杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

ベル&セバスチャン

2023年02月10日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2015年9月19日公開 フランス 99分 G

戦時中のアルプスの小さな村で暮らす孤児のセバスチャン(フェリックス・ボシュエ)は、家畜や人を襲う「野獣」として村人たちから命を狙われている一匹の犬に出会う。セバスチャンは犬をベルと名づけて村人から守り、ベルとセバスチャンは次第に心を通わせていった。やがて戦争の影が色濃くなると、村にもナチスの捜索の手が伸びるようになる。ナチスからユダヤ人一家を救うため、ベルとセバスチャンは道案内人として冬のアルプス越えに挑むこととなるが……。(映画.comより)


セシル・オーブリー原作の児童文学の実写映画化で、日本ではTVアニメ「名犬ジョリィ」として知られている・・・らしい。このアニメ観てないです。
監督は冒険家でもあり、映画「狩人と犬、最後の旅」のニコラ・バニエ。
アルプスの雄大な山の景色がとにかく美しく迫ってきます。

セバスチャンとおじいさんのセザール(チェッキー・カリョ )には血縁関係がありません。雪山で助けたロマの妊婦がセバスチャンを産み落として亡くなったため、セザールが引き取って、姪のアンジェリーナと育てているのです。セバスチャンにはお母さんは山の向こうのアメリカにいると話していました。村長が持っている時計付きの方位磁針が気に入ったセバスチャンは、母がXmasの贈り物にそれを持って会いにきてくれるのを楽しみにしていました。

羊を襲う野獣の駆除のため山に入ったセザールたちは、親を失ったカモシカの子を助けて連れ帰ります。セザールと別れたセバスチャンは、アンジェリーナの待つ家に帰る途中の川沿いで野獣に遭遇し、それが大きな犬だと気付きます。その犬は人間に虐待されて山に逃げ出して野生化していたのです。彼には野獣がむやみに人に危害を加える存在には思えませんでした。

村にはスイスへの密入国者を取り締まるために占領軍のドイツ兵が駐留していました。兵士は、アンジェリーナのパン屋に兵士用の大量のパンを発注していきました。
(占領下なので村人たちも銃を取り上げられていますが、中には隠している者も。)

学校に行かずに山で過ごしているセバスチャンは、再会した野獣に話しかけ、おじいさんが仕掛けた罠のことを教えます。少しずつ彼らの距離は近づいていきます。野獣はセバスチャンにとって初めてできた友達でした。川で泳ぐと、灰色に汚れていた野獣は真白な姿になります。メスだとわかり、セバスチャンは『美女と野獣』にちなんで「ベル」と名付けて、ベルを山の隠れ家に連れていきました。

村人たちの中には、スイスへの密入国の案内をしている者がいました。ある日、セバスチャンは医師のギョームが子供を連れ大荷物を持った一行の案内をしているのを見かけます。(峠越えにはドイツ側の見張りの情報が必要ですが、提供者が誰かはわかりません。)

 ある日、雌鹿を撃とうとするドイツ兵にくってかかったセバスチャンを護ろうと、ベルが兵士に噛みついたことで、大掛かりな山狩りが行われます。野獣とセバスチャンの関係に気付いていたセザールは、一度野生化した犬は信用できないと考えてセバスチャンに嘘を教え、その結果ベルは山狩りの一行に撃たれてしまいます。

隠れ家にいたベルを見つけたセバスチャンは、おじいさんやアンジェリーナがしていたのを真似て傷口を酒で拭いて布を巻きますが、熱が引きません。困ったセバスチャンは、ギョームと取引をして(彼が案内人であることを話さない代わりにベルのことを助けてもらう)、ベルを治療してもらいます。

クリスマスが近づいた頃、峠越えの案内をしていたギョームは狼に襲われそうになったところをベルに助けられます。彼の代わりに、峠越えの案内を買って出たアンジェリーナについて行ったセバスチャンは、峠越えをする家族と親しくなるうち、山の向こうはスイスでアメリカではないと知ります。それを知ったセザールは、セバスチャンに母親のことを話します。

