<添付画像>:"FS Étoile";The Étoile ("star") is a French naval schooner used as a training ship. (informed by Wikipedia:記事最下部、ご参照下さい・・)
マスター本田は、何時しか、あれほど嫌っていた「カラオケ」を店に入れていた・・・
はたして本田流の「Bar商売」は?どうなる、どう変わる・・・
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* 長編小説『フォワイエ・ポウ』の過去掲載分、「全31回」、、(ご参照希望の方、こちらから入れます!)
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長編連載小説「フォワイエ・ポウ」
著:ジョージ青木
6章
1(客のマナーと店の方針)
(1)
「マスター、もう少しで氷がなくなります。氷が足りません」
「そうか、まずいな。まだ10時過ぎか。早めにコンビニに行って氷買って来てくれないか。そうすると、石井君は残ってくれ。牛島君、君、ちょいとコンビにまで走ってくれるか」
フォワイエ・ポウには、すでに2人のアルバイトがいた。石井と牛島。同じH大学の学生二年生と一年生である。石井の当店でのバイト歴はすでに10ヶ月、牛島はまだ1ヶ月のしんまいであった。2人ともよく動いた。
「はい、いってきます」
牛島の動きは決して俊敏ではないが、一旦仕事を引き受けたら確実に実行する。石井は、この店でバイトを始める前に、ファミレスのウエイターを半年間経験していた。フォワイエ・ポウのバイトを初めたその日から、店内での彼の動作は、俊敏。あわせて、客に対する立ち居振る舞いはさりげなくもスマートであり、常連客からの信頼は厚かった。
「レジから1000円持ち出して行け・・・」
正確に言えばレジではなく、手提げ金庫なのだ。レジスターマシンを置かなければならぬほど金銭の出入りはなく、出入りする金額もたかが知れている。客の前で、客の聞こえる範囲内で、まさか、金庫でもなく、まして手提げ金庫云々とはいえない。スタッフの内輪で、しかも都合上、手提げ金庫の事をレジと呼んでいる。
「はい、そうします。持ち出しのメモ、サインして残しておきますから・・・」
「オウ、そうしてくれ。いや、ちょっと待った。1万円札持っていって釣銭用に細かくしておいてよ」
「了解です」
牛島は、手提げ金庫から1万円を持ち出し、ゆっくりした動作で店を出た。
「しかし情けないよな~ 泣きたくなるよ。どうして製氷機が追いつかなくなるの?」
1日がかりで、つまり24時間でおおよそ5~6リッターの氷が製造できる。同じメーカーのパンフレットをみれば、同機種の1日当たり製氷量は10リッターとなっている。そもそも水道水から氷を作るのが製氷機。夏と冬の水道水の水温や室温によっても、製氷能力の違いは出る。このところ何故か、氷の消費量に追いつかず、
(30分と持たないぜ!今にも氷が切れてしまいそうだ・・・)
本田はつぶやいた。
開店当時から半年間の客足と、現在の顧客数とでは、桁違いに多くなった。顧客数が多くなったといっても、5~6人掛けのボックス席が3つ、カウンター席には7脚の椅子が置いてある。が、実際には6人掛けである。
その理由は単純なのだ。
入り口に一番近い席の前にはピンク電話がおいてあり、実質上電話をかけるための椅子。電話ボックスの椅子と勘違いしてしまい、客は電話の前の椅子に座ろうとはしない。
全席使用の場合、27人の客が座れるよう、設計してある。
席数が多いいといえば多いし、僅かその程度か、と思えば、それだけである。
(席数に見合った商売をすればいい・・・)
(せいぜいこのキャパが、フォワイエ・ポウの顧客収容能力である。自分の能力に合った手ごろな大きさの店だ。扱いやすい・・・)
全くの素人から水商売を始めた本田は、ようやく夜の商売に慣れてきた。
このところ、ひと月の間に4~5回は満席になる。時には満席以上になる。単一の団体でも、顧客数が30人以上になる場合がある。
