ぶちょうほうの画(え)日記(一語一画(え))

亭主「ぶちょうほう」の身の周りのいろいろな風物を「画(え)日記」ふうに綴っています。

10/25日 秋日和の一日、渥美半島 伊良湖岬を回遊

2018-11-02 11:09:47 | 草花

もう8日も前のことになりますが、秋日和の一日、渥美半島から富士山を見ておこうと思い、山の神様と出掛けました。
しかし、秋霞(こんな言葉はなかったですが)のために富士の姿は拝めませんでした。

午前8時ちょっと過ぎに家を出て、通勤の渋滞に巻き込まれたりしながらも、2時間後に渥美半島の先端部分で遠州灘に面した海岸部に着きました。

位置 ↓

最初に訪問したのは日出(ひい)の石門という景勝地です。



スロープを下る ↓

始めは優しいスロープ下りで始まりますが、途中から水際まで、長い石段下りとなります。



片浜十三里 ↓



伊良湖から浜名湖までの約50km、太平洋に面して、緑の防潮林と砂浜の海岸線が真っ直ぐに続きますが、これを片浜十三里というそうです。 砂浜に広がる砂や礫は遠く南アルプスや中央アルプスの土砂が天竜川に流されて、海に出てからは、沿岸流によってここまで運ばれてきたものだそうです。



椰子の実 歌碑 ↓

島崎藤村の 「椰子の実」の詩では、名も知らぬ遠き島より流れよる・・・・・ということでしたが、ここでは毎年、下記案内のように壮大な放流(投流という言葉を使っていました。)実験を繰り返しています。

投流実施の結果表 ↓

「愛のココナツメッセージ漂着記念」と題した看板には平成11年から毎年行われた、椰子の実投流の結果が印されていました。
藤村の「遠き島」を石垣島にして、そこから椰子の実を黒潮に投流するそうです。
投流する個数は年によって違いますが、概ね110個前後です。
その結果を集計してみました。

平成11年から29年までの19年間で:
投流数は:2114個 (一年あたり平均112個投流)
漂着数は: 86個 (一年あたり平均4.5個漂着) 漂着率は4%

漂着した都県は次の15になります。
東京都島嶼、高知、和歌山、静岡、兵庫、宮崎、愛知、三重、長崎、福岡、千葉、茨城、山口、神奈川、徳島

これは漂着して、人によって拾い上げられて、届けられたものに限定していますから、実際には人知れずどこかの海岸に漂着して朽ち果てたり、拾っても届けないものもあるでしょうから、実際には漂着率はもう少し高まるのでしょうね。



遠くに神島 ↓

海の色は空の青さを写して群青色に近いですね。遠くに神島が浮かんでいます。
三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台になったときは、”歌島”と名前を変えていますが、実は、歌島と呼んでいた時代もあったそうです。



ツワブキ ↓

長い石段下りの最中に段の脇で見ました。



ツルソバ ↓

これも同じような場所で見ました。



ハマアザミ ↓

石段下りの終わったところで、砂浜の際で咲いていました。



日出(ひい)の石門 ↓



日出の石門には「岸の石門」と「沖の石門」と二つの大岩塊がありますが、その二つとも、二億年ほど昔に古代の生物の殻などの珪酸分が海底に沈殿してできた緻密で硬い堆積岩だそうです。
太平洋プレートが移動してこの場所までやって来たそうです。
岩の脆い部分が波の力で浸食されて、岩に穴が開いて貫通しています。



貫通部分 ↓

この日は波が荒かったので、この穴を潜ることはしませんでしたが、波の静かな時には向こう側に出抜けられます。



日出の石門の前から神島方面 ↓

海の高さから神島方面を見ます。



崖の上を見上げる ↓

海辺から、今下りてきた崖の上を見上げます。建物は伊良湖ビューホテルです。



沖の石門 ↓

戻り道で石段の途中から沖の石門が見えていました。



ツルグミ ↓

この日はカメラを持って来るのを忘れてしまい、すべてをスマホで撮っています。(ピンボケ)
花は咲いていたのですが、うまく撮れませんでした。



恋路ヶ浜 ↓

車に戻って、少しだけ走り、道路上に車を停めて、恋路ヶ浜を見下ろして撮ります。



そこまで行って見る ↓

恋路ヶ浜まで下りて行きます。砂浜の前に広い駐車場があり、土産物店も賑々しく並んでいました。

これで最遠点に来たので、帰りの道を取ります。

民宿 ↓

2006年の年末に、この民宿に2週間ほど長逗留して、何日かかけて、自転車で半島の先端巡りを楽しみました。
またこの民宿の前山は宮山という、国の天然記念物(宮山原始林=典型的な海岸暖地性常緑樹の原生林)になっている山があります。
この民宿の庭から宮山に取付いて、道の無い山を登ったことがありましたが、山頂のすぐ先に伊良湖ビューホテルがありました。



