池上優游涵泳

「料理と散歩と仕事で海外」「ベトナム生活あらかると」改め、「池上優游涵泳」として日々を綴っています。

【じんけんカフェ】お肉はつくられる 第1回(前編)

2019-10-17 17:47:33 | 知識・学習

いよいよ、秋季のおおた区民大学が始まりました。

と言いますか、私が受講決定したいくつかの講座のうちのひとつ、【じんけんカフェ】お肉はつくられる〜東京中央卸売食肉市場見学〜の第1回が昨日ありました。

サブタイトルに東京中央卸売食肉市場見学とありますが、観光的な市場見学ではなく、タイトルにある【じんけんカフェ】の通り、と場及び、と場で働く人を通して、差別を考える講座です。

春季は、健康寿命の延伸、東洋医学、栄養学など、健康に関するものが多く、個別のセミナーも、時節柄、ガーデニング関連と、明るい雰囲気がありましたが、秋季は、【じんけんカフェ】のもうひとつの講座も、学びとは何かと、ちょっと重々しく感じられ、恭しく学ぶことになりそうです。

 

さて、お肉はつくられるの第1回は、【と場見学事前学習①】差別を超えて〜取材ノートから〜です。

タッチーな内容ですので、まずは差別について、偏見なく正しい知識をもつ必要があります。

 

冒頭、大田区職員の生涯学習担当の方から、プログラムの説明、注意事項がありました。

2001年から、年2回の講座を開催し、人権に向き合ってきたそうです。

 

講師(学習支援者)は、元朝日新聞論説委員の臼井敏男さん。

(写真撮影禁止なので、始まる前に演台の机だけ撮影)


1. なぜ被差別()を取材しようと考えたのか。

  • 岡山の出身。自身は出身ではなかったが、被差別があって、大人の差別的な発言、振る舞いを酷いと感じて育った
  • この問題に対峙する時、子供の頃に、身近に感じる事があったか、またどう感じたかで、後の印象が影響される。
  • 朝日新聞に入社して、宮崎に赴任した。はあったが、取材はしなかった。関心はあっても、目を向けてはいなかった。目を見開かなければ、気がつかない。
  • 次に、行橋市(福岡東部)に転勤した。が存在するらしく、しばしば話題にのぼったが、話す時の差別的な眼差し、表情、態度から差別意識、偏見があると感じられた。
  • 続いて、博多に転勤し、警察回りをして、街の話題を拾って歩いたが、先輩記者から「あそこ()は気をつけれろ」と注意された。70年代の終わりくらいだったが、朝日新聞内にも差別・偏見はあった。そして、現在もあると思っている。
  • 東京に戻り、労働団体、の方々を取材して、朝日新聞に「差別をこえて」を10回連載し、後に書籍化(差別をこえて)した。

 

2. とは何か。差別とは何か。

  • 昔は、徳川幕府の制定した士農工商において、農工商人の不平・不満を士族に向けないよう、被差別的身分を作った、と習った。
    • ただ、士農工商の下ではなく、士農工商外の身分であった。
    • 革製品を作る以外に、農業も営んでいたし、治安、秩序の維持という社会的な役割も担っていた(警察、拘置所や刑務所の職員)
  • 現在は、”江戸時代にも、被差別身分の人がいました”という表現になっている。(被差別身分を作ってはいないって主張?)
    • 平安時代、鎌倉時代にも被差別身分の人がいたから、と、昔学校で習ったものと異なる背景説明になっている。
  • では、なぜ差別の対象になったのかと言うと、”穢れ意識”というものが生まれたから。
  • ”穢れ”とは、日常生活にありえないこと。死ぬこと、血を流すこと、自然の状態から違うものを作り出すこと。
    • 仏事における、お浄めの塩は、死というものが汚れたものだから。
    • 神道にも”穢れ意識”があるので、神主が「払えたまえ、清めたまえ」と唱える。
    • 相撲の土俵に女性が上がれないのは、女性は血を流す(穢れている)という理由から(失礼)(でも、それなら士族こそ穢れた身分じゃないのかね。結局は為政者の都合の良い解釈かな)
    • 鍛冶屋、染物屋、庭師、革職人は穢れた存在。当時、技術的に高いものを持っていたので、重宝がられたのと同時に、恐れられていたから。
  • 動物を殺して革製品を作るのは、穢れていることであり、その幻想が、と場差別、差別につながり、現在も生きている
  • という呼び方は、行政や企業が使用するが、を同義である。同和問題=被差別問題
  • 1993年の調査では、指定された地区は約4500カ所(戦前は5000あったと言われている)
  • 住民は220万人。元々の住民は90万人。残りは後から地区に入ってきた人(そっちの方が多い)
  • 1993年以降調査は行われていないが、結婚の60%は内だが、若者(35歳未満)では60%が外と結婚。現在はもっと高いと推定される。
  • 指定とは、同和対策事業特別法(1969年から2002年)による。道路整備などの公共事業、住居、奨学金、生業金(生活資金)の支援が受けられた。
  • 指定されないも数百あった。差別が固定化されると住民が反対。都道府県がやりたくなかった(差別を認めたくなかった?)。
  • 地区指定のない都道府県:北海道、東北6県、東京、富山、石川、沖縄
  • 戦前、東北には存在したし、東京にも60カ所あったと言われている。現在は46カ所が確認されている。確認されていると言うことは、差別を受けていると言うこと。
  • 指定がない=差別がない、と言うことではない
  • 差別における差別とは、何も違わないのに、違いがあるとすること。
  • アイヌ、外国人差別は、違いがあることが差別につながった。そして、現在ではその違いを尊重しようと言う事になっている
  • 差別は、何の違いもない、と言う認識から始めないといけない。
  • 自分、両親は外の出身だが、祖父母はどうだかわからない、さらに曽祖父母はどうだったか?あなたは、違うと言い切れますか?か外は、雲を掴むような話なのに、その空虚な差別が存在している。

