デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

愛とセックスは、もちろん、違いますよね? (その1)

2005-08-31 01:35:06 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ

愛とセックスは、もちろん、違いますよね?



愛とセックスは、いわば人類の永遠のテーマですからね、結論を出すつもりでこの記事を書くわけではありません。
そもそも、この記事を書くきっかけとなったのは、レンゲさんが去年の師走に書いた次の手記について彼女と対話を持ったことでした。
この対話は次のリンクをクリックすると読むことができます。
http://barclay.worldfreeweb.com/renge/tree.php?n=2648
『あなたにとって愛とセックスはどのようなものですか?』
(上のリンクはどちらも同じ内容です。)



幼児的な

ふれあいへのあこがれ



わたしのぐずぐず

さびしいよおおおお!

彼氏にあえないからねえ・・・

でも、本当はね、ここがふんばりどころだと気付いてる

遊びだけの男とセックスするのはやめとこう 

連絡したら来てくれるヤツもいるけど・・・

ずるずると同じことくり返して学習しないわたしを変える

誰とでもセックスするヤツやったんや!って

あの人を傷つけてしまった。

さびしさでこわれてるけど、きっと直る、この心。

どうしても、幼児的なふれあいへのあこがれが、

この年になると、イコールセックスになるんやわあ。

Renge 2004-12-27 11:37:24


このレンゲさんの悩みについての記事に対して“いの”さんから次のようなコメントをもらいました。
WABLOGでは語数制限のために3回に分けて書いています。


はじめまして。
「幼児的なふれあいへのあこがれ」
それはだれだって心の中に抱えてます。

携帯からみてるので最後まで読むことは出来なかったんですが、あなたの考えは間違ってないと思います。
ごくふつうの欲求でしょう。

僕はいちゃいちゃが大好きです。
暇があれば手をずっと握ってたりいきなりキスしたり抱き締めたり…
みんな同じです。
なぜならだいたいのカップルは、じゃれあうときは甘えた(赤ちゃん言葉みたいな)声になるからです。
逆に営業トークみたいな口調になることは考えられないですよね。

○「愛=SEX」○
愛の中にSEXは完璧に含まれます。
ただし、この愛とは、人間としての情(例えば友達を思いやったり困った人を助けたり)のことをいっています。
恋愛感情はその中にちりばめられています。

さてSEXというのは、「愛し合っている証拠」ではないと思います。
誤解を招く言葉ですが聞いてください。
SEXはコミュニケーションです。
普通に会話と同じだと思います。
キャッチボールが必要なんです。
考えてみてください。
だれが好き好んで自分の話に興味がないとわかっている人と話をしようと思いますか?

つづく
いの 2005年8月28日 09:49



だれも話す人がいないからとりあえず話す…ことはあるかもしれません。

話がそれました。

SEXに対する考えは個性です。
線引きは不可能です。
僕はあなたの考えを尊重します。
完全同意です。
あなたのような正直な女性はいまあまりいないです。
心のなかで寂しい気持ちをひきずって、それでも意地をはっているんですから。
てか、意地をはらないと生きている自覚が薄れてくるです。
これは社会心理学の話になり長くなるのでとばします。

男のSEXと女のSEXは違います。
「SEX」と言葉でわかろうとすれば、「愛」だって感じられない。

あなたの周りには、あなたの心を満たしてくれる人(=本当に好きな人)がいないか、失うのが怖いのかだと思います。
仲間はずれになりそうな子供が、みんなに一生懸命とりつくろうとするのと同じです。
僕はあなたに健気さを感じています。

以上の事は、いわゆる「表向き」の世界では語られません。
でもあなたはあなたでいいのです。
心が安定すればまたなにか見えるものがちがってきますよ。
自信を持ってください

いの 2005年8月28日 10:10



すみません。勘違いしてました…

別に議論を起こそうとは思いませんが、「そういう人がいるから理解する」ことが大切と書かれたのなら、彼女を否定するようなやりとりをしなくてよかったのでは…と、正直思います。
「この考えは誤解される」
でも
「僕はあなたの事は理解している」
そして
「そういう人もいる」
と思われるのならフォローされなかったのが不思議でなりませんし明らかに矛盾してると思うんですが…
僕はいろんな女性と話してきましたが、けっして少なくはありません。
むしろそれを望んでいる女性は圧倒的に多い。
SEXはふれあいです。ふれあわないSEXはありえないと思います。
そして『彼女は特別じゃない』と深く思います。

