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毎週見ている「真田丸」。
昌幸の死後、このドラマの柱を失ったような雰囲気。
主人公は、信繁なのにどうしても主人公らしく見えない。
どうしてだろうか。
いささか、女々しく描かれすぎなのかも知れない。
いかにも信繁が、歴史の表舞台に登場したのは、大坂夏の陣・冬の陣の僅かな期間であったとしても、戦国時代の命を直接やり取りする時代背景なら、もっと戦国武将らしく描いてほしい。
大坂夏の陣・冬の陣の大坂の役。
その時の活躍ぶりにより、「日の本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と、敵陣から呼ばれるほどの武者ぶりだった信繁。
徳川相手の第一次、第二次上田合戦、その戦で父・昌幸の作戦を遂行した信繁。
その時の経験があったればこその大坂の役。
今回の大河で描かれているような信繁像では、いかにも心もとないと思える。
9日(日)放送の第40回「幸村」。
大坂城入城は本意ではないとか、今の暮らしの方がいいとか。
ありえないような言葉を発している堺・信繁。
いかにも、この俳優さんの風貌に併せたような信繁像が描かれている。
きり(長澤まさみ)に諭され、叱咤激励される筋立て・・・。
このような、馬鹿げた描かれ方にガッカリ。
大好きな池波小説で描かれた信繁は、次の文体を見れば一目瞭然である。
草の者の小助と七郎を相手に若干十六歳の信繁が発した言葉、小説を読みながら信繁という人物像を強く印象づけられた場面であり、忘れられなくなった文体である。
「『おりゃな、小助。七郎。ひとりきりで、おもいきり馬を走らせていると、風が身体の中を吹き抜けるようなおもいがする』
と、源二郎はいった。
そこまではよいのだが、つぎに
『その風が、おれの身体を吹き抜けるとき、おれの心ノ臓や腸(はらわた)や肝(きも)が、風といっしょに身体の中から外へ飛び出してしまうような気がして、まことに凄まじく、こころよい』
というのだ。
十六歳の少年の言葉として、この言葉は尋常の表現とおもえぬ」
これである。
これこそが、晩年の大坂の役で「日の本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と、世に謳われた信繁と思っている。
それ故に「真田丸」の堺・信繁には物足りなさが抜けきらない。
・・・と、イライラしながらも、見ている。
結局のところ、真田物が好きだから毎週見入っているのであろう。(夫)

(出典:NHK公式HP 抜粋)
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