「お客さま、申し訳ございません。すでに定員超過ですから、どなたか3~4名さま、カウンターの中にお入りいただけませんか・・・」
本田はあつかましくお願いする。
「はい、了解です。僕たち3人が入ります。入れてください」
「ご協力、ありがとうございます」
「マスター、マスター。なんだか店のスタッフになったような気がして、うれしいです。ありがとうございます・・・」
「いいえ、お礼なんて、とんでもありません。こちらがご無理をお願いしているのに・・・」
「お手伝いしますから、マスター、何でもおっしゃってください!」
なぜかカウンター内に入った客は喜ぶ。
大勢の仲間内から、自分だけが特別扱いされたと喜ぶ。さらにカウンター内に入るという、特別の経験ができることに興味を持つらしい。しかし実際はそんな客がカウンター内をうろつくと、スタッフにとっては仕事の邪魔になるので迷惑なのだ。が、この場合は仕方がない。
時計は、まだ午後10時を少し回ったところ。今からの時間がホンモノの商売の時間となる。閉店までには、まだまだ氷が必要であった。
(ありがたいことだ、今日はまだまだ、もっと客が来そうだぜ・・・)
絶え間なく連続的に繰り出してくる賑やかなカラオケの音に、内心はうれしい悲鳴を立てながら、今夜もカウンターの中で笑みを浮かべる本田がいた。
(開店当初の不必要な緊張感がなくなった)
(日々の金銭のやり取りに関わる不安がなくなった)
(資金繰りの精神的負担が軽くなった・・・)
長時間にわたる毎日の立ち仕事での肉体的な疲労は、生半可なものではなかったが、精神と肉体を崩壊するほど極端に、健康を害するまでには至らなかった。もっとも、酒好きな客と一緒になって本田の好きなビールを飲み過ぎなければ。という条件付の話しであるが、、、。そんな環境の変化の中の本田には、すこしばかりの精神的なゆとりが生まれていた。過去数年間に渡って神経を苛立たせ続けていた金銭に関する精神的負担が、僅かずつ消滅していた。
精神的ゆとりは、何にもまして本田の心を豊かにした。
心の豊かさは表情に表れる。
しかし、そんな表情の変化を悟られるような本田ではなかった。学生バイトのスタッフも、ボックス席のカウンター席の客も、最近の本田の心境の変化には、誰も気が付いていなかった。
「ウイークデーのど真ん中にもかかわらず、今夜も、フォワイエ・ポウは盛況。ありがたいことだ・・・」
今夜も早い時間から、2~3名の個人客が、絶え間なく訪れている。カウンターは、絶えず2~3組の常連客によって占領され、次の常連客が訪れると、長居していた先客は気をきかせて席を譲り、笑ってにこにこと、敢えて現金払いをしてくれる。店から出て行ってくれる。カウンターでは、こんな優良店舗の手本のような客、そんなありがたい客が、今夜は繰り返し訪れる。
ボックス席といえば、
賑やかにカラオケを占領している11名の団体客は、途切れることなくマイクを回し続け、すでに2時間がたっている。
30分前に電話予約のあった15人前後の団体が、店に入ってきた。
どこかで一次会をやってきたであろう団体客のほとんどは、まず全員がウイスキーの水割りを注文することになる。ほとんどの場合ボトルキープしている常連客が、その時々の連れを誘って来る。そんな仲間内が団体となり、押し寄せてくるからありがたい。
まず、
人数分のお絞り、
ウイスキーボトル、
水割りグラス、
水割り用のミネラルウオーターを数本、
アイスペール1~2個、
おつまみ、
以上が、団体客の基本セットである。
ほとんどの団体客は、自分たちだけの空間を築き、特別な空間を楽しもうとする。店のスタッフは、関わらない。客の思うがまま、成り行きにゆだねる方がうまくいく。客の中に入り込まず、あえて一定の距離感を保っているという状況を作るのも、スタッフのスマートさに思えてくる。しかし客の必要に応じて、いつ何時でも瞬時にその要望に応えられる体勢と距離は保っておく。本田は、スタッフに「サービス」の距離感、一定の距離間隔、それなりの按配を保つよう、本田自身の立ち居振る舞いと感性で、顧客が不快感を感じないサービスの自然な形を、フォワイエ・ポウのスタッフに対し、理解しやすく且つ十分に教え込んでいた。
となれば、店のスタッフの役割は、何か?