クリスマスの夜。ユダヤ人ならこの夜に決行すると予測したドイツ兵たちが山狩りを始めます。追手の灯りに気付いて夜通し雪山を移動したアンジェリーナたちは、翌朝、彼女の店をよく訪れていた兵士が近づいてくるのを見て慌てますが、その時雪崩が起きます。雪に飲まれたドイツ兵をベルが掘り出すと、彼は、峠で部下が待ち伏せていると伝えます。彼こそが監視状況を渡していた人物だったのです。(彼はアンジェリーナに好意を抱いているように見えましたが、彼女にその気はないようでした。ギョームとも同志以上の関係じゃないようだし。)

雪崩とドイツ兵に阻まれた一行に残された選択肢は、クレバスだらけの氷河を渡ることです。ベルに命綱をつけて慎重に進む一行を、峠で監視していたドイツ兵たちも追い始めます。大きなクレバスに架かった細い氷の橋を最後にベルが渡ろうとした時に落ちてしまい、全員でベルを引き上げるシーンはハラハラしました。

追っ手が渡れないよう氷の橋を砕いて落とし、一行は無事スイス側の案内人と落ち合うことができました。自分もイギリスに渡って抗戦する事にしたアンジェリーナは、ギョームへの手紙をセバスチャンに託します。一人で帰すのかと問う案内人に、彼女は、「(セバスチャンは)一人じゃないわ」と答えるのでした。(いやいや、それはいくらなんでも無謀な気もするんですが)

エンドロールにはセバスチャンが学校に通い始めた様子も出てきます。
セザールが彼を学校に通わせなかったのは「アメリカ」の嘘がばれることを恐れたのかな?

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川っぺりムコリッタ

2023年02月06日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2022年9月16日公開 120分 G

北陸の小さな町にある小さな塩辛工場で働き口を見つけた山田(松山ケンイチ)は、社長から紹介された古い安アパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始める。できるだけ人と関わることなく、ひっそりと生きたいと思っていた山田の静かな日常が、隣の部屋に住む島田(ムロツヨシ)が「風呂を貸してほしい」と山田を訪ねてきたことから一変する。山田と島田は、少しずつ友情のようなものが芽生え始め、楽しい日々を送っていた。しかし、山田がこの町にやってきた秘密が、島田に知られてしまい……。(映画.comより)


「かもめ食堂」の荻上直子監督のオリジナル長編小説を、自身の脚本・監督で映画化した作品で、孤独な青年がアパートの住人との交流を通して社会との接点を見つけていく姿が描かれます。タイトルの「ムコリッタ(牟呼栗多)」は仏教の時間の単位のひとつ(1/30日=48分)を表す仏教用語で、ささやかな幸せなどを意味するそうです。

山田は、できるだけ人と関わらずに生きていこうと決めている青年です。彼の唯一の楽しみは、イカの塩辛工場の社長の沢田(緒形直人)に紹介してもらったボロアパートの部屋で風呂上がりに冷えた牛乳を飲むこと。ところが突然ドアがノックされ、隣に住む島田が「風呂を貸してとやってきます。驚いて断った山田。隣人とはいえ関わりたくない気持ちわかります。

山田のもう一つの楽しみは炊き立ての白いご飯です。給料日に念願の米を買ってきた彼が、ホカホカの炊き立てご飯にイカの塩辛を乗せて食べる描写が何とも幸せそう&美味しそう。給料前のお金がない時に島田が野菜を持ってきてくれたことを思い出し、お礼に塩辛を渡そうとした山田に、島田は「それより風呂貸して」と言い、ご飯まで食べていきました。

以来、山田は、島田がアパートの狭い庭に作った畑を彼の幼馴染のガンちゃんと一緒に手伝うようになります。その後で、島田は当然のように山田の部屋の風呂に入りご飯を食べていくのです。

島田に限らず、夫を亡くして一人で娘のカヨコを育てている大家の南さん(満島ひかり)や息子の洋一を連れて訪問販売をしている墓石売りの溝口さん(吉岡秀隆)など、アパートの住人は皆貧乏で、社会から少しはみ出した感じの人たちです。夫を愛するあまり、その遺骨を齧って食べる南さん(もしかしたら亡くした子供の遺骨かも)、息子相手にひたすら蘊蓄を語る溝口さん、ミニマリストの島田も何か重い心の荷物を背負っている印象です。

