雀庵の「常在戦場/63 対中戦は日本独立のチャンス」
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/348(2021/8/6/金】近所の内科医でコロナワクチンの1回目の接種を受けた。接種の人だけで10人ほどもいて、受付のお姉さん3人は必死の形相、まるで戦時下。注射はA先生が打ってくれたが、すこぶるご機嫌だった。
その模様をカミサン(看護婦)に話すと、「うちの病院だって大変よ、コロナ優先で、内科患者は制限しているわ。A先生は注射1回でいくらとか収入があるから、そりゃあ機嫌がいいわよ」。
日本医師会によると「厚生労働大臣の指示に基づき国の負担により実施することを踏まえ、全国統一の単価で接種1回目、接種2回目ともに2070円とする」。
午前・午後で1日40人に接種するなら8万2800円、1か月(20日間)165万円、医院としては結構な臨時収入で、なるほど、先生は機嫌がいいわけだ。コロナ禍でも特需で売上が伸びている業界があるということは明るい話題である。
今はガックリしている業界も、やがては「いやーっ、あの時は散々だったけど、終息宣言後は一気に盛り返してコロナ以前より需要が伸びている、会社をたたまなくて良かった!」となるだろう。きっとそうなると信じていたい。
小生は2001年の9.11同時多発テロで会社を清算せざるを得なくなったが、事業を他社に引き継いでもらうのに1年ちょっとかかった。一段落したら胃がんになっており、2003年に手術をして療養していた頃は、抗がん剤の副作用で半分死んでいたようなもので、その影響から「少欲知足、知足安分」、欲少なく足るを知る、足るを知りて分に安んずる――をモットーにするようになった。老子の言葉だと思っていたが、改めて調べたらお釈迦様が元祖のようだ。
仏教が中国に伝わると「老子『道教』」が誕生したようで、老子自体が実在したかどうかもはっきりしない。仏教を含めた良き教えを元にして老子と道教が創作されたようだ。パクリのような感じがするが、まあ昇華(アウフヘーベン)したわけだ。それならその旨を記しておけばいいのに・・・隠蔽はかの国の伝統なのか。
初期仏教は紀元前450年ごろにインドで始まり、アジアに広まっていく。
<中国地域への仏教の伝来は紀元1世紀頃、シルクロードを往来する商人が仏像を持ち込み、それから民衆の間に徐々に仏教が浸透していったものと推定される。後漢の桓帝(146 - 168年)時代は、インドや西域の仏教者が漢土に到来し、洛陽を中心に仏典の翻訳に従事した。
3世紀頃より、サンスクリット語仏典の漢訳が開始された。4世紀頃から、西方から渡来した仏図澄(? - 348年)や鳩摩羅什(くまらじゅう、344 - 413年)などの高僧が現われ、旧来の中国仏教を一変させるような転機を起こす、云々>(WIKI)
日本には538年頃に仏教が到来し、神道派との対立があったが、聖徳太子と蘇我馬子の仏教容認側が内紛を制して、神道と仏教の両立という、何とも変則的な、アバウトな、穏やかな“多神教国家”になった。
<聖徳太子は『法華経』『維摩経』『勝鬘経』の三つの経の解説書『三経義疏』を書き、『十七条憲法』の第二条に、「篤く三宝を敬へ 三宝とは仏、法、僧なり」と書くなど、仏教の導入に積極的な役割を果たした>(同)
今では神道は「勝利祈願」、仏教は「安泰祈願」の趣があるが、激しい宗教対立や宗教紛争がないだけでも多神教は結構なことだと小生は思う。
お釈迦様の初期の言葉を記しているお経「スッタニパータ」(サンスクリット語)では「知足安分」をこう説いている。
<足ることを知り、わずかな食物で暮らし、雑務少なく、生活もまた質素であり、もろもろの感官が鎮まり、聡明で昂(たか)ることなく、貪(むさぶ)ることがない>(中村元著「原始仏典」)。
中村先生の解説によると「西洋ではことにストア派の哲人が人生の理想として『足るを知る』『満足せよ』とよく説いている」そうだ。小生はストア派哲学のローマ皇帝マルクス・アウレーリウス(121 - 180)の日記「自省録」を枕頭において時々目を通すが、彼の生き方は「理性(ロゴス)によって感情(パトス)を越えよ」という凄まじいストイック、禁欲主義で、「少欲知足、知足安分」というレベルを遥かに超えて、いささか自虐的。
