雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(88」
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/198(2020/10/8/木】秋。散歩にはいいシーズンだ。多摩川や森林公園、生田緑地など小生のお気に入り散歩コースは、赤と薄黄色の曼珠沙華や黄色のコスモス、ピンクのサルスベリ、紫のツリフネソウ、ムラサキシキブなどなど花盛り、キンモクセイの黄色い花はとてもいい匂いを放っている。
平日でもカメラや望遠鏡を持ったヂヂババ、水彩画のご婦人連、犬の散歩の人も結構いる。人が多過ぎるといささか興覚めだが、8時前後の早朝の森林公園は薄暗く、神々の時間帯みたいで人気がほとんどなく、不安になる、ちょっと怖い。
この森林公園は縄文遺跡跡地で、整備される前の空撮写真を見ると前方後円墳そっくりの形。隣接して90ヘクタールの霊園もある。その聖なる地を土足で散歩・・・祟りじゃ、亡き王一族の祟りじゃ・・・
人を見かけるとホッとするね。9時には農大園芸科を出たばかりのような美しいお嬢様がビシッと作業服姿で現れるから、何となく小生は尻尾を振るワンコになった気分、「マリリン、逢いたかったよ!」・・・涸れても死ぬまでシケベ・・・笑うべし。
小生の自然散策には9時から12時頃までが適当だが、荷風散人は昼食後とか夕方に下町散策に出かけている。60代、70代でも数時間歩き回っており、びっくりするほどの健脚だ。興に乗ると真っ暗になるまで散策しており、飽くなき好奇心と疲れを知らぬ散策が80歳でぽっくり逝くまでのそれなりの健康を支えたのだろう。
荷風は芸者を落籍(引)いて嫁にするなど“良家にあるまじき不品行”により末の弟の威三郎から蛇蝎、悪病の如く嫌悪され、結局、威三郎に永井家を追放され(荷風としては義絶し)、威三郎が永井家当主になったのだが、血筋の良い家柄で父親は官僚、実業家、学者だった。
小生は永らく「威三郎はなぜそれほど荷風を嫌悪したのか?」と疑問に思っていたが、ようやく納得できる「解」が見つかった。
「永井威三郎(朝鮮総督府農事試驗場)『稲に於ける一種の斑葉病の遺伝に就て』日本遺伝学会第二回大会講演/1930 年」から。
<水稲には数種の遺伝的病状を呈する斑葉型あり。其中の二三のものは突然変異に因って発現せるものにして生理的障害に基き病状を呈するものなり。之は健全なるものに対し劣性形質として遺伝し、一種の斑葉にして病原菌の寄生を誘致する素因の存在に原因するものなり、云々>
荷風は「襤褸切れ(ぼろきれ)の中に美しい刺繍の痕跡を見つけると大感激する」人、威三郎は「秩序の中の異端や異常は絶対許せない」人、これでは水と油、共生できるわけがない。
天性の価値観の違い・・・兄弟姉妹は同じ屋根の下で育っても人生いろいろ、近親憎悪という言葉もある。名家(概ねは資産家)の場合、兄弟は父親の跡目を巡ってライバルになったり、疎遠になったりするのは珍しくない。
小生が世話になったデザイナーの杉田さんは作家の高杉良の弟だが、「兄貴には全然会ってないし、著作も読んだことがない」と言っていた。たまたま高杉良を取材した際に、「弟さんの杉田さんにはいい仕事をしてもらってますよ」と言うと、「えっ! そうですかあ、あいつ元気ですか・・・」と何やら懐かしげだった。
まあ、テレもあるから兄弟の場合は「恩讐の彼方に」とはなかなかいかないようだ。ましてや国家間、民族間も「過去にいつまでも縛られていないで、明日のために協力していこう」、それがいいことだとは双方が思っていても、なかなかそうはいかない。
凹「まずはアンタから詫びの言葉をもらわな、若いもんが納得せんさきゃーな」
凸「そりゃあこっちんゆセリフて。ばってん、そげんこつゆちょったら一歩も進まんやろうが、とにかっ今は手を握っしかなか、グズグズしちょったら戦狼組ん奴らん思う壺やろ・・・んったっ、疲るっわ」
凹「だもんでこそ過去は過去としてきれいさっぱり水に流さんかんやろ、謝罪し、賠償する、手打ちをする、そこから新しい協力関係が始まるのが筋やろうて」
凸「そげん話は先代ん時ん手打ちで終わったことて。何考えてんねん」
凹「昔は昔、今は今や。先代が勝手に手打ちしたことに、なんでわしらが縛られなアカンのきゃー」
凸「バカくさ! 話にならんど、戦狼組んパシリにでもなったやよか・・・ま、相手にされんやろうが。つけっ薬なし、ほなセナラ」