ある日、子供の頃に自分を捨てた父が孤独死したという知らせが入ります。とうに縁が切れた父親への反発を抱える山田でしたが、島田から「どんな父親でもいなかったことにしたらダメだ」と説得されて遺骨を引き取りに行きます。福祉課職員の堤下(柄本佑)から遺骨と一緒に受け取った遺品の中にあった携帯電話の着信履歴にあった番号が「いのちの電話」だと知り、父は自殺したのかもと考え複雑な気持ちになります。

家賃を払おうと表に出ると、銜えタバコで水遣りしていたおばあちゃんに話しかけられます。それは2年前に亡くなった103号室に住んでいた岡本さんだと島田に聞いて怖くて眠れなくなり、父の遺骨を川に捨てようとしますが、ガンちゃんに見つかってすごすごと帰ります。翌朝、「遺骨は砕いて粉にしてまかないと犯罪になるよ」と島田に教えられた山田が土手の道で作業をしていると、南さんが通りかかって話しかけられます。彼女も辛い気持ちのはけ口として誰かに聞いて欲しかったのかもね。

ハイツムコリッタの住人と食卓を囲むことも。溝口が高価な墓石が売れたお祝いにすき焼き鍋をしようとしていた最中に、匂いを嗅ぎつけた島田と後を追ってきた山田が箸と茶碗を持って押しかけ、さらには大家の母娘まで加わり、岡田さんのことも幽霊でも良いから会いたいと懐かしがるのでした。ここでは皆が寄り添って暮らしているのだということが伝わってくるエピソードです。

父は自殺だったのかと堤下に尋ねた山田に、彼は「おそらくそうではないと思います」と、父が住んでいた場所に案内してくれてその時の状態を説明してくれました。パンツ一丁で飲みかけの牛乳が置いてあったと聞いて「あぁ、間違いなく自分の父親だ!」と何だか嬉しくなって笑い出す山田でした。

島田と友情めいた関係ができつつあり、山田の心に温かいものが灯り始めた矢先、彼が人を騙して服役していたと知った島田の態度が急によそよそしくなります。島田は過去に散々人に騙されてきたことで山田のことがちょっと怖くなったのです。でもそんな自分の態度を詫びて山田を受け入れようとします。

お葬式をしようと南さんが提案して、溝口さんに借りた黒いスーツを着た山田の後にハイツの住人達が続きます。土手を歩きながら山田は粉にした遺骨をゆっくりと風に乗せます。白い粉が掌からこぼれ紫の光を受けてキラキラと輝きながら流されていくのでした。

ハイツの住人だけでなく、工場のベテラン従業員の中島(江口のり子)さんや、島田の友人の僧侶ガンちゃん(黒田大輔さん)はセリフはないけれど、その態度や表情で気遣いをみせているし、工場の社長や福祉課の職員も背中をそっと押してくれています。
山田が問いかけた質問への「いのちの電話」の窓口の女性(声:薬師丸ひろ子)の答えが、かつて島田も同じ質問を同じ人から答えてもらったのだとわかるエピソードも良かった!他にもタクシー運転手役で笹野高史さんが出演していました。

川沿いの土手で暮らすオームレスと川っぺりのアパートに住む自分の間の境界線はあってないようなものだと思っていた山田でしたが、次第に自分の生活を愛おしむようになっていきます。台風の時、住人たちと必死にアパートを守った翌朝、ホームレスたちの心配をする山田に彼の心境の変化が現れていました。

人はやっぱり独りではなく、誰かと繋がることで前を向いて生きていけるんだと思わせてくれる作品でした。

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風呂ソムリエ 天天コーポレーション入浴剤開発室

2023年02月05日 | 
青木祐子(著) 集英社オレンジ文庫

天天コーポレーション研究所の受付嬢、砂川ゆいみは風呂が大好き。銭湯で失恋の痛手を癒しているときに、入浴剤開発員の鏡美月と知り合ったことから、モニターに抜擢される。美月は営業部の円城格馬とともに、バスタオルと水着に身を包み、今日も理想の風呂を目指して研究に励む。ゆいみ、美月、格馬ははたして理想のお湯を作れるのか!? (あらすじ紹介より)


美月、ゆいみ、格馬、有本が登場する「これは経費で落ちません!」の2年前の話だそうですが、「これは~」は未読です。でも問題なく楽しめました。特に風呂好きでなくても読み終わったあとはお気に入りの入浴剤と一緒にバスタブにゆっくり浸かりたくなるようなお話でした。

