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連載小説『フォワイエ・ポウ』(26回掲載)5章「金銭感覚の欠如」

2006-05-05 08:02:30 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
<添付画像>:イタリア2輪の華「Ducati999」過酷なレースに耐えうる機械工学的に洗練された美しさと強度を兼ね備える「フレーム部分」を撮影する(撮影場所はシンガポールにて。解説仔細は、前号5月3日掲載記事をご参照下さい)

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  小説「フォワイエ・ポウ」
 
          著:ジョージ青木

5章

1(拘りの刃物)

(3)

銃砲刀剣所持に関する厳しい日本の法律が存在する以上、刀剣類のコレクションまでには到底及ばなかったが、気が付けばすでに、10数本に及ぶハンティングナイフが揃っていた。洋式刃物を研磨する専用の砥石も用意した。すでに10年以上にわたり、自分自身の手で、これらのコレクションの手入れも続けていた。日本式とは違う。水を使わずに油を使って刃物を研ぐ。そんな基本もいつしか誰かに教わった。洋式オイルストーン砥石の一式も、アメリカ旅行中に買い求めていた。すでに十分な経験のある刃物の取り扱いに関し、いまさらデパートの店員の説明など、本田にとっては赤子の寝息を聞いているようなものであった。
店員の説明を聞きながら、本田の視線はペティーナイフ以外の刃物に向いていた。
(小振りの牛刀が、欲しくなった・・・)
節約、無駄な買い物をしない!と、心に決めてデパートに来た本田であったが、店員の説明を聞いている間に少しずつ、固いはずの決心は蒸発し、消えてなくなりつつあった。刃物を見る前までの固い決心が、今、変わろうとしていた。
(決心をかえるのは、まずいよな~)
ついに、考えてはならない事を考え、今、決めてはならない事を決断した。
「あの~ あの牛刀を、見せて頂きたいのですが」
「はい、かしこまりました・・・」
ペティーナイフ一本あれば、それで十分、本田の業務に差し障りはない。
今夜しかし、店に入るなり、酒の肴になる料理を自分で作ってみたくなったのである。
もうこの時点で、店員のアドバイスを受ける必要はなかった。
洋包丁のケースの中、自分の使いこなせる包丁と、使いこなせないものがある。刃渡り30センチ以下の小振りの牛刀なら使える。肉切り包丁で肉のかたまりを切ってみたい。肉料理を作って、酒の肴になる肉料理を自分で造って客に喜んでもらいたい。と、すでに決めていたショッピング予算の理由なき拡大に、あえて理由をつけてしまった。その結果として、ナイフ1本の予算以上の予定外の支出となった。

刃渡り20センチ弱の小振りの洋包丁1本とペティーナイフを購入。それに加えてプラスチック製の『まな板』を買った本田は、急ぎデパートの食品売り場に向かった。地下の食品売り場の中、肉屋へ直行する。
「ロースハムが欲しい!」
「ロースハムは、こちらになります。何グラムでしょうか?」
ハムの切り口を見せながら、顧客の要望する重量目方に合わせて、ハムを切る準備をしようとしている。
「いや、切らなくていいのです。切っていないハムを1本。そのままま全部、頂きたいのですが・・・」
「もうしわけございません。もうすでに、この時間ですので、この切りかかったハムしかございません。明日の朝ですと、ご用意できます。あるいはまた、ご贈答用の箱でお買い求めいただければ、他の商品と組み合わせでございますが、確かにロースハムの組み合わせられたご贈答品がございますが・・・」
肉屋の用意したハムを、もう一度観察した。ハムの直径は、10センチ以上だろうか、さらに切り残されたハムの長さは、まだ15センチはあるか、十分残っている。
「これ、何キロありますか?」
さっそく肉屋の秤にのせられ量られたハムは、およそ2キログラムであった。この目方に妥協した。切り売りされているハムの残りを、全部買った。
店員は、また言った。
「スライスしましょうか」
本田は断った。
(とんでもない。店員にスライスされてたまるものか!)
(新しい自分の包丁で、試し切りするのだ、絶対に自分でスライスするのだ!)
このあたり無闇に欲しいものを欲しがる。つまり、すでに子供の状態に立ち戻った本田の発想があった。何だか、新しい包丁を買ってしまったが為に、ロースハム一本丸ごと買いたくなったのである。
加えて、平素、食品を買ったことのない本田にとっては、ロースハムがこんなに高いものなのか?何故、どうしてこの値段になるのか?繰り出してくる自問自答の整理がつかなかった。食品の価格設定の不可解さで、本田の頭はもつれた毛糸のようにこんがらがっていた。
混沌としていた内容は、つまり物の値段の基準がなかったという事実に他ならない。ショッピングをしない本田自身、平素から、市中の諸物価の動向に興味のない、基準を持たない本田の無知さ加減とその実態が、ここに明確にさらけ出されただけの事であった。
納得できずに肉屋のコーナーをはなれ、さらにパン屋のコーナーに向かった。
数少なくなったパンの中、太さ6~7センチ。長さは7~80センチもあろうかと思われるフランスパンに目をつける。
店員に聞けば、本日昼前に焼き上げたものであるという。本田は、また驚いた。たかだかフランスパン一本が、こんなに高いものか?愕然とした。
驚きながらも、目前のフランスパンが無性に欲しくなり、
(今夜食べ切ってしまえば大丈夫。まだ間に合う、おいしく食べられるはずだ・・・)

フランスパンを買い終えてデパートの地下から抜け出した本田は、いよいよ足早に自分の店に向かった。
路面に出れば、すでに夕日は沈み、雑多な街の光源とネオンサインは光瞬きはじめていた。
めっぽう外気の冷たさが身にしみた。
解からない物の値段に関する試行錯誤を繰り返しながら、熱くなっていた本田は、ここで冷たい外気に触れ、ようやく正常に冷えてきた。
整理がつけば、問題はさほどの難問ではなかった。
(自分にはわからない、少しずつ勉強すれよいではないか?)
(値段がどうした!値段の云々、こんな下種な事はどうでもよいのだから、もう、忘れよう)
欲しいもの手に入れたいものを目の前にすると、手元の現金さえあれば、買ってしまう。欲しくなった商品を見たその時点で、先を見越した予算や収支計画など本田にとっては些細な問題となり、金銭感覚がなくなってしまう。
忘れてはならない大切な事、今夜ようやく学びかけていた。が、残念ながら、情けないかな、哀れにも、ここは本田の性格として、学んだことを直ちに忘れてしまう。長年に渡って身に付いた感覚、あるいは生活習慣と表現した方がよいのか。とにかく金銭感覚の無さは、そんなに簡単に直しようもなく、それはまるで本田のDNAに刷り込まれた劣性遺伝子的感性なのであった。

<・・続く・・>
(次回掲載予定:5月9日火曜日)

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