あずまクラブ(越前の守)です。正しい心の探究をします。

”人間は夢とロマンを持つから動物とは決定的に違う”から始めます。正しい心の探究です。

韓国人、「ハローキティ」商標権使用料45億ウォンを搾取

2012-06-24 15:23:06 | 日記

保守への覚醒 さんより転載です。

 



韓国でも若者を中心に大人気の日本の「ハローキティ」をめぐり、黒い疑惑が持ち上がった。

 
ソウル中央地方検察署調査部22日、日本のキャラクター「ハローキティ」の国内売上額を不正申告し、商標使用料を過少申告して数十億ウォンを搾取した疑いで、韓国人の会社代表の某氏(50)に対して特定経済犯罪加重処罰法上の詐欺として拘束令状を請求したことが分かった。

 
某氏は2008年1月から2011年11月までの役4年間に渡り、「ハローキティ」商標を使用する国内の他の企業などから支払われる商標権使用料を、商標特許企業の日本サンリオ社に過少申告し、45億ウォン相当を不当利得を得た疑いで捜査を受けている。

 
日本のサンリオ社は、今年2月に特別監査を通じて、某氏の経営する会社が特別感謝キャンペーン中にキャラクター商品の売上金額を故意に操作し、ロイヤリティ支払額を減らしていたとして、契約を解除して検察へ告訴した。

「ハローキティ」商標権使用料45億ウォンを搾取 KRnews








商標使用を許可しなければ無断で使用する。



商標使用を許可すると虚偽の申告でごまかす。



これって自称先進国韓国の常識だからね。



日本企業はあらゆるコリアンリスクを想定し、それでも商売が成り立のかをきっちりと再シュミレーションする必要がある。



反日と犯罪行為を当たり前のように繰り返す国を相手の金儲け自体を、そろそろ真剣に見直す時期ではないのかな。

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今夏の計画停電方針 命より脱原発が大事?

2012-06-24 00:36:12 | 日記

リバティーweb より

政府は22日、北海道、関西、四国、九州の各電力会社での今夏の計画停電の方針を発表した。

 

各紙報道によると、計画停電の流れとしては、まず前日午後6時に、翌日の供給余力が3%を下回る見通しとなった場合、需給逼迫警報発令を行う。このときグ ループ・区域も公表する。次に当日午前9時段階で、懸念が解消された場合は警報を解除する。開始3~4時間前に緊急速報メールがあり、2時間前段階で供給 余力が1%を下回る見通しとなった場合、計画停電の実施を発表する。停電は一区域につき1日1回まで、2時間程度を予定する。

 

各電力会社は昨年3月から火力発電の増強を続けて、電力供給力を高めてきた。しかし、その中には、老朽化して廃炉予定だったものを再稼動したものを含んでいる。

今年2月、九電新大分火力発電所が液化天然ガス供給管の不具合で、3基あるすべての施設を停止させた。また、関西電力の南港発電所と姫路第2発電所で、ク ラゲが大量に発生して取水口の近くまで入ったために15日から出力を抑制している。何か事故があった場合、とたんに電力が逼迫してしまうことは目に見えて いる。

 

また、突然停電があった場合、自宅で人工透析を行っている人に影響が出る。人工透析を行う人は全国で約30万人いるが、例えばある男性は自宅で週に3~4 回、血液透析治療を行っており、一回の透析に5時間半かかる。このため停電で機械が停止したら、大量の血液が失われる可能性もあるという。

人工透析の患者らでつくる「全国腎臓病協議会近畿ブロック」などは、電力の確保を求める要望書を関西電力に提出している。

 

枝野幸男経済産業相は22日の閣議後記者会見で、「国際社会では(原発を)重要視して活用するのが大勢。(日本は)いかに安全に貢献できるのかで役割を果たしていく」と述べた。国際的には原発推進しながら、国内は原発をほとんど止めるという、二枚舌を平気で使っている。

 

民主党は「コンクリートから人へ」と、人命や暮らしを大切にするという主張で政権を獲った。それが東日本大震災でコンクリートが人を守ると実証されたにもかかわらず、今度は「人命や生活より脱原発」と、真逆になっている。

これは消費税増税のマニフェスト違反を上回る、最大の「違反」ではないのか。一刻も早く原発再稼動を進めるのが、消費税増税より大事だということを民主党政権は知るべきだ。(居)

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サンケイビズ【ついき秀学の未来への決断】社会保障の充実で出生率低下!?

2012-06-24 00:23:35 | 日記

サンケイビズ【ついき秀学の未来への決断】

社会保障の充実で出生率低下!?

             

(1/3~3ページ)2012.6.22

転載、させていただいた記事です

□幸福実現党党首

 −−社会保障と税の一体改革の3党協議がまとまりました

 消費税の税率引き上げを強行しようとする野田佳彦首相は、明らかに
公約違反です。民主党は2009年の衆院選で増税しないと約束して政権
交替を実現させたはずです。党内には増税反対派もいますが、そもそも
歴史的には議会は国王に恣意(しい)的な課税をさせないところに存在意義
があったのです。それがいまや何と議会が民意を無視して勝手に課税を決め
ようとしています。野田首相がどうしても増税するというなら、
衆院の解散・総選挙で国民に信を問うてからやるべきです。

 自民党も3党協議の過程で、民主党が増税実施の前提条件とした名目3%、
実質2%成長という景気弾力条項の数値目標を廃棄すべきだと主張しました。

最終的には妥協して数字は残りましたが、景気如何(いかん)にかかわらず
増税に突っ走る姿勢は民主党以下です。


http://www.sankeibiz.jp/macro/photos/120622/mca1206220501000-p1.htm

 増税で景気を悪化させ日本経済を沈没させることは、日本の平和と安全にも
響きます。特に高成長を続けている中国との力関係で不利に働きます。

ですが、そこまで考えている人はいないようです。思い出してみてください。
尖閣諸島で中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりしたのは、2010年秋です。

