クレオパトラの殺し文句(PART 1)
クレオパトラが生まれた町、アレクサンドリアはナイル河が地中海に注ぐその西端に位置する。 街は北を地中海、南をアレオティス湖、東をナイル河に守られ、その地理的条件からアジア、アフリカ、ヨーロッパを結ぶ貿易の拠点としてうってつけの場所にあった。
しかし、それは紀元前69年、クレオパトラが生まれた頃の話で、デンマンがアレクサンドリアを訪れた2010年の夏には、もはや当時の栄光は、どこにも感じられなかった。
デンマンが泊まっているホテルの部屋の窓からはファロス島が見える。 でも、島と言っても島だったのは大昔のことで、今は陸地とつながっている。
現在、古い要塞が建っている。 かつて、この要塞がある所には世界の七不思議の一つと言われた大灯台が建っていた。 4層からなるこの巨大な灯台は約130メートルの高さを持ち、その光は55キロメートル先の海上の船からも見えたと言う。
しかし、デンマンの目には、その灯台をイメージしようとしても、この小さな港町には不似合いとしか思えなかった。
朝9時に目を覚まし、遅い朝食をホテルの近くのマクドナルドでとった。
シシカバブのようなものを食べてからデンマンはガイドブックを片手に街を歩いてみた。 大灯台があったと言われる場所からちょっと南へ歩いて裏町へ足を踏み入れれば、そこには16世紀から20世紀初めまで続いたオットーマン・トルコ時代の古い家々が狭い路地の両側にびっしりと詰まっている。 間口の狭い店では色とりどりの香辛料や薬草などを売っている。 その何とも言えない匂いが埃(ほこり)っぽい空気に混じって、一種独特の“エジプトの匂い”をかもし出していた。 アレクサンドリアの街の南端を流れている運河の近くは貧しい人たちが暮らす安アパートが立ち並び、洗濯物が満艦飾のように窓を飾っている。 狭い通路は埃っぽくロバが荷車を引いていたのを見た時にはデンマンはタイムスルップしたのではないかとマジで驚いたほどだった。 しかし、街を歩き回ってもクレオパトラの栄光の昔を偲ぶ事のできる遺跡はほとんどなく、歩き通して疲れただけだった。
いつの間にやら日が暮れて、腹の虫が鳴き始めた。 世界のどこへ行ってもある中華料理のレストランでチャーハンとブリスケットラーメンを食べたら腹の皮が突っ張って部屋に戻ってベッドの上に横になった。 すぐに睡魔に襲われた。
これまでの疲れが出てデンマンはボロ雑巾のように眠りを貪ったのだった。
ふと目が覚めるとデンマンは、まだ夢でも見ているのかと目をこすった。
ギョッとしたのだ!
窓辺の椅子に裸の女が腰掛けて、デンマンの方をじっと見ているのだった。 彼は、もう一度目をこすった。 しかし、女は消えなかった。 それどころか、さも可笑しいと言うように口を手で隠しながら笑っているのだった。
デンマンは、さらに目をこすってみた。
夢などではなかった。
女はアレキサンドリアでよく見かける日に灼けた感じの現地のエジプト人ではない。 電気もつけない薄暗い部屋の中でも、その肌がフランス人かドイツ人を思わせるような透き通って白い肌であるのが見て取れた。 裸の女は慎み深く笑っている。
“Who ... who the hell are you?"
“Cleopatra...hu,hu,hu...”
“No kidding!”
