2022年9月16日公開 120分 G
北陸の小さな町にある小さな塩辛工場で働き口を見つけた山田(松山ケンイチ)は、社長から紹介された古い安アパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始める。できるだけ人と関わることなく、ひっそりと生きたいと思っていた山田の静かな日常が、隣の部屋に住む島田(ムロツヨシ)が「風呂を貸してほしい」と山田を訪ねてきたことから一変する。山田と島田は、少しずつ友情のようなものが芽生え始め、楽しい日々を送っていた。しかし、山田がこの町にやってきた秘密が、島田に知られてしまい……。(映画.comより)
「かもめ食堂」の荻上直子監督のオリジナル長編小説を、自身の脚本・監督で映画化した作品で、孤独な青年がアパートの住人との交流を通して社会との接点を見つけていく姿が描かれます。タイトルの「ムコリッタ(牟呼栗多)」は仏教の時間の単位のひとつ(1/30日=48分)を表す仏教用語で、ささやかな幸せなどを意味するそうです。
山田は、できるだけ人と関わらずに生きていこうと決めている青年です。彼の唯一の楽しみは、イカの塩辛工場の社長の沢田(緒形直人)に紹介してもらったボロアパートの部屋で風呂上がりに冷えた牛乳を飲むこと。ところが突然ドアがノックされ、隣に住む島田が「風呂を貸してとやってきます。驚いて断った山田。隣人とはいえ関わりたくない気持ちわかります。
山田のもう一つの楽しみは炊き立ての白いご飯です。給料日に念願の米を買ってきた彼が、ホカホカの炊き立てご飯にイカの塩辛を乗せて食べる描写が何とも幸せそう&美味しそう。給料前のお金がない時に島田が野菜を持ってきてくれたことを思い出し、お礼に塩辛を渡そうとした山田に、島田は「それより風呂貸して」と言い、ご飯まで食べていきました。
以来、山田は、島田がアパートの狭い庭に作った畑を彼の幼馴染のガンちゃんと一緒に手伝うようになります。その後で、島田は当然のように山田の部屋の風呂に入りご飯を食べていくのです。
島田に限らず、夫を亡くして一人で娘のカヨコを育てている大家の南さん(満島ひかり)や息子の洋一を連れて訪問販売をしている墓石売りの溝口さん(吉岡秀隆)など、アパートの住人は皆貧乏で、社会から少しはみ出した感じの人たちです。夫を愛するあまり、その遺骨を齧って食べる南さん(もしかしたら亡くした子供の遺骨かも)、息子相手にひたすら蘊蓄を語る溝口さん、ミニマリストの島田も何か重い心の荷物を背負っている印象です。
ある日、子供の頃に自分を捨てた父が孤独死したという知らせが入ります。とうに縁が切れた父親への反発を抱える山田でしたが、島田から「どんな父親でもいなかったことにしたらダメだ」と説得されて遺骨を引き取りに行きます。福祉課職員の堤下(柄本佑)から遺骨と一緒に受け取った遺品の中にあった携帯電話の着信履歴にあった番号が「いのちの電話」だと知り、父は自殺したのかもと考え複雑な気持ちになります。
家賃を払おうと表に出ると、銜えタバコで水遣りしていたおばあちゃんに話しかけられます。それは2年前に亡くなった103号室に住んでいた岡本さんだと島田に聞いて怖くて眠れなくなり、父の遺骨を川に捨てようとしますが、ガンちゃんに見つかってすごすごと帰ります。翌朝、「遺骨は砕いて粉にしてまかないと犯罪になるよ」と島田に教えられた山田が土手の道で作業をしていると、南さんが通りかかって話しかけられます。彼女も辛い気持ちのはけ口として誰かに聞いて欲しかったのかもね。
ハイツムコリッタの住人と食卓を囲むことも。溝口が高価な墓石が売れたお祝いにすき焼き鍋をしようとしていた最中に、匂いを嗅ぎつけた島田と後を追ってきた山田が箸と茶碗を持って押しかけ、さらには大家の母娘まで加わり、岡田さんのことも幽霊でも良いから会いたいと懐かしがるのでした。ここでは皆が寄り添って暮らしているのだということが伝わってくるエピソードです。
父は自殺だったのかと堤下に尋ねた山田に、彼は「おそらくそうではないと思います」と、父が住んでいた場所に案内してくれてその時の状態を説明してくれました。パンツ一丁で飲みかけの牛乳が置いてあったと聞いて「あぁ、間違いなく自分の父親だ!」と何だか嬉しくなって笑い出す山田でした。
島田と友情めいた関係ができつつあり、山田の心に温かいものが灯り始めた矢先、彼が人を騙して服役していたと知った島田の態度が急によそよそしくなります。島田は過去に散々人に騙されてきたことで山田のことがちょっと怖くなったのです。でもそんな自分の態度を詫びて山田を受け入れようとします。
お葬式をしようと南さんが提案して、溝口さんに借りた黒いスーツを着た山田の後にハイツの住人達が続きます。土手を歩きながら山田は粉にした遺骨をゆっくりと風に乗せます。白い粉が掌からこぼれ紫の光を受けてキラキラと輝きながら流されていくのでした。
ハイツの住人だけでなく、工場のベテラン従業員の中島(江口のり子)さんや、島田の友人の僧侶ガンちゃん(黒田大輔さん)はセリフはないけれど、その態度や表情で気遣いをみせているし、工場の社長や福祉課の職員も背中をそっと押してくれています。
山田が問いかけた質問への「いのちの電話」の窓口の女性(声:薬師丸ひろ子)の答えが、かつて島田も同じ質問を同じ人から答えてもらったのだとわかるエピソードも良かった!他にもタクシー運転手役で笹野高史さんが出演していました。
川沿いの土手で暮らすオームレスと川っぺりのアパートに住む自分の間の境界線はあってないようなものだと思っていた山田でしたが、次第に自分の生活を愛おしむようになっていきます。台風の時、住人たちと必死にアパートを守った翌朝、ホームレスたちの心配をする山田に彼の心境の変化が現れていました。
人はやっぱり独りではなく、誰かと繋がることで前を向いて生きていけるんだと思わせてくれる作品でした。