2010年といえば、ちょうど日本が中国に国内総生産(GDP)で追い抜かれた
年でした。そのタイミングで事件が起きたのです。


−−財政は財政、外交は外交と分けて考えずに総合的な視野が必要ということですね


 いま必要なのは増税ではなく成長です。この論点は何度も繰り返してきたので、
今回は違った角度から問題を指摘してみましょう。増税の名目となっているのは
社会保障の充実のためということですが、それが目下の日本の最大の政策課題で
ある少子高齢化の是正には役立っておらず、むしろ加速させるという点について
です。

 グラフは、1人の女性が一生の間に何人子供を産むかを示す合計特殊出生率の
推移です。これを見ると、戦後間もなくは出生率が3を上回っていました。

それが段々下がり出して、1950年代半ばから70年代初めまでは変動はある
ものの、おおよそ2を維持しています。この間、社会保障制度は充実していきます。

61年には国民皆保険、皆年金が実現。73年には老人医療が無料化され、医療保険
の家族給付率は7割に上がり、高額医療費制度も創設されました。

年金でも「5万円年金」が実現し、支給額に物価スライド制が導入されました。
この年を政府は「福祉元年」と呼んでいて、社会保障制度が一応の完成を見た
年です。

 ところが、制度が出来上がったとたん出生率は下降トレンドに入りました。

74年以降、景気動向などとは関係なく低下を続け、ボトムは2005年の
1.26。その後は緩やかながらも上昇に転じています。底打ち直前の04年
には年金改革が行われ、保険料水準固定方式とマクロ経済スライドが導入され
ました。政府が100年安心年金と宣伝した改正です。これは簡単にいえば、
年金制度を支える現役世代の数が減っていき、このままでは制度を維持できない
ので、年金の支給額を一定の方式で抑えようというものです。

支給額を現役世代の手取り収入の6割(04年)から5割(23年)に下げる
ことを目指しています。

−−年金制度を拡充すると出生率が下がり、抑制すると逆に上がるという
関係がうかがえますが

 これはあくまで仮説に過ぎませんが、社会保障政策と出生率の推移を見ると、
そうした関係が指摘できます。少子化解消のために、これまで保育サービスの
拡充や子ども手当の給付などさまざまな子育て支援策が社会保障政策の一環と
して実施されてきました。しかし、豊かな社会となって若い人たちがなかなか
結婚しなくなったこともあり、十分な効果は上がっていません。

ところが、保障(年金給付)を抑制すると、老後の不安が高まるということ
なのか、出生率が若干ながら高まるという結果になっています。

 社会保障による手厚い「公助」で老後に安心感を与えるよりは、自分で子供を
育てる「自助」を中心に老後の問題解決を促す方が、財政の健全化はもちろん、
逆説的ですが出生率が上昇して社会保障制度の維持にもつながるのではないで
しょうか。


http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120622/mca1206220501000-n3.htm

 

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【ウイグル問題】「オウムが中国で集会を開いたら日本はどう思うか」

2012-06-24 00:21:30 | 日記

理想国家日本の条件 さんより転載です。

 

【ウイグル問題】「オウムが中国で集会を開いたら日本はどう思うか」 

程永華・中国大使がウイグル会議東京開催を批判

http://blog.livedoor.jp/news_aru/archives/9547200.html

          

日本側対応を批判 ウイグル問題で中国大使

 中国の程永華駐日大使は21日、都内で講演し、イスラム教徒が多い
中国新疆ウイグル自治区の 分離独立問題に関し、日本側の対応を批判した。

同自治区の平和的な独立を目指す「世界ウイグル 会議」代表大会が
5月に国会近くの憲政記念館で開催されたことについて
「(日本など)外国が分裂 活動を容認することに断固反対する」と述べた。

 程氏は、日本国内の反社会的な組織としてオウム真理教を例に挙げ


「仮にオウムの人たちが中国 の人民大会堂で集会を開けば、

日本はどう思うか」 とも指摘した。
 

 また、東京都による尖閣諸島購入計画を念頭に
「一部の人がわざと対立をあおり立てているが、 両国関係全体の
発展の障害にならないよう努力しなければならない」と述べ、双方が冷静に
対応 すべきだと強調した。


ソース:MSN産経ニュース 2012.6.21 20:34
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120621/plc12062120360016-n1.htm

講演する中国の程永華駐日大使=21日午後、東京都内のホテル
http://sankei.jp.msn.com/images/news/120621/plc12062120360016-n1.jpg


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ウィグルとかチベットをオウム扱いか


中共とオウム→テロリストの集まり。
日本とウイグル民族→テロリズムの被害者。

( ̄▽ ̄;)

 ザ・リバティweb記事


中国大使はウイグルの人々をオウムと一緒にするな

http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=4459

自らの侵略行為を棚に上げて、この二つを同列に扱うなら、
中国政府は反社会的カルトと世界宗教の区別すらつかないことになり、
とうてい文明国とは言い難い。

日本政府は、こういった中国の言いがかり的な批判に対し、宗教の善悪や違いを
峻別してしっかり反論してもらいたい。(居)

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大飯原発再稼動反対デモ・・・原発を止めることによるコスト負担、反対者はどのように考えるのか

2012-06-24 00:18:52 | 日記

理想国家日本の条件 さんより転載です。

大飯原発再稼動反対デモ・・・原発を止めることによるコスト負担、

反対者はどのように考えるのか

大飯原発再稼動反対デモ・・・

原発を止めることによるコスト負担、今夏の電力不足のリスクについて

反対者はどのように考えるのか

https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/2a/1e6d2e3d6c44ebbaccb227a8170fa379.jpg

2012年06月23日12:17

http://kuromacyo.livedoor.biz/archives/1647435.html

記事抜粋

6月22日に大飯原発再稼動のデモがあって、官邸前を行進したという。
その数は警察発表で1万人程度だ。
予想外に多く、下火になったと思った騒ぎが
またぶりかえしたことに驚いた。

私はデモは民主主義の手段と考えるし、人々の政治的な意思表明は
尊重したい。
しかし正規の行政手続きを踏まえない政治運動は秩序を壊す混乱を
生みかねないし、少数者の横暴につながりかねない。