化粧品や石鹸、入浴剤などを扱う天天コーポレーションの研究所で受付嬢をしている砂川ゆいみと、入浴剤の研究員の鏡美月が物語の主人公です。

ゆいみは、付き合っていた高志が風呂嫌い(入浴はシャワーだけ)なことが原因で自分から別れてしまいます。その一点を除けば彼は理想の相手なのですが、大の風呂好きの彼女は、これからの一生を共にすることを考えたらうまくいかないと思ったのです。その気持ち、何となくわかる気が。でもゆいみの長風呂は風呂嫌いじゃなくとも引くかと。

美月と天天コーポレーションの御曹司・円城格馬は「これは経費で落ちません!」で付き合っている(まさに美男美女のカップル)設定のようですが、今作では二人の馴れ初めと付き合い始めるまでが描かれています。

理系女子のイメージそのままの、仕事(入浴剤開発)に情熱を注ぐクールな理論派の美月ですが、めっぽう恋愛に疎い女子でもあります。友だちも多くて明るく誰からも愛されるキャラのゆいみと対照的です。

詳細な過程は書かれませんが、入浴剤開発に関するエピソードは、裏側を覗き見ているような気にさせられて興味深かったです。温泉の効能のある「医薬部外品」とそうでないバスグッズとしての入浴剤の違いとか、匂いの専門家である調香師の存在などなど。(ちなみに調香師の芹沢は格馬の同期)
ずら~~っと並ぶ色とりどりの入浴剤の入ったバスタブの表紙を見ているとお風呂に入りたくなってきます。

恋愛奥手なのは美月だけじゃなく格馬も同様です。彼は出会った時から美月に好意を抱いていたようですが当の美月の方は全く気付いておらず、それどころか自分の気持ちも自覚していないので、二人の関係は発展することなく3年が過ぎていたのですが、ゆいみの登場により大きく進展することになります。

子供の頃の経験が美月を入浴剤開発の夢に向かわせ、一方格馬も美月の夢に共感して一緒に夢を叶えようと陰で支えています。格馬の風呂好きは、多忙な両親に代わって世話をしてくれていたお手伝いの小枝子さんの影響ですが、この女性、実は美月とゆいみが通うスーパー銭湯の常連仲間という意外な接点が後でさりげなく出てきます。

一方、ゆいみはお節介な友人に高志との復縁を勧められても揺らがなかったのですが、格馬の秘書の有本から押し付けられた旅館のペアチケットの同行相手に困って高志を誘って出かけたことから復縁に至ります。秘湯でのアクシデントで湯に浸かる気持ちよさを知った高志と彼のパン作りの趣味を認めて一緒に楽しむことで折り合いがついた形です。(有本は、美月と格馬の仲を邪魔しようとして画策した感ありありで、過去にもゆいみの先輩受付嬢の由香と婚約した化粧品開発部の澤田にもチョッカイ出してたようです。そういうキャラなのかな?

ともあれ、めでたく二組のカップル誕生でお話はおしまいです。

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VETERAN ヴェテラン リベンジ

2023年02月05日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2023年1月13日公開 イギリス 92分
「未体験ゾーンの映画たち2023」

戦場を渡り歩いた軍人のバートン(ニック・モラン)は、帰国した後もPTSDに悩まされ、無気力でやさぐれた生活を送っていた。バートンの父親と同じ部隊にいた退役軍人のカーヴァー(リー・メジャース)は、そんなバートンを見かねて生活を補助し、退役軍人が集まる集会に連れていく。そこには、カーヴァーと共に戦ったペック(イアン・オギルビー)、ウッディ(ビリー・マーレイ)、ハリス(ポール・バーバー)らがいた。彼らのおかげで、バートンは心の安穏を取り戻していく。一方、カーヴァーの娘である議員のジュディ(パッツィ・ケンジット)は、ロンドンを仕切るギャングから脅迫を受けていた。娘を思いやり仲裁に入ったカーヴァーだったが、ギャングに襲われ命を落としてしまう。悲しみに暮れるジュディを目の当たりにし、バートンはギャングへの復讐を誓うが―。