操縦席に変人が座っていたり乗客が暴れる国が急増しているのは武漢ウイルスによるストレスの影響なのか。
福島香織氏によると中共経済はお先真っ暗で、今さら誰が習近平に取って代わっても回復はできそうもないから、「習を排除するよりも墜落するまで習に操縦桿を握らせて責任を取らせた方が次期政権のスタートとしてはいい」という考えが広まっているとか。
国益、国民、世界の安定よりも「自己・自派閥の保身・利益が優先」という漢族の嗜好、初期設定そのものみたいな論理だ。いやはや凄いなあと思うが、自由民主人権法治の国民国家(170か国家中せいぜい1割)以外では、それが普通なのかもしれない。
それならブレーキなしの戦狼習近平はフリーハンドで妄想的ダメモト戦争を始めるに違いない。我らが鉄のカーテンで包囲隔離しなければ熱戦になる。先手先手で押し込まなければ、逆に中露北韓+カンボジア・ラオス・スリランカ・アフガニスタン・イラン・エチオピアなどの戦狼包囲網で逆包囲されかねない。
米国大統領選挙でトランプ共和党が負ければ中共包囲戦は日本が主体にならざるを得ない。そういう覚悟で臨まなければ日本は中共の「東海省」になる。ドラえもんはいない、日本がドラえもんになるしかない。
世界は日の出を待っている、昇るのが天命だ。続・大東亜戦争、Make Japan Great Again、八紘一宇へ前進あるのみ。米民主党ウィルソンが潰した被抑圧民族解放戦争でもある。
中共&漢族は「人道に対する犯罪」でも処罰されるべきだ。楊海英先生著「中国人の少数民族根絶計画」から。
<チャハル地区のダランタイという人物は、一族が受けた蹂躙をこう回想しています。
「兄が殺された後、その妻で典型的な牧畜民ドルジサンも逮捕された。ある晩、毛沢東思想宣伝隊の隊長、張輝根たちはドルジサンを裸にして手足を縛った。そして刀で彼女の乳房を切り裂いてから塩を入れ、箸でかき混ぜた。床一面が真っ赤に染まった。
それでも宣伝隊員たちは『お前は早く死にたいだろうが、ダメだ。誰が(中共の敵である)内モンゴル人民革命党員(当時はとっくに消滅していた)かを白状しなければ死なせないぞ』と言った。このように彼女は十数日間にわたって凌辱され、ドゥベルト地区の病院で亡くなった」>
毛沢東の指示を受けた中共党員や紅衛兵は悪逆非道の限りを尽くしていった。それでも彼らは毛主席の忠実な兵士であり、今でも全く非難されたことはない。それどころか仲間内では当時の「武勇」を語って楽しんでいるという記事を見たことがある。
「奴は敵だ、敵を殺せ!」・・・正義と思えば何でもできる・・・人間は性悪で、躾なければただのサル、残念ながらそういうものなのだ。中共に大弾圧を食らった法輪功系メディア「エポックタイムス」2019/7/18から。
<共産党が殺害を繰り返す理由は、文革でも使われた手口だが、一般社会から人材を見つけるためである。同党が殺害や犯罪を行うと、大衆も巻き込まれて共犯者になる。その過程で、最も野蛮な加害者が、党の忠実なメンバーとなる。
今日に至っても、一部の元紅衛兵は文革の時に犯した罪を後悔していないと話す。彼らは、若い時の野蛮な行為について「全く悔恨の念はない」と言う。
また、共産党は公に被害者を殺害することで、市民を服従させることができる。
一つの法則が見えてくる。つまり、歴史を通して殺戮は独裁政権下や戦時下に起こる。なぜならば、そこには倒すべき敵がいるからだ。
一方、共産党が存続するためには、敵がいなければならない。もし敵がいない時は、でっちあげる必要がある。そうしなければ、共産党は殺害し続けることができないからだ。
悠久の歴史と豊かな文化を擁する中国のような国で、共産党が支配するには殺戮を続ける必要があった。5千年の文化を継承した中国人は、神を冒涜する野蛮な共産党を簡単に信じたりはしない。従って、中国共産党はソ連で試したように、大虐殺によって独裁政権を維持したのである>
リベラル≒アカモドキは現在ではなんぞの際には確実に残虐な紅軍、紅衛兵になる。これを知らない人が多過ぎる。立民が中共を非難したことは一度もない。立民は日本を中共のような共産主義独裁国家、党員による、党員のための、党員の国家にしたいのだ。米国の民主党も同じ穴の狢。ベールを取ればアンテイファそのもの。騙されてはいけない。
アカの悪逆非道に、汝、怒りもて報いよ、復讐するは我にあり、中共絶滅、支那解放へ!(小生の論は間違っているのだろうか・・・)
