を背景にゲバルトで中国を統一する歴代皇帝の一類型であるという認識が必要だと思うからである。
策略の使い方、駆け引き、部下をコントロールする方法、政敵を追い落とす方法などについて毛沢東はまさに歴代中国皇帝の正当なる継承者だったのだと思う。この本を読めばそのことがよくわかる。
しかし前から分からなかったのは、なぜ毛沢東の周囲の人間は尊敬も難しい毛沢東にあれだけ忠誠を誓っていたのかである。
一般大衆が毛沢東を崇拝するのは分かるとしても、周恩来やトウ小平などの一流の洞察力と歴史観をもった人間があれほどまでに毛沢東を支えた理由が分からなかった。単なる保身から出た行動には思えなかった。
上巻を読んでから下巻を読む間に『おどろきの中国』橋爪大座三郎/大澤真幸/宮台真司共著(講談社現代新書)を読んだ。この本を読んで周恩来やトウ小平はじめとする毛沢東を絶対として行動する人たちの行動原理が分かった気がする。
この本によると、中国は戦国時代から繰り返し発生する個人の闘争をゲバルトで決着させる。そしてその安定状態を保つために天や皇帝としてゲバルトのチャンピオンになった人を祭り上げてそこを不可侵な神聖なものとして安定を保つ。そういうメンタリティーを持っているのだと。
民衆は無意識に(それを)持っているのだろうし、周恩来やトウ小平はそういうことが意識的に分かっていたのだろうと思う。
「毛沢東の私生活」上巻と下巻の間に小室ゼミ出身3人による本「おどろきの中国」を読んだことでこの本の理解が深まった。ちなみにトウ小平もある意味その後「小皇帝」としてふるまう事になる。中国の権力構造を理解するためにこの本は第1級の歴史的資料です。
◆読者評2:本書は評者(私)が中高大学生の頃に、中華人民共和国内で起きていた裏事情並びに中国国内の各地で起きていた悲惨な事情をよく表しています。
評者は、いわゆる「朝日系・岩波系進歩的文化人」による「大躍進」や「文化大革命」に対する絶賛を聞かされて育った世代です。当時「毛語録」は必需品でした。
我々世代(当時の若者)は、「1.学生運動に走る者」、「2.右翼方向に走る者」、「3.学生運動に心情的にはシンパシーを感じるものの、そこまで信じていいのかなと懐疑的な目でみる傍観者」、「4.学生運動に全く関心のない者」に分別できますが、評者含め大半の若者が、3.のいわゆる「日和見主義者」と評される者でした。
評者は「マル経」ではなく「近経」を志し、卒業後、銀行に勤務した者ですが、「大躍進」「文化大革命」を経済的側面から見るにつけ、朝日系・岩波系進歩的文化人の人達の「絶賛」ってなんだったのかと思うようになった次第です。同様の話は、北朝鮮への帰国運動の際にもありましたね。
当時の朝日系・岩波系進歩的文化人の方々が、今何を思っておられるのか聞いてみたいと思っているのは、私だけではないと思います。
本書を読むと、1)共産主義体制内部では、文字通り「殺すか殺されるか」の権力闘争が、圧倒的多数の一般人の生活事情に関係なく行われること。2)各々正義(人民の為?)を振りかざした闘争となり、決して妥協のないこと。3)妥協すると、後々どこかで裏切られること。
それが非常によく分かります。現在の中国でも、同様の権力闘争が今でも行われているのは、各種報道を見るまでもありません。あなたは、日本をそんな国にしたいですか?