と言うところで、一旦、切ろうと思います。

講師の臼井氏の話の構成、話し方がとてもわかりやすく、OHPはなく、レジメ一枚だけの配布だけのところ、自分のメモを順番にタイプするだけで(構成し直す必要なく)、上記の文章になりました(感)

 

ここまでの話でよく理解できたポイントは、

  • 差別意識、偏見は存在する。それは、話す人の表情、態度に現れる。
  • 身分制度における上下の差別というより、仏教・神道における「穢れ」の意識が、(動物を殺して)革製品を作る職業に合致した。
  • 指定地区がないことが、差別がないことと同じではない。
  • 差別における「差別」は、何も違いがないのに、違いがあるとすること。

でした。

特に、最後のポイントは衝撃的でした。

我々が見聞きする差別は、民族、肌の色など生物学的な違いを、根拠にない優劣に置き換えたもの(白いのが優秀とか)でしたが、現在ではダイバーシティーとして、むしろ尊重されています。

しかし、差別においては、生物学的に日本人として何も違わないのに、生まれた場所だけで、何か違う人間のように、しかも危険な人間のように思い込んでいます。

確かに、性格など後天的な部分は、生まれ育った地域の影響は受けると思いますが、その文化的な違いも認められていないどころか、コミュニケーションすら満足に取らずに、「あの人たちは違う」、しかも「穢れている」と「差別」するのでは、ダイバーシティーを尊重することで解決することは困難であろうと思いました。(出身者たちは、我々とここが違って素晴らしいだよ、とは決してならない。なぜなら、出身地以外に違いはないから)

ダイバーシティーとは逆の、臼井氏のおっしゃる「何の違いもない」という認識が、差別問題では重要なんですね。

明日は、後半、差別の現れ方、差別と屠場差別の関係などを紹介したいと思います。

 

最後に、写真が、臼井氏の演壇(1時間半、立ったまま、メモも見ずに淡々と話された)だけというのも何なので、私の昨日の夕飯を(苦)

鶏胸肉を均等の厚さに開いて、塩を振って、しばらく置いたら、キッチンペーパーで水気を拭って、鍋の中で日本酒で揉み込みます。

鍋に、蒸し皿をおいて、水を注いだら、日本酒で揉み込んで柔らかくなった鶏胸肉をおいて、乾燥ローズマリーをパラパラ。

冷凍の洋風野菜で囲んで、蓋をして弱火で蒸すこと10分。

私の好きな茹で鶏の完成です(レタスも添えて)

もちろん、つけだれは自家栽培唐辛子Muoi Tieu Chanhで。

奥さんは鶏胸肉が嫌いなので、奥さんのいない夕飯限定(苦)

ダイニングテーブル上、Macをそのままに、Radiko聴きつつ、ネットサーフィンしつつ、本麒麟を飲みながら、御行儀悪く至福の時を過ごします(幸)

ではでは



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