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長編小説『フォワイエ・ポウ』(25回連載)5章・「こだわりのペティーナイフ」

2006-05-03 10:38:20 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
<添付画像>シンガポール・チャンギ国際空港に展示されていた「Ducati 999」!

 まずは前座、
   「画像関連のお話・・・」

 小説「フォワイエ・ポウ」愛読者のお一人「kenbou-7さん」こと、『漢(オトコ)の勲章』ブログ管理者からのご要望いお答えし、当長編小説「掲載24回目」より「イタリアの名車・ドゥカティ」のレーシングマシーン画像掲載した。(前回画像の詳しくはこちらをクリック、ご参照下さい)そして、この[Ducati 999]の画像、もう暫くは「小説投稿日」に、連続掲載する。また、エセ男爵ブログをご愛読頂いている「tonoさん」こと、「G殿下」より、上述2輪レーサーについて詳細関連なる解説を頂いた。簡潔にて専門的なコメントであるから、我輩たちまち驚嘆にして感激。2輪レーシングマシーンに興味をお持ちの方は是非、24回記事に付けて頂いた「tonoさん」からのコメント、ご一読下さい。
 2輪レーシングマシーンは、一見「小説フォワイエ・ポウ」との関連は無さそうであるが、大いに関連性あり。読み進めて頂くごとに解明可能となりますので、宜しくお願いします。

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 おっと、話長くなり失礼!
          画像解説から小説の話へ・・・

小説「フォワイエ・ポウ」、昭和末期の師走。クリスマス前、ショッピングに不慣れな本田マスターは、デパートの日用品売り場へ向かうシーンから・・・

(・・・24回掲載分より)
デパートの店員に、いちいち場所を聞く必要はなかった。本田はすでに2週間前に下見をしていた。何がどこにおいてあるか、そして目的の商品は、価格は?品質は?用途は?何がベストなのか?何を買うか?ほぼ決定していた。2週間前の下見の時、あれこれ見れば見るほど本田の欲しいものはたくさんあった。全部欲しかった。買いたくなった。予算や経費の計算など、良い商品を観て欲しくなったら関係なくなり、分別のない子供の心になりかかってしまった。
ようやく商売は、始まったばかりである。十分に先が見えていない今は無駄使いしてはならない事くらい、理論的な判断はつく。だから我慢する。今すぐに必要なものと、たちまち必用でないものを選り分けようと決定し、ここは大人の分別をもって選り分けた。
(良いものを選ばなければ、すなわち本職用のものを買おう)
自分の腕前とは関係なく、いや、腕前以上の『よいもの』が欲しかった。
(プロ仕様の高級ペティーナイフ一本のみ、それだけを買おう!・・・)
いよいよ今日は、それを購入する日であった。

 (以上、第24回掲載分、最終節より・・)

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長編エンタメ小説「フォワイエ・ポウ」
               著:ジョージ青木  

5章

1(拘りの刃物)

(1)―2

(2節)

クリスマスを目前にしたウイークデーの夕刻、デパートの中で際立って人気(ひとけ)の少ない場所があった。その場所は、このフロアーの刃物ショーケースであった。たぶん、普通の家庭の主婦は立ち寄らない場所、つまり高級刃物類のみを展示しているコーナーなのである。さらに特徴をあげれば、刃物コーナーのすべての商品ケースには、必ず鍵がかけてあるので、前もって店員に申し出して、鍵を開けてもらわない限り、絶対に展示商品には触れられないようにできている。
商品を購入する目的でやってきた本田は、さっそく店員の待機している場所まで出向き、刃物を見せてほしい旨を伝えたところ、先日下見に立ち寄った時と同じ、中年の女性店員が出てきた。その女性店員はどうやら、2週間前に立ち寄った本田を覚えているようで、
「いらっしゃいませ、お待ちいたしておりました」
「・・・」
確かに先日、
「また来ます・・・」
とは云ったものの、一度だけ立ち寄った場所の店員は、確かに本田を記憶していた。
畳一枚ほどの大きさのショーケースの中に、和包丁は右、洋包丁は左、それぞれ隣あわせに展示されている。
最初の本田の視線は、和包丁に向いた。刺身包丁、大型小型の出刃包丁、刃先の尖っていない菜切り包丁などなど展示してある。それぞれ別の目的を持った包丁の形状の違いには、それぞれがそれなりの機能的な美しさを持つ。刃物独特の造形美に、本田はしばらく目を奪われていた。
視線は左のショーケースに移り、さらに入念に洋包丁を見渡しはじめたのであるが、なにもケース全体を見渡すほどのこともない。買うと決めている商品は、ペティーナイフ一本だけなのだ。
「なにか適当な、使い良いペティーナイフがほしいのです」
「はい、かしこまりました、ペティーナイフですね、そう致しますと・・・」
ショーケース上にクロスを広げた店員は、ケースの中から次々と四本のペティーナイフを取り出し、クロスの上に揃えはじめた。
「まず、ペティーナイフも大きさが二種類ありまして、こちらの刃渡りの長い方が約12センチ、短い方は、ウ~ン?せいぜい10センチ5ミリ程度でしょうか?メーカーによって若干の違いがありますが、ほぼそんな刃渡りです。わずかに1~2センチの違いです。刃渡りの短い方が使い勝手がよく、つまり標準的なサイズでして、こちら長い方は、この長さですと十分肉も切り分けられます、つまり牛刀に近いものです」
「つまり、たとえば焼き鳥屋さん用ですね!長いサイズは」
「要するに、肉切り包丁なのだ。にわとりの胸肉をさばくのに、ちょうど手ごろなのかな・・・」
「ウ~ム、わずか1~2センチの違いなのか」
「でも、ずいぶん感じが違いますね」
思わず本田の独り言が、ついつい音声になって口から出てしまった。
「そう、そうです。お客様のイメージ通り、この長さですと、小鳥や小魚でも捌けますから、便利が宜しいかと思います」
「逆に果物の皮剥きなど、長すぎて難しくなりますから、むしろ素人さまには扱いの難しい長さです」
本田は決めていた。
(こちとら当面、レモンの輪切り程度に必要なだけ。そのためのペティーナイフなのだ)
長い方は、返って難しい。うっかりわき見でもしていれば、自分の指を切りかねない。
(長い方は、危ない。下手すると怪我する)
「短い方がいいな」
「はい、かしこまりました」
「それから、もう一点、ご説明させて頂きたいのですが・・・」
「こちらはドイツ製のステンレスで、こちらは日本製。鋼(はがね)を鍛造したものです。鋼ですとどうしても錆やすいので、お使いになった後の手入れが面倒です。ですから・・・」
熱心な店員の説明を途中でさえぎるかたちになったが、本田が口を挟んだ。
「手入れは問題ないです、自分でできるから大丈夫・・・」
「日本製のナイフにします」