そうしたリスクを認識するべきなのに、ネット上の
参加者の声からは慎重さが見えない。

さらに対案のない政治主張は社会に混乱を生むだけと考える。
原発を止めることによるコスト負担、
今夏の電力不足のリスクについて反対者はどのように考えるのだろうか。

対案のない民衆の政治運動が何をもたらすのか。
考える材料として、あまり知られていない15世紀の室町時代の
「一揆」(いっき)を紹介してみたい。(写真はNHK「平清盛」。
「荒々しい中世の民衆」というイメージとして)


当時、人々のつながりを一揆と呼んだ。一揆は神の前で結束を誓うなど
宗教的色彩も持っており、村落の自治組織でもあった。

 
ところが15世紀には、これが徳政、つまり借金踏み倒しを要求する
政治運動に発展した。

一揆は、かつてはマルクス主義的歴史観のためか、「民衆が立ち上がった」
と肯定的に評価、研究されていた。

歴史の中で、一般の人が政治を左右しはじめたのは興味深いことだ。
しかし「階級闘争」という呪縛を離れて、
経済史、社会史の観点から今では見直されている。当時の「市民運動」
は社会のモラルハザードを強め、
経済秩序の混乱という結果をもたらしたと、今では評価されている。

http://agora-web.jp/archives/1467034.html

 

【原発】山本太郎さん、落合恵子さんらが参加 官邸前で「4万人」
抗議集会 大飯再稼働撤回求める

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1340380191/

http://hogehogesokuhou.ldblog.jp/archives/51931716.html


2 :名無しさん@13周年:2012/06/23(土)

 増税に反対しろ

3 :名無しさん@13周年:2012/06/23(土)

なんで4万人なんて嘘つくの?
何かやましいことでもあるの?

4 :名無しさん@13周年:2012/06/23(土)

止めろって言う気持ちは分かるが
それに伴う経済損失は誰が補うの?
反原発の人達?


5 :名無しさん@13周年:2012/06/23(土)

反原発の山本太郎 「竹島は韓国にあげたらよい」
http://newtou.info/entry/5191/img/2.jpg

 

ちょ・・よ、よんまん~( ̄▽ ̄)・・・・・・( ゜д゜ )( ゜д゜) (;゜Д゜) 

 


;(;゜д゜);4ン万人超え???

 

 

・・・・・・・・・うそwwww( ̄ω ̄;)

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「日本は負けていない」~超経験者しか知らない史実 No,3

2012-06-24 00:06:30 | 日記

幸福メンタルクリニック さんより転載です。

イメージ 1
■中松義郎博士の論文より転載■
長文ですのでお時間のある時にご一読ください
 
本論文はフィクションではなく、筆者が自ら直接見聞きした事実に基づく真の近現代史です
アパグループ第4回「真の近現代史観」優秀賞作品
 
 右のように終戦時は日本軍に停戦を説得するのが大変で、まして敗戦ではないのが事実だ。
 終戦の詔勅について私の小学校も大学も同じ迫水久常書記官長(現在の官房長官)と私は公私ともに非常に親しく、迫水さんが出席した終戦の御前会議の模様など色々重要な話を直接迫水さん本人から聞いた。
 
御前会議でおっしゃった天皇陛下のお言葉をラジオで全国民に伝える正式な勅語の文章作成を迫水さんが任され、迫水さんが一高で教わった漢文の先生である漢学者川田瑞穂に文章作成を依頼され原案を作成した。これを大東亜省顧問の陽明学者安岡正篤が手を加え、とくにこの詔勅の原文の中に「義命の存する所」という言葉が重要であった。

 全大臣が終戦の詔勅の文章を協議す る会議が十一日夜から十三日夜迄続き、訂正箇所が四十ケ所もあり、特に重要だった「義命」という言葉が某大臣から「辞書にないから「時運」にしよう」と提案があって書き直されてしまった。そして「義命の存する所」が「時運の赴く所」に変更され正式の終戦の詔勅になった。
 
私の名前は「義郎」だが、この「義」 という意味は「道徳に基づく、人として行うべき正しいこと」の意味で「義命」とは「信以て義を行い、義以て命を成す」意味であり『「義命」の存する所』と は普通にいわれる大義名分よりもっと厳粛な意味を持っている。国の命運は義によって造られて行かなければならない。その義は列国との交誼においてもその治政においても信でなければならない。その道義の至上命令に示す所によって終戦を選ぶのであり敗戦ではないという意味である。簡単に言えば『日本はこれからは道徳に基づく正しい方向を行くべきだ』との意味であるが『「時運」の赴く所』は「時の流れのままに」という意味で、全く違う意味になってしまった。
 だから今日でも日本は「時運の赴く所」つまり世に流されフラフラ流されてリーダーシップがなく国是も定まらない誇りのない国になってしまった。」と迫水さんが私に嘆いた。

 又、終戦の御前会議で東郷外務大臣 は陸軍が主張したソ連を仲介者にするという案に猛反対し、仲介者を入れるなら「蒋介石を仲介にしたらどうか」と提案をしたが近衛文麿が「蒋介石を相手にせ ず」という声明を出し「汪兆銘による南京政府」が日本によりつくられているので「蒋介石仲介はまずい」と横槍が入り、それではと不可侵条約を結んでいるソ 連を仲介者にした。結果はご存知の通り最悪で、ソ連は不可侵条約を結んでいる日本にかくれてヤルタで米英支と日本をやっつける会談(ヤルタ会談)にこっそり参加し、日本からの情報はソ連を通じ連合軍に筒抜けになっていた。毛沢東の中共軍と戦っている蒋介石は中共に勝つため日本に助けてもらいたいので日本に 非常に有利な条件で仲介しようと考えていた。戦後蒋介石は「なぜ自分に相談しなかったのか。自分に相談したならもっとよい条件で日本が終戦出来たのに」と くやしがったという。

 先般あるテレビ番組で「中国戦線で敗走する日本兵」というコメントと映像が出た。私の記憶では支那事変で日本が負けた戦線は知らない。
 
そこでその担当者を呼び「どこの戦線 で日本が負けたのか」と質問したが返事がなくごまかすので再度追求すると、結局「根拠がありませんでした」と白状し「おわび」が回答だった。国の権威に関 わる事実無根な「日本軍の敗走」を国民に誤報して、これを放送で訂正せず口頭の回答で「おわび」でお終いにしている無責任さ。歴史を知らないのである。元大蔵大臣の塩じいこと塩川さんも支那大陸に従軍し「支那戦線で武器を持っていなくても日本軍の軍服を着ているだけで支那兵は逃げた」と体験談を話している。

