寂しい時、待てよ、自分はひょっとして既に永遠に生きているのでは、と考える人々もいます。この<既に自分は永遠に生きている>という自覚は変な思想ではなく堂々たる哲学の世界です。世界の思想史を開いてみてください。ギルガメッシュの時代からギリシャ、ローマを経てキリスト教の時代、仏教の時代、いづれの時代でも主流を占めている思想です。現代日本社会が忘れ、かつ見ようともしない哲学です。ここに大きな問題が潜在しています。自分は既に永遠に生きている、ただ臨終があるが、あれは永遠の世界への通過儀礼だ、と考える思想が世界の主流なのです。本当?、と思う人は現代の世界の哲学会の流れを研究してみて下さい。案外、主流派なのです。:<寂しい時:316-3>:
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