田中悟の片道旅団

大阪で芝居と弾き語りをしています。

今夜、BARの片隅で

2018年06月23日 | 日記
「歌え、歌え、歌え」と脳から指令がくる。
脳からなのか?
心の声か?
魂の叫びか?
自意識か?
無意識か?
よく分らない。

歌えたら、それで本望なのかもしれない。
しかし自分は残念ながら音楽の枠内に存在していない。
この場合の音楽とは「調性音楽」のことになるかな?
僕には昔から調性がない。音感というものがほぼない。
ピアノの左端の鍵盤と右端の鍵盤の音を聞き比べれば、
どちらが低いで、どちらが高い音かは分る。
けど隣り合った鍵盤(全音)だと高い低いの区別がつかない。
じゃあどうやって音を認識しているのか?
色とか形になって脳内でビジュアライズされているのである。
僕の脳は音をそのように認識する仕組みになっているようだ。

ギターを鳴らして歌う時の音程は全てが「勘」。
音程が合っているか外れているかは運任せ。
目隠ししてマウンドからボールを投げるピッチャーのようなもの。
カーブの握り方も知らずに、投げてから「曲がれ!」と念じているような感じ。

メンタルが強いの弱いのか、自分では分らないけど、
歌に関しては異常なほど臆病です。
「音痴、音痴」と言われ続けたトラウマ。
そして実際に自分でも音を外していることが分る。
「音を外している自覚があれば音痴ではない」
という理屈も分らないではないけど、
だからと言って上手く歌えないことに違いはない。

表現行為って上手いか下手かってことだけが重要じゃない。
けど、やっぱり芸事である以上は技術を疎かにしたくない。
芝居も同じ。
稽古に明け暮れて、鍛錬を重ねて、
その上で根本的に最終的に心なんだと。


「歌う、歌う、歌う」と脳に言い聞かせている。
それは嘆き。
心の悲鳴。
無いものをねだっている。
ねだっても誰にも貰うことは出来ないし、
神様だって魔法をかけちゃくれない。

内側から搾り出すように歌えるようになりたい。


今夜も大阪の片隅で、
BARの片隅で、
嘆きます、
歌を請います。




BARロージー

【日時】6/23(土)19時半オープン20時スタート
【料金】2000円(2ドリンク付)
【場所】BARロージー
【出演】濱野悠紀子 出川雅彦 Otussy 田中悟

城天ストリートライブ【S・O Liven UP】

【日時】6/24(日)13時スタート 
【料金】無料・雨天中止
【場所】大阪城公園※JR大阪城公園駅前付近 【S・O Liven UP】  
【出演】阿珠 ENICO やつかれい 宇佐美みお 松本圭介 澁澤メルモ 田中悟 まえざわけんいち
コメント
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