眼をもう一度こすりながらデンマンは女の表情を確かめるように見つめた。
女は相変わらず楽しそうに笑っている。
デンマンは枕元のスタンドの灯りをつけた。
オレンジ色の光が女の白い肌を染めて浮き上がらせた。
黒い髪は金色のヘアバンドで留められ額の中央にはコブラの飾りが施(ほどこ)されている。
左の腕には肩より少し下にコブラを形どったような金色の腕輪をしていた。 それ以外に身に着けているものは何も無かった。
デンマンが驚いたのは時代物の肘掛け椅子に浅く座り、膝を曲げて左脚を椅子の端(はし)に立て、すっきりとした右脚をゆったりと前に伸ばして悠然としていることだった。
太股の奥は丸見えになっている。
見つめては失礼だと思ってもデンマンは吸い寄せられるように目を凝らしていた。
むっちりと盛り上がった水蜜桃の割れ目からは小陰花が鶏頭を二つ合わせたように捩(よじ)れて“背筋”を覗かせている。
その上部で鶏頭の二つのが一つに合わさる所には、コブラが頭をもたげたように小豆の大きさのクリリンスがのぞいている。
スタンドの明かりを受けて、それは真珠のような光沢を浮かべているのだった。
女は太ってはいなかったが豊満だった。
腰の辺りはむっちりとしておりデンマンは思わずゴクリと生唾を飲み下した。
成熟した色香があふれ出している。
もちろん、あの有名なクレオパトラであるはずがない。
クレオパトラの子孫とでも女は言うつもりなのだろうか?
女は笑みを浮かべたままゆっくりと立ち上がりデンマンの目の前に来て立ち止まった。
“What are you thinking of?” 女の表情には優しい笑みが浮かんでいた。
“How... how come you're here with me?”
“'Cause you've been thinking of me for so long.”
“How do you know?”
“You've been looking for me in this town, haven't you?”
“Give me a break. どうしてクレオパトラが英語を話すの?”
“あなたのために英語を習ったのよ。私が語学の才能があることをあなたも良くご存知でしょう?” 女は少女のように屈託なく笑って見せた。
それからベッドの端に腰掛けているデンマンと並ぶように女は腰を下ろした。
甘ったるい香水の匂いがデンマンの鼻腔をくすぐる。
何の匂いだろうか? これまでに感じたことがないような官能的な匂いが彼の欲情を刺激した。
しかし、心のどこかで“騙されるな!”という声がしてデンマンは、もう一度ゆっくりと女の表情を見つめた。
まだ私を疑っているのね?
クレオパトラの子孫としても初対面の僕に一糸まとわぬ裸で、こうして会うのは常識はずれとは思わないの?
あらっ。。。あなたの口から“常識はずれ”という言葉を聞くとは思わなかったわ。 あなたは、お父様の葬式にも出なかったほどの常識破りじゃありませんか!
ど。。。ど。。。どうして、そんな事まで知ってるの?
だから言ったでしょう! 私はあなたの事を、もうずいぶん前からじっと見守っていたのよ。
ずっと以前から? でも、どうして。。。?
あなたが私の記事を書いたからよ。
僕があなたの記事を書いたから。。。?
そうよ。。。覚えているでしょう?
覚えているも何も、僕は。。。僕は今夜初めてあなたに会ったのですよ。
あなたは、そう思っていても私にとってあなたはまるで夫のような身近な存在なのよ。 うふふふふ。。。そうでなければ、こうして一つの部屋で私が裸であなたに向い会うなんて考えられないわ。 うふふふふ。。。
あのねぇ。。。、そのような事を僕に信じろと言っても無理ですよ!
あなたは私がでまかせを言っていると思っているのね?
女の表情から初めて笑みが消えた。 浮気した夫に向かうように冷たい表情が浮かんでいた。 デンマンは一瞬女から身を引いた。 しかし、女は挑戦するような態度で身を近づけてきた。
夏のアレクサンドリアの夜はまだ蒸し暑かった。それでもデンマンは身震いする程の冷たさを感じた。
女の乳房がわずかに硬く引き締まり、乳首がつんと上を向くように見えた。
それは子供を産んだことのある大きな乳首だった。
決して寒くはないのに乳首の周りの肌に鳥肌が立つようにブツブツが見えた。
あなたは私の言うことを信じていないようだから、私が読んだ記事をここに書き出すわ。
まだ僕が可愛い小学生だった頃、一学年全部で(350人ほど)近くの映画舘へ『孫悟空』(アニメ)を見に行きました。
僕の幼い頭に強烈に残ったシーンは次のようなものでした。
孫悟空がお釈迦様の手のひらに乗って、大きな顔を仰ぎ見て、話しかけているシーンです。