シャリンバイ ↓

シャリンバイには実ができていました。



芭蕉の句碑 ↓

伊良湖岬の灯台の反対側、宮山原生林(典型的な暖地性常緑樹林―国の天然記念物)の麓の国道259沿いの岩の上に、

「鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良虞崎」と彫られた古い句碑があります。

「この句は、芭蕉が愛弟子の杜国の傷心を慰めようと、貞享4年(1687)冬、越人を伴い、保美(今の伊良湖)に杜国を尋ね、馬を並べてこの地に清遊したとき詠んだ句と言われています。
杜国は尾張の裕福な米問屋でしたが、禁止されていた相場行為を行った罪で、保美の里に謹慎していたそうです。

句中の鷹は杜国のメタファー(暗喩)ではないかという説もあります。
横道にそれますが、猛禽類の「渡り」はここから実際に見られるそうです。

昭和30年代にここを訪れた野田宇太郎(詩人、文芸評論家 1909-1984年 )は、最初、「句碑は、形が単純で、道標か何かのようで面白味がないと思ったようです。
そして、
伊良湖の歴史にとって、もっとも意義深い名句も、これでは気の毒だ」と思ったのですが、後になってから、この石碑が寛政5年(1793)5月の建立と知るにいたりました。
「当時としては珍しい方形の句碑は、かえってハイカラなものだ」と考えを改めたことを『東海文学散歩』に書いているようです。

野田宇太郎は、よじ登って碑陰の文字まで確かめようとしましたが、今は登ることは禁止のブリキ板が傷めつけられて地面に落ちていました。



これから 帰路に蔵王山に立ち寄り、昼食後にテラスからの展望を楽しみましたが、結局富士山は最後まで姿を見せることはありませんでした。

家に着く前に買い物をして、午後三時頃に帰宅しました。
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10/21日 神坂峠-恵那山山頂-広河原-神坂峠 その8(シリーズ最終記事):パノラマ台の山頂を経由して神坂峠に戻る。

2018-11-02 06:30:16 | 草花
このシリーズの最終記事になりました。

この”舗装道路”を歩き始め、途中から眩暈がし始めましたが、それを何とかだましだまし付き合ってきて、良いところまで詰めてきました。
この道の最終局面近くに、南アルプス方面に見晴らしがよい場所があり、そこにリュックを置いて、景色を眺めつつ、エネルギー補充をしています。

竜頭山 ↓

これは遠州の山で、標高1352メートルの山ですが、ここからは良い形に見えています。



南アルプスの重鎮たち ↓

さしもの好天も、ここにきて赤石岳。聖岳の高峰に雲を纏い始めました。



錦繍の山 ↓

美しく染まった山の右後ろに網掛山(1133m 長野県)が山肌の陰影も美しく見えています。



その展望台 ↓

道のカーブの場所にあり、良い眺めが得られました。ここで休憩と、眺望タイムを取りました。



朝一番に登り始めた箇所 ↓

またここに戻り、夕まぐれの山岳眺望を得るために、もう一度パノラマ台に登ることにします。



コシアブラ ↓

登りの途中でへバりましたので、平らなところで仰向けに寝そべりました。空にコシアブラの枝が、実をつけて突き出ていました。



森に入る ↓

気を取り直して、稜線上のちょっとした森の中に入って行きます。



空の端 ↓

足を引きずるようにして、パノラマ台山頂の直前まで来ました。



木曽御嶽 ↓

山頂付近の噴煙は小さくなっていますね。



パノラマ台山頂 ↓



朝は日の出待ちの人たちで賑わっていた山頂ですが、今は誰も居なくて静かなものです。



鋸岳・甲斐駒ヶ岳・仙丈ヶ岳 ↓

早朝は逆光線でしたが、夕刻近い今は順光線です。しかし、如何せん靄が掛かってしまっています。



白峰三山 ↓




塩見岳 ↓




重鎮から雲が取れない ↓

楽しみにして、再びやってきたこの頂でしたが、
絶景を堪能するというまでにはいきませんでした。でも、この眺めにしても滅多にないようなものでしょうね。




下る道 ↓

頂を後にして神坂山を見ながら、神坂峠方面に下ることにします。



神坂山・富士見台・中央アルプス ↓

先日歩いた、神坂山や富士見台を手前に置いて、背景には今日、一日中見えていた中央アルプスがあります。



ツルリンドウ ↓

道沿いにツルリンドウの実を見ます。



木曽御嶽 ↓

木曽御嶽はこれが見納めになります。




カマツカ ↓

赤い実と染まった葉を見せてくれる、有り難い存在です。



ノギラン ↓

ある場所ではノギランが群生していました。



峠路に人 ↓

峠路が見下ろせる位置に戻ってきました。そこには家族らしい人達がいます。



神坂峠 ↓

切通しのような場所に神坂峠はあります。



車まで戻る ↓

朝車を置いた路上まで戻ります。



歩行数 ↓

カウントは35,700歩ですが、体感は4万歩超えでした。疲れました。
このあと車で走り、午後8時に帰宅しました。

コメント (2)
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