ながながとコメントしてしかも少し感情的になったことを心からお詫びします。ただ彼女の言葉を『間違ったもの』として終らせたくなかった…ただそれだけです。失礼しました。

いの 2005年8月28日 11:03



「幼児的なふれあいへのあこがれ」
それはだれだって心の中に抱えてます。


僕はそのような憧れを持っていません。
だから、“誰だって心の中に抱えている”と言うのは間違いなんですよ。
このことについては僕がすでに書いているんです。いのさんは読まなかったのかもしれません。
読んだのなら、理解力が足りないのでしょう。

念のためにもう一度書きます。
なぜなら、このことが“愛とセックス”の関係を理解するキーポイントになっていると僕は信じているからですよ。



僕は幼児の頃、母親に抱かれた肌のぬくもりだとか、母親のオッパイを口に含んだときの乳首の感触だとか。。。そういうものが今だにおぼろながら記憶の片隅に懐かしく残っています。
僕にとって母親との関係は、この上のジューンさんの絵のようにまさに懐かしくも思いで深い、心の温まるものなんですよ。

つまり、僕の“幼児的なふれあい”というのは幼児の時に充分に満たされているんですよ。
母親とのスキンシップを充分に感じましたからね。
だから、僕には「幼児的なふれあいへのあこがれ」と言うのはないんですよ。
もう、“幼児的なふれあい”は“たくさんです”よ、“ご馳走さんでした”と言う気持ちなんですよ。

そういう僕でしたから、18才の時に父離れ母離れして自分ひとりで暮らし始めました。それ以来、父母と一緒に暮らした事はないんですよ。
僕は世界の放浪の旅に出たんです。つまり“巣立ち”をしたわけなんですよね。バンクーバーに住んでいる現在の僕はその延長線上に居るんです。
その過程で現在の妻とめぐり会って結婚したわけですよ。

“幼児的なふれあい”を求めて現在の妻と結婚したわけじゃないんです。
妻と結婚したのは、“幼児的なふれあい”の過程をすべて終了した次の、次の、次のステップぐらいですよ。

幼児的なふれあいは幼児の時に、“幸せな家庭”で充分に満たすべきなんですよ。
僕が言おうとしている事は、そういう“幸せな家庭”が現在少なくなっていると言う事なんですね。
だから、20代になっても、レンゲさんのように“幼児的なふれあい”を求めている人がいる。
なぜなら、レンゲさんは“崩壊した家庭”に育って“愛を知らなかった。”
このことはレンゲさん本人が言っていることです。

いのさん、あなたは精神的には20代の前半でしょうね。
30代40代になった人は普通次のようには書かないものですよ。


僕はいちゃいちゃが大好きです。
暇があれば手をずっと握ってたりいきなりキスしたり抱き締めたり…
みんな同じです。


みんな同じじゃないんですよ!
少なくとも僕とあなたを同じにしないでくださいね。
僕はすでに書いたように、“幼児的なふれあい”は“たくさんです”よ、“ご馳走さんでした”と言う気持ちなんですよ。
だから、“幼児のようにいちゃいちゃしな!”と言われたら、ちょっと僕は困ってしまいますよ。

もう清水の舞台から飛び降りたつもりで、パンツを脱いで“おしめ”を身に着けて、


“花ちゃァ~~~ん、ボチュとァチョびまちょうねェ。。。アイィ~、きちゅちまちょうねェ~~。”
“デンマンさん、あなた、一体なにをしようとしているの?”
“だから、ようじてきなふれあいを求めてるんでチュよゥ~。。。きちゅちまちょうよゥ~~~”
“デンマンさん、気は確かですかあああ?”
“たちかでちゅよゥゥ~~花ちゃん、ボチュとキチュちまちょうようゥゥ~~~”
“本当に、気は確かですかああああ?”
“たちかでちゅよゥゥゥ~~”
“一体、妻も子もある、いい大人が何のまねをしようとしているんですかああ?”
“だからあああ~、ようじのふれあいでちゅよゥ~、ぼちゅわあァ、花ちゃんといちゃいちゃしたいんでチュゥ~。。。”
“何ですよ、急に、おしめなんかしちゃって、。。。本当に気は確かですか?”
“たちかでちゅうゥゥ~~”
“マジですかあああ?”
“ボクちゃん、まじでちゅうよゥゥゥ~~、”
“あああああ~~、キモイ!デンマンさん、それ、キモイワよおおおお!いい加減にしてくださいよ!”
“花ちゃん、キチュちまちょうネェ~、きちゅちィてェ~~ねっ。。。ねったらああ~~”
“止めてくださいよおお~~、デンマンさん、本当にキモイですよ!そのひげ面ぶら下げて、おしめまでして、何も知らない人が見れば、デンマンさんは気が狂ったかと思いますよ!本当にいい加減にしてくださいよ。”