お釈迦様がちょうど、奈良の大仏のように、とてつもなく大きな人物として描かれていました。
孫悟空はお釈迦様に向かって言いました。「オイ、俺はすごいんだぜ!この世の端から端まで、ひとっ飛びで行ってきたんだ。」
お釈迦様は慈悲に満ちた優しい顔で笑っています。「そうかね。おまえは、そんなにすごいことが出来るのかね。でも、この世の端から端なんて、ちょっと信じられないが、何か証拠でもあるのかね?」
「もちよ、あたりきよ。あるに決まってるじゃないか!俺はよ、この世の端まで行って、大きな崖にでかい筆を使って俺の名前を書いてきたんだぜ。それが何よりの証拠さ。嘘だと思ったら、見て来なよ。でも、あんたのように、ここにジット座っていたんじゃそれも無理だろうがね」
お釈迦様は、それでも優しいまなざしを向けて笑っています。
「しかし、見る人が見ると、そうは思わないのだがね」
「だって、あんたは、ここにじっとして座ったままじゃないか!この世の果てなんて行けっこないじゃないか!」
「そうか、おまえには、そうとしか思えないのか」
そこで、お釈迦様はおもむろに、もう一方の手の平を広げたのです。すると中指に、さっき、孫悟空が大きな筆で書いた名前が、書体も同じに全く瓜二つに書かれてあったのです。
「おまえが、この世の果てに飛んで行って書いたというのは、このことかね?」
孫悟空はびっくりデス。この世の果てと思ったのに、何とお釈迦様の手の平に書いていたのです。
「おまえは、この世の果てまで行ったというけれど、私の目には、こちらの手の平から、もういっぽうの手の平へ移動したに過ぎないんだ」
このようなシーンだったのです。
さて、お釈迦様になったとしたら、僕はクレオパトラに向かって次のように言ったかもしれません。
「あなたは、確かに恋に生き、愛に生き、政治にどっぷりとつかり、権力も手中に収め、財宝も思いのままにしてきました。しかし、あなたも、結局、孫悟空とたいして変わりがなかったのかもしれませんね。50歩100歩というところでしょうか」
「そうでしょうか?とにかく、私、疲れました」
「そうですか。私はあなたが自殺することを薦めはしませんが、そうかといって、止めもしません」
「私、とにかく疲れました。やるだけのことはやったのです。あなたの目には、孫悟空を見ていたのと同じように、私が、あなたの手の平の中で悪あがきをしていたように見えるでしょうが、それでも私は精一杯生きてきたのです。でも結局、このようにしかならなかったのです。もう、ホントに疲れたのです」
「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」
クレオパトラのような派手な人生を歩んだとしても、結局、御釈迦さんが見れば、彼の手の平の中で、うごめいていたということで人生が終わってしまう。
やるだけのことをやったけれど、結局思うようにはならなかった。
挫折のあとの、あきらめと、ためいきと。。。
そして、クレオパトラは言った事でしょう。「私は、とにかく疲れました」と。
そんなクレオパトラの様子を見たらお釈迦様の言う事は一言しかないですよね。
「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」
『不倫にこだわっていませんわ』より
(2006年9月21日)
お釈迦様の言う事はもっともだわ。 でもねぇ、あなたは大切な事を書いてないのよ。
ん。。。? 大切な事。。。? それって何。。。?
だから、わたし、こうして出て来たのよ。 それを言い終えるまで帰れないわ?
帰るって、どこに。。。?
あの世に決まってるじゃない!
それを信じろと、あなたは言うの?
“信じる者は救われる”
あなたの生まれ育った国にも上のような諺があるでしょう?
僕はすでに救われているので、あの世など信じなくてもいいんだよう! 。。。で、一体どこで上の記事を。。。?
ネットでゲットしたのに決まってるでしょう!
しかし、あなたは日本語も習ったの?
習ったから、こうしてあなたと日本語で会話しているのじゃないの。。。うふふふふ。。。
あのねぇ、クレオパトラは英語も日本語も話さなかったんだよ!
確かに紀元前30年に亡くなるまでのクレオパトラは英語も日本語も話さなかったわ。 でも、それまでの私は近隣諸国のほとんどすべての言葉を話すことができたのだわ。 だから、エチオピア人、アラビア人、ヘブライ人、シリア人、メディア人、パルティア人。。。、と通訳を使うことなく私は直接会話したものだわ。 そのことを考えれば英語も日本語も私にとって習うのに難しい言葉ではなかったのよ。
。。。で、あなたはマジで自分がクレオパトラだと信じているの?
