いち早く帰宅して、スコアを確認したくなるような今回も内容の濃い演奏会だった。
新日本フィルは、上岡監督を迎えての2年目のシーズン(2017-2018)がいよいよ開始され,今月からそれぞれのシリーズを1年間かけてこなしていくわけだ。アントンKは、特別演奏会を集めた「サファイア」というシリーズ会員となったが、この1年間は、単発でトリフォニーにも通うつもりでいる。今回の幕開けコンサートは、プログラム2曲とも馴染みのある大好きな楽曲だったため、アントンKもこの日を心待ちにしていたのである。
さて前半には、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番が演奏された。この第4番は、どうしてもそのあとの第5「エンペラー」に隠されがちになるが、むしろアントンKは、こちらの第4番の方が好みだ。実演奏も第5ばかりで、第4はおそらく初めての体験ではないか。今回の演奏、ピアニストであるラーンキのピアノの音色が実に素晴らしい。音の一粒一粒が立っていて、まるで宝石がキラキラと輝いているようだった。それでいて、陰影があったり、反対に爆発的な情熱をもって迫ってきたりと、楽譜に忠実で素直な、しかし大きく偉大なベートーヴェンであった。オケも伴奏に徹するのではなく、ピアノとの協調があちこちに聴き取れ、この楽曲でも新しい発見があった。今にして思えば、指揮者上岡敏之臭さは控え目であり、この辺はラーンキとの熟考があったはず。特に第2楽章での弦楽器とピアノとの対話は、アントンKの心に突き刺さった。重苦しく緊張感を持った弦楽器のフレーズ。どこか迫りくる運命のような切羽詰まった気持ちになる。しかし、そのあとのラーンキのピアノの音色は、優しく透明で温かくアントンKを慰めてくれたのだ。そのやわらかな音色に思わず目頭を押さえたが、この部分だけとっても音楽の意味を感じ、心の糧となった。
休憩後の後半、いよいよマーラーの第5番が演奏された。アントンKは、上岡氏のマーラー演奏について、昨年第6を2回、録音で第1や第2などを聴いてきた。こんな経験から、今回の第5についても、ある程度の演奏解釈が想像できたが、結論を言えば、さらにその想像を越えてしまい、新しいこのマーラーの第5の魅力を自分に教示してくれたような思いでいっぱいになっている。
まず葬送行進曲である第1楽章が始まるが、Trpの甲高い音質は避けて、柔らかいトーンのソロの音色で幕開け、その後の爆発もバランス感覚が生きており、どのセクションの音もこちらに伝わる。そして譜面2からのベース、ドーソードの強調にまずは驚く。帰宅後確認してみると、確かにこの部分は、PPの中、ベースのみmfと書かれていた。曖昧に映るmfを嫌い、少し大げさに表現しただけで、随分イメージが変わるものだ。
アタッカで続く第2楽章、スケルツォの第3楽章とますます雄弁になってきたのはHrn群だった。とにかく上岡の要求に適格に答え、その音の分厚いことといったらない。聴きながら昔NHKホールで聴いた、ウィーン・フィルのマーラーの第5を思い出したくらいだ。とにかく音色が綺麗で主張が生きており、最後までHrn群の活躍ぶりには目を見張ったのである。またそれに付け加えるのならば、なんと言っても弦楽器群の頑張りではないだろうか。特にVnのここまでの主張は聴いたことがない。コンマスの崔文洙氏の熱い演奏は相変わらずで、フレーズの強弱、緩急に合わせて身体が中腰になってしまうその姿は感動を呼ぶ。カラヤンが指揮すると、普段出ない音も出てしまうらしいが、上岡氏もきっとその系統の指揮者かもしれない。本番でそれまでの積み重ねを爆発させているのがわかり、即興性を伴いながらのすさまじい演奏は、聴いていて、見ていて心が熱く感動する。全体的にこれは言えることだが、特に第5楽章の後半からコーダへと至るくだりは、スピード、スリルが加わり、まるでジェットコースターの様相。譜面32からの強烈な動きのあと、Pesanteからの広がりはどうだろう。こんな聴こえ方は経験がなく最も感動したポイント。そして譜面33からは、最小で開始されこれまた度肝を抜かれたが、そこからの追い込みは、ただでさえ興奮をあおられるポイントながら、完全にアントンKも感服してしまった。
アントンKにとってマーラーの交響曲は、今でも重要な鑑賞楽曲の一つだが、最初は誰も同じようにバーンスタインに始まり、それをある程度演奏の基本形としてきた。今でもバーンスタインは大好きな指揮者の一人だが、現代において考察するのなら、今後、上岡敏之のマーラーは面白いと思っている。ご本人が目指しているように、伝統的演奏法にはとらわれず、愚直に譜面と向き合うことで新たな発見が生まれる。このことを心から応援したくなるではないか。
2017-09-16 特別演奏会 サファイア
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調 OP58
マーラー交響曲第5番 嬰ハ短調
上岡敏之 指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団
デジュー・ラーンキ(ピアノ)
崔 文洙 (コンマス)
横浜みなとみらいホール