 ところで私は最後の海軍将校生徒で あり、又、最後の東京帝国大学生でもある。戦時中の東大総長は世界に誇る一万トン重巡の設計者平賀譲造船中将だったし、東京都知事は陸軍教育総監の西尾寿 造大将(その長男は現在ドクター中松創研の取締役営業部長)だったが、終戦時に日本のエリートは追放され、戦後の東大は左翼の南原総長になり、占領軍に よって、「ゼロ戦」を造った東大航空工学科、世界一の戦艦「大和」を造った東大造船学科、戦後の米軍テストで米最新型グラマン戦闘機より命中精度が高かった事が証明されたゼロ戦の機関砲を造った西村教授の東大造兵学科など日本を強く支えた研究の学科が強制的に廃止されただけではなく、東京帝国大学正門にあった「菊の御紋章」がはぎ取られ、名前も「東京大学」となり、「東京帝大」が「東大」になった。名前だけではなくこの新制東京大学の学力レベルは東京帝 国大学よりも四年以上も学力レベルを下げてカリキュラムが組まれた。麻布の成績が下の方の友人でも新制東京大学に入っている。東京帝国大学では学生十人に 対して二十人の教授、助教授、助手が取囲んで最高レベルの教育をし、最高の実験装置を持つ東京帝国大学は世界のトップレベルだったが、新制東京大学の世界ランキングは昨年二十六位今年は世界三十位までに落ちている惨状だ。又、東大の学生自治会は完全に左だった。私は中立の丁友会理事として学生の左傾化を防止し健全化に努めた。

 日本は軍隊の強さも世界一(マッ カーサーが議会で証言)だったが戦後経済でもスイス、イギリス、ドイツを抜きGDPはアメリカに次ぐ二位となり、次にアメリカも抜く勢いで、アメリカでは 日本を恐れて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本も出たのは御存知だろう。そして一九九三年には日本人の個人所得はアメリカ人を抜き世界一になっ た。戦争にもビジネスにも強かったのは当事の日本人が青年時代に兵隊に行き、気力も体力も鍛えられ、又、まじめに高度な勉強をした昭和一桁初期の日本人 (これを私は「超経験者」と言っている)による努力の結晶なのだ。しかし占領軍による日本弱体化政策により戦後育ちは勉強も怠り、徴兵にも行かず、体力も 気力も鍛錬されていないので、体力的にも気力的にも弱く知識経験も少なく、国際競争に勝てない。最近の日本の男はすぐ泣く。山一證券倒産の時に社長が泣い たのはその象徴だ。最近の若い男は草食系と言われ、やる気がなく泣き虫で、私が教えているハーバード大学やMITに日本人留学生がいない。最近の日本人は留学するファイトもないのだ。シナや韓国人が多数外国一流大学に留学しているというのに。
 
そして日本のGDPも二位から三位に 後退し日本人の個人所得もかつての世界一から現在二十七位に落ち込んでいる。日本はこの状況から脱却せねばならぬ。それには「超経験者」を指導者にして次世代の若者を十五歳から全寮制で肉体と気力を鍛え、道徳修身を勉強させ更に世界より高いレベルの教育をしてゆく事が日本再生の基本なのである。

 戦争中、私の家の玄関ドアに鍵をかけなくても泥棒が入らなかった。しかし終戦後、同じ私の家で厳重な鍵をかけても何回も泥棒に入られたことでも判るように戦時中立派だった道徳心が高い日本人に比べ、修身を廃止した戦後の日本人の道徳の疲弊は驚くべきものがある
 もう一度言う。「日本は負けていなかった」

 これを裏付ける賀川豊彦のマッカーサーヘの終戦直後の手紙の一部を添付する。
『マッカーサー総司令官閣下
 陛下の詔書の一分前まで全国民の戦意は燃えに燃え陸海空三軍の銃口が一様に貴官各位の胸に向けられていた事も事実なのです。 
 貴官は去る28日の厚木進駐の指揮者から進駐が平和的に日本側の満足すべき心づかいの中に先遣部隊の進駐を終了した報告を受けられたでしょう。
 そして閣下は多数の日本人を眼前に されたでありましょう。そしてまたその日本人が口をキッと結んでいる表情に気がつかれたことと思います。日本人は最後まで戦うつもりでいました。おそるべ き原子爆弾がやがてわが身に落下するということを予想し覚悟しなかった者は只一人もありますまい。またたとえ身は焼かれても粉砕されても戦争は陛下の指揮 のあるまで続けてゆかなければならぬことを毛程も疑った日本人は一人もなかった事も事実ですが、それが、陛下の詔書によって戦争から平和へ完全に変向しま した。その決意の固さと新しい理想へ出発への努力が閣下の見られる日本人のキッと結ばれた口もとの表情なのです。この様な民族が、国家が他に例を見ること ができたでしょうか。』

 最後に日本全国民が、もう一度「終戦の詔勅」を読むことを提案する。そして負けていないのに終戦した無念さを思い起こし、そこに書かれている陛下が示されたこれからの日本の指針「総力を将来の建設に傾ける事」「正しい道を進みその心を堅持」「国体の真髄を発揚」「世界の流れに遅れを取らぬよう」を全国民が実行することが、我が国を立派だった古き良き日本に甦らせることなのである。
 
繰り返すが今迄「敗戦した」と殆どの人が思っている事は間違いであり、史実は「日本は負けていなかったのだ」という事を再認識し、これからの各人の行動を百八十度転換する事が日本再生の第一 歩であることを確信し、日本が立ち直る起爆剤にするために本論文を発表したのである。 

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「日本は負けていない」~超経験者しか知らない史実 No,2

