江戸の遊俳・夏目成美(2)

2009-06-30 20:25:28 | こんなンで委員会
                      


                                 にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ ←参加中



粋人(すいじん)の成美は、歌舞伎にことよせて「一茶の句の本質」をズケリと言ったりもする人でした。

「頭取」の言を例に引いて・・
’この芸はほかに真似手もあるまい、いずれさまも言分はありますまい’といえば<贔屓>が ’日本中ひっくるめての名人名人’とはやし、<悪口>は’情がこわくてクセのある芸ゆえ、一般大衆の大受けはねらえまい、雪の中でお念仏でも言ってるがいい’。。
などのように鋭い指摘もしています。

たとえば夏目成美の添削はこんな風↓だったそうです。

一茶の<垢爪(あかづめ)や薺(なずな)の前もはづかしき>に、
成美は「君が平生の風流殊によし」と。

<ゆうぜんとして山を見る蛙かな>に、
「蛙になしたる所、妙」と褒めています。

しかし、
<すりこ木の音に始まるかすみ哉>には、
「すりこ木もあまり度々なれば先がまくれ申し候」

<山寺やあす剃る稚児の凧(いかのぼり)>
「あす剃る児、古かるべく候」

<散る花の草鞋(わらじ)ながらに一寝(ひとね)かな>
「ひとねとはいささか聞きにくきか。かつ句意もあたらしからず」

<小むしろや土人形と雀の子>
「小むしろもすこし古めきたらんか」

<さを鹿よ手拭ひかさん角のあと>
「これは御家のもの」との褒め言葉。

<傘(からかさ)にべたりと付きし桜かな>
「上々吉」

<塵箱にへばりついたる桜かな>
「この句、傘の方がよかるべし」

<あとからも又ござるぞよ小夕立>
「君が例の得たる処、人の及ぶまじき所ならん」

<蚤のあとそれも若きはうつくしき>
「老懐おのずから聞こゆ、妙」と。

一茶が自ずと頭を垂れ、衿を正さずにはいられない’公平端正’な批評であった。
揶揄も迎合もきょ傲もなく、一点の曇りなき峻厳な批評であった。

しかも成美は、手紙の余白にこのように↓しるすことも。

「評に曰く、
君が句々みな一作あり。予がごとき不才はその所に心至らず。いはば活句といふべし。

予人似せんとせず、只その愚を守るばかりなり。愚作のごときはまだるき様におぼしめすならん。愧ず可し、愧ず可し(はずべし)」

成美は、その経歴、人望、才幹からいって、当時としても超一流の人物でありました。数々の優秀な句を詠む漢(おとこ)が、一茶に一歩ゆずって「愧ず可し」と謙虚にしたためているのが驚きなのです。

江戸退去記念俳諧選集には、必ず成美に’序文’をと、心の底から願う一茶でした。


一茶選集『三韓人』/夏目成美の序文↓


「木のかくれ、岩のはざまにも、久しくとどまらざるは法師の境界なり。信濃の国に一人の隠士あり。

早くよりその志ありて、森羅万象を一わんの茶に放下(ほうげ)し、みづから一茶と名のりて、吾が日の本の中をことごとく巡りて、風さん露宿さらに一方に足をとどめず。

さるをこの江戸に来たりては、風土のよろしきにや賞(め)でけむ。また友垣の面白さにやほだされけむ。ここに住めること、年をこえ年を重ねて、やや十年(ととせ)にも余りぬべし。・・(中略)」

やがて’いつまで名利の地にあるべきぞ’と気付き、ふるさとに引きこもる決心をしたこと。旧友は名残り惜しみ、袂を控え杖をとどめたが、聞き入れられなかったこと。

「・・われまたそのうしろ影を見おくりて、二十年の旧交おもひいずることのさまざまは、武蔵野の草葉における今朝の露もかぞふるにたらずとこそ。 文化申戌(きのえいぬ) 冬至日(とうじのひ) 随斎 成美序」


しかし、『三韓人』の刊行が完成した頃には、成美は病に臥せり、多田薬師の森での<随斎会>も、久しく開かれなくなってしまった。

成美はとうとう病のままに亡くなり、その弔いは盛大に催された。これは江戸中の俳人が集まったのではないか、と思われるほどだったという。

彼は「等覚院成美日済居士」となって、下谷車坂の蓮華寺に葬られました。

葬儀の片付けなどが済むと、いよいよ一茶は静かな哀しみに襲われていったようです。

今ごろになって、
(成美先生も実は気むずかしい人だった)とか(金持ちで学のあるところが何とも気障だった)とか、あちこちから、ひそひそ声も聞こえてきていた。けれども一茶にとっては、すべてが良い思い出につながっているのだ。

成美が招いてくれた席の美食。成美に何度小遣いを恵んでもらったことだろう。米を撒いてもらう雀のように、こんな白髪の年になるまで、おれはずっと成美のそばにまとわり付いてきた。

一茶は今一度、懐かしい随済邸を眺めた。もう二度とここへ来ることも無いだろう、成美が居ればこその’多田の森’だったのだ。

<君なくてまことにただ(多田)の木立かな>・・

              
                 (※田辺聖子著『ひねくれ一茶』からの抜粋に拠ります)



       にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ ←参加中 時々お願いしますネ (゜Д゜≡゜д゜)エッ!?