あなたには信じられないの?
今年は2010年。 クレオパトラが亡くなったのは紀元前30年。 もし、あなたがマジで生き続けてきたとしたら、あなたの年齢は2040歳。 そんな馬鹿な話を誰が信じると思う?
私は生き続けたのではなくて生き返ったのよ。 仏教にも“輪廻(りんね)”というのがあるでしょう! あなたは常識破りの人じゃないの! あなたの記事をネットで読んで、あなたなら理解できると思ったのよ。
クレオパトラがネットまでやるとは思わなかったなァ。。。うしししし。。。
だから、私は生き返ったと言ったでしょう。
あのねぇ、冗談も、これほどバカバカしくなると、もう冗談じゃない。 妄想と言うよりも、重症の精神病患者のたわ言のように聞こえる。 このホテルの近くに精神病院でもあるの?
そんな物があるわけないでしょう! 初対面の私がどうしてあなたが書いた記事のことを知っているのよ? 良く考えて御覧なさいよ! あなたの目の前に一糸まとわぬ姿で出てこれるのも私があなたの事を充分に知り尽くしているからじゃないの!
あのねぇ、そう言うことを言って欲しくないなあああァ。。。まるで僕がインポで、僕に抱かれる心配がまったくないと、この記事を読む人が考えてしまうじゃないか!
あらっ。。。あなたは、そんな事まで心配しているの? うふふふふ。。。
あのねぇ、僕は今でも、あなたに飛びついて欲情の限りを尽くしてアレクサンドリアの一夜を思い出の一夜にしようと考えているんだよ。
分かってるわよう!
分かってるなら、そのような扇情的な格好で出てきて欲しくなかったなあァ~!
だってぇ、あなたのオツムの中のクレオパトラのイメージは、このような一糸まとわぬ姿じゃないの!
ど。。。どうして。。。、どうして、そこまでのことが分かるの?
だから言ったでしょう! 私は上のあなたの記事を読んでから、ずっとあなたのことを見守ってきたのよ。
どこで。。。?
もちろん、アレクサンドリアからよ。 あなたの記事をずっと読んでいたのよ。
それで、僕がアレクサンドリアへ来ることを知ったわけ?
そうよ。
でも、どうしてこのホテルだと分かったの?
あなたは小百合さんに、このホテルの住所を知らせたじゃないの!
あれっ。。。あなたは僕のメールを盗み読みしたの?
うふふふふふ。。。
それってぇ、不正アクセスだよ!
そのような堅苦しい事を言わないでよ! やっとこうしてあなたに会えたのじゃないの!
僕はまだ、あなたがクレオパトラの生まれ変わりだと信じてないんだよ! これは一体何の真似なの? 僕は007ではないんだよ! 僕を付け回したところで、あなたが知りたいこと、求めていることを得ようとしても無理! 不可能だということを僕はここではっきり言っておくよ!
私はあなたが考えているようなCIAのスパイでもMI5のスパイでも、イスラエルのスパイでもないのよ。 あなたの記事のネタになると思ったから出てきたんじゃないの!
マジで。。。?
少しは信じる気になった?
ところで。。。いつまでも裸でいないで、おばさんパンツでも穿いたらどうなの?
だってぇ、私がこのままの格好でいる方があなたはいいのでしょう?
うへへへへ。。。確かにそうなんだけれど、チラチラ、チラチラと女の花びらが覗いているので、気が散って話に集中できないんだよ!
分かったわ。 ちょっとベッドから離れてよ。
何すんのォ~?
シーツをこうして剥ぎ取ってねぇ、それで、こうして体に巻きつければ、どう?。。。ドレスのようになるでしょう!? うふふふふ。。。
もちろん、デンマンは、まだ彼女がクレオパトラの生まれ変わりだなんて信じていない。 しかし、クレオパトラだと主張するこの女に興味を持ち始めていた。 話をしているうちに悪い女だとは思えなかった。 心の片隅で“騙されるな!”という声は未だに木霊(こだま)しているけれど、デンマンは、この女をもっと知ろうと思い始めていた。
(すぐ下のページへ続く)