デンマンのブログ

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1本の鉛筆 (PART 1)

2019-02-03 12:09:37 | 九条多佳子

 

1本の鉛筆 (PART 1)

 


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件名:

世間ではすっかり正月気分も抜け

また日常がもどリました。



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From: beautiful948@outlook.jp

To: barclay1720@aol.com

Time: Jan 16, 2019, 5:11 AM



はっきりとした年齢は知りませんが、私より2歳年上だったと思います。
昭和25年犬塚の甥が生まれて間もなく群馬県から男児の手代がきました。
名前はタモちゃん、私が小学校に入学した時期です。

名目は子守でしたが、実際は奉公人として働いた年端もいかない何せ背丈は馬の脚程で私より小さい子でした。
彼はお盆とお正月の16日藪入りと称して利根川を渡リ生家に2~3泊の帰省がありました。

私の母と 兄のお嫁さんは海苔巻きずし、赤飯や餅等を作ってあげ、
さらに、子だくさんの家族のためにお米は肩に括り付け、
父は些少の小遣いを与えていたのをおぼろげに記憶してます。

今日はその16日、世間ではすっかり正月気分も抜けまた日常がもどリました。
私も「よし!やるぞ」と鼓舞したいところですが、体調が思わしくありません。

憚りながら言い訳をしますが、
昨年から電話機のメモリーがいっぱいで消去せずおきました。

長男や三男が暮から新年にかけて毎日数回の電話をかけても
要件が伝わらず訪ねてきて事の真相がわかりました。

思い違いから来た着信音で恐怖を煽られ冗談ではなく
まさにヒチコックの世界……。
電話が鳴るたびに飛び上がり完全にストレス症候群陥ってしまいました。

睡眠がとれず昼はぼんやり、夜は副交感が活発化し
眩暈も生じて1週間前かかりつけ医をたずねました。

 


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お医者さん曰く

「九条さん、ストレスをはじき返してください」


心療内科を受信するつもりは毛頭なく、
原因は押さえてあるのでこの程度のフィーリングが
私の自尊心に合っていてちょうどいいと強がりをいっています。

かつて高村光太郎の智恵子抄を大方が恋愛の、
夫婦愛の妙と評していましたが文学に化けたから言えるのであって、
実際は地獄絵だったに違いない、
あるいはそれを超越した静かな折がきたのではないか。

 


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多くの著名人が狂いびととなっていますが、
私は幸にして才幹がない故その心配には及ばず、
しっかりと現実を見据えて行くことができます。

今このようにパソコンを触る気力が持てたのも快方に向いている印。
ですがいつ反転するかという弱さも掠めますが、
自分を上手にコントロールしていきます。

さて、ピーナツバターの感想は疲れたので次回に回します。
気分やなので何時になるかわかりませんが請うご期待。

これではあまりにもそっけないのと、
はるばるカナダからやってきたピーナツバター様に申し訳ないので一言もうします。

 


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いろいろとアレンジしていただきました。
秩父のお土産あの山椒の葉漬けお餅の後の
さっぱり感が乙なあじで、どちらも大事に御馳走になりました。
ありがとう。

デンマンさんの配信してくれるDenman Blogは
鍵の マークがついていて開けません。

 


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『実際のページ』

 

私にパソコンを使いこなせる力がないのと、
以前お知らせした要注意が出るのでこの項は見ていません。

また突拍子もない記事には正直言ってついていけないので
一時打ち切り、今度来日した時に教えてください。​

日本は寒の真っただ中さむいです。
それではまた 身体に気をつけてください。

 


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かしこ

 

九条多佳子



 



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件名:

久しぶりに本を読んでいたら

梶井基次郎の“1本の鉛筆”に出会い

思い出がよみがえりました



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From: barclay1720@aol.com

To: beautiful948@outlook.jp

Time: Jan 16, 2019, 3:56 PM



電話が鳴るたびに飛び上がり完全にストレス症候群陥ってから、
少しは気持ちが上向いてメールを書けるようになったのは、良い兆候ですね。

多佳子さんは意外と言っては何ですが、神経が過敏なんですよ!
もう少し、神経を鈍感にした方が良いと思います。

。。。と言っても、“言うは易し行うは難し”でしょうが。。。
いづれにしても、何があっても、命だけは取られません!
そう思えば、神経を鈍感に構えることもできるのではありませんか!?

一度だけしか生きられない命ですから、
せいぜい、気持ちを鈍感にして、何があっても動じないような太い神経を持ってください。

武田信玄ではありませんが、“山は動かず!”の心境です!

高村光太郎にとって、智恵子のことでは、地獄で看病していたようなものでしょう!
普通の人では、それを文学などという高尚な領域に昇華することは困難だったでしょう!