2012-06-24 00:05:27 | 日記

幸福メンタルクリニック さんより転載です。

イメージ 1
■中松義郎博士の論文より転載■
長文ですのでお時間のある時にご一読ください
 
本論文はフィクションではなく、筆者が自ら直接見聞きした事実に基づく真の近現代史です
アパグループ第4回「真の近現代史観」優秀賞作品

この戦争を始める理由になった燃料に ついては、私の先輩で百歳の長寿を全うした帝国海軍機関学校第四十期生木山正義機関中佐と、又、私の先輩東京帝国大学工学部桑田勉教授の研究により南方からの油を頼る事なしにパイン・ルート・オイルから終戦直前十年分の燃料を創り出したのだ。これに加えて更に「太陽と水と大地」があれば永久に生産出来るバ イオ燃料を創り出す事に成功した。しかも空襲に耐えるため蒸留工場を全国に分散して建設し、ここで製造した。この蒸留装置製造を実現できたのは海軍艦政本 部が木山中佐の依頼に全面的に協力し蒸留装置を急速に造り全国に設置したからである。これで日本は永久に戦える燃料を終戦前に用意できたのである。

 本土決戦では日本は必ず勝つとすべ ての陸海軍参謀は確信していた。一方、アメリカ軍上陸攻撃隊司令官は戦後日本軍の陣立てを見て驚嘆し「米軍は上陸に三回失敗しただろう。上陸に三回失敗すれば米軍の戦力はほとんど消耗し、戦争はベトナム戦と同様な状態となり、アメリカ国内で戦争反対の世論が起こりベトナム戦で米軍が負けたと同じく米軍は日 本から敗退せざるを得ない。もはや戦えないので日本に和睦(降伏)を申し出るしかなかったであろう」と述べている。

 ポツダム宣言を発した米国大統領ト ルーマンは、急死したルーズベルトから戦争を引き継いだとき「日本の国土の平野は僅か十四%しかなく大部分は山林等であり、攻めるのが非常に困難な地形で ある。しかも廻りは海で近づきにくい「不沈空母」である。地形のみならず無傷の七百五十万の世界最強(マッカーサーが議会で証言)の日本陸軍が本土と東南 アジアに展開し、この敵とどう戦いどうやって打破する事が出来るか見当もつかない。」と溜息して日記に書いている。
  実は日本を空襲したB29から「アメリカは鉄が不足して船をコンクリートで造りはじめたり、男のパイロットが不足して女が飛行機に乗ったりしてアメリカは 青息吐息だ。日本人よ、もう少しでアメリカが参るから、ガンバレ」というビラが撒かれた。恐らく乗っていた日系二世が日本上空から撒いたと思われる。

 一方、昭和二十年五月にベルリンに 居た藤村義朗海軍中佐がスイスでルーズベルトの代理人キャノンと交渉し、米側は「満州、朝鮮、樺太、千島列島(北方領土)は日本に残す。台湾は蒋介石と交 渉してくれ。この条件で停戦しないか。和睦は急いでやりたい。」と驚くべき提案をして来たが海軍軍令部はこれを受けなかったと藤村中佐自身から私は聞い た。これを継承したトルーマン大統領は、日本を降伏させるのは不可能で、どうにも打つ手が無く、手づまりだから「ポツダム宣言」というフェイントのような 宣言を出した。これは又、原爆投下をする言い逃れにもしたのである。なぜフェイントのようかというと戦後、ポツダム宣言の書類の実物を見ると、トルーマン しか署名していない事が判った。イギリスもシナも署名していなかった。これから見るとトルーマンの一人芝居だったことが史実として判明した。そしてドイツ 攻撃用に急いで実験的に作ったファットマンとリトルボーイの一つずつの二つしかない原爆を投下し、更に数百個の原爆があるとウソの宣伝をして日本をおどし た。
 
このフェイントのようなものに、まんまとお人よしの日本政府は引っ掛かってそのままのんでしまった。これにはろくな返事も来ないだろうと思っていたトルーマン大統領自身もビックリした事だろう。

 陸軍参謀総長、海軍軍令部総長という戦う陸海軍の責任者は前述のように本土決戦は勝つ見込みが充分あるから、天皇陛下の御前会議でもポツダム宣言受諾に絶対反対し戦争継続を主張したのであるが、天皇陛下が終戦の御聖断を下されたのである。
 
この会議室の入口で、特攻の海軍現場 責任者の海軍軍令部次長の大西滝治郎中将が「あと特攻機が千機あれば勝てます(実際は既に三千機が用意されていた)。」と意見具申したが拒否されたので、 大西中将はこれに抗議して切腹した。切腹の介錯も頼まなかったのは怒りの表現であろう。一方本土決戦の帝都の空の護りとして厚木にある無傷の帝国海軍航空 本土防衛隊は、零戦設計者堀越二郎の新設計の四翼プロペラ延長回転軸式新型迎撃戦闘機「雷電」や川西航空機製「空戦フラップ」付の新鋭機「紫電改」などの 一万機が厚木航空隊に温存され、強くて米軍から恐れられたラバウル海軍航空隊などから集められた歴戦のベテランパイロットが手ぐすねを引いて待ってお り、厚木海軍航空隊小園司令は終戦命令に絶対反対で最後まで降伏しなかった。
 
右の如く終戦時には「日本は負けていなかった」のは歴史的事実である。
 そして「終戦」の実態は「負ける」どころか「血気にはやり、戦いたい」陸海軍や士気旺盛の国民に終戦を説得し抑えるのが大変だったというのが歴史的事実である。

 しかしポツダム宣言に対して日本政 府は「これは敵から申し出た和睦の条約」とまじめに甘く考えていてこれに乗ってしまったのである。アメリカの新聞は大喜びで「日本は無条件降伏」と事実とちがう報道を行った。アメリカの提示したポツダム宣言自体、八つの条件付であり、これに加えて日本政府は「国体護持」という条件付きで受諾したので、計九 つの条件付和睦で「無条件降伏」は事実に反するのである。又、ポツダム宣言にも日本の国としての無条件降伏とは一字も書いていない。戦後の日本人が洗脳されて「敗戦」だとか「日本が無条件降伏した」と思っているのは誠に嘆かわしい。