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/198(2020/10/8/木】秋。散歩にはいいシーズンだ。多摩川や森林公園、生田緑地など小生のお気に入り散歩コースは、赤と薄黄色の曼珠沙華や黄色のコスモス、ピンクのサルスベリ、紫のツリフネソウ、ムラサキシキブなどなど花盛り、キンモクセイの黄色い花はとてもいい匂いを放っている。
平日でもカメラや望遠鏡を持ったヂヂババ、水彩画のご婦人連、犬の散歩の人も結構いる。人が多過ぎるといささか興覚めだが、8時前後の早朝の森林公園は薄暗く、神々の時間帯みたいで人気がほとんどなく、不安になる、ちょっと怖い。
この森林公園は縄文遺跡跡地で、整備される前の空撮写真を見ると前方後円墳そっくりの形。隣接して90ヘクタールの霊園もある。その聖なる地を土足で散歩・・・祟りじゃ、亡き王一族の祟りじゃ・・・
人を見かけるとホッとするね。9時には農大園芸科を出たばかりのような美しいお嬢様がビシッと作業服姿で現れるから、何となく小生は尻尾を振るワンコになった気分、「マリリン、逢いたかったよ!」・・・涸れても死ぬまでシケベ・・・笑うべし。
小生の自然散策には9時から12時頃までが適当だが、荷風散人は昼食後とか夕方に下町散策に出かけている。60代、70代でも数時間歩き回っており、びっくりするほどの健脚だ。興に乗ると真っ暗になるまで散策しており、飽くなき好奇心と疲れを知らぬ散策が80歳でぽっくり逝くまでのそれなりの健康を支えたのだろう。
荷風は芸者を落籍(引)いて嫁にするなど“良家にあるまじき不品行”により末の弟の威三郎から蛇蝎、悪病の如く嫌悪され、結局、威三郎に永井家を追放され(荷風としては義絶し)、威三郎が永井家当主になったのだが、血筋の良い家柄で父親は官僚、実業家、学者だった。
小生は永らく「威三郎はなぜそれほど荷風を嫌悪したのか?」と疑問に思っていたが、ようやく納得できる「解」が見つかった。
「永井威三郎(朝鮮総督府農事試驗場)『稲に於ける一種の斑葉病の遺伝に就て』日本遺伝学会第二回大会講演/1930 年」から。
<水稲には数種の遺伝的病状を呈する斑葉型あり。其中の二三のものは突然変異に因って発現せるものにして生理的障害に基き病状を呈するものなり。之は健全なるものに対し劣性形質として遺伝し、一種の斑葉にして病原菌の寄生を誘致する素因の存在に原因するものなり、云々>
荷風は「襤褸切れ(ぼろきれ)の中に美しい刺繍の痕跡を見つけると大感激する」人、威三郎は「秩序の中の異端や異常は絶対許せない」人、これでは水と油、共生できるわけがない。
天性の価値観の違い・・・兄弟姉妹は同じ屋根の下で育っても人生いろいろ、近親憎悪という言葉もある。名家(概ねは資産家)の場合、兄弟は父親の跡目を巡ってライバルになったり、疎遠になったりするのは珍しくない。
小生が世話になったデザイナーの杉田さんは作家の高杉良の弟だが、「兄貴には全然会ってないし、著作も読んだことがない」と言っていた。たまたま高杉良を取材した際に、「弟さんの杉田さんにはいい仕事をしてもらってますよ」と言うと、「えっ! そうですかあ、あいつ元気ですか・・・」と何やら懐かしげだった。
まあ、テレもあるから兄弟の場合は「恩讐の彼方に」とはなかなかいかないようだ。ましてや国家間、民族間も「過去にいつまでも縛られていないで、明日のために協力していこう」、それがいいことだとは双方が思っていても、なかなかそうはいかない。
凹「まずはアンタから詫びの言葉をもらわな、若いもんが納得せんさきゃーな」
凸「そりゃあこっちんゆセリフて。ばってん、そげんこつゆちょったら一歩も進まんやろうが、とにかっ今は手を握っしかなか、グズグズしちょったら戦狼組ん奴らん思う壺やろ・・・んったっ、疲るっわ」
凹「だもんでこそ過去は過去としてきれいさっぱり水に流さんかんやろ、謝罪し、賠償する、手打ちをする、そこから新しい協力関係が始まるのが筋やろうて」
凸「そげん話は先代ん時ん手打ちで終わったことて。何考えてんねん」
凹「昔は昔、今は今や。先代が勝手に手打ちしたことに、なんでわしらが縛られなアカンのきゃー」
凸「バカくさ! 話にならんど、戦狼組んパシリにでもなったやよか・・・ま、相手にされんやろうが。つけっ薬なし、ほなセナラ」
