紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

8月最終日は「いいちこ」のCMに似ている。

2008-08-31 22:43:04 | 季節
 さすがに読書感想文のテキストを探すことも、自由研究の本の在処を問われることもなかった一日。返却本は山とあったけれど、人手が薄くはなかったので、わりあいスムーズに本は動いていた。

 今日は図書館スタッフで、私の元・職場の図書室に行ったことがある方2名からそこについての話をきくことができた。「切り口が面白くて、そこに行けば女性(男性)情報がすべて俯瞰出来る貴重な図書室なのに」と残念がっていただいた。やはり年季の入ったプロの方に褒めていただくのはうれしい。

 今日は暑さが戻ったのに、朝の涼しい空気に騙されて、ネックのある服を着てしまい、大失敗。暑さに苦しみつつ(笑)仕事をする。それでも家路に向かう時の日が落ちる早さや、夜の虫の声大合唱で、秋の佇まいを感じる。

 ラジオからはきっと「誰もいない海」や「セプテンバーソング」なんかが流れてるんだろうな。そんな夏が終わるときの、ぽっかりとした世の無情を思い知るような、飛び込みで参加したキャンプの最終日のような、なんともいえない寂しさを感じる。

 でも、この小学生の高学年から感じ続けている夏の終わりの寂しい気持ちって、とても好きなもののひとつ。あのローティーンの頃に見た、土壁に映る夏の終わりの夕陽の赤さとか、地面にこぼれる百日紅の花の赤さとか、夕方に影が伸びる感じをくっきりと思い出す。

 それは「いいちこ」のCMを見る時の郷愁に、ちょっと似ている。ちょっと遣る瀬ない、うっとりと落ちていくような郷愁。ブラッドベリを読んだ後のような切ない感じにも似ている。素敵な寂しさ。

漫画アシスタント

2008-08-30 00:02:01 | 読書
 車の中に常備している本は、雑誌「yomyom 6号/2008夏号」だ。

 たまたま目を通した「三浦しをんの『ふむふむ』」というインタビューの頁に、釣り針を食ってしまった魚のように、ぐぐっと引き込まれてしまう。このひとのインタビューは、いつも面白い。

 今回は漫画家のアシスタントさん、萩原優子さん。それも数奇な運命によりアシスタントの道に入り、職人ワザを持つに至った、という、非常にドラマティックな方なのである。

 しかも目からウロコ、というか、心に迫るエピソードがごろごろあり、なんという素晴らしい人選かと、もうその時点で感動的である。

 まず、会社勤めが合わないことに悩んでいたとき、ふと「私、漫画描くの、好きだった」と考えたことからスタートしたのだ。

 それでまだ会社に籍があるときに、アシスタント募集に応募し、「やる気があるなら、毎週末呼びますよ」と、先生から採用の連絡が。「この仕事で食べて行くのは本当に大変だから、気軽に会社をやめちゃだめ」と先生に言われたときには、すでに辞表提出済で。

 しかも編集さんは、彼女の応募原稿を見て「使えない」と落としていたのに、先生が「履歴書がしっかり書けているから、一度会いたい」ということだったとか。なにせ萩原さんは商業高校出身なので、履歴書の書き方は万全だったらしい(笑)

 先生としては、「一からというより、マイナスより教えるから」というのが、当初からの覚悟だったそうで、「即戦力」があっても「協調性」や「社会性」がないとアシスタントという職人仕事といえど難しいのだ。いや、ある意味寝食を共にしたり、20時間ぶっ通しでひとつの仕事を成し遂げる共同作業だからこそ、「協調性」や「社会性」を問われるのだ。

 萩原さんは「自分探し」ではなく「居場所探し」という感じで、肌に合わない一般的なOLの世界から、職人肌でチームを組むプロ集団の世界に飛び込む。そこはほとんど住み込みの丁稚奉公のような厳しい修行の世界なのだけれど、ユニークで切磋琢磨できる仲間たち(先生を含む)を発見するのだ。

荻原「いい意味で変わった人が多かったんですよ。人間にはすごく興味があるくせに、他人に干渉しない、群れない人が多くて」
三浦「トイレに一緒に行ったりしない(笑)」
萩原「あと、アシスタントも漫画家の先生も、やっぱりすごく観察するかたたちなんです。だから三歩先ぐらいの会話をされる」

