小説家、反ワク医師、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、反ワク医師、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

カンニング

2012-01-12 23:30:52 | 考察文
ニュースで、世界の色々な試験のカンニングのことを言っていた。携帯や、電子機器が発達すれば、カンニングは、どんどんしやすくなっていく。しかし私はカンニングなんて全く興味ない。私は人生でカンニングをしたことが一度もない。そんなの面白くないのである。困難な事だから、やりがいがあるのである。難山に挑む登山家と同じである。

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文は人なり、か?

2012-01-12 23:01:09 | 考察文
文章を読むと、面白くて、そのため、その人、本人も面白い人だろうと思ってしまうが、本人は、文章のイメージとは違うという人も、結構いる。文章と、実際の人物とどっちが、本当なのか、といったら、これは難しい問題である。直接、話すと、人は、その時の感情が入ってしまうから、その点、文章は冷静に書けるから、文章の方が、より、その人の性格を正確にあらわしている、というケースもあるだろう。

かく言う私は、文章と、実際の私とは、ものすごい違いがあると思っている。文章では、結構、強がって不遜に書いているのも多いが、これは、梶原一騎の漫画、「愛と誠」の太賀誠の影響がかなりあるのである。大体、私の、このブログの文章とホームページに出している小説とは、全然ちがう。小説は私の感性の表現であり、ブログは、私の理性の表現である。安倍公房が言っているように、私は小説と考察文を、完全に別のものとして使い分けている。

実際の私は、このブログの文章とは全く違い、大人しく無口で、礼儀正しく、謙虚で、しょっちゅう、ふざけている。

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根性

2012-01-12 21:59:21 | 武道・スポーツ
投手生活29年の工藤公康選手は、現役を続ける秘訣は、走ること、しかも、自分の意志で、走ること、であって、勝負は、「オレは誰より練習してきた。人が練習していない時も練習してきた」ということが自信である、と言っていた。いい根性している。私といい勝負である。

今日は、トレーニングジムで二時間トレーニングした。筋トレと4kmのランニングとストレッチである。そしてテニスをした。テニスは私にとって目的でも趣味でもない。手段である。体力を衰えさせないための。(多少は、趣味の要素も、あるが)トレーニングジムの練習は、慣れたが、筋肉だけしか鍛えられない。瞬発力、敏捷性、判断力、反射神経、など運動機能、全てを衰えさせないためである。運動するようになって、駅の階段で、前は、上りも下りもエスカレーターを選んでしまっていたが、今は、階段でも全然、疲れなくなった。

少し前に、工藤投手が、野球を知らない、お笑いのチームに、コーチをして、小学生の(普通のレベルの)少年野球チームと対戦する、という企画の番組があったが、お笑いのチームが惨敗したが、私には、どうしても、あれは、大人は、わざと下手にやって、大人が子供に負ける面白さを目的としたものとしか、思えない。誰にでも自分の本命というものがある。作曲家なら作曲。小説家なら小説創作。実業家なら、自分の事業。というように。しかし本当に一生懸命、生きている人間なら、自分の本命でない他の事でも、一生懸命やると私は思う。私は根性というものは、自分の本命だけには使うが、他のことでは使わないとは思えにくい。少なくとも私はそういう人間である。たとえば、優れた曲を無数に作り続けている、努力家の作曲家がスキーをやったら、やはり一生懸命やると思う。あるいは、いつも頑張っている人は、息抜きも必要であり、息抜きも、自分の本命の仕事をより充実させるために、必要な休息と、とらえていると思う。全ての人がそうではないと思うが。精神が若い人は、何事にも一生懸命になると思う。精神が大人になっている人は、そうではないのかもしれないが。

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