水割りの水がなくなれば、氷を運ぶ。ボトルが空になれば、追加ボトルの注文を促す、、、。
団体客の対応は、全てが単純作業となっていた。特に団体客は、仲間内のサービスは自分たちで行った。
一番大切な作業は?と、いえば、
お客からのカラオケのリクエストを順序正しく確実に受け、さらに入力間違いを起こさないよう、神経を集中する。そのつどカラオケマシーンにリクエスト曲を入力する仕事であった。
これら一連の作業はルーティーン動作として自然にマニュアル化され、すでに本田の手を煩わすことなく2名のバイト学生によって対応処理されていた。
カウンターに陣取る個人客の対応は、もっぱらマスターの本田が受け持った。カウンター客の主な目的は、マスターの本田と、会話を楽しむことにあった。
なかなかカラオケの順番の回ってこない団体客からは、時として催促の声がかかった。
マスターの本田は、はっきりと説明した。
「当店は、カラオケのリクエスト曲をお受けした順番通りに予約を入れます。ですから、すでに予約を入れている一方の団体のお客様の予約曲が終わるまで、待って頂きます。後からお見えになった方のリクエスト曲を、すでに予約されている予約曲の間に差し挟むような芸当は一切致しておりません」
「もう少し早く歌わせてくれないか?」
「それはできません、今すでに18曲受付していますから、1曲歌い終わるのに約3分間としても、今からですと1時間近くお待ちいただかないと、貴方の順番は回ってきません。皆さんそうしていただいておりますので、そうして頂きます」
「わかった・・・」
フォワイエ・ポウのシステムを知らない客は、最初はとりあえず待った。
「他の店は、うまく調整してくれるが、この店は不親切だ。何が1時間待ちだって・・・」
「もういい、歌はやめだ。もう帰る!」
などと、馬鹿げたことを言う客は1人もいなかった。
2度目の来店時には、フォワイエ・ポウのシステムを理解していた。
カラオケの順番の回ってこないことを問題にして、
「こんな店、2度と来ないぞ!」
等という客は決していなかった。
ここに来たら、この店フォワイエ・ポウでは、自分たちの順番を、ひたすら待つ。
そんな客に限って、待つ間に他の客のカラオケの歌を真面目に聞き、時には拍手を送った。他のグループや他の客のカラオケを鑑賞するのも、フォワイエ・ポウの常連客相互の楽しみになり、それが定着していった。ある客がフォワイエ・ポウを訪れ、その客の好みのカラオケを歌う客と出会ったりすると、お客同士が挨拶を交わし、喜び、お互いの仲間同士でカラオケ大会が始まるようなハプニングも度々起きた。異なる仲間のお客の間で、それぞれ人気歌手が現れ始めた。
ためらいながらも、店にカラオケを入れてすでに3ヶ月が経つ。
日を重ねるごとに、歌の上手な客が集まり始めた。
<・続く・・>
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<Photo>:"FS Étoile";The Étoile ("star") is a French naval schooner used as a training ship. She was launched on February 8, 1932. She is a replica of a type of fishing ship which was used until 1935 off Iceland. She has a sister-ship, the Belle Poule. Both ships joined the Free French Forces during the Second World War, a deed for which they are still honoured by flying the French flag with the cross of Lorraine. (informed by Wikipedia)
暫く賑わった「バイクシリーズ」は、少し休憩します。
いよいよ初夏たけなわ、、。「真夏のマリーンスポーツ」をイメージしながら、暫く「帆船シリーズ」。小説フォワイエ・ポウの表紙を飾ります・・・
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著:ジョージ青木
6章
1(客のマナーと店の方針)
(1)
「マスター、もう少しで氷がなくなります。氷が足りません」
「そうか、まずいな。まだ10時過ぎか。早めにコンビニに行って氷買って来てくれないか。そうすると、石井君は残ってくれ。牛島君、君、ちょいとコンビにまで走ってくれるか」
フォワイエ・ポウには、すでに2人のアルバイトがいた。石井と牛島。同じH大学の学生二年生と一年生である。石井の当店でのバイト歴はすでに10ヶ月、牛島はまだ1ヶ月のしんまいであった。2人ともよく動いた。