 さて日本は歴史上負けたことがな く、前例が無いので終戦のやり方が非常にまずかった。通常どんな契約でも必ずネゴをして味方の条件を良くするものだ。現に藤村中佐のスイス交渉では、ルー ズベルト大統領が「満州、朝鮮、樺太、千島列島は日本に残す。台湾は蒋介石と交渉してくれ。」と言っているのだから、この線に戻すことは可能性大だったの だ。だが今も昔も変わらぬ外国との交渉下手の日本政府はネゴをしなかった。ところが和睦の条件の武装解除をして日本に武力を無くすると、アメリカは次のス テップとして、日本の陸海軍を廃止させた。これはポツダム宣言に入っていない。更にアメリカはハーグ国際条約に反してアメリカ原案の憲法を日本政府に呑ま せた。日本の政治家は一人として抵抗する「男」がいなかった。これは今日迄続いている。
 
又、進駐の翌朝から進駐軍は軍政を敷 き、B円という占領軍貨幣を使わせ、日本経済をコントロールしようとしたが重光外務大臣と側近の岡崎氏の命を懸けた交渉でこれだけは阻止した。軍政と通貨 は、ポツダム和睦条件に入っていないからだ。あたかも徳川家康が大阪冬の陣の和睦条件に外堀を埋めることから、人のよい豊臣方が呑んだら、内堀も埋められて、次に難癖をつけられ夏の陣で滅ぼされてしまったのと同じ手法だ。先に述べたようにアメリカは国際法で禁じられている行為、占領軍による憲法制定を強引に日本政府に呑ませ、占頷下で手も足も出ない日本政府は屈服した。軍人は切腹したのに政治家はこの不法行為に抵抗する男が誰もいなかった。

 一方、ソ連は日本との不可侵条約が 厳として存在しているのに、日本が終戦の仲介を依頼しているのを知りながらノラリクラリとこれを無視し続け、終戦直前に日本に宣戦布告をした。樺太や千島 列島の日本軍は上陸するソ連軍を撃退し、又、関東軍と朝鮮軍は旺盛な士気で朝鮮半島北部でソ連軍を待ち構えて撃退出来た。しかしソ連軍は、終戦後不法に北 方領土を占領したのみならず支那大陸にいた六十万人もの純心な日本兵を「帰国させる」と偽って貨車に乗せ、シベリアに拉致し、重労働させた上、洗脳されないものは帰国させないと脅して共産主義教育を叩き込み、共産主義に洗脳された兵のみ帰国させ日本の教育界、マスコミ界、労働組合、演劇界にもぐり込ませ た。そしてGHQと共に日本を左傾させ、学生も勉学そっちのけで革マル、中核、赤軍派など学生運動を繰り広げてこの学生が今や成人して政治家となり偏向し た現政府の幹部となって日本を動かしている。そして産業も沈滞し道徳は乱れ、これらは現在日本が弱体化している基本的要素となった。

 この「終戦」の実情、つまり「戦意 旺盛の陸海軍や頑張っている全国民をいかに説得してやめさせるか」を終戦にするのは大変な事で、「敗戦」どころの状態ではないのである。この実態を知らな い最近の日本人は「終戦」を「敗戦」と言い変えているのは史実に反する。右に事実を説明したように実際に負けていない「終戦」と、負けたという「敗戦」は 全く違うのだ。
 
昭和一桁初期以降に生まれた若い人は 右に述べた本当の歴史を知らない。だから日本政府の正式名称であり理論的に正しい「大東亜戦争」(太平洋だけでなく、ビルマ・インド等も含めた戦争)を米 軍の言う「太平洋戦争」に言い換えたり、日本政府の正式名称「支那事変」を「日中戦争」と言い換えたり、国際間の正式国名の「チャイナ」又は「シナ」と言 わず相手におもねって、又はお世辞で「中国(世界の中心の国)」と言っている。「支那事変」は日本政府が正式に国家間での戦争と認めていないのだから、日 本政府は「事変」と言っているのであり、この事実に反しているのを知らないで「戦争」というのは理論的にも誤っている。又、「わが国」と言わず、他人の国のように「この国」と言っている人も洗脳されている人である。

 占領軍は日本占領中、新聞や手紙の検閲を行って「大東亜戦争」の使用を禁止し、「太平洋戦争」を公文書に使うよう強制したが日本は独立している今もって間違った表現の「太平洋戦争」という名前を使って占領軍のトラウマに囚われているのだ。

 さて終戦の詔勅の文章を協議する会 議で詔勅原案の中に「戦勢日に非にして」という文章があり、某大臣から「日本は勝ったのか負けたのか?」と質問が出たのに対し阿南陸軍大臣は「勝ち負けの 定義を「日本が支配している地域の大きさと兵の士気」とすれば、日本が戦争を始めたときの面積と現在(終戦時)の面積を比較すれば、現在(終戦時)の面積 の方が大きい。つまり日本はこの戦争で勝っていることになる。しかも兵の士気は旺盛で日本は最後には必ず勝つと信じている。」と答え詔勅原案「戦局日に非 にして」は「戦局必ずしも好転せず」と訂正された。阿南大将は「本土決戦をやれば日本は負けないので、本土決戦のあと講和を結ぶ」との陸軍の主張が聞き入 れられず、御前会議で終戦が決定されたので、いさぎよく切腹した。これは計画されていた大掛かりな陸軍のクーデターも抑える効果もあった。介錯も断った見 事な切腹だった。
 この様な信念と責任感旺盛で主張が通らなければ最後には自分の命を堂々と切腹して絶つという大臣は現在の日本の大臣に誰一人いないのは、日本人が終戦後いかに堕落してしまったかを示すものである。

No,3に続く
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「日本は負けていない」~超経験者しか知らない史実 No,1

2012-06-24 00:04:28 | 日記

幸福メンタルクリニック さんより転載です。

イメージ 1
■中松義郎博士(ドクター中松)の論文より転載■
長文ですのでお時間のある時にご一読ください
 
本論文はフィクションではなく、筆者が自ら直接見聞きした事実に基づく真の近現代史です
アパグループ第4回「真の近現代史観」優秀賞作品

  昭和二十年八月十五日正午、その日は東京天文台(戦後は気象庁)によると三十三度で特に暑かった。突然「第二種軍装(夏用麻製仕立)ノ正装ニテ至急整列ス ベシ」との館内モールス信号で校庭に集合し直立不動で汗を流しながら待つ我々帝国海軍機関学校最後の海機五十八期生(昭和二十年に海軍兵学校と合併)は、 最後の帝国海軍将校生徒として整列しラジオから流れる玉音放送を聞いた。
 
