紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

お正月からズレ込む

2009-01-02 23:30:22 | おでかけ
 元旦が命日という数奇な人生の終焉を迎えたおじいちゃんの法要をします、というご案内が来ていたので、お正月の京都へ出発する。正確には「おじいちゃんの法要」ではなく、「元旦がご命日で本廟に納骨して、永代経をあげてもらうことになっている方々のための法要」ではある。だから元旦が命日という遺族の方々が、人数のわりに狭い本堂に集結するのだ。

 この日はお姉さん一家が来る事になっていたので、朝昼兼用のおせちとお雑煮の片づけ、およびおせちの詰め直しなどをしてから、ばたばたと支度をしたので、案の定電車を一本遅らせたあげく、次の電車も一足違いで乗りそびれてしまった。それでも数分後には「新快速」ではなく「普通」ではあっても電車はあったので、間に合う算段はあったのだ。

 ところが、私の高校時代のテリトリーにも関わらず、JRから京阪電車に乗り継ぎ、東山で降りた後、道を間違えるという大失態を演じてしまったのだった。しかもほぼ電車一駅分歩いて、やっと気がつくと言うボケぶりである。

 引き返して息せき切って、「あと1分」というところで本堂に滑り込み、お経の始まる合図の鐘が鳴るのと同時に席を確保した。

 H氏いはく「これは『余裕を持って行動せよ』という今年の自分たちへの警告やな」と、神妙に受け止める。

 今回の法要のラストで全員で『恩徳讃』(という有名な浄土真宗の仏教歌)を唱和したとき、なにげなく会場のひとたちをながめていたら、上品なお年寄りの夫婦者らしき方が、リズムに合わせてクビを大きく振り、楽しそうに目で合図を送り合いながら歌っているのに目が釘付けになった。『恩徳讃』をあんなふうに楽しそうに歌う人を、私は人生で初めて見た気がする。はやくも今年の(私にとっては)大きなトピックに遭遇したかもしれない。

 法要を済ませたあと、本廟にて自由にお参り。「それにしても、こんな大量のホネ、どうするんやろ? あふれへんねやろか?」と素朴な疑問を持つH氏。「それにこんなに花があったら、すぐに献花台がいっぱいになるし、花を撤収したあと、どうしやはるんやろ?」とハテナの連続である。・・・宗教の世界にはハテナが満ちているのです。あまり疑問に思わないように。

 その後、大混雑した八坂神社の境内を通り抜ける。お祭りのような屋台が軒をつらねていたので、屋台好きの私はきょろきょろ。もっともあまりの混雑振りに、屋台で買い物できる気分ではない。押されて将棋唐オにならないよう気をつけなければ。

 ただ、むこうの方に見えた「キャラクターおめん」の屋台には、思わずチェックをかける。ウルトラマンやキティちゃんに混じって、ど真ん中に「ひょっとこ」や「おかめ」のお面があったのだ! いつのまにか「ひょっとこ」や「おかめ」が「キャラクター」になっていたのだ! 人ごみで見えなかった下段には、もしかしたら「般若」や「弱法師」も「キャラクター」としての地位を得ていたかもしれない。

 では、この続きはまた明日。
 続き、といってもたいしたことはなく、単に眠気にギブアップしただけなのです。おやすみなさい。

子どもたちにはナイショ

2008-11-03 23:53:43 | おでかけ
 珍しく休日が合ったので、めったに無い機会だからと、混雑覚悟で夫婦で大阪に行く。子どもたちは学園祭の部活と部活の大会で早朝より家を出た。

 目当てはお寿司&古本屋さんのハシゴ。古本屋さんはともかく、親だけお寿司を食べて来たなんてバレたら、子どもたちはお怒りになるので、ナイショ、ナイショ。(と暗黙の了解だったのに、晩ご飯のときうっかり口走った言葉を、耳聡いKちゃんはしっかりキャッチし、憤怒の形相で空き箱を潰していた)