いい年をした僕が幼児的なふれあいを求めたら、このような無様(ぶざま)な事をやらねばならないんですよ。へへへへ。。。。
本当に気が狂ってしまわない限り、かなりしんどいですよ。んも~~!
僕の相手をする女性は、まさに“キッショイちゅーねん、アホ!”と言うでしょうね。
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愛とセックスは、もちろん、違いますよね?(その2)

2005-08-31 01:34:05 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ


こういうわけですからね、決して“みんな同じです”ではないんですよ。
この点に関しては、僕とレンゲさんは全く違っています。
その具体的な例として僕はレンゲさんを取り上げているわけなんですよ。

レンゲさんは手記でこのように述べているんですよ。



わたしは生まれた時から、
必要な愛情をあたえらなかった。
両親ともに、こんなめんどくさい生き物の
ニーズなんて考えもしない。
わたしはいつも見捨てられてきた。
わたしの胸には、愛情はない。
だって教わってないから。

わたしは、親を憎んでいました。
今は“血のつながったやっかいな他人”だと思っています。
これからどうなるか分かりませんが、
今の私には親との和解は無理です。

ウチの親を客観的に見れば、
社会性が欠如していたんです。
ふたりともボンボンとお嬢だから世間知らずだし。
で、わたし親から最後の一撃食らわされて、
自分は将来利用するために
育てられてきたことがわかっちゃって。
親はわたしに向かって確かにそう言ったのです。
それで、わたしは親から離れたのです。

http://blog.so-net.ne.jp/denman/2005-08-13-1


レンゲさんは、お母さんが生きているにもかかわらず、もう5年以上も会っていません。
電話で話したこともありません。僕にはとても考えられない事ですよ。

このような“不幸な”家庭環境で育ったために、レンゲさんは母親とのスキンシップを全く感じないで大人になってしまったんです。
そういうわけで、レンゲさんの場合には


どうしても、幼児的なふれあいへのあこがれが、
この年になると、イコールセックスになるんやわあ。


このようになってしまうんですよ。イコールセックスというのは飛躍だと思うのですが、レンゲさんの頭の中では全く矛盾なく受け入れられているんです。

いのさんは次のように書いています。


そして『彼女(レンゲさん)は特別じゃない』と深く思います。


いのさんにとってレンゲさんが特別だと見えないのは、レンゲさんの育った家庭環境がいのさんが育った家庭環境と似ているからだと僕は推測しているんですよ。
だから、いのさん自身も


僕はいちゃいちゃが大好きです。
暇があれば手をずっと握ってたりいきなりキスしたり抱き締めたり…
みんな同じです。


このように書いているんですよ。
レンゲさんといのさんは似ているのかもしれません。
でも、僕とレンゲさんは似ていません。
同様に僕といのさんも似ていません。

つまり、いのさんとレンゲさんが同じグループなら、僕は違うグループなんですよ。
決して同じではありえない。
少なくとも、“幼児的なふれあいへのあこがれ”に関する限り、別グループです。

いのさんも、レンゲさんも「幼児的なふれあいへのあこがれ」を強く意識している、と言う点で共通しているわけですよ。
しかし、だからと言って、そのグループの中に僕まで引き入れる事はできません。
なぜなら、上で説明したように、僕の「幼児的なふれあいへのあこがれ」は僕が幼児のときに充分に満たされたからですよ。
だから、現在の僕には「幼児的なふれあいへのあこがれ」はないんですよ。もし無いと言うのが言い過ぎなら、極めて少ないんです。

ここで、僕が書いた記事の中からもう一点引用します。



>知能指数140あっても、
>抑えられないものなんでしょうか・・・。


そうなんですよ。彼女はとても知的な部分を持っています。ただし、彼女は「崩壊した家庭」に育ったために「愛を知らずに育った」と本人も認めています。つまり、「愛に飢えている」というか、とても愛を求めているところがありますよ。