海軍機関学校の入学試験の体格検査で七十五センチだった胸囲が入校後の猛訓練と猛鍛錬で僅か三ケ月で百四センチになった巨大な胸が歴史上初めての玉音放送に大きく高鳴った。
 しかしラジオの雑音が多く、よく聞き取れない。
 「本 土決戦が近いので頑張るようにとの天皇陛下御自らの激励のお言葉」と全員が受け取った。当時の日本人は全国民が「歴史上敗れたことがない神国日本は最後に は必ず勝つ」と信じており、全国民誰一人として日本が負けるなどと考える者はいなかった。特に軍は全軍士気旺盛だった。 

 現に私のいた舞鶴軍港は二十四時間軍艦を造るリベット音が絶えず、食糧、武器、弾薬が豊富で、いつでも敵を迎え撃つ準備が連日連夜進められていた。
  原爆研究については陸軍が東京帝大の仁科博士と理研に開発を依頼した「二号研究」(海軍は京都帝大と「F研究」)として行い濃縮ウランは海軍が潜水艦でド イツから運ぶ手配がされ、出来た原爆の第一弾をハワイに落とす作戦を杉山参謀総長は陛下に上奏したが、陛下は「原爆という非道なものは使うべきでない。特 にハワイには日本人が多いので却下する。」となり杉山参謀総長は解任され、東條首相が参謀総長を兼務することになった経過がある。

 この様に非人道的爆弾と陛下が認識されていたものを日本に落とされたのだから陛下の衝撃は大きく終戦する一つのきっかけになったと思われる。
  しかし杉山参謀総長は、原爆開発を継続したのだ。軍人は戦争に勝つために打てる手を全て打とうとする。しかしそれは陛下の御意向に反しているので原爆を 造って勝っても、原爆を造らずに敵に原爆を使われて負けても、いずれの場合にも杉山参謀総長の責任なので切腹すると誓い終戦直後に切腹した。元来日本は武 士道を基に戦争を行ってきたのである。

 陛下は米の原爆に対し非道だと禁じ た原爆で応じたのなら「人類の文明が滅亡する」と終戦を御聖断された。米が原爆を落とせば日本もこれに応じて米に原爆を落とす。このことによって日米の多数の人が死に、この原爆戦争が世界に及び世界中の人が死ぬ。これを防ぐために米が日本に原爆を落とした時点で終戦にされたのであって、日本が原爆を落とさ れたから、または負けたので終戦にしたのではない。日本は負けていないのに終戦したのである。
  これを文章にしたのが終戦の詔勅「敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ 惨害ノ及フ所 眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ 尚 交戦ヲ継続セム カ 終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ 斯ノ如クムハ 朕何ヲ以テカ 億兆ノ赤子ヲ保シ 皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セム ヤ」であって、終戦の理由は負けたからではない、という意味である事を読み取ってほしい。

 翌日の八月十六日には帝国海軍航空 隊による米本土突撃大作戦が予定されており、その猛訓練が行われていたことを陛下はご存知なかっただろう。この作戦が実行されていればドゥーリトルの東京 空襲によりミッドウェー海戦の日が繰り上がったのと同じに米軍は、十月予定の本土決戦を急濾九月に繰り上げた結果、天候の条件も加わり日本が勝利する展開 になったのではないか。
  いつどこに敵が上陸するか、日本陸軍参謀本部と海軍軍令部の想定は、時期は九月又は十月、上陸地点は九州南部(「陸軍作戦名「決号・第6号」海軍作戦名 「天号」)。さらに翌年関東の九十九里浜に上陸。この日本軍側推定は米軍上陸作戦計画(米軍名「オリンピック作戦」(九州)「コロネット作戦」(関東)の 「ダウンフォール作戦」)とピッタリ一致して日本は見事米軍の動きを見透していた。 

 陛下は侍従武官を九十九里浜に遣わ して防衛体制を調べさせたが、侍従の「防衛は全くされていません。」との報告をお聞きになったことが終戦を決断された一因と伝えられる。この時九十九里浜で訓練していた三千人の「伏龍」隊はシールドにかくれていて侍従武官に見えなかっただろうし、又、米軍は九州を先に攻めると想定されたので、日本軍の陣立 は九州南部を先に固め、そのあと九十九里を固めようとしたのであるので、陛下に上奏された終戦を決定する情報の一部に重大な誤りがあったのは残念だ。
 