「マルクス先生、もう少しアバウトでもいいんじゃないですか?」と言いたいが、「君は信心に濁りがある、喝!」なんて叱られそうだ。
余計な話だが、ローマ帝国(ローマ文化)が弱体化した原因には、マルクスが手を焼いた周辺民族からの侵入(軍事費急増による財政難)、およびキリスト教の浸透、拡大(多神教、ユダヤ教、多彩な文化の否定=文革)が大きかったのではないか。アバウト=いい加減=良い加減=日本式はなかなか結構な価値観だと思うが・・・
そう言えば石平氏がこう言っていた(産経2021/8/5「話の肖像画」)。
<中国では、儒教の影響を受けた宗族(父系の血縁社会)主義の下、一族の繁栄のみを追い求めてきたのです。歴代の王朝を見ても、漢王朝は劉氏、唐王朝は李氏…と、それぞれ一族(私)の政権であり、国家などという「公」の意識はまずありません。
現代の中韓でも、かつての皇帝のごとく、国家主席や大統領が「一族の長」として絶大な権力を握り、人事や権限を独占している。利権やポストの“甘い汁”を求めて一族の連中がぶら下がり、一族丸ごとによるケタ違いの不正蓄財がなされる構図です。
日本は中国と距離を置いていた時代ほどよかったのです。遣唐使を廃止した平安時代。鎖国の江戸時代。「脱亜入欧」を掲げた明治期も、日露戦争まではよかったのですが…。日本の失敗は「中韓が同じ思想、同じ文明の持ち主」と誤解してしまったことにあるのです>
この「宗族」の呪縛は実に重い。宗族は優秀な若者を支援して高等教育を受けさせるが、出世したら宗族に恩返ししなければならない。辛亥革命や共産党設立に関わり、紅軍の産みの親でもある朱徳は、「宗族に報いる」という重圧から、不本意ながら年下の毛沢東の子分にならざるを得ず、一時期は荒れていたようだ。建国後は「蓄財蓄妾美酒美食」で鬱屈を晴らしていたようで、ちょっと気の毒な感じがする。
林彪も周恩来も、嫉妬深く、猜疑心旺盛で、プライドの高い毛沢東に翻弄された人生だった。部下は「毒を食らわば皿まで」、居直って毛に仕えるしかない。
毛沢東の真似っ乞食である習近平も恐怖政治で手下、人民を抑え込んでいる。アメ=蓄財とムチ=収監。誰も諫言できないから、第2次文革と第3次世界大戦に勝って、毛沢東を超える帝王、世界の覇者として君臨したいのだ。
毛が搗き、トウが捏ねし天下饅、土足で潰す習近平・・・毛沢東の軍事論は内戦、ゲリラ戦では有効だったが、対外戦争では成果を上げられなかった。今はハイテク戦争、ドローン戦争が主流になりつつある。
<トルコの軍事メーカーSTM社は同社が開発している攻撃ドローンKarguを初めてトルコ国外の友好国に輸出することを明らかにした。具体的な国名は明らかにされていない。
トルコの防衛産業業界トップのイズマイル・デミール氏は自身のSNSで「トルコの軍事産業は世界中の国々に開かれています。私たちの技術力は卓越しています」と投稿していた。
「神風ドローン」の大群が上空から地上に突っ込んできて攻撃をしてくることは大きな脅威であり、標的である敵陣に与える心理的影響と破壊力も甚大である。トルコ軍はすでにKarguを使用している>(佐藤仁学術研究員・著述家、2021/8/2
https://news.yahoo.co.jp/byline/satohitoshi/20210802-00251245)
中共は先進国主体による包囲網で貿易が断たれれば、ハイテク武器で後れを取る。昔のような「援蒋ルート」は軍事衛星で捕捉、ドローンで破壊されるから利用できない。プーチンだって腰が引ける。
一方で米国は台湾への武器供与を進め、欧米の空母打撃軍は訓練しながら南シナ海に集結つつある。今や中共は世界中で嫌われている。パンダハガーだった日本人は今や80%が中共嫌い、「世界1位、金メダル」になった。
王毅外相は「南シナ海の平和と安定を損ない、地域の国々の団結と協力を損ねるいかなる行為にも断固として“NO”と言う。 我々は平和を維持するために地域の国々の努力を尊重し、南シナ海に黒い手を伸ばさないよう外部勢力に警告する!」(新華社2021/8/5)と吠えて見せたが、南シナ海では米軍とインドネシア軍の合同軍事演習も始まった(8/4)。