「はい、いってきます」
牛島の動きは決して俊敏ではないが、一旦仕事を引き受けたら確実に実行する。石井は、この店でバイトを始める前に、ファミレスのウエイターを半年間経験していた。フォワイエ・ポウのバイトを初めたその日から、店内での彼の動作は、俊敏。あわせて、客に対する立ち居振る舞いはさりげなくもスマートであり、常連客からの信頼は厚かった。
「レジから1000円持ち出して行け・・・」
正確に言えばレジではなく、手提げ金庫なのだ。レジスターマシンを置かなければならぬほど金銭の出入りはなく、出入りする金額もたかが知れている。客の前で、客の聞こえる範囲内で、まさか、金庫でもなく、まして手提げ金庫云々とはいえない。スタッフの内輪で、しかも都合上、手提げ金庫の事をレジと呼んでいる。
「はい、そうします。持ち出しのメモ、サインして残しておきますから・・・」
「オウ、そうしてくれ。いや、ちょっと待った。1万円札持っていって釣銭用に細かくしておいてよ」
「了解です」
牛島は、手提げ金庫から1万円を持ち出し、ゆっくりした動作で店を出た。
「しかし情けないよな~ 泣きたくなるよ。どうして製氷機が追いつかなくなるの?」
1日がかりで、つまり24時間でおおよそ5~6リッターの氷が製造できる。同じメーカーのパンフレットをみれば、同機種の1日当たり製氷量は10リッターとなっている。そもそも水道水から氷を作るのが製氷機。夏と冬の水道水の水温や室温によっても、製氷能力の違いは出る。このところ何故か、氷の消費量に追いつかず、
(30分と持たないぜ!今にも氷が切れてしまいそうだ・・・)
本田はつぶやいた。
開店当時から半年間の客足と、現在の顧客数とでは、桁違いに多くなった。顧客数が多くなったといっても、5~6人掛けのボックス席が3つ、カウンター席には7脚の椅子が置いてある。が、実際には6人掛けである。
その理由は単純なのだ。
入り口に一番近い席の前にはピンク電話がおいてあり、実質上電話をかけるための椅子。電話ボックスの椅子と勘違いしてしまい、客は電話の前の椅子に座ろうとはしない。
全席使用の場合、27人の客が座れるよう、設計してある。
席数が多いいといえば多いし、僅かその程度か、と思えば、それだけである。
(席数に見合った商売をすればいい・・・)
(せいぜいこのキャパが、フォワイエ・ポウの顧客収容能力である。自分の能力に合った手ごろな大きさの店だ。扱いやすい・・・)
全くの素人から水商売を始めた本田は、ようやく夜の商売に慣れてきた。
このところ、ひと月の間に4~5回は満席になる。時には満席以上になる。単一の団体でも、顧客数が30人以上になる場合がある。
「お客さま、申し訳ございません。すでに定員超過ですから、どなたか3~4名さま、カウンターの中にお入りいただけませんか・・・」
本田はあつかましくお願いする。
「はい、了解です。僕たち3人が入ります。入れてください」
「ご協力、ありがとうございます」
「マスター、マスター。なんだか店のスタッフになったような気がして、うれしいです。ありがとうございます・・・」
「いいえ、お礼なんて、とんでもありません。こちらがご無理をお願いしているのに・・・」
「お手伝いしますから、マスター、何でもおっしゃってください!」
なぜかカウンター内に入った客は喜ぶ。
大勢の仲間内から、自分だけが特別扱いされたと喜ぶ。さらにカウンター内に入るという、特別の経験ができることに興味を持つらしい。しかし実際はそんな客がカウンター内をうろつくと、スタッフにとっては仕事の邪魔になるので迷惑なのだ。が、この場合は仕方がない。
時計は、まだ午後10時を少し回ったところ。今からの時間がホンモノの商売の時間となる。閉店までには、まだまだ氷が必要であった。
(ありがたいことだ、今日はまだまだ、もっと客が来そうだぜ・・・)
絶え間なく連続的に繰り出してくる賑やかなカラオケの音に、内心はうれしい悲鳴を立てながら、今夜もカウンターの中で笑みを浮かべる本田がいた。
(開店当初の不必要な緊張感がなくなった)
(日々の金銭のやり取りに関わる不安がなくなった)
(資金繰りの精神的負担が軽くなった・・・)
長時間にわたる毎日の立ち仕事での肉体的な疲労は、生半可なものではなかったが、精神と肉体を崩壊するほど極端に、健康を害するまでには至らなかった。もっとも、酒好きな客と一緒になって本田の好きなビールを飲み過ぎなければ。という条件付の話しであるが、、、。そんな環境の変化の中の本田には、すこしばかりの精神的なゆとりが生まれていた。過去数年間に渡って神経を苛立たせ続けていた金銭に関する精神的負担が、僅かずつ消滅していた。
精神的ゆとりは、何にもまして本田の心を豊かにした。
心の豊かさは表情に表れる。
しかし、そんな表情の変化を悟られるような本田ではなかった。学生バイトのスタッフも、ボックス席のカウンター席の客も、最近の本田の心境の変化には、誰も気が付いていなかった。