 うーん、これ、今の職場の図書館司書の世界にも通じるものがあるなあ。人間にはすごく興味があり、でも他人に干渉しない、群れない。協調性もサービス精神も思い遣りも人一倍あるけれど、とてもソリッドで個性的で職人集団。チームで仕事をする職人集団のテイストは自ずと似て来るのかも。

道の駅に立ち寄る。

2008-08-29 23:24:17 | お買いもの
 またまた今日も高島市の話。

 当日の朝、「安曇川の行きたいとこ、チェックしときや!」とH氏より言われていたので、時間をかけずに立ち寄ったら面白そうな場所をチェックしてみる。もう行く前から、当然、H氏がどれだけレコード屋さんに時間を費やし、その他は急ぎ足になるはず、という算段をしていたのだ。伊達に20年間、同じ釜の飯を食べている訳ではない。

 「まいご三兄弟」で出ていた「安曇川の地酒」をいまだ引きずっている私としては、「道の駅」に白羽の矢を立ててみた。安曇川で取れたャCズン・ベリー、愛称『アドベリー』関係(とくにソフトクリーム)にも興味津々であることだし。

 しかし『ャCズン・ベリー』って・・・「ャCズン」=毒って・・・。アヤシすぎる。大丈夫なのか?と、一瞬とまどってしまいそうになるかも。

 が、この計画には致命的な欠陥が。本日定休日だったのである。残念だが、今回は見送るしかない。

 と思って特産品である扇子(の骨)をデザインした安曇川の道の駅のそばを走り抜けたとき、駐車場の1/3くらいの車が駐車しているではないか!?
「やっぱり、あれやな、夏休みやし、こんなかき入れ時、みすみす休む訳、ないやん?」とH氏の説に、うんうんと頷く。そらそうや。「帰りに寄ったるわ」。どうも~♪

 その後は、昨日書いた通りである。めでたく合流出来、私がコンビニ前から車に乗り込んで、目指すは「藤樹の里あどがわ」という道の駅。ほら、やっぱり車が止まってる!

 「ワタシ、トイレ行って来るし、その間に買い物しときなさい」と言い渡され、うきうきと入口に向かうも・・・!?? え? 

 ブラインドが閉まっている!?

 律儀で純朴な田舎の人々が回している「道の駅」なのである。規則には忠実に従うのである。「かきいれどき」云々なんている平成の人間のさもしい根性はもっていらっしゃらないのである。休む時はきちんと休む、という正しい人間のあり方を、厳しくご指導いただいた思いだ。

 ではなぜ、駐車場にそんなにも車が止まっていたのか? 田舎とはいえ、この道は福井と京都・大阪を結んでいる幹線なので、交通量が多い。たぶんトイレ休憩と、平成の人間がさもしく営業するコンビニ『サンクス』で飲み物、食べ物、お土産を買う人々が三々五々と集まるのだ。

 しかたなく『サンクス』にお土産らしきものがないかチェック。ほどなく地酒を発見。それは『近江八景』というネーミングで、そこでの唯一の地酒として君臨していた。そこまでで満足すべきとし、次の機会をうかがうことにしたのである。

砂漠の昭和

2008-08-28 23:51:18 | お買いもの
 そう、H氏は、アオイレコード店に入って、マニアの世界に没頭してしまったのだ。昭和の懐かしいレコードが山積みされている(例えば『こんにちは、赤ちゃん』とか、黛ジュンとか夏木マリとか)のをチェックしている。

 最初から時間がかかりそうだというのは明白だったので、店のそとをぶらぶらした。細い道の割に高速で突っ走る車、なだらかに傾斜した土地、東側には琵琶湖のさざ波、反対側は山(比良山系?)だ。

 道沿いに建った昔からの静かな家々が、時に取り残された感をかき立てる。車に戻って『考える人』の最新号を読み、ほどなく眠りの世界へ。ふと目を開けて時計を見れば『アオイレコード』に到着してから、1時間ばかり経過していた。

 1時間、車に妻放置。真夏の炎天下ならアブナい所だった(笑)