 一件目の古書店は、若い夫婦者が回していたのに、今日は年配女性が売り場にいる。本を買うと値札の半額なので「???」だったが、閉店一総ン庫セールなので、一律半額なのだそう。
 「どうりでめぼしい本がないなと思てた。前と品揃えが全然違うもんな」
しかし、私は「(私にとっての)めぼしい本」をみつけて2冊購入。

 気を取り直してお寿司屋さんへ。ここはH氏行きつけの店で、うっとりするほど美味しい。ただし、目的の牡蛎はなし。2人で大将の「おまかせコース」でおもいっきり食べて5千円ほど。

 その後、いつものように天神橋筋商店街をぶらぶらし、古本屋さんを見かけるたび入る。
 H氏が思い出したように「そや、筒井康隆がまだ未成年のとき、家の本こっそり持ち出して古本屋に売り飛ばして、そのお金で映画三昧してたっていう本屋さんに行こか?『不良少年の映画史』に書いてあったとこや」
「ああ、お父さん(H氏のこと)が筒井康隆のサイン本買ったとこね」

 ほんの少し覗いて行くだけのつもりだったのに、その後、予想外の展開をしたのだが、それはまた明日。

 ぶらぶら歩きの途中で見つけた不思議なおウチ。屋根の真ん中に鬼瓦はみたことない↓


『松尾』と蕎麦と忍者

2008-05-21 14:18:36 | おでかけ
 しつこく話はまだ続く。まだ『松尾』の蕎麦を食べていないのだ。

 お腹が「くうふく/くうふく/くうふく・・・」と蝉のように鳴き立て始めた頃、店内にやっと潜入でき、餓死をまぬがれる。

 たぶん地元の陶潔ニがつくったであろう器や花器や置物が、やかましくない、ちょうどいいバランスで配置されている素敵な店内の一角を、奇妙な四名ご一行様が占拠する。
短髪のアメリカ人男性(日本語堪能)、フランクでスタイリッシュな少年、どう見ても実年齢と精神年齢がやたらアンバランスな一組の男女。

 しかしダモンテさんと店主とはツーカーの仲らしく、怪しまれることもなく、ことなきを得た。もっともお茶を運んでくれたオネエさんたちについては、定かでない。

 ところで、東海林さだおこと、ショージ君風に考えるなら、名店のこだわりの食べ物を出す店主は気難しいとされる。ことに蕎麦は「蕎麦道場」などもあるくらいで、奥が深い分、店主のこだわりも深いのではと推測される。

 しかし『松尾』の店主は、とびきりのこだわり蕎麦の店にも関わらず、とても気さくでにこやかである。どれくらいにこやかかと言えば、首を振らない淀川五郎くらい、常に笑顔である。たぶん愚痴るときにも同様に笑顔なので、愚痴られても愚痴られていることすら気付かないほど、気持のいい笑顔なのだ。

 私とH氏は冷たい『おろし蕎麦』を食べる。ダモンテさんは納豆蕎麦である。なんでかわからないが、流石(さすが)!と思う。なぜか日本に住む私の知り合いのアメリカ人はほぼ、日本人以上に日本人だと思う。しかし私の知っている範囲なので、H氏にいえば、鼻であしらわれそうな意見ではある。

 Yくんは蕎麦以外に天ぷらも注文し、その天ぷらも本当に美味しそうだった。その日の夕食は、私も思わずカボチャの天ぷらにしてしまったほどだ。
 H氏は、「なんで天ぷら揚げてる仕事場にいるのに、天ぷら食いたいんやろ?」と不思議がっていたが、待ち時間(それも空腹時)に厨房からの天ぷら油の匂いをかぎながら天ぷらの話をしていたから、頭の中は天ぷら一色になっても不思議ではない。しかも食べ盛りなのだから、蕎麦だけなんてムリムリ! 

 それから、念願の『蕎麦がき』を一皿注文し、みんなで少しずつ食べる。見た目は揚げる前のイワシのつみれ天をねっとりさせたような感じ。

 うれしい! おいしい! 