<【北京時事8/5】中国海事局は3日、「軍事訓練」を8月6~10日に行うため、海南島沖や南シナ海の西沙(パラセル)諸島を含む広い海域を航行禁止区域に指定した。訓練の内容は不明だが、南北約400キロの広い海域で大規模な軍事演習を行う可能性がある。米軍や日本に向けて航行中の英空母を牽制する狙いもあるとみられる>
西側陣営 VS 中共軍、何やら一触即発もありそうで・・・中共包囲戦は五輪パラ後に熱戦になる可能性は高い。参戦に出遅れた国、拒否した国はスペインのように信用を失い、浮上するのはとても困難になる。
「少欲知足、知足安分」は、やるべきことはやり終えた余生のヂヂイ向けの訓示で、現役は公私とも「やるべきこと」がどっさりある。今は世界が新たな秩序を構築する大革命、大激動期に入った。市井の人が戦争、歴史の転換を生で体験できる時代になった。血を流さない戦争=外交から、血を流す外交=戦争に変わりつつある。善悪はっきりしており、勝った方が善、負けた方が悪である。歴史は勝者が創る。
対中共包囲戦は日本が80年振りに独立するチャンスでもある。熱戦だろうが令戦だろうが、今の機会を見送りしたら完全にアウト、傍観は亡国だ。日出ずる国は完全に沈没する。
世界は「日本を見よ、戦う勇気のない国は亡びる!」と子々孫々に伝えていくだろう。「戦」の一字を忘れた国の悲劇か喜劇か・・・まあ、それなりの教訓を残すから国際貢献ではあるけれど、亡国後も永遠に「東方のヘタレ国」と嘲笑され続けることは確かである。
「老人にも戦争のチャンスを与えよ! 俺も靖国に行きたい、行く権利がる!」と言いたいが、足手まといかなあ・・・遅れて来た老人・・・自爆攻撃で使ってもらえない?
目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646
まぐまぐID 0001690154「必殺クロスカウンター」
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/348(2021/8/6/金】近所の内科医でコロナワクチンの1回目の接種を受けた。接種の人だけで10人ほどもいて、受付のお姉さん3人は必死の形相、まるで戦時下。注射はA先生が打ってくれたが、すこぶるご機嫌だった。
その模様をカミサン(看護婦)に話すと、「うちの病院だって大変よ、コロナ優先で、内科患者は制限しているわ。A先生は注射1回でいくらとか収入があるから、そりゃあ機嫌がいいわよ」。
日本医師会によると「厚生労働大臣の指示に基づき国の負担により実施することを踏まえ、全国統一の単価で接種1回目、接種2回目ともに2070円とする」。
午前・午後で1日40人に接種するなら8万2800円、1か月(20日間)165万円、医院としては結構な臨時収入で、なるほど、先生は機嫌がいいわけだ。コロナ禍でも特需で売上が伸びている業界があるということは明るい話題である。
今はガックリしている業界も、やがては「いやーっ、あの時は散々だったけど、終息宣言後は一気に盛り返してコロナ以前より需要が伸びている、会社をたたまなくて良かった!」となるだろう。きっとそうなると信じていたい。
小生は2001年の9.11同時多発テロで会社を清算せざるを得なくなったが、事業を他社に引き継いでもらうのに1年ちょっとかかった。一段落したら胃がんになっており、2003年に手術をして療養していた頃は、抗がん剤の副作用で半分死んでいたようなもので、その影響から「少欲知足、知足安分」、欲少なく足るを知る、足るを知りて分に安んずる――をモットーにするようになった。老子の言葉だと思っていたが、改めて調べたらお釈迦様が元祖のようだ。
仏教が中国に伝わると「老子『道教』」が誕生したようで、老子自体が実在したかどうかもはっきりしない。仏教を含めた良き教えを元にして老子と道教が創作されたようだ。パクリのような感じがするが、まあ昇華(アウフヘーベン)したわけだ。それならその旨を記しておけばいいのに・・・隠蔽はかの国の伝統なのか。