退役軍人が恩人の復讐に立ち上がるという展開はハリウッド映画にもよくある話ですが、こちらの舞台はイギリスです。
戦場の悪夢にうなされ、生きる目標を失っていた自分を心配して世話し住まわせてくれたカーヴァ―が、トラブルを抱えた娘の仲裁に入ったことでギャングに殺されたと知ったバートンはカーヴァ―の仲間たちと復讐に立ち上がります。
老いたといっても元特殊部隊の精鋭だった彼らは様々な武器と老練な知恵を駆使してギャングを始末していきます。老人なめんなよ!ってか。(あ、バートンは中年だけど)でも「エクスペンダブルズ」シリーズと比べるとどうにもしょぼさを感じてしまうぞ。

カーヴァ―殺害事件の犯人を追うムーア警部もギャングに辿り着きますが、警察内部もギャングと通じている状況なのでバートンたちの行為を黙認する形になります。

サンチェス(ダニー・トレホ)に情報を流させて自分たちのたまり場である店にギャングを誘い込んでの派手な銃撃戦が見せ場です。
全員やっつけて終わりかとみせて、もっと悪い奴の存在を匂わせる当たり、続編があるのかとは思いますが、また劇場未公開だろうなぁ😩

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世界地図の下書き

2023年02月02日 | 
朝井リョウ(著) 集英社(発行)

両親を事故で亡くした小学生の太輔は「青葉おひさまの家」で暮らしはじめる。心を閉ざしていた太輔だが、仲間たちとの日々で、次第に心を開いてゆく。中でも高校生の佐緒里は、みんなのお姉さんのような存在。卒業とともに施設を出る彼女のため、子どもたちはある計画を立てる…。子どもたちが立ち向かうそれぞれの現実と、その先にある一握りの希望を新たな形で描き出した渾身の長編小説。(「BOOK」データベースより)


事情を抱えて本当の家族と暮らすことが出来なくなってしまった子供たちが、悩みながらも前に進んでいく姿を描いた物語です。

小学校3年生の太輔は両親を交通事故で亡くし、引き取られた伯母の家で虐待を受けて児童養護施設「青葉おひさまの家」で暮らすことになります。
施設では、中学3年生の佐緒里、太輔と同い年の淳也と妹で小学1年生の麻利、小学2年生の美保子と一緒の班になります。
施設の暮らしに馴染めずにいた太輔は、バザーのために、皆で作ったキルトをズタズタにしてしまいます。蛍祭り「願いとばし(家族ごとにランタンを飛ばす)」に両親と行くのを楽しみにしていた太輔にとって、キルトを売ったお金で旅行に行くという施設の日程が祭りと重なったことや、キルト作りが得意だった母の思い出が取らせた衝動的な行動でした。

佐緒里はそんな太輔の気持ちに寄り添い、班のみんなが家族だと言ってくれます。太輔の数日前に施設にきた佐緒里は、病弱な弟と同い年の太輔に姉のような感情を抱いていました。

太輔は徐々に班のみんなに心を開いていきます。
おとなしい淳也は学校でいじめに遭っています。身体が大きく活発な太輔に対するいじめはないのにね。妹の麻利は兄とは反対に明るくお喋りですが、初めての友だちになった朱音ちゃんに対するストレート過ぎる好意が気持ち悪がられ級友たちの偏見を生んで陰湿ないじめに発展していきます。弱い者、自分たちと異なる者に対する差別や排除意識は、大人より子供の方がずっと明瞭で残酷なように思えます。美保子は、母親からの虐待で施設に入っていますが、母がいることが彼女の心の支えになっているようです。彼女が母から貰ったものやしてもらったことを自慢気に話すのは、そのことだけが彼女と母を繋ぐものであるからかもしれません。

3年が経ったある日、伯母からまた一緒に暮らしたいという手紙が届きます。お試しで一日だけ伯母の家で過ごすことになった太輔ですが、家には大輔を虐待していた伯父の姿も彼の物もなくなっていたことから、伯母が自分を伯父の代わりにしようとしていると気付いて家を飛び出します。そういう大人の事情に敏くなったのも太輔の個性というより境遇がさせてしまっているのね。