 「『蕎麦がき』って、こんな味やったんや!」と、みんなで感動を分かち合う。
 しかし感動の蕎麦がきの最後のひときれを食べたH氏は「蕎麦がきって、里芋みたいな味やったんや」。
 たしかに柔らかく煮た里芋に似てはいるが・・・あまりに図星なので、なんだか身も蓋もない気もする。真実はときに人を不幸にする。

 それで、ごちそうさまと店を出た時には、正直、ちょっとお腹が物足りないな・・・と思っていた。ところがである。時間が経てば経つほど、お腹が満たされて来るのだ。不思議??
 
そういえば、『ちりとてちん』で糸子さんがいってたっけ。

 蕎麦は忍者が、最低限の持ち物を身に付けて野山で行動していたっていうあの忍者が持ち歩いていた、というくらいの食べ物や。それくらい栄養もあるし、最高の食べ物なんや。

 糸子さんの科白に(つまり藤本有紀さんのウンチクに)、納得の結論がくだされた日でもあったのである。

 ちなみに「松尾芭蕉は俳諧の旅をしつつ、スパイ活動も同時進行で行う忍者だった」という有名な在野の説もある。

少年とオバさん

2008-05-20 23:21:16 | おでかけ
 昨日の続きである。

 個展会場を後にするにあたって、重大な質問をダモンテさんにする。それは「この辺でお昼ご飯を食べるなら、どこがおすすめか?」

 間髪を入れず即答で返って来た。「松尾」と。

 「松尾」!? それはあのお蕎麦屋さんでは!?

 このブログを始めた頃、伊賀上野のおいしいお蕎麦屋さんにKちゃんと行った話をした。おばあちゃんがとりしきる、自称、日本一の蕎麦がきが食べられるというこだわりの、しかしいまは無きお蕎麦屋さんである。

 そのおばあちゃんの息子さんがされているという『松尾』というお蕎麦屋さんが、ちょっと離れた場所に2号店として存在していて、たいへん人気がある、というところまで情報を得ていたのだが、ついにその『松尾』に潜入!?できる日が来たのだ!

 場所がわからないので、ダモンテさんとY君が先導してくれ、彼らの車の後を追いかけて行く。着けばなるほど大人気で、入店待ちのイスと机があり、そこに数名お待ちである。いわゆる「行列のできるお店」らしい。

 待っている間、このお店の看板なり暖簾なり外観なりを写真に収めればいいものを、私は何を思ったか、厨房の裏にある陶器でできた芭蕉座像を写真に収めていた。そこに近づいて来たのが、Yくん(働きながらの高校1年生)である。

 「これ、やきもの?」と人なつこく、でもはにかみつつ尋ねる。
「うん、そうやね」。
しげしげとその像をみたあとの彼の言葉に驚愕する。
「でもこれって手抜き、ズルしてる。膝の所に笠があるやんか? これでむずい(難しい)とこつくらんかてもええように、笠で隠してるねん」
おお~そういえば。
手とか座った足の様子とか、省略できるな、たしかに。

「ぼくの作った仏像、見た?」
あ、みたみた、陶撃ナ作ったの、イエローハウスのHPにアップされてたな。なんか、独特やった。あれ、よかったよね。
ここから一気に仏像話題が盛り上がる。お互い仏像好きだったことが判明したのだ。

「仏像はな、口が一番難しいねん。ちょっと笑ってる口元つくるんが。唇はすぐタラコ唇になってしまうし、ほんま、難しい」
「目も難しいンと違うん?」
「目はな、ふつう閉じてるから、線にしたらええねん。開いてたらきっと難しいけどな」
そうなんや~。

「好きな仏像って、ある? 一番好きな仏像って、何?」
「いっぱいみたから・・・そやけど三十三間堂の」
でたーーー! というか、きたーーー!と、心中叫ぶ。いや、ほんまに叫んだ。
「ええーーっ!? 三十三間堂!! こないだ行って来たばっかりや!」
「三十三間堂の、迦楼羅(かるら)像」

もう、気分はハイタッチである! 私はつい10日前、5月10日のブログで「私はなぜかカラス天狗に影響を与えたという鳥神、迦楼羅(かるら)さんが好き」と書いたばかりであるのだ。

