「理想」という言葉は仏教や儒教あるいは国文学でも用いられていなかった、江戸時代後期から明治初期にかけて生きたた啓蒙思想家、西周(にしあまね)による純然たる造語である。
だが、翻訳語として導入された多くの学術語彙の中でこの言葉ほど一般に浸透し、私たちの心の底ふかくに根づいている日本語は他に見られない。(・・・)江戸時代までに培われた伝統の上に、一九世紀半ばから西洋より移入された「哲学」(フィロソフィア)は、一世紀半の時を経て、日本の社会と文化をここまでに形づくってきた。私たちの時代は、幾世代もの先人たちの努力の上に、成熟を迎えつつあるのではないか。
哲学は私たちに何を語りかけてくれるのか。
今、私たちは哲学から何を作り出すことができるのか。
問われているのは、哲学の現在である。
そして、哲学が問いを向ける先に「理想」がある。
納富信留『プラトン 理想国の現在』「序」より。慶応義塾大学出版会、2012。