僕は、この人の話や日記や手記やメールの交換を通して、改めて僕の育った家庭が“愛”にあふれていたことを知らされましたね。

つまり、知能指数と不倫は本質的に関係ないですよ。
仮にですよ。マリコさんがIQ140あったら不倫するかというと、予想は不可能です。マリコさんの育った家庭と関係してくるようですよ。僕のこれまでの経験では、ある人の愛を希求する気持ち(Motivation)というのは、その人の育った家庭から受けた愛と反比例するのではないか?そんな気がしています。

つまり、“家庭の愛”に恵まれた幼年時代と青年時代を送った人は、彼女ほど愛に飢えていないと思いますね。この女性は「崩壊した家庭」に育ったために、“愛”を必要としているのです。この事をIQ140の頭で知的に認識しているために、普通の人よりも、よりいっそう“愛”を希求する気持ちが強いんですよ。そのために、しばしば“愛”に眼がくらんで相手の人間性を見失います。それで、くだらない男にかかわってしまって“殺されそうになった”こともある。この男は、もちろん不倫した相手ではありません。別の人間です。このような男に対しても“愛”を感じてしまう。

この女性はIQが140もあるほど知的であるにもかかわらず、すでに10年以上も精神科に通っています。だから、この人の話を一般論として一般の人に当てはめることはできないんですよ。きわめて特殊な家庭に育ったんです。

(全文は次のリンクをいクリックして読んでください。)
http://blog.so-net.ne.jp/denman/2005-08-10-1


これまでの僕とレンゲさんとのやり取りを見てくれば、レンゲさんは“才能がある人”だと言う事が良く分かると思います。
僕自身、レンゲさんはすばらしい人だと思っています。
しかし、上の引用からも分かるとおり、レンゲさんはもう10年以上も精神科に通っています。
このような人のことを


そして『彼女(レンゲさん)は特別じゃない』と深く思います。


。。。と、いのさんのように断言してしまうのは、認識が甘いとしか言いようがないのですね。
彼女は決して普通の女性ではありえない。つまり、特別な女性です。

僕はレンゲさんの問題を社会問題として見ているんです。
つまり、レンゲさん個人に特有な問題ではないと思うからです。
劣悪な社会環境が劣悪な家庭環境を作り出す。
レンゲさんは、そのような“崩壊された家庭”で育ったんですよ。
だから、レンゲさんのような特別な女性が他にも居るはずです。
(そう、たくさん居ないことを祈っていますが。。。)


残業しても残業手当は出ない!
働きたくはないけれど借金に追われて働かねばならない!
子供の将来、教育費とか結婚の費用とか、そういうことを考えると、もう過労死するほど働かねばならない。
こういう社会環境の中で、子供の家庭教育なんて、かまっちゃいられないのが、ぶちあけた話でしょう?
そんな気持ちのゆとりなんてありませんよ!まず、生活してゆかねばならないんですからね。

こういう社会環境の中で、佐世保の小学生女児殺害事件が起きたわけですね。
こういう社会環境の中で、子供が、のびのびと、すくすくと、健康に明るく育ったら、それこそ奇跡ですよ!

(全文は次のリンクをクリックして読んでください。)
http://blog.so-net.ne.jp/denman/2005-08-25-1


レンゲさんはまさに、このような“崩壊された家庭”で“母親の愛を受けずに”育ったんです。
くどいようですが、レンゲさんは、もう5年以上も母親に会ってもいなければ、電話で話したこともない。
これだけのことを考えても普通ではないんです。
このようなことがレンゲさんの愛とセックスに大きな影響を与えているんです。

劣悪な社会環境、崩壊した家庭環境を考えに入れてレンゲさんの愛とセックスを考えるとき、
いのさんが言うように


愛の中にSEXは完璧に含まれます。


と言えるかもしれません。でも、これはレンゲさんのような人間だけに当てはまる事であって、
幼児期に充分に“幼児的なふれあいへのあこがれ”を満たした人には当てはまらない事です。
少なくとも僕には全く当てはまりません。
愛とセックスが重なる部分はあると思いますが、愛の中にセックスが完全に含まれるなんて、僕にはとても考えられません。