初期仏教は紀元前450年ごろにインドで始まり、アジアに広まっていく。
<中国地域への仏教の伝来は紀元1世紀頃、シルクロードを往来する商人が仏像を持ち込み、それから民衆の間に徐々に仏教が浸透していったものと推定される。後漢の桓帝(146 - 168年)時代は、インドや西域の仏教者が漢土に到来し、洛陽を中心に仏典の翻訳に従事した。
3世紀頃より、サンスクリット語仏典の漢訳が開始された。4世紀頃から、西方から渡来した仏図澄(? - 348年)や鳩摩羅什(くまらじゅう、344 - 413年)などの高僧が現われ、旧来の中国仏教を一変させるような転機を起こす、云々>(WIKI)
日本には538年頃に仏教が到来し、神道派との対立があったが、聖徳太子と蘇我馬子の仏教容認側が内紛を制して、神道と仏教の両立という、何とも変則的な、アバウトな、穏やかな“多神教国家”になった。
<聖徳太子は『法華経』『維摩経』『勝鬘経』の三つの経の解説書『三経義疏』を書き、『十七条憲法』の第二条に、「篤く三宝を敬へ 三宝とは仏、法、僧なり」と書くなど、仏教の導入に積極的な役割を果たした>(同)
今では神道は「勝利祈願」、仏教は「安泰祈願」の趣があるが、激しい宗教対立や宗教紛争がないだけでも多神教は結構なことだと小生は思う。
お釈迦様の初期の言葉を記しているお経「スッタニパータ」(サンスクリット語)では「知足安分」をこう説いている。
<足ることを知り、わずかな食物で暮らし、雑務少なく、生活もまた質素であり、もろもろの感官が鎮まり、聡明で昂(たか)ることなく、貪(むさぶ)ることがない>(中村元著「原始仏典」)。
中村先生の解説によると「西洋ではことにストア派の哲人が人生の理想として『足るを知る』『満足せよ』とよく説いている」そうだ。小生はストア派哲学のローマ皇帝マルクス・アウレーリウス(121 - 180)の日記「自省録」を枕頭において時々目を通すが、彼の生き方は「理性(ロゴス)によって感情(パトス)を越えよ」という凄まじいストイック、禁欲主義で、「少欲知足、知足安分」というレベルを遥かに超えて、いささか自虐的。
「マルクス先生、もう少しアバウトでもいいんじゃないですか?」と言いたいが、「君は信心に濁りがある、喝!」なんて叱られそうだ。
余計な話だが、ローマ帝国(ローマ文化)が弱体化した原因には、マルクスが手を焼いた周辺民族からの侵入(軍事費急増による財政難)、およびキリスト教の浸透、拡大(多神教、ユダヤ教、多彩な文化の否定=文革)が大きかったのではないか。アバウト=いい加減=良い加減=日本式はなかなか結構な価値観だと思うが・・・
そう言えば石平氏がこう言っていた(産経2021/8/5「話の肖像画」)。
<中国では、儒教の影響を受けた宗族(父系の血縁社会)主義の下、一族の繁栄のみを追い求めてきたのです。歴代の王朝を見ても、漢王朝は劉氏、唐王朝は李氏…と、それぞれ一族(私)の政権であり、国家などという「公」の意識はまずありません。
現代の中韓でも、かつての皇帝のごとく、国家主席や大統領が「一族の長」として絶大な権力を握り、人事や権限を独占している。利権やポストの“甘い汁”を求めて一族の連中がぶら下がり、一族丸ごとによるケタ違いの不正蓄財がなされる構図です。
日本は中国と距離を置いていた時代ほどよかったのです。遣唐使を廃止した平安時代。鎖国の江戸時代。「脱亜入欧」を掲げた明治期も、日露戦争まではよかったのですが…。日本の失敗は「中韓が同じ思想、同じ文明の持ち主」と誤解してしまったことにあるのです>
この「宗族」の呪縛は実に重い。宗族は優秀な若者を支援して高等教育を受けさせるが、出世したら宗族に恩返ししなければならない。辛亥革命や共産党設立に関わり、紅軍の産みの親でもある朱徳は、「宗族に報いる」という重圧から、不本意ながら年下の毛沢東の子分にならざるを得ず、一時期は荒れていたようだ。建国後は「蓄財蓄妾美酒美食」で鬱屈を晴らしていたようで、ちょっと気の毒な感じがする。