 思わず握手の右手を出したが、Y君には気付かれなかったので、何気なく引っ込める。思わずハグとかした方がわかりやすかったかも。

 他にも、美味しい天ぷらの揚げ方、エビ天を大きく見せる方法、天ぷら油の温度などを教えてもらい、ほうほうと感心する。年若い人たちから、いろんな話を聞くのは、面白いので大好きである。ホントは年長者は年若い人たちに、教えたり諭したりしなきゃいけないんだけど、私はごく素直に質問したり話を聞いたりする方が性に会っているみたいだ。

 彼独自のファッションも、私はわりかしお気に入り。野球帽型キャップはひさしが長めでかっこいい。空中浮遊しているような、どうしてずり落ちないのか不思議でたまらなかったズボンの履き方も、「履きこなしている感」があり、これは彼の絶妙なセンスの賜物なのかも。しかもズボンの裾を片方まくり上げていて、その様が意表を突いて面白い。お金をかけずテクニックだけで人目を引ける手段を思いついたり実行できるなんて。昔トレーナーを逆さに着たり裏向けに着たりするのが流行ったことがあったけど、ああいうのはよほどセンスがなければ、ただの「うっかりもの」でしかない。

 いや=Aいろんなものを内包している少年である。角度によって違う光を放つ。彼に比べたら私はアマアマなおばちゃんにしかすぎない。

 そんなに独特なもの、もってるんだもの、人生まだまだこれから、早々と決めずにゆっくり行こうぜ。雪だるまみたいにころがっていくうち大きくなっていくものもあるしさ。また会おうよね、Yくん。



ふさ子さんの個展

2008-05-19 23:59:14 | おでかけ
 まずはインフォメーション。

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 katatsumuri渡邊(わたなべ)ふさ子陶展/The Yellow House陶房

 5月18日~5月25日(日) 
10:00~18:00 *21日(水)は休み

 場所:ギャラリーワインシュトゥぺ(橋本酒店2F)
  三重県伊賀市天神前本町通り
 *近鉄/上野市駅→最初の交差点を右折→次の交差点(上野信用金庫向かい)を左折
   左手側に橋本酒店あり、突き当たりが天神様。

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 楽しい品物が目白押しの橋本酒店の2Fに行くには、ピンクの螺旋階段を登る。橋本酒店、恐るべきセンス。絶讃しているのである。

 会場には30分早いフライングだったが、歓待してくださった。ふさ子さんの夫君、陶潔ニ(アート関係の末烽ウれる)のダモンテ先生と、おふたりの里子Yくんとふさ子さんの3名がいらっしゃった。

 私たちはずいぶん会っていなかったので、空白部分の積もる話もあり、作品を見る時間よりおしゃべりする時間の方が長かったかも。おしゃべりはH氏の得意技なので、私はもっぱら作品を見る。

 今回はおうちシリーズ。どことなく韓国風なテイストのおうちが並んでいる。案内ハガキではひとつだけのおうちだったが、多数並ぶとまた趣や迫力が違う。
 このおうち、屋根がぱかっととれて(蓋になっている)、小物入れになる。実用的な品なのだ。

 シンプルで朴訥で温かくて、見ているとほのぼのする建築群である。焼き色もきれいで、同様にほのぼのする。

 以前H氏と『樂吉右衛門展』に行った。
 そこには私たちが展覧会で求めている何かがあまりにもなかったので、二人揃って愕然とした。樂氏の尖った所、自信満々なところ、なんとなくシビアな気分になる所、孤高なところ。そういうのが、まるで呑み込めなかった。
 それと対極なのが、ふさ子さんなのかもしれない、とぼんやり思う。隙だらけで、天真爛漫で、あくまで素朴でシンプルで、カントリーな感じ。

 そのうえ、ちょっとだけ「あそび」が入っているところがあり、思わず笑顔になる。優しさとユーモアと思わず胸がきゅんとなるような可愛らしさに。

 たとえば屋根のてっぺんに、鳥がとまっていたり。
 たとえば屋根の裏側に亀が貼り付いていたり。

 その亀吉くんのオマケ付おうちを、この日のパトロンことH氏に買っていただきました。

 









ひとこと付け加えるなら、写真より実物の方が、よほどいいです。写真が下手でごめんね、ふさ子さん。