僕にとって愛とセックスの関係は図に示せば次のようになります。



100人の人に“愛とセックスは違いますよね?”と質問すれば、
もちろん違いますよ、と答える人が80人から90人居ると僕は思います。

“愛の中にSEXは完璧に含まれます”と答える人は、2人か3人程度だと僕は考えています。
あなたはいかがでしょうか?
ご意見、ご感想、ご批判をお待ちしています。


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古代紫 

2005-08-31 01:30:44 | 世界の神話・西洋史・オリエント史・世界史

古代紫

Tyrian purple


岩波の理化学辞典には、 Tyrian Purple は「古代紫」の名称で取り上げられています。
この項には次のように書かれています。



【古代紫】
地中海産の貝
purpura、Murex、Thais 属の
鰓下腺(サイカセン)から分泌される黄色液で、
主な色素成分は、
6.6’-ジブロモインディゴ C16 H8 O2 N2 Br2。

これで繊維を染めて空気にさらすと、
紫に近い深紅色に変わる。
ギリシャ・ローマ時代における
貴重な紫色素で高価であった。


ところで僕が日常使っている三省堂の国語辞典には次のように出ています。




【古代紫】

多少灰色がかった紫。

江戸紫よりも黒味を帯びている。 



僕の頭の中では「古代紫」というのはTyrian purpleのことなんですが、国語辞典の定義にある「古代紫」とは全く違っているようですよね。
Tyrian purpleと言う色は理化学辞典で説明されているように「紫に近い深紅色」なんですね。
国語辞典で定義されているような「多少灰色がかった紫。江戸紫よりも黒味を帯びている」色ではありません。


では、Tyrian purpleとはどのような色をしているのかと調べたら、右の絵に書かれている人物が身にまとっている帽子と上着の色がその色なのです。古代紫とも江戸紫とも違い、かなり赤みを帯びています。

古代紫には人によってかなりの受け止め方に違いがあるようです。
むしろ「貝紫」と言ったほうが的確かもしれません。
貝紫とは磯に住むイボニシやレイシ、アカニシ、センジュガイといったアクキガイ(悪鬼貝)科の巻貝(murex)から取れる染料のことです。

この貝が持つ鰓下腺(通称パープル腺)から分泌される乳白色~淡黄色の液は、太陽の光にあたると酸化されて紫色に変化する性質があります。
この分泌液は6.6ジブロムインディゴと呼ばれる色素の1種が還元された状態で貯蔵されているもので、神経を麻痺させる作用があるため、他の魚貝類を攻撃する武器になると共に産卵期には卵殻の中に注入して、卵が他の生物に食われないようにする役目も果たしています。

アクキガイ科の貝の中には食用になるものもあり、大昔から海辺の人々によって採捕されて来ましたが、殻を割って料理する際、内臓が手や衣服に付着して紫色に変化するのを見て、染色に利用することを思いついたのでしょう。

この貝から取れる染料に基づいた染色法は地中海沿岸の古代フェニキアで行われ、それがギリシャ・ローマ時代に受け継がれていったものです。
これで染めた衣服を着られるのは王候貴族に限られていました。
歴史書によると、貝紫は1gの染料を取るために二千個もの貝を必要としたとあります。
ちょっとオーバーじゃないかと思うのですが、とにかく希少価値であったことには違いないようです。
そのようなわけで極めて高価な色として珍重されました。

ちなみに1万個の貝から1gと書いてあるウェブページがありました。
二千個でもオーバーだと思ったのですが、1万個はさらにオーバーじゃないかと思いますね。
でも、それ程わずかしか取れないということは、このような記述から確かなようです。

Tyrian purpleとは“Tyre(ティルス)で貝から取れた紫”ということです。
このTyreというのは古代のフェニキアの都市です。
現在は es-Sur と呼ばれるレバノンにある小さな村です。



このフェニキア人は、紀元前15世紀頃から紀元前8世紀頃にティルス、シドン、ビュブロスなどの都市国家を形成して海上交易に乗り出し、のちにはカルタゴなどの海外植民地を建設して地中海沿岸の広い地域に渡って活躍しました。

フェニキア人は系統的には様々な民族と混ざって形成された民族です。
彼らはアフロ・アジア語族セム語派に属するフェニキア語を話し、言語的に見ればカナン人の系統に属する民族です。

彼らが自分たちの言葉を書き表すために発明したフェニキア文字は、ギリシャ文字・アラム文字・アラビア文字・ヘブライ文字など、ヨーロッパ・西アジアの多くの言語で用いられる文字の起源になりました。
もちろん、英語のアルファベットもこの系統です。

