アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

国鉄色に復活したEF641001号機

2017-12-16 22:00:00 | 鉄道写真(EL)

寒波の居座った寒い中、とんぼ返りで上州まで出向いて来た。

撮影対象が減少したと言われている昨今、今回のEF641001でさえお若いファンたちの間では、「ネタ」と呼ばれて右往左往するらしい。この日も、沿線には多くのファンで盛り上がっていたが、確かに機関車が客車をけん引すること自体、過去帳入りしてしまう勢いだから、これも致し方がないことなのだろう。アントンKには、このEF641001号機が国鉄色になろうとあまり関心ごとにはならなかった。これは、長く撮影を続けていれば当たり前のことで、このEF64のデビュー時の写真や記憶もまだ鮮明に残っている。ただ、当時と違うのは撮影機材で、現代の機材で撮影し直すという発想で撮影を行っている。今回もまさにそんな発想。

お若いファンによると、ELの撮影がメインだから、最後部のSLは邪魔に感じているらしい。オールドファンではその逆だろうから、まさに時代は確実に変化している。

2017-12-16   9135レ EF641001  旧客x4 後C6120

 


「スーパーあずさ」ついに新型車へ・・

2017-12-14 15:00:00 | 鉄道写真(EC)

かねてから試運転を繰り返していたE353系特急型電車のデビューが迫ってきた。

残り1編成が増備され、全4編成で「スーパーあずさ」号として活躍を開始する予定になっているが、そうなると現行型のE351系は引退ということになるのだろうか。この電車、まだアントンKの中では新しい車両という認識が未だに残っているが、実際デビュー24-5年は経過しており、使用用途を考えると引退してもおかしくはない時期に差し掛かっているか。中央線は、先代とも言える183系列がまだ現役で走っている路線。これを機に動きが出るかもしれないが、多客時用か、あるいは今はやりの観光用特別電車に改造されて、我々ファンの前に再登場するかもしれない。なかなか興味の尽きない話題である。

掲載写真は、最後の走りを披露している現行スーパーあずさ号。このE351系デビュー時には、数々のトラブルがあり、内部的にはあまり評判が良くなかった電車らしい。この電車を撮影する場合、前面の液晶画面が走行中に色々と表示が変わるため、列車名表示の時に撮影できないと満足を得られなかった。そのために何度か取り直すこともしばしば。しかしこういった思い出も形式変更とともに消滅していく。寂しくなるものだ。

2005-11-13   2M   Sあずさ  E351系   中央東線/鳥沢にて


蒼い時間を行く青ガエル

2017-12-13 12:00:00 | 鉄道写真(私鉄)

師走を迎えると極端に日が短く感じる。毎年それも当たり前のことだが、カメラを持って撮影に出かけると、どこか損した気分になる。夏場と比べるまでもないが、この時期にしか現れない美しく優しい光のマジックにもレンズを向けてみたい。

日没時間を感じながら丸子橋に行ってみた。西日が正面に当たり、その日も秒単位で色合いが変わってくる。引切り無しに往来する東急線を手あたり次第にシャッターを切る。直後に画像確認ができるデジカメならでわの撮影スタイルで、自分のイメージの画像を探すが、思い通りのものが撮影できない。カメラの性能に頼りきった撮影ではなく、自分でどう撮るか!に重きを置いて撮影してみたが、1度や2度トライして撮影できるような簡単な世界でない事が身に染みてしまうのだ。

そんなお遊びの最中にやってきた、東急線の今年の目玉、5050系の青ガエル。日中とはまた別の表情を見せていたが、この角度だと、やはり窓周り、ドア周りの素地が目立ち、元祖青ガエルの雰囲気とはかなり違っていた。側面のT.K.Kのレタリングは素晴らしいと思うのだが・・

2017-12             東急電鉄/東横線:多摩川-新丸子にて

 


電機重連~上越国境を行く

2017-12-08 14:00:00 | 国鉄時代(カラー)

上越国境を往来する電気機関車といえば、現在はブルーサンダーと呼ばれるEH200であり、80年代当時、華々しくデビューしたEF641000番台も辛うじて顔を見せているが、我々世代には、何を置いてもEF16という専用電機のことを真っ先に思い浮かべるだろう。

水上駅のはずれに機関区があり、谷川岳を目の前にしていつも数台のEF16が待機している光景は、まさしく山に挑む機関車として強烈な印象を持った。電車を除く大部分の貨物列車がEF16の補機付きで走行、重連運転となる。しかしこの水上と石打間での重連運転の白眉は、何と言ってもEF58と重連を組む旅客列車たちだろう。当時は、ブルトレを含む「天の川」「鳥海」「北陸」といった夜行列車が数多く谷川岳を越えており、全てEF16の補機付きだったが、如何せん夜行列車だから走行写真はまずもって撮影は不可能だった。日中ゴハチとの重連運転を撮影できる列車として唯一設定されていたのが、今回掲載する臨時のスキー列車だった。まだ当時はスキー人口も多く、シーズンの週末にはかなり多くの設定があったと記憶している。

モノクロ主体で撮影していた時代、珍しく悪天候にも関わらずカラーの駒があったので、かなりひどい画像だが載せておく。みるみる空が雪雲に覆われ、細かい雪が音もなく降り続く。そんな中を静かにEF16とEF58の重連が近づいてきた。連写することもなく、1コマ切って機関車の重厚感を目の前で感じ、続く12系客車の走行音にホッとする。できれば、また味わいたい光景が今蘇えってきた。

1980-02-11   9712レ  EF1630+EF5835 小出スキー   岩原スキー場前-越後中里

 


山手貨物線のにぎわい

2017-12-07 18:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

山手貨物線と呼ばれた山手線と並行して都心を走る路線がある。現在でもその線路は存在していて実際に貨物列車の設定も残ってはいるが、そこを走る大部分の列車は、埼京線や湘南新宿ラインといった旅客列車にとってかわった。

その昔、朝一番の東北線、あるいは東海道線に乗るために、早朝の渋谷駅の山手線のホームで電車を待っていると、引切り無しに貨物列車が目の前を通り過ぎていく光景を思い出す。まだ武蔵野線がない時代には、その名の通り貨物列車の檜舞台だったのだ。現在とは違い高度成長時代の日本を支え、ダイヤ改正ごとに列車本数を増やしていった貨物列車だが、当時を思い返すと、さすがに現状については寂しさを覚えてしまう。全国的に道路整備が整い、トラック輸送が増加していく中、将来の貨物列車の行方を思うと楽観視できないのではないか。趣味の上からでも、旅客列車とは別の魅力をもつ貨物列車の存在をこうして古い写真を見ながら再確認している。

掲載写真は、新宿付近を行きかうEF65の貨物列車。P型の500番台と、PF型の1000番台との交換シーン。当時は、旅客用の500番台が貨物列車を牽くことにどうしても違和感があり、その姿を現すとがっかりしたもの。何でもありの現代では、そんな想いなんて考えられないことか・・

1978-09-23  1595レ  EF65527      山手貨物線:新大久保にて