その日、太輔以外の子たちにも様々なことが一度に起こっていました。
母親の家に行っていたはずの美保子は部屋に閉じこもっているし(理由は3月になって彼女の口から語られます)、誕生祝にもらった新品の靴を履いて朱音ちゃんの家に遊びに行った麻利は靴を履かずに雨の中を帰ってきます。淳也の問いかけに麻利は泣きながら事情を打ち明けます。そして佐緒里も、面会に来た弟の入院費を出してもらっている親戚から進学を諦めて働くよう言われていました。

子どもにはどうしようもない現実を受け入れるしかない太輔たちでしたが、せめて離れ離れになる前に佐緒里が憧れる女優の「亜里沙ちゃんのようになりたい」という夢を叶えようと、「アリサ作戦」を思いつきます。
それには3年前に廃止された「願いとばし」の復活が不可欠でしたが、町の予算が足りずに実現できそうにありません。次の策として彼らは6年生を送る会での「願いとばし」を提案します。麻利をいじめている泉ちゃんの反対を「全校生徒分のランタンを作ったら、もう私と朱音ちゃんに関わらないで」と宣言した麻利。いつも受け流して笑っていた麻利が、初めて自分の思いをぶつけた瞬間でした。

太輔たちはランタン作りの材料の竹ひごやトレーシングペーパーを学校の備品から、ライターオイルを美保子の担任の奥さんのケーキ屋さんから盗みますが、それがばれて施設に先生が来ます。必死に訴える太輔たちの情熱と、大輔の班の世話役のみこちゃんの協力に折れた先生は、いくつか条件を付けて認めてくれます。(太輔がキルトを引き裂いたり、物を盗んだりすることに対する罪悪感が薄いように感じられるのは、親がいないからという偏見を助長しそうでちょっと残念。)

6年生を送る会でランタンを生徒たちに渡す太輔たち。朱音ちゃんにこれで元通り仲良くできるねと話しかける麻里に、彼女は一緒にいると自分もいじめられると言います。淳也をいじめていた長谷川君たちもランタンを壊して「中学でもよろしくな」と笑います。

ランタンを配り終えた4人は、近くの神社へ向かい、佐緒里と合流します。
空に昇っていくランタンは、さながら亜里沙が出演する映画のラストシーンのよう。これを見せるために4人は頑張ったのです。

太輔が佐緒里の夢を叶えられたことに安堵する中、美保子が話し始めます。
彼女は、母が知らない男の人と仲良くしている姿にショックを受け、その人の畑を荒らして母を怒らせたのですが(母を取られると思ったのね)、その人に謝り、自分も一緒に暮らしたいと頼んだのでした。
淳也も、自分達は転校するつもりだと言います。兄妹へのいじめはこれからも続くだろうし、相手が変わることを期待するより逃げることにしたのだと。「願いとばし」を実現させることが出来たのだから、転校だって乗り越えられると微笑む淳也に、太輔は思わず「俺だけ残されて、これからどうすればいいの」と言います。「私達は、絶対にまた私達みたいな人に出会える。希望は減らない。」と慰めながら、佐緒里も泣き出してしまいます。
みんなのお姉さん的存在だった彼女も、翻れば不安に押しつぶされそうになっている一人の女の子なのだと気付かされる場面です。

結末は決してハッピーエンドとは言えないけれど、それでも現状の中で彼らなりに前に進んでいこうとする強さを感じました。

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僕と世界の方程式

2023年02月01日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2017年1月28日公開 イギリス 111分 PG12

自閉症スペクトラムと診断されたネイサン(エイサ・バターフィールド)は、他人とのコミュニケーションは苦手だが、数学に関してはずば抜けた才能を持っていた。普通の学校では適応できない息子の才能を伸ばそうと、母のジュリー(サリー・ホーキンス)は数学教師ハンフリーズ(レイフ・スポール)に個人指導を依頼。ネイサンは国際数学オリンピックのイギリス代表チームの一員に選ばれるまでになる。(映画.comより)


国際数学オリンピックで金メダルを目指す天才少年を描いたドラマで、数学のように正解のない様々な感情に揺れる少年の内面が描かれた作品です。

ネイサンのモデルになったのは、アスペルガー症候群と診断されながらも2006年の国際数学オリンピックで銀メダルに輝いたダニエル・ライトウィングです。(ウィキより)