貝紫はこの古代フェニキア人が最初に染料として用いたことになっていますが、歴史研究者の中には、その起源はもっと古くクレタ文明(ミノス文明とも呼ばれます)でも使われていたとする人たちも居ます。
レウケー(Leuke)と呼ばれる小さな島が、上の地図で示したようにクレタ本島の南東にありますが、この小島には初期のクレタ文明(紀元前3000-2200年)の頃に貝紫が取引されていたという記録が残っています。紀元4世紀までは人が住んでいましたが、現在は無人島です。

個人的には僕は貝紫の起源はクレタ文明だと思いますね。
なぜなら、この文明は男も女も身だしなみに、ことのほか気を使ったのです。
考古学者のアーサー・エヴァンズはクノッソスで発掘調査した時に次に示すフレスコ画を見つけました。
これを見た彼は“可愛いパリジェンヌ”と言って驚いたという話が伝わっていますが、確かにナウい感じがしませんか?



“Ladies in Blue” fresco from Knossos, 16th century BC.

この3人のクレタ女性はお祭りでなにやら愉快に話しをしています。
当時上流社会で流行していた胸を見せる短い胴着(bolero)を身に着けています。
当時も細いウエストが好まれたそうです。この胴着の肩当を見てください。
これは貝紫で染めてあると思いませんか?ちょっと色が茶色っぽく変色していますが、これが描かれた時にはもっと赤みを帯びていたのではないでしょうか?



ヘアスタイルといい現代風なスカートといいセックスアピールする胴着といい、もしクレタ島の“パリジェンヌ”と19世紀のパリジェンヌが次に示すように町の通りを歩いていたら、19世紀の女性はダサいと思われてしまうのではないでしょうか?
我々の眼にはフープ・スカートは明らかに時代遅れと映りますよね。

 

“どちらの女性と喫茶店に入って話がしたいですか?”と問われれば、僕はおそらくクレタ島の女性に声をかけるでしょう。
バルキーなスカートをはいた女性は、やはりダサいですよ。クレタ島の女性の方がモダンな感じがしませんか?19世紀の女性のように、こんな幅広のスカートをはいて喫茶店に入ったら、周りの人が迷惑するでしょうね。(笑)

19世紀の女性と比較するのでは、時代が違いすぎるので、同じ時代のエジプトの女性と比べてみたいと思います。
次の絵の中の女性たちは今から3500年から3000年前の服装をしています。
上のクレタ島の“パリジェンヌ”とほぼ同じ時代です。



一目見ただけでも、エジプトの女性の方がシンプルですよね。というか、言葉は悪いですが“土人スタイル”ですよね。
パリジェンヌよりも原始的な感じがします。我々の眼には、どう見てもクレタ島の女性の方が現代的な印象を与えます。
そう思いませんか?

いづれにしても、クレタ文明では5000年も前から貝紫が使われていたんです。
その貝紫を抽出していたのがレウケー(Leuke)と呼ばれる小さな島だったわけです。
恐らく、この島からフェニキア商人によって抽出技術がティルスに伝わったのでしょう。

ところで、日本にも古代地中海から伝わったものがあります。
それは古代に中国の絹織物がヨーロッパへと運ばれてた道、シルクロードを通じて運ばれてきました。
奈良の正倉院に収められている楽器を彩る紫の色は古代の日本でも最も高貴な色とされていました。
でも、それは日本独自の考えで紫を選んだわけではありません。
紫を最高級の色とする考えは、地中海でとれる貝紫という染料から始まっているのです。

ところが、貝で染める紫の染料は弥生時代の日本でも使われていたのです。
佐賀県の吉野ヶ里遺跡は弥生時代先期から中期(B.C.3世紀~A.D.1世紀)の古代人の遺跡です。

吉野ヶ里遺跡では弥生中期頃の甕棺墓が多数発掘されています。
その甕棺に葬られていた人骨に付着している織物を分析した結果が報告されています。
その報告によると、布は絹織物で蚕の種類は違っているようですが、日本国内の蚕から得られたものです。またその絹織物の一部に貝紫で染められたと見られるものが残されているのです。

当時、絹織物を身につけることのできた人物は、集落の中でも高い身分の人であったと考えられます。
貝紫染めの織物を身につけることのできた人物は極く限られた人であったでしょう。

ここで問題です。貝紫染めは地中海沿岸だけで行われていたと考えている人が多いようです。
吉野ヶ里遺跡で国産の絹が貝紫染めされていたということは意外な感じがします。
日本でも弥生時代にすでに貝紫染めが行われていたという事実をどのように解釈すればよいのか?
極めて難しい染色がなぜ地中海と、遠く離れた有明海で行われていたのか?
現在のように通信手段の発達した世界ならば、情報はあっと云う間に地球の端から端まで伝えられます。
しかし、今から2000年以上も昔に地球の表と裏で、なぜ同じような染色が行われていたのか?

