杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

検事の死命

2021年11月26日 | 

柚月裕子(著) 角川文庫

電車内で女子高生に痴漢を働いたとして会社員の武本が現行犯逮捕された。武本は容疑を否認し、金を払えば示談にすると少女から脅されたと主張。さらに武本は県内有数の資産家一族の婿だった。担当を任された検事・佐方貞人に対し、上司や国会議員から不起訴にするよう圧力がかかるが、佐方は覚悟を決めて起訴に踏み切る。権力に挑む佐方に勝算はあるのか(「死命を賭ける」)。正義感あふれる男の執念を描いた、傑作ミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

『佐方貞人』シリーズ第三弾の本作は、二つの短編と一つの中編で構成されています。とはいえ前二作は未読ですが

タイトルが『使命』じゃなくて『死命』なのが重要で、佐方の検事としての生き様を現わす強い言葉が使われているんですね。

上司の筒井が佐方や増田を誘う行きつけの飲み屋の親父や、そこで出される名酒や肴の描写に思わず生唾を飲み込んでしまいました。個人的にも洒落たショットバーよりあんな地元の穴場的で庶民的な飲み屋に惹かれるな~~

第一話:心を掬う

米崎地検着任一年が経った頃の話。増田の目線で語られていきます。

郵便物が届かないという被害を耳にした増田が何気なく佐方に話したことから、調査が始まります。複数の被害の全てが中央郵便局の取り扱いだったことが判明し、郵便監察官の福村と協力して事件解決に乗り出すのね。

普通、現金は現金書留で送りますが(紛失の際の担保があるものね)、送料割り増しになるため普通郵便に同封するケースがあることを佐方は自分の経験(祖父母がなけなしの金を送ってくれていた)で知っていました。手紙の紛失は郵便局員による犯行と睨み、福村が目星をつけた容疑者を検挙するための証拠を掴もうと画策するんですね。抜き取った手紙をトイレに持ち込み、中の現金を懐にいれ手紙はトイレに流していると確信して、浄化槽を攫ってその証拠の手紙を取り出す展開は、読んでいるだけで汚物にまみれての作業とその執念が伝わってきます。言い逃れしようとする犯人に、佐方自らが仕組んだ動かぬ証拠を突きつける場面は爽快です。

 

第二話:業をおろす

父・陽世の十三回忌のために故郷に帰った佐方は、法事を執り行ってくれる上向井英心を訪れます。父は無実の罪を敢えて受け服役し、獄中で病気が見つかり亡くなっていました。佐方は何故父がその選択をしたのか長年疑問に思っていて、父の幼馴染の英心なら知っているのではないかと尋ねますがはぐらかされます。しかし法事の席で意外な事実が英心の口から語られます。

父がある秘密を守るために、敢えて恩人の金を横領したという汚名を受けたことは佐方だけは知っていましたが、実刑を免れることができたのにそれをしなかったことが解せずにいたのね。 英心は、陽世が横領事件の数年前のある事件に関わったことで、弁護士としての正義と人としての正義の狭間で苦しんでいたことを突き止めます。佐方は父との約束を守り続けてきたのですが、英心は12年経ち、当事者たちが故人となっていることで、法事の席に関係者を集め真実を明らかにして陽世の名誉を回復しようとしたのです。この話の主役は英心ですね

それにしても佐方も父親も職業的には立派ですが、秘密を守るために払った犠牲は大き過ぎるよな~~ 特に陽世は、自分の中だけで完結していて、その結果、親や子、親族にどれだけの不利益をもたらし傷つけたかについて考えが及ばなかったのかと思ってしまいます。 恩人の名誉を守るためという名目に酔いしれた独りよがりの正義感に見えてしまうし、過去の自分の行為の罰をそういう形で課すというのも違うんじゃないかな 

 

第三・四話:死命を賭ける、死命を決する

電車内での痴漢行為で逮捕された被疑者の武本は無実を主張します。彼は県内有数の資産家・名家の係累で、被害者の玲奈は母子家庭の補導歴のある少女です。何としても無実を勝ち取ろうとする武本側は優秀な弁護士の井原を雇い、大物議員や検事正を使って圧力をかけてきますが、佐方は武本がクロと確信し、罪を正しく裁くために武本を起訴します。

公判では、武本の性癖や、玲奈の補導の理由(友人を庇っての濡れ衣だった)が明かされ、検察側有利に裁判は進みます。

井原は奥の手の証人を用意し勝利を確信しますが、この証人が逆に佐方の調査により事件や武本との繋がりを暴露する決定的な「証拠」となるのです。井原弁護士は依頼人がシロかクロかには関心がなく、依頼人の利益を守ることだけに熱心なのですが(第二話で佐方の父が苦しんだ「依頼人の利益のため」と一見同一のようで、実は全く立ち位置が異なるのですが)そのため詰めの甘さが出ています。 一方佐方はこの証人の素性と武本との繋がりを徹底的に調べ挙げて決定的な証拠を見つけ出すんですね 発行が2013年ですが、既にスマホも登場していたような?パソコン通信という言葉を久々に目にしましたが、物語の設定は20世紀なのかな?

この案件には佐方を信頼し協力する上司の筒井と事件を扱った警察署長の南場の存在が欠かせません。警察や法曹界の権力争いの構図も透けて見えました。 でも権力者に逆らった佐方たちが無事で済むのかという疑問、心配は残りますね。小説も現実も甘くないんじゃないかな 


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