15年以上に及ぶ旅行会社勤務時代、特にアメリカとヨーロッパを旅行中、自由時間があれば必ず立ち寄る場所があった。まずアウトドアースポーツの店。銃砲や刃物を扱っている店がもし見つかれば、必ず立ち寄っていた。まさか本物の銃砲を購入するわけにはいかなかったが、刃渡り30センチ以内のハンティングナイフであれば、日本国内への持ち込みはなんら問題なかった。大小さまざまのハンティングナイフや、その土地独特のスタイルを持つフォールディングナイフなど、珍しいものもあった。圧巻はインド旅行中にジャイプール市内で見つけたもの、街はずれの骨董店で、ガラクタ宝石に混じって、さりげなくショーケースに放り投げられていたものであった。
骨董店のおやじ曰く、
(このナイフは約250年前、王侯貴族が所有していたものであるから、世の中に二本と見つからない!)
と、声高らかに謳われている品物であった。
象牙の柄(つか)に純銀の鞘(さや)。それぞれ柄と鞘の数箇所には、適度な大きさのトルコ石が、バランスよく組み込まれている。本田にとって重要な事柄は、外見の良し悪しとは全く関係なかった。刃渡り約25センチの刃そのものが、この短剣の魅力であった。ダマスカス鋼の刃が、しつらえてあるではないか。切っ先から刃の付け根まで、刃長全体にわたって満遍なく数10本の細糸をもみほぐし、さらにそれを絡めたような、あるいは、人間の指先の指紋をくっつけ、さらにそれを伸ばしたような独特な波紋模様を持つダマスカス鋼製の刃に、本田は魅せられた。想えば、昭和50年代のはじめの出来事である。当時、1ドル360円の時代、その短剣には1200ドルの値札がついていた。が、まずは、3分の1の400ドルから交渉を始め、30分がかりでようやく半額の600ドルで交渉が落着し、購入したシロモノであった。旅先でほとんど買い物をしない本田にとっては、かなり珍しい出来事であった。こうして、美術品の域にある刃物を持ち帰ったが、帰国して半年後、ダマスカス鋼の刃を備えた美術品の短剣を手放した。40万円で買い取りたいという人物が現れたから、簡単に手放した。今考えれば、馬鹿なことをしたとも思える。しかし当時の本田は、今とは桁違いにおおらかであった。
「自分の持ち物の中、欲しいといってくれる人がいれば差し上げてもよい。自分が手元に持っているものを、よいものだと評価してくれる人がいる。それが欲しいという人にはそれを譲り、喜んでもらえばそれが一番。自分はそれで満足、そんな自分は幸せだ」
「な~に、簡単な事だ。また見つければいい。いまからも何度もインドに行ける。次のインド旅行中に、もっと好い短剣を自分で見つけてくればいいではないか・・・」
その後、本田はインドに行く機会が訪れていない。
今になって、手元に所持しておけばよかった。と考えられない事もないが、すでに手遅れである。同じものは二度と手に入らない。しかし、その骨董品の短剣に対する執着心はなかった。わずか半年でも自分の手元に保有したという出来事こそが貴重なのであり、思い出として記憶に留めるだけで、本田は十分に満足した。
平均的で常識的な金銭感覚の薄弱な本田は、当然ながらことごとく物欲というものも希薄であった。

<・・続く・・>

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