ネイサンの父は、数字や図形に強い興味を示す息子の良き理解者で、ネイサンも父によく懐いていました。けれど、ある朝、父の運転する車の助手席で事故に遭い、父は亡くなってしまいます。(このエピソードの描写が真に迫っていてPG12の理由かな?)
大好きな父を喪ったことでますます頑なになっていくネイサンは、度々母を困らせてしまいます。彼の強いこだわりは、例えば好物の中華料理のエビの数も素数でなければなりません。心から愛している息子が懐いてくれず心を閉ざしていることに、母は深い孤独を感じていました。 

9歳になったネイサン(エドワード・ベイカー=クローズ )は小学校では教えきれないため、数学を高校の教師マーティンに個人授業で教えてもらうことになります。マーティンはかつて数学オリンピックにも出場したことがあるのです。多発性硬化症を発症し希望を失っていたマーティンでしたが、ネイサンを教えることで少しずつ変わっていきます。ネイサンの方もマーティンに気を許して数学の力もどんどんUPしていきます。母にとってもマーティンの存在は心安らぐものになっていきました。

高校生になったネイサンは、国際数学オリンピックのイギリス代表チームの選抜候補に選ばれて、台北での合宿に参加することになり、初めて家を離れ一人で行動することになります。代表チームの監督リチャード(エディ・マーサン)とマーティンは、かつての代表仲間でした。

候補生は16人です。合宿では強豪国である中国の高校生たちとペアを組んで勉強することになり、ネイサンはペアになったチャン・メイ(ジョー・ヤン)と、英語と北京語で会話して心を通わせ互いに好意を持つようになります。
その頃、母は、マーティンに頼んで数学を習い始めていました。数学が苦手な彼女はネイサンと少しでも心を通わせたかったのです。

授業で見事に証明問題を解いて皆から拍手をもらったネイサンは誇らしい気持ちになります。その一方で、周囲から浮いて協調性のないルーク(ジェイク・ディヴィス)が他のメンバーから「彼は自閉症スペクトラムだ」と陰口を叩かれているのを耳にして複雑な気持ちになります。

マーティンは、これまで拒否していたグループミーティングに参加して、やがて身体が動かなくなるため恋愛に踏み出せない悩みを語ります。

リチャードに呼び出されたネイサンは、マーティンが数学オリンピックで失敗したのは病気のせいではなく心の弱さに原因があったと言い、君も強くならねばと説いてチャン・メイとの交際もほどほどにと忠告します。

ルークとの接戦を制して6人目で選ばれたネイサンは、中国代表入りを果たしたチャン・メイと一緒に家に帰ってきます。相変わらずそっけないネイサンですが、チャン・メイを思い遣る姿を見て母は喜びます。

大会前日。ケンブリッジ入りしてトリニティ・カレッジの寮で休んでいるネイサンの部屋にチャン・メイがやってきて、そのまま寝入ってしまいます。朝、中国代表の監督が部屋にやってきて、親戚の恥さらしだとチャン・メイを叱りつけると、監督と親戚だからコネで選ばれたというなら大会に出ないと言って部屋を飛び出していきます。

試験が始まる中、突然席を立って会場を出て行ったネイサンを慌てて追いかけるリチャードをボランティアとして参加していたマーティンが止めます。会場の外で待っていた母はネイサンが走り出てきたことに驚きますが、マーティンから「彼の目を見たら安易に止めることができなかった」と言われて頷きました。

中華料理屋にいたネイサンを見つけた母は、初めて息子とじっくり話をします。父の死、チャン・メイのこと、そして「愛」というものについて。
チャン・メイを探すため駅に向かおうと車に乗り込んだ時、これまで母の隣を嫌がっていた(事故の記憶がトラウマになっていた可能性もある?)ネイサンが助手席に乗り込んできます。その姿を見て、長い間の孤独がゆっくり溶けていくような気がする母なのでした。

少しずつ周囲と関わりを持って成長していくネイサンが主人公ではあるけれど、彼の母の気持ちも十分すぎるほど伝わってきます。時に感情を露わにすることもあるけれど、大抵は息子を精一杯理解しようとする良き母親であり、何とか彼の愛を自分にも向けて欲しいと願ってもいます。ラストで助手席に乗ってきた息子に、夫同様に受け入れられたことへの喜びが溢れているように思えました。

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