日々雑感

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寂聴文学塾第7回「夏目漱石」

2017-10-23 06:19:08 | 趣味
 寂聴文学塾第七回は明治の文豪、夏目漱石です。

 漱石は「吾輩は猫である」で文壇デビューしました。
 そして「坊ちゃん」を発表してその地位を揺るぎないものとしました。

 寂聴さんはこの2作品はあまり好きではないそうです。

 次の作品「草枕」を高く評価しています。
 その有名な冒頭部分、誰でも耳にしたことがありますよね;

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟さとった時、詩が生れて、画えが出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。


 なんだが人生の「生きづらさ」をコンパクトな文章ですべて表現しているようです。
 彼がこの文章を書いたのは39歳の時。
 若くして悟ってしまったのですね。

 寂聴さんは「草枕」の舞台になった熊本県の温泉へ取材で行ったことがあるそうです。
 漱石が泊まった宿、小説の中で主人公が湯に浸っているときに、ナミが突然裸で入ってきたお風呂などのエピソードも紹介しています。

 「草枕」の特徴の一つとして「読者を選ぶ」ことを指摘しています。
 文中にいきなりフランス語の詩が出てきたりして、客(読者)に媚びることをしていない。
 むしろ「このレベルについて来られなかったら読んでもらわなくてもいいですよ」とでも云わんばかり。

 寂聴さんは、夏目漱石を含めた小説家・芸術家を「非日常に生きる人達」と定義づけます。
 みんなと同じ日常生活を送っている人は、人に感動を与え後世まで伝わる作品を残すことはできません。
 しかし「非日常を生き続ける」ことには大変なエネルギーが必要です。
 それに耐えられる人が小説家であり芸術家になれると。

<参考>
夏目漱石の「神経衰弱」とは?(ブログ)

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