コメント (10)    この記事についてブログを書く
« 江戸の俳人・粋人・夏目成美 | トップ | 紫式部の言い訳(2) »
最新の画像もっと見る

10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ディック)
2009-06-30 21:14:49
ふつうはね、このくらい長い記事になると読むのが面倒になるのですが、読ませますね。
一茶の句とその評、その時代の感覚がわからないとはっきりしないものもありますけれど、なるほどと思うものも多く、そうかこういう感覚で受けとめるのか、と感性を磨かれる思いがいたします。
返信する
読んでしまった! (だんだん)
2009-06-30 21:27:23
疲れた~!
お空さん、どつぼにはまった?

負けるな 空見 ここにあり

今、禅の映画でも観たい気分なり・・・
返信する
疲れました。 (山小屋)
2009-07-01 07:03:41
非凡な私にはまったく別の世界です。
山登りより疲れました。

折角遊びにきたのですが、静かに引き返します。
梅雨空はうっとうしいです。
返信する
初めて知る人でした。 (地理佐渡..)
2009-07-01 07:22:40
おはようございます。

一茶といえばかなり有名な俳人。その一茶が
師とも仰ぐほどの方とお見受けしました。
俳句の世界は人的つながりも奥深いのですね。

さて、今朝は梅雨らしい雨です。おかげで涼しく
過ごせそうです。
返信する
おはようございます (オコジョ)
2009-07-01 09:51:58
江戸時代の優れた俳人の一人、成美はユニークですね。
浅草の裕福な札差の家で、生活の心配も無く早くから隠居で俳句三昧・・・
流派にこだわらなくても、生きていけたわけですね。
そういう余裕がすてきですね。

成美なしには小林一茶はなかったのかもしれませんね。

しかし、いまでこそ芭蕉・蕪村と並び称される一茶ですが、生存中は全く無名でした。認められたのは死後はるかたってから・・・
江戸では食えない、だから、狡猾な手段をしての骨肉の争いの相続あらそい・・・

成美とは対照的・・・
だから惹かれたのかも知れませんね。
返信する
ディックさんへ (空見)
2009-07-01 14:27:59
こんにちは

私もこの時代の’添削’というのが、もの珍しかったのです。
成美さんは、一茶の原句を作り変えるようなことはしていません。相手にどこが悪いのかを考えさせる・・なるほどと思いました。簡単に’添削’などということ、するべきではないようですね。
自分の欠点は見えなくとも、他人の作品については欠点がよく見えるので、なおさら心しなくては。。デス
返信する
だんだんさんへ (空見)
2009-07-01 14:33:23
こんにちは

こちらへもどうもです*^^*
ハイ、私も長い文章は通常飛ばします(笑

自分のブログを見て泣きました、ワタクシ、変人よん♪
空見は負けないよ、マイペースで超ワガママだから
返信する
山小屋さんへ (空見)
2009-07-01 14:38:32
こんにちは

’非凡’な山小屋さんがもう疲れたのですか?
ふ~ん、不死身の山小屋さんを疲れさせるには・・なるほどこの手を使えばいいのね(^v^)ノ (爆

そちらは接客にお忙しそうなので、遠慮しておりますのよ~(ξ^∇^ξ) オホホ
返信する
地理佐渡..さんへ (空見)
2009-07-01 14:47:11
こんにちは

人との縁やつながりって、面白いものですね。

夏目成美という人は、なかなかカッコイイと私は思います。いわゆる清濁併せ呑むというか。。自分の中で’公私’をきっちり使い分けていたようです。
またこの両者の間には、大金盗難事件という心理的トラブルもあったのですが、トータルでは(一茶の中で)生涯の良き思い出となったようです。
こちらも急に暗くなり、今にも雨が降りだしそうですヨ
返信する
オコジョさんへ (空見)
2009-07-01 14:59:47
こんにちは

外へ出れば「一茶先生」でも、信濃ではただの「狡猾な弥太郎」ですものね。
でも、一茶には一茶の言い分もあったと思います。確かに彼の行いは悪かったかも知れませんが、彼の悲しみや心の闇も、汲んであげてください。
一茶は、成美こそが芭蕉→蕪村に続くはず、と思っていたようです。今でこそ、その立場に一茶が居ますけれども。

生活の心配もなく俳句三昧・・なかなか手厳しいですね。成美の場合、遊びを超えていると思いたいのですが。
ワタクシも、生活の心配もなく日々ブログ三昧です(笑 
返信する

コメントを投稿

こんなンで委員会」カテゴリの最新記事