 


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それこそ、多佳子さんの言葉ではありませんが、
高村光太郎の神経が地獄の苦しみに、
ズタズタになってしまい、文学どころの話ではないでしょう!

食欲不振から、体調を崩して、普通の人ならば、
精神を病んで智恵子よりも先に亡くなっていたでしょう!

そういうわけで、長生きするには、非情なまでに
神経を鈍感にする必要があるのではないか!?
あるいは文学に生きがいを見出す!?
そう思います。。。

そう思ったところで、やろうとしてもできない人もいるでしょう!?
多佳子さんは、たぶんできないでしょう!?

なにはともあれ、多佳子さんが2019年を迎えて、
ピーナツバターと山椒の葉漬けを賞味できたことは喜ぶべきことです。
最近では、小生の身の回りで、亡くなってゆく人が1ヶ月に一人は居ますよ。

あと20年も生きようとしている小生は、
おそらく精神はかなり鈍感にできているのかもしれません。(笑)

「Denman Blog は鍵の マークがついていて開けません」

小生は、同じ記事を5つのブログに投稿しているので、
GOOGLE で「デンマン 九条多佳子」と入れて検索みてください。

 


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『拡大する』

『現時点での検索結果』


 

多佳子さんのメールを基にして書いた記事か? 
あるいは、独自に多佳子さんの事を書いた記事が見つかるはずです。。。

ところで、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしました。


檸檬

 


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生活がまだ蝕まれていなかった以前の私の好きでった所は、例えば丸善であった。
赤や黄のオードコロンやオードキニン。

洒落た切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀色や翡翠色の香水壜。
煙管、小刀、石鹸、煙草。

私はそんなものを見るのに子一時間も費やすことがあった。
そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。

しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所に過ぎなかった。
書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。

 

(梶井基次郎・作)

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




153ページ 『京都好き』
編者: 早川茉莉
2016年5月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 PHP研究所


一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった、という箇所を読んで
懐かしい思い出がよみがえりました。。。

多佳子さんが当時の行田女子高校(現:進修館高等学校)に入学した時のことですから、
小生は小学校4年でした。
多佳子さんは旧・南河原村にある小生の母親の実家から自転車で通学していたのでした。

小生の母親が嫁いだ家が女子高から自転車で10分ぐらいのところにあったので、
多佳子さんは けっこう、しばしば小生の家に寄ったものです。。。

早世した兄弟を含めれば10人も兄姉がいた中で、小生の母親が長女で
多佳子さんが一番末の妹。。。
親と子どもほど 年が離れており、
多佳子さんは小生の母親と一緒に暮らしていた記憶がほとんどないと言っていたほどでした。

小生を産んでから、お袋が初めて実家に帰ったとき、7歳の多佳子さんは小生を見て
どうしても負んぶするんだと言って、聞かなかったそうです。。。

 


(komori2.gif)

 

仕方なく お袋が おんぶさせたというのです。。。
兄姉のうちでは多佳子さんは、小生の母親にとりわけ親しみを覚えていたようです。

セーラー服を着た女子高1年生の多佳子さんが学校の帰りに
小生の家によって、帰りに「いいものを買ってあげるね」と言って
自転車で、川島本屋へ連れて行ったことがありました。

 


(bike35.jpg+bike37.png)

         

 

何を買ってくれるのかと思っていたら、
それは、消しゴムの付いたカラフルな鉛筆でした。

 


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梶井基次郎にとって丸善へ行くことは日常の中の一つの楽しみだったに違いありません。
そこで、いろいろな目新しいモノを見て、手にとり、
たまには、レモンを爆弾と見たたて、本の上に残してきて
一人、爆弾が破裂するロマンを夢想したのでしょう。

多佳子さんもまた、丸善ではないけれど、川島本屋に出向いて
単行本を手にとって、立ち読みしながら一人でロマンに浸っていたのかも知れません。

そんなある日、お小遣いの中から消しゴムの付いたカラフルな鉛筆を1本買い、
甥に与えたことは、多佳子さんにとって、初めて「お姉さん」になったことを実感した瞬間だったのかもしれません。

本の中の「1本の鉛筆」から、このような思いで数十年ぶりによみがえりました。

バンクーバーもめっきり寒くなってきました。
でも、まだ雪は降っていません。

温暖化の影響なのでしょう!
20年前と比べれば暖かい冬です。

では、多佳子さんも神経をできるだけ鈍感にして
体調を整えて、長生きを心がけてください。。。

健康で長生きです!
じゃあねぇ~。。。

多佳子さんの好きな青春のメロディーに浸って
第2の青春を夢見てください。

 


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デンマンより


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 (すぐ下のページへ続く)







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