「汝自身を知れ」は、古代ギリシャの哲学者ソクラテスが真理を探究する出発点とした言葉です。
自分自身の何を知るか、というと自らの無知です。
ソクラテスがデルフォイの神託で最も賢い人間であるといわれたのは、自分自身の無知を自覚しているからでした。
古代ギリシャ人が悪徳としたのは、傲慢です。
身のほどをわきまえないことが最大の悪徳であるとされていました。
人間としての徳は「善く生きる」ことであり、それこそが他の動物にはない人間の優れた性質であると考えていたのです。
「善く生きる」ためには、「善」について知らなければなりません。
人に「善」について問いただすと、たいていの人は知っているかのように答えます。
しかし、ソクラテスがそれについて深く追求すると、実は本当に知っているわけではないことに皆が気づかされるのでした。
何よりも知ることが難しいのが自分自身を知ることであり、特に自分の無知を自覚するということは大変困難です。
知らないという自覚がない限り、人はそのことについて知ろうとはしません。
ソクラテスは、正しく知ることが正しい行為につながり、幸福をもたらすとしています。
ソクラテスは「善く生きる」ことがいかに大切かを説き、それを自らの死をもって示したのでした。
下の絵はフランスのジャック=ルイ・ダヴィッドが描いたソクラテスの死の場面です。
死刑を宣告されたソクラテスは死を恐れることなく、魂の不滅を信じて毒杯を仰いだのでした。
その生き方は弟子たちに大きな影響を与え、プラトンやアリストテレスに受け継がれ、善き市民としての在り方を追求しました。
私は人生のほとんどの時間を水泳と共に過ごしてきましたが、どれだけ考えても、どれだけ経験してもわからないことばかりです。
「汝自身を知れ」は、傲慢にならず、自分の無知を自覚することの大切さを教えてくれた言葉です。
竹村知洋