「ウイークデーのど真ん中にもかかわらず、今夜も、フォワイエ・ポウは盛況。ありがたいことだ・・・」
今夜も早い時間から、2~3名の個人客が、絶え間なく訪れている。カウンターは、絶えず2~3組の常連客によって占領され、次の常連客が訪れると、長居していた先客は気をきかせて席を譲り、笑ってにこにこと、敢えて現金払いをしてくれる。店から出て行ってくれる。カウンターでは、こんな優良店舗の手本のような客、そんなありがたい客が、今夜は繰り返し訪れる。
ボックス席といえば、
賑やかにカラオケを占領している11名の団体客は、途切れることなくマイクを回し続け、すでに2時間がたっている。
30分前に電話予約のあった15人前後の団体が、店に入ってきた。
どこかで一次会をやってきたであろう団体客のほとんどは、まず全員がウイスキーの水割りを注文することになる。ほとんどの場合ボトルキープしている常連客が、その時々の連れを誘って来る。そんな仲間内が団体となり、押し寄せてくるからありがたい。
まず、
人数分のお絞り、
ウイスキーボトル、
水割りグラス、
水割り用のミネラルウオーターを数本、
アイスペール1~2個、
おつまみ、
以上が、団体客の基本セットである。
ほとんどの団体客は、自分たちだけの空間を築き、特別な空間を楽しもうとする。店のスタッフは、関わらない。客の思うがまま、成り行きにゆだねる方がうまくいく。客の中に入り込まず、あえて一定の距離感を保っているという状況を作るのも、スタッフのスマートさに思えてくる。しかし客の必要に応じて、いつ何時でも瞬時にその要望に応えられる体勢と距離は保っておく。本田は、スタッフに「サービス」の距離感、一定の距離間隔、それなりの按配を保つよう、本田自身の立ち居振る舞いと感性で、顧客が不快感を感じないサービスの自然な形を、フォワイエ・ポウのスタッフに対し、理解しやすく且つ十分に教え込んでいた。
となれば、店のスタッフの役割は、何か?
水割りの水がなくなれば、氷を運ぶ。ボトルが空になれば、追加ボトルの注文を促す、、、。
団体客の対応は、全てが単純作業となっていた。特に団体客は、仲間内のサービスは自分たちで行った。
一番大切な作業は?と、いえば、
お客からのカラオケのリクエストを順序正しく確実に受け、さらに入力間違いを起こさないよう、神経を集中する。そのつどカラオケマシーンにリクエスト曲を入力する仕事であった。
これら一連の作業はルーティーン動作として自然にマニュアル化され、すでに本田の手を煩わすことなく2名のバイト学生によって対応処理されていた。
カウンターに陣取る個人客の対応は、もっぱらマスターの本田が受け持った。カウンター客の主な目的は、マスターの本田と、会話を楽しむことにあった。
なかなかカラオケの順番の回ってこない団体客からは、時として催促の声がかかった。
マスターの本田は、はっきりと説明した。
「当店は、カラオケのリクエスト曲をお受けした順番通りに予約を入れます。ですから、すでに予約を入れている一方の団体のお客様の予約曲が終わるまで、待って頂きます。後からお見えになった方のリクエスト曲を、すでに予約されている予約曲の間に差し挟むような芸当は一切致しておりません」
「もう少し早く歌わせてくれないか?」
「それはできません、今すでに18曲受付していますから、1曲歌い終わるのに約3分間としても、今からですと1時間近くお待ちいただかないと、貴方の順番は回ってきません。皆さんそうしていただいておりますので、そうして頂きます」
「わかった・・・」
フォワイエ・ポウのシステムを知らない客は、最初はとりあえず待った。
「他の店は、うまく調整してくれるが、この店は不親切だ。何が1時間待ちだって・・・」
「もういい、歌はやめだ。もう帰る!」
などと、馬鹿げたことを言う客は1人もいなかった。
2度目の来店時には、フォワイエ・ポウのシステムを理解していた。
カラオケの順番の回ってこないことを問題にして、
「こんな店、2度と来ないぞ!」
等という客は決していなかった。
ここに来たら、この店フォワイエ・ポウでは、自分たちの順番を、ひたすら待つ。
そんな客に限って、待つ間に他の客のカラオケの歌を真面目に聞き、時には拍手を送った。他のグループや他の客のカラオケを鑑賞するのも、フォワイエ・ポウの常連客相互の楽しみになり、それが定着していった。ある客がフォワイエ・ポウを訪れ、その客の好みのカラオケを歌う客と出会ったりすると、お客同士が挨拶を交わし、喜び、お互いの仲間同士でカラオケ大会が始まるようなハプニングも度々起きた。異なる仲間のお客の間で、それぞれ人気歌手が現れ始めた。
ためらいながらも、店にカラオケを入れてすでに3ヶ月が経つ。
日を重ねるごとに、歌の上手な客が集まり始めた。
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