 こんな滋賀県のハズレまで来て、こんなことをしている場合ではない!と、突如思い立って、ドアを開け、元来た道を歩き出す。実は単に飲み物が欲しくなり、自販機を求めて歩き出したのだが。

 しかし、行けども行けども、民家ばかり。かなり古そうな『大国主神社』というお社に立ち寄る。境内一面に森閑とした、けれどものすごいような気配。腕の産毛が立つような、変質者の2、3人は潜んでいそうな(!!)、こわいような空気が漂う。なら、行かなきゃ良いのに、しっかり奥のお社まで行き、からんと鉦を鳴らしてお参りをする。ああ浮ゥった。『源氏物語』で、夕顔の家に恐ろしい気配が立ちこめて、夕顔がはかなくなってしまうところを思い出した。

 なおもしつこく歩く。すると酒屋さんを発見。酒屋さんの前に、自販機を発見。そのとき私は所持金の最高金種が10円玉だったことを思い出した。ショック~! 困った。

 が、ふと鞄のサイドャPットの中に入っている茶封筒に、500円玉が入っていることを思い出した。ラッキ~!!
 貧しいときには、ケチケチ根性が全開になっているので、100円なのに500CC入りという超お得な『スコール』を買ってしまう。買ってから「しまった、缶だから飲みきらないと邪魔でしょうがないやろー!(泣)」ということに気付く。

 結局、来る時に最終的な目印ャCントだったセブンイレブンまで歩く決意をする。30分あればいけるはず。

 たどり着いたコンビニで、私はかつてbraryさんがブログでご紹介くださった「サッャ壕齡ヤの初の袋入り アラビヤン焼そば」を発見。1食分の袋とビッグなカップ麺があり、ビジュアルの大きいビッグを買う。1967年に初登場したものであるらしい(しかし家族のだれも興奮してくれず、がっかり)。

 という風に、私はレトロ昭和食品を、夫はレトロ・レコードをゲットし、2時間弱後にメールや携帯で連絡を取り合い、めでたく再会したのであった。

 

 

誘惑にのる。

2008-08-27 23:49:10 | お買いもの
 今日はオフ。

 しかもTくんは今日から白浜へ部活の合宿で家族の人数が減り、家事がやや軽くなる。そう手がかかる人でもないけれど、ひとりいないだけで、洗濯も食事の用意も後片付けも若干ラク。何より深夜の迎え仕事がないので、気持ちの負担感が違う。

 そんなわけで、朝から珍しく家事やる気満々。今日はお聡恆蜑?竅Iと意気込んでいたが、そんな予定もあっけなく消え去る誘惑にのってしまった。

 H氏の「安曇川、行かへん?」というお誘いがあったのだ。「お昼から、新旭町の中古レコード店に行くし、一緒にどないでっしゃろ?」

 これは確信犯としかいいようがない。私が安曇川町の事を気にかけているのは、先日のブログで彼はチェック済なのだ。そりゃもう、行くでしょう。

 お昼ご飯は、以前贔屓にしていたけれど、ご主人がお亡くなりになったので廃業されたもの、と思い込んでいた守山市の大衆食堂「とら吉」が、奥様と息子さんの手に寄って復活を果たしたので、そこで。相変わらず、車がぎっしりと駐車しており、繁盛している。

 H氏は定食、私はカレーうどん。カレーうどんの麺はスーパーにあるような安いうどん玉なのだが、ダシは涙ぐむほどおいしい。

 その後、大津のパルコのブックストアで、スャ塔Tーの付いた私は、目につく欲しい雑誌をしこたま(といっても3、4冊。「サライ」「考える人」「別冊太陽/内田百けん」など)買っていただく。パルコに行っても、ブックストアオンリー。

 ここで、雑誌を「しこたま」おごってもらったため、その後の「放置プレイ」!?をやり過ごせたのは、夫婦にとって、幸いだったと思う。それについては、また明日。

 H氏が1時間半熱中した中古レコード店「アオイレコード」。道沿いの3段の石垣の上の、田舎の普通の日本家屋を、無理矢理レコードと蓄音機、骨董品でディスプレイした、なんとも不思議な雰囲気をたたえたお店。