・・・
書評を寄稿する読書人は知的レベルが高いようで、さすがに文章がしっかりしている。読んでいて「?」と躓かないのがいい。せいぜい軽佻浮薄なベストセラーしか読まないだろうTV&スマホ人とは「民度が違う」。
キップス曰く「静かな時間、思索黙想の時を持て。静寂こそが人間の精神が成長する場所である」。知足安分、足るを知りて分に安んずる、学びて時にこれを習う、また喜ばしからずや。
維新前後に来た外国人は「庶民と武士はまるで人種が違う」と驚き、鴎外の「小倉日記」には手癖の悪い下男を「無智蒙昧、善悪を知らない私利私欲の車夫馬蹄」のように描き、今さら何を言っても無駄、と諦観している。福翁は口が酸っぱくなるほど「学問のすゝめ」を説いた。
普通選挙導入は明治の初期からの課題だったが、実施するには国民の民度、教育レベルを高めなければならない。それをしなければ理性ではなく場当たり的な風説や気分で議員を選び、亡国になりかねないからだろう。ロシア革命の熱狂が落ち着き始めた1928/昭和3年2月20日、第一回普通選挙投票日。民度をそれなりに高めるのに維新から何と60年もかかってしまった。(劣化させるには30年で十分だろう)
それから100年近くになっても国会は「良識の府」とは言えやしない。箸にも棒にもかからないような輩が「高給だし、この際だから運を天に任せて立候補しよう」、議員の3分の1はそんなものではないか。
スナックのママが市会議員に立候補した際、ヒモのような旦那が「当選すれば年間に〇〇円、月当たり○○円になるから生活できる」と計算機で皮算用して小生を唖然とさせたが、この手の人は結構多そうだ。
それでも国会や選挙はあった方がいいし、有象無象の議員はいないよりいた方が遥かにいいのである。タンクの圧力を調整する安全弁、それがなければ大爆発してしまう、レバノンのように。
漢族は有史以来「戦乱が常態化」し、「困ったときのカネ頼み、一族の相互扶助」が生存を確保するための絶対的な価値観になったのだろう。覇者が悪漢だろうが狂気だろうが、「とにかく戦乱を封じてくれれば御の字」であり、それ故に側近たちは異民族であろうと暴君であろうと覇者、即ち漢族+周辺民族を抑え込む「重し」「タガ」を必死で維持しようとしたわけだ。
「正義」「道徳」「人道」では漢族は治められない、とにかく強権独裁でも治まることが最大の優先事項だということ。マキャベリ曰く「自由だがバラバラで治安のない国と、自由はないが秩序ある治安の良い国。後者の方が遥かにマシである」。そういうことだなあと首肯せざるを得ない。
弾圧だろうが悪政だろうが、とにかく「治安優先」、漢族の統治者、指導者はそれ以外の方法による統治方法を知らない、あるいは知っていても「支那大陸には合わない、強権独裁統治しかない」と確信しているのだろう。
今、漢族由来の国民が多い台湾人は「自由民主人権法治、普通選挙による国民国家は漢族には無理だと言われていたが、私たちはそれを覆して国民国家を創った」と誇らしげだ。つまり中共の漢族に向けて、「あなたたちにも国民国家を創れる、台湾も世界もそれを応援できる、やってみなさい」とアピールしている。
中共がこのまま国民国家を拒否し、妄想的強権独裁、習近平的世界制覇を進めれば、確実に鉄のカーテンで包囲される。西側世界の協力を得ながら国民国家への道を歩むか、敵対して内戦、戦乱で自滅の道を歩むか、中共独裁帝国は歴史的な岐路にある。
習近平なら「14億の民を結束させ毛沢東主義の原点に返る絶好の機会だ」と見るはずだ。習近平一派を一気に叩く宮廷革命が望ましいが、それをできる人材がいるかどうか・・・21世紀の孫文は登場するのだろうか。
楊海英先生著「中国人の少数民族根絶計画」から。
<当時、ウラーンハダ人民公社で暮らしていたモンゴル人女性は次のように証言しています。
「(中共の敵とされた)内モンゴル人民革命党員の妻や娘たちは、ほとんど例外なく革命委員会の中国人幹部たちにレイプされました。あの時代、半径数十キロ以内のモンゴル人女性にはまったく逃げ場がありませんでした。
1968年夏のある晩、彼らは私たち5人の女性を丸裸にして草原に立たせました。私たちは両足を大きく広げられ、股の下に灯油ランプが置かれました。すると無数の蚊や蛾などの虫が下半身に群がってきました。このような虐待は、その後何日も続きました。
また中国人たちはSという女性に、彼女の義父と「交配」するように命じていました。このように凌辱された時、いつも大勢の中国人幹部たちや農民たちが周りで見て、笑っていました」>
民族の記憶は何百年も消えないから、中共はモンゴル人、ウイグル人、チベット人などの報復を恐れ、敵性民族を絶滅したいわけだ。そうならないように支那大陸から中共核心の中共党員と元紅衛兵合わせて1億人を消さなければならない。目まいがしそうだが、13(億)人が1(億)人を始末すると考えれば、さほど問題ではなさそうだ。
台湾人は「恩讐の彼方に」ということなのか、政治的な配慮のためなのか、蒋介石国民党一派に報復していない。ならぬ堪忍、するが堪忍、じっと耐えている、大したものだ。中共残党1億の処分は台湾人と香港人に委ねればスムーズにいくのではないか。
日本は中共包囲戦で頑張るべきだが、残党を受け入れたくはないなあ。エチオピアなど中共と親和性が高いアフリカ諸国とか、アカが大好きな朝鮮半島に引き受けてもらうとか、検討すべきだろう。