林彪も周恩来も、嫉妬深く、猜疑心旺盛で、プライドの高い毛沢東に翻弄された人生だった。部下は「毒を食らわば皿まで」、居直って毛に仕えるしかない。
毛沢東の真似っ乞食である習近平も恐怖政治で手下、人民を抑え込んでいる。アメ=蓄財とムチ=収監。誰も諫言できないから、第2次文革と第3次世界大戦に勝って、毛沢東を超える帝王、世界の覇者として君臨したいのだ。
毛が搗き、トウが捏ねし天下饅、土足で潰す習近平・・・毛沢東の軍事論は内戦、ゲリラ戦では有効だったが、対外戦争では成果を上げられなかった。今はハイテク戦争、ドローン戦争が主流になりつつある。
<トルコの軍事メーカーSTM社は同社が開発している攻撃ドローンKarguを初めてトルコ国外の友好国に輸出することを明らかにした。具体的な国名は明らかにされていない。
トルコの防衛産業業界トップのイズマイル・デミール氏は自身のSNSで「トルコの軍事産業は世界中の国々に開かれています。私たちの技術力は卓越しています」と投稿していた。
「神風ドローン」の大群が上空から地上に突っ込んできて攻撃をしてくることは大きな脅威であり、標的である敵陣に与える心理的影響と破壊力も甚大である。トルコ軍はすでにKarguを使用している>(佐藤仁学術研究員・著述家、2021/8/2
https://news.yahoo.co.jp/byline/satohitoshi/20210802-00251245)
中共は先進国主体による包囲網で貿易が断たれれば、ハイテク武器で後れを取る。昔のような「援蒋ルート」は軍事衛星で捕捉、ドローンで破壊されるから利用できない。プーチンだって腰が引ける。
一方で米国は台湾への武器供与を進め、欧米の空母打撃軍は訓練しながら南シナ海に集結つつある。今や中共は世界中で嫌われている。パンダハガーだった日本人は今や80%が中共嫌い、「世界1位、金メダル」になった。
王毅外相は「南シナ海の平和と安定を損ない、地域の国々の団結と協力を損ねるいかなる行為にも断固として“NO”と言う。 我々は平和を維持するために地域の国々の努力を尊重し、南シナ海に黒い手を伸ばさないよう外部勢力に警告する!」(新華社2021/8/5)と吠えて見せたが、南シナ海では米軍とインドネシア軍の合同軍事演習も始まった(8/4)。
<【北京時事8/5】中国海事局は3日、「軍事訓練」を8月6~10日に行うため、海南島沖や南シナ海の西沙(パラセル)諸島を含む広い海域を航行禁止区域に指定した。訓練の内容は不明だが、南北約400キロの広い海域で大規模な軍事演習を行う可能性がある。米軍や日本に向けて航行中の英空母を牽制する狙いもあるとみられる>
西側陣営 VS 中共軍、何やら一触即発もありそうで・・・中共包囲戦は五輪パラ後に熱戦になる可能性は高い。参戦に出遅れた国、拒否した国はスペインのように信用を失い、浮上するのはとても困難になる。
「少欲知足、知足安分」は、やるべきことはやり終えた余生のヂヂイ向けの訓示で、現役は公私とも「やるべきこと」がどっさりある。今は世界が新たな秩序を構築する大革命、大激動期に入った。市井の人が戦争、歴史の転換を生で体験できる時代になった。血を流さない戦争=外交から、血を流す外交=戦争に変わりつつある。善悪はっきりしており、勝った方が善、負けた方が悪である。歴史は勝者が創る。
対中共包囲戦は日本が80年振りに独立するチャンスでもある。熱戦だろうが令戦だろうが、今の機会を見送りしたら完全にアウト、傍観は亡国だ。日出ずる国は完全に沈没する。
世界は「日本を見よ、戦う勇気のない国は亡びる!」と子々孫々に伝えていくだろう。「戦」の一字を忘れた国の悲劇か喜劇か・・・まあ、それなりの教訓を残すから国際貢献ではあるけれど、亡国後も永遠に「東方のヘタレ国」と嘲笑され続けることは確かである。
「老人にも戦争のチャンスを与えよ! 俺も靖国に行きたい、行く権利がる!」と言いたいが、足手まといかなあ・・・遅れて来た老人・・・自爆攻撃で使ってもらえない?
目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646
まぐまぐID 0001690154「必殺クロスカウンター」