これは開戦時の宣戦布告をワシントン大使館の怠慢により米国務長官への提出が遅れ、日本の騙し討ちという口実を与えてしまったことと同じ位に大きなミスだ。
 
本土決戦の火蓋がきって落とされた後 をシミュレーションする。先ず米軍は上陸地点の南九州に原爆を落とすだろう。しかし陸軍参謀本部堀少佐率いる特殊情報部が原爆コールサインを五時間前に傍 受していたので、近くの海軍大村基地の紫電改が発進し、B29を太平洋上で撃墜。ついで艦砲射撃するため日本に近づいた米軍の日本本土上陸作戦に対する日 本軍の準備は、完成した三千機の特攻専用機「劍」が、上陸しようと集まった敵艦艇に突っ込み、多くの敵艦を撃沈撃破する。種子島海軍機関大佐が開発し石川島重工業製の世界初のジェットエンジン搭載の双発ジェット戦闘機「橘花」もこれに続く。水中からは千隻の特殊潜航艦「蛟竜」(海軍兵学校校歌「江田島健児 の歌」の「地に潜む「蛟竜」からとった名」から泡の航跡が全く残らない日本海軍の世界に先駆けた発明九三式酸素魚雷が発射されて敵艦艇は次々に轟沈する。 この猛攻撃からしぶとく残った敵艦に対し、岩陰に隠れていた海軍兵学校六十九期満野功大尉率いる第六十七震洋隊(江ノ浦─静岡三津浜)など三千隻の「震 洋」爆突特攻艇が轟々と暁に発進し残る敵艦や上陸用舟艇に勇猛果敢に体当たり。それでも残る敵艦艇からかろうじて発進した敵の上陸用舟艇に対しては波打ち 際の水中に展開する五式撃雷を待って潜む予科練出身者や海軍陸戦隊古兵の精鋭から成る三千人の「伏龍」隊が上陸用舟艇を爆沈させて波打際に寄付けないよう にする。それでもかろうじて上陸した敵兵を五重の陣地で固めた世界最強の本土決戦部隊が米戦車より強力な新開発五式重戦車と共に待ち構える。敵戦車に対し ては最新鋭の「ロタ砲」で、敵戦車M2を遠方から撃破し、更に敵が近づくと「櫻弾」で厚い装甲を撃ち破り、もっと近づくと決死隊がチビ(ガラス球に人った 青酸ガス)を戦車のスリット窓にぶつけて操縦者の目潰しをし、次にキャタピラ破壊扁平爆弾を敵戦車のキャタピラの下に挿入してキャタピラを破壊し、敵戦車 を動けなくし、止まった戦車本体の下に戦車爆雷を挺身突撃隊が放り込んで擱座させる。

 一方、上空の敵機には大東亜戦争決 戦機として開発された世界最強(戦後アメリカの実験で時速最大六百九十kmを記録し最高傑作機と評価された。)の中島飛行機製二千馬力四式戦闘機「疾風」 やゼロ戦の次世代戦闘機堀越二郎設計の三菱製「烈風」が敵グラマンF6F、ノースアメリカンP51を次々と撃ち落す。更にB29キラーとして海軍空技廠設 計九州飛行機先尾翼型で機首に強力三十ミリ機関砲四門搭載の「震電」が時速七百粁以上という米軍戦闘機、B29より早い世界最速スピードで敵戦闘機に追い付き敵機を一撃で撃墜する。又、B29の前方上空に廻り込んで四門の砲でアッという間にB29を撃墜する。
 
甲液「過酸化水素オキシノリン・ピオ リン酸ソーダ」と乙液「水化ヒドラジン・メタノール・銅シアン化カリウム」を百対三十六でミックスした脅威の推進力で今迄達しなかった一万二千kmの成層圏まで従来型の飛行機では十数分かかったのを僅か三分五十秒で急上昇できる時速九百粁の画期的無尾翼型ロケット戦闘機「秋水」がその先頭部に搭載する強力三十ミリ機関砲二門が火を吹きボーイングB29を一撃で次々と撃ち落すとして行く。又、陸軍四式爆撃機に百五十ミリ野戦砲を積んだ空飛ぶ大砲がドカンと B29の編隊群に炸裂する。運よく残ったB29も新開発の二万mに達する五式新高高度高射砲で撃墜されて行く。
 だがこれら最新戦闘機を動かす燃料はどうするのか? 

 そもそも大東亜戦争が始まったきっ かけは軍艦や航空機に必要な石油を米英蘭三国が対日輸出禁止して日本経済を窒息させようとし、これに対してワシントンに交渉を行った甲案提示の野村海軍大 将(大使)と東郷外相の秘策乙案を持った来栖大使が追いかけて米側と交渉。ほぼアメリカが合意し日米和平が実現しようとしたのに対し、その翌日引っくり返り「日本の全権益放棄とシナ大陸からの日本陸軍の全面撤退」を要求する蒋介石の言い分を通した文章を共産主義者でソ達のスパイであったアメリカ国務次官補 が草稿を書き、ハル国務長官がそれに署名した「ハル・ノート」の回答だ。これでは日本は到底合意できないので日本が大東亜戦争を始めたというのが第一の理 由だ。

No,2に続く

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医療事故? それとも臓器狩り?

2012-06-24 00:03:47 | 日記

堕ちた天使 さんより転載です。

【新唐人2012年6月21日付ニュース】近日、中国のネット上のある書き込みがネットユーザーの注意を引きました。海南(かいなん)省の楼さんによると、妻が2年前、海

­南病院で脳手術を受けたとき、片方の腎臓を盗られたそうです。それだけでなく、骨髄も盗られ、脊髄神経など、体のほかの部分も破壊されていたそうです。

楼さんによると、家族に全く知らせない状況下で、妻・馮花さんの胸部が開かれ、肋骨も開かれていたことが、術後にわかったそうです。後にまた、腎臓も一つなくなっていると
­知らされました。

被害者の夫 楼宏順さん
「怪しいと思ったので写真を色々な医者に見てもらったら、みな腎臓が一つなくなっていると言いました」

楼さんはミニブログに妻の術後の写真を掲載。妻の馮さんは脳手術の後、記憶を失い、寝たきりになったそうです。幼い子供は面倒を見ることができないため、檻(おり)の中に
­入れられています。一家は経済の面でも苦境に陥っています。

被害者の夫 楼宏順さん
「脳血管動脈瘤の治療をしたと言っていますが、病院の動脈瘤検査の写真をコピーしてみると、妻に脳動脈瘤はありませんでした。彼らに下心があるのです。金儲けと臓器を盗む
­ためです。我々から高額な治療費を騙し取ったのです」

この事で楼さんは、海南省の各部門を奔走。しかし何の結果もないそうです。

被害者の夫 楼宏順さん
「海南のほとんどの部門を訪ねました。誰も相手にしてくれません。警察に届出ても誰も相手にしません。後に全ての資料を法医学者にも送りました。そしたら、妻のこの病気は
­今は真相がないから将来明らかになるだろうと言いました。彼のこの言葉ではっきりわかりました。妻が被害を受けたのは確かな事なのです」

病院側は責任から逃れるため、馮さんを病室から連れ出し、廊下で寝かせたこともあったそうです。馮さんのようなケースは中国では始めてはありません。


新唐人テレビがお伝えしました。
http://www.ntdtv.com/xtr/gb/2012/06/20/atext719967.html.(中国語)
(翻訳/坂本 ナレーター/村上 映像編集/工)
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