ところで、この問題に答える前に貝紫染めの染色法をさらに詳しく見てみたいと思います。
貝紫染めの染色法には、直接染色法と還元染色法の2つの方法があります。
ここでは直接染色法を取り上げてみたいと思います。

ビーカー染めの場合だと、染料をそのまま水に溶かすか水に溶かした溶液を使います。
貝紫染めでは、まずビーカー染めの染料となるものを貝から取り出す作業があります。
色素となるのは貝の組織の一部鰓下腺から分泌される液です。鰓下腺は長さ5㎜程度の組織です。
貝を金床の上に置いて金づちで貝を割ります。貝を割って貝の組織をピンセットで取り出し、鰓下腺を探し取り出します。金づちで打つ位置が悪いと鰓下腺をつぶしてしまいます。

慣れて割にうまく取り出せるまでにかなりの時間がかかります。
馴れないと、貝を無駄にすることになります。上で1gの染料を作り出すのに、ある文献では2000個と書いてあり、別の文献では1万個と書いてあるのは、恐らくこの熟練の度合いに関係してくるのだと思います。

黄緑色をした鰓下腺をピンセットで組織から分離して、金網の目をくぐらせて手早くすりつぶします。
それに貝の分泌液や水を加えてペースト状に伸ばします。この液が目的の色素を含む液です。
この時の色は黄色から黄緑色でまだ完全な色素ではなく、色素前駆体と呼ばれるものです。
この液体を布か糸に浸して染色するのですが、この液体は作業を手早くしないと、空気中で酸化して良い色になりません。つまり、ここでも熟練が要求されます。

もう1つの問題は臭いです。鰓下腺をすりつぶして行くと強烈な臭いを発します。
染色のためには臭いも我慢しなければなりません。発色は日光に当てて行います。
発色は色相が、黄味―緑味―青味―紫(赤紫)へと段階的に変化して行きます。
発色が進んで行くにしたがって悪臭が徐々に消えて行きます。

ここで、手際が悪かったりペースト状に延ばすやり方がまずかったりすると、発色が不均一で緑のまま残った個所が出来たり、完全な赤紫にならない個所ができたりします。
ここでも熟練が要求されます。つまり、この染色法では工芸的な染色はできても、工場規模での大量生産は到底できません。要するに染料そのものが希少価値な上に、染色法がきわめて難しいわけです。

このように手の込んだ、しかも熟練を要する染色法が、地球の裏と表で偶然に発見されると言うことは考えにくいのです。もし“Tyrian purple”と言う流行がなかったら、悪臭を我慢し、面倒で手数のかかる貝紫を採る理由がどこにもありません。もっと簡単な方法で作れる染料で代用することができます。
でも、代用することが出来なかった。なぜなら、貝紫は、その染料が希少価値であるがゆえに“Royal Purple”と呼ばれていたからです。この貝紫で染めた衣服を身に着けることがステータスシンボルだったわけです。
だから、何が何でも貝紫でなければならなかった。

しかし、地中海と有明海の距離をどのように説明すればよいのか?あまりにも隔たりすぎていますよね。
でも、なにも“Tyrian purple”がTyreから伝わって来ると考える必要はありません。
紀元前3世紀までの間に、すぐお隣の朝鮮半島までその“流行”は何百年と言う年月を通して伝わっていたのです。



『なぜ厩戸王子なの?』と題する記事で紺瑠璃杯が遠くペルシャから伝わってきた様子を僕は説明しましたが、ちょうどそれと同じようにしてシルクロードを通して地中海から有明海に伝わってきたのです。そのように考えれば、地中海と有明海の隔たりは説明がつきます。

飛行機もない電話もない、ましてやネットもなかった時代ですが、人間はいつの時代でも情報を交換していたのです。
ただ、現在なら30分もすれば情報が世界を駆け巡りますが、昔はそれが何百年もかかる場合があったというだけの違いです。




この記事は次のページをコピーして編集したものです。

http://www.geocities.jp/barclay705/crete/purple.html

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