西郷隆盛の「西郷南洲遺訓」にある言葉です。
「道を行ふ者は、固より困厄に逢うものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の成否身の死生抔に、少しも関係せぬもの也。事には上手下手有り、物には出来ざる人有るより、自然心を動す人も有れ共、人は道を行ふものゆゑ、道踏むには上手下手も無く、出来ざる人無し。故に只管ら道を行ひ道を楽み、若し艱難に逢うて之を凌んとならば、彌々道を行ひ道を楽む可し。予壮年より艱難と云ふ艱難に罹りしゆゑ、今はどんな事に出會ふ共、動揺は致すまじ、夫れだけ仕合せなり。」
西郷隆盛は私が最も尊敬する人物であり、人間的な器の底知れない広さを持つ偉人です。
その器の大きさを感じさせる言葉です。
何かを成し遂げようと道を志す人に困難はつきものである。
それが上手か下手かはあまり関係ない。
ただひたすら道を行い、楽しむこと。
もし困難に出会えば、ますます道を行い、楽しむこと。
西郷はあらゆる困難に出会ってきたために今ではどんなことに出会おうとも動揺はせず、むしろ幸せなことだ、ということです。
西郷の偉大さをここですべてお伝えすることはできませんが、残されている言葉だけをみてもやはり器が違います。
江戸末期から明治にかけての日本の発展はこのような人物が支えてきたのだなということを感じさせてくれる言葉です。
「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を盡て人を咎めず、我が誠の足らざるを尋むべし。」
もし私が歴史上で会いたい人物をだれか一人あげるとしたら、やはり西郷隆盛です。
竹村知洋