アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

撮り鉄達のささやき

2017-09-28 19:00:00 | 日記

「撮るものがなくなった!」・・・

近年線路端でよく耳にする捨て台詞がこれだ。

年々撮りたい車両達が消えていき、撮影対象が無いことを嘆く同志の方々は多い。おそらくその撮影対象は、国鉄型と呼ばれる車両たちのことだと思われる。国鉄が民営化されて今年で30年。現存する当時の車両達を見回しても、いよいよ引退が迫っていることは容易に想像できてしまうのである。確かに古い車両達は、自分たちが生きてきた同じ長い時間、慣れ親しんでいる車両が多く、撮影者側にも思い入れは尽きないだろう。逆に最近の車両達には、まだ歴史が浅く、これから我々が見たり乗車したりして親しみが湧いてくる可能性が無いわけではないが、単純に現代の最新鋭の車両達は、デザインが画一化され合理化されてなぜか同じに見えてしまう。これは見る人々によって相違することだが、少なくとも中年真っただ中のアントンKにはそう見える。趣味として語るには、洗練しすぎているのだ。個人的には、もっと武骨さや独自の主張のようなハッとするくらいの個性のある車輛が望みだが、それは現代社会においては叶わぬ夢だろう。

アントンKも今の風潮と同じように、近年撮影対象が減少したと感じることが多くなった。しかし、長年鉄道写真の基礎を記録写真として位置付けてきたのだが、ある時写真を記録だけに留めておくことは、もったいないことに気が付いたのである。自分の目の前の光景で動いた感情をどうにかして画像の中へ写せないだろうかと考えることが多くなったのだ。目に見えない感情を画像に取り込むなんて不可能だが、写真を見る側の感情によって、それは可能かもを思えるようになった。最も大切なことは、自分の中に沸き起こる感情があるのかないのかということであり、その感情に気づく心をいつも持ち合わせていられるかということ。同じ光景でも、心に余裕やゆとりがなく、それに気づきもしないことを恐れるのである。どこか音楽鑑賞に類似している部分を写真の中に見つけたような気がしているのだ。このことは、いずれ音楽鑑賞とともに掘り下げておきたい。人の感情を動かすような写真は、まだまだ撮影できていないが、これらを念頭に今後もカメラを向けていきたい。

掲載写真は、昭和の時代から運転されていた寝台特急「あけぼの」。運転末期の臨時スジに格下げされた頃のものだ。「ヒガジュウカーブ」と呼ばれる東十条付近の線路沿いの道は、「あけぼの」の通過時間が近づくと、カメラの放列が出来上がる。そこには、年代を越えた同志の撮影したいという殺気だった感情が蔓延していた。そんな撮り鉄たちをバックに、我らがスターEF64「あけぼの」が颯爽と駆け抜けていった。

2014-08-17  9022ㇾ  あけぼの