操縦席に変人が座っていたり乗客が暴れる国が急増しているのは武漢ウイルスによるストレスの影響なのか。
福島香織氏によると中共経済はお先真っ暗で、今さら誰が習近平に取って代わっても回復はできそうもないから、「習を排除するよりも墜落するまで習に操縦桿を握らせて責任を取らせた方が次期政権のスタートとしてはいい」という考えが広まっているとか。
国益、国民、世界の安定よりも「自己・自派閥の保身・利益が優先」という漢族の嗜好、初期設定そのものみたいな論理だ。いやはや凄いなあと思うが、自由民主人権法治の国民国家(170か国家中せいぜい1割)以外では、それが普通なのかもしれない。
それならブレーキなしの戦狼習近平はフリーハンドで妄想的ダメモト戦争を始めるに違いない。我らが鉄のカーテンで包囲隔離しなければ熱戦になる。先手先手で押し込まなければ、逆に中露北韓+カンボジア・ラオス・スリランカ・アフガニスタン・イラン・エチオピアなどの戦狼包囲網で逆包囲されかねない。
米国大統領選挙でトランプ共和党が負ければ中共包囲戦は日本が主体にならざるを得ない。そういう覚悟で臨まなければ日本は中共の「東海省」になる。ドラえもんはいない、日本がドラえもんになるしかない。
世界は日の出を待っている、昇るのが天命だ。続・大東亜戦争、Make Japan Great Again、八紘一宇へ前進あるのみ。米民主党ウィルソンが潰した被抑圧民族解放戦争でもある。
中共&漢族は「人道に対する犯罪」でも処罰されるべきだ。楊海英先生著「中国人の少数民族根絶計画」から。
<チャハル地区のダランタイという人物は、一族が受けた蹂躙をこう回想しています。
「兄が殺された後、その妻で典型的な牧畜民ドルジサンも逮捕された。ある晩、毛沢東思想宣伝隊の隊長、張輝根たちはドルジサンを裸にして手足を縛った。そして刀で彼女の乳房を切り裂いてから塩を入れ、箸でかき混ぜた。床一面が真っ赤に染まった。
それでも宣伝隊員たちは『お前は早く死にたいだろうが、ダメだ。誰が(中共の敵である)内モンゴル人民革命党員(当時はとっくに消滅していた)かを白状しなければ死なせないぞ』と言った。このように彼女は十数日間にわたって凌辱され、ドゥベルト地区の病院で亡くなった」>
毛沢東の指示を受けた中共党員や紅衛兵は悪逆非道の限りを尽くしていった。それでも彼らは毛主席の忠実な兵士であり、今でも全く非難されたことはない。それどころか仲間内では当時の「武勇」を語って楽しんでいるという記事を見たことがある。
「奴は敵だ、敵を殺せ!」・・・正義と思えば何でもできる・・・人間は性悪で、躾なければただのサル、残念ながらそういうものなのだ。中共に大弾圧を食らった法輪功系メディア「エポックタイムス」2019/7/18から。
<共産党が殺害を繰り返す理由は、文革でも使われた手口だが、一般社会から人材を見つけるためである。同党が殺害や犯罪を行うと、大衆も巻き込まれて共犯者になる。その過程で、最も野蛮な加害者が、党の忠実なメンバーとなる。
今日に至っても、一部の元紅衛兵は文革の時に犯した罪を後悔していないと話す。彼らは、若い時の野蛮な行為について「全く悔恨の念はない」と言う。
また、共産党は公に被害者を殺害することで、市民を服従させることができる。
一つの法則が見えてくる。つまり、歴史を通して殺戮は独裁政権下や戦時下に起こる。なぜならば、そこには倒すべき敵がいるからだ。
一方、共産党が存続するためには、敵がいなければならない。もし敵がいない時は、でっちあげる必要がある。そうしなければ、共産党は殺害し続けることができないからだ。
悠久の歴史と豊かな文化を擁する中国のような国で、共産党が支配するには殺戮を続ける必要があった。5千年の文化を継承した中国人は、神を冒涜する野蛮な共産党を簡単に信じたりはしない。従って、中国共産党はソ連で試したように、大虐殺によって独裁政権を維持したのである>
リベラル≒アカモドキは現在ではなんぞの際には確実に残虐な紅軍、紅衛兵になる。これを知らない人が多過ぎる。立民が中共を非難したことは一度もない。立民は日本を中共のような共産主義独裁国家、党員による、党員のための、党員の国家にしたいのだ。米国の民主党も同じ穴の狢。ベールを取ればアンテイファそのもの。騙されてはいけない。
アカの悪逆非道に、汝、怒りもて報いよ、復讐するは我にあり、中共絶滅、支那解放へ!(小生の論は間違っているのだろうか・・・)