日本王国
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デンマンさん。。。、日本王国というのは、あまり聞かない名前ですよねぇ〜?
確かに、めったに聞かない名前です。。。かつて日本帝国というのはあったけれど。。。
日本王国というのはいつ頃の政権なのですか?
大和朝廷が奈良にあった頃の国ですよ。。。
でも、大和朝廷が北海道と東北地方の北部を除いて、当時の日本全国を統一したということを中学校や高校の日本史の時間に教えますよねぇ〜。。。
そうです。。。小百合さんも、そのように教わりましたか?
そうです。。。大和朝廷の他に日本王国があったなんて、誰も教えませんでしたわ。。。
ところが、最近、そういう王国が関東地方にあったという日本史オタクが居るのですよ。。。
でも、日本史学会では認められていないのでしょう?
学会では認められていないようです。。。でも、「日本王国」が存在したことを信じている人はいないわけではない。。。
関東に昔あった日本王国とは何ですか?
ベストアンサー
メアリ・スチュアートさん
2010/6/15 11:01(編集あり)
その話は昔、テレビ東京の「新説・日本史ミステリー」という番組で盛んにやっていた話です。
簡単に言うと、今でいう近畿地方に「ヤマト(大和)朝廷」が出来つつある時代、関東にはそれとは別の、ヤマトに匹敵する勢力圏があったのです。
彼らは自らを、太陽の昇る土地に住むという意味で「ヒノモト(日本)」と称していたと考えられるので、彼らの勢力圏を「日本王国」と、テレビ東京が勝手に名づけたのです。
埼玉県の「さきたま古墳群」などを見れば分かるとおり、ここに相当の文化が存在したことは確かです。
それが「王国」と呼ぶべき強固な組織体を形成していたか、「ヒノモト王国」などと自分たちで名乗っていたかどうかは、文献記録は一切残っていないので分かりません。
「新説~」は基本的にはトンデモ番組でしたが、テレビ東京が、関東の遺跡発掘調査を次々に紹介し、ヤマト一辺倒史観に楔を打ち込んだのは評価できると思います。
ちなみにのちにヤマト朝廷が「日本」という名前をパクって自分たちの国名にした、ということになっています。
この「関東日本王国」の勢力圏が、のちにヤマトに押されつつも北に移動し、ヤマトから「蝦夷」「俘囚」などと呼ばれつつ、平安時代の終わりころまで継続したというのは、蓋然性のある推理です。
『Yahoo!知恵袋』より
なるほどォ〜。。。確かに、「さきたま古墳群」などを見れば分かるとおり、現在の行田市の近辺に相当の文化が存在したことは確かですわねぇ〜。。。でも、どういうわけでデンマンさんは、急に「日本王国」を取り上げるのですか?
ちょっと次のリストのを見てください。。。
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■『拡大する』
■『軽井沢夫人@日本王国』
これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で11月30日の午後4時44分から午後8時34分までのアクセス者の記録です。。。赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。
11月30日の午後7時47分にピンタレスト(PINTEREST)からやって来て 軽井沢夫人@日本王国 を読んだネット市民がいたのですわねぇ〜。。。
そうです。。。実は、横浜市に住んでいる田所真寿美(たどころ ますみ)さんが読んだのです。。。
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真寿美さんは横浜市で何をしているのですか?
横浜国立大学の文学部で史学を専攻しているのです。。。
リファラのリンクをクリックすると、どのようなページが出てくるのですか?
次のページが表示されます。。。
(pinjapan22-12-01.jpg)
■『拡大する』
■『実際のページ』
あらっ。。。近畿地方の大和王権の他に関東地方に日本王国という政権があったということが地図に描いてあるのですわねぇ〜。。。
そうなのですよ。。。真寿美さんはこのページを開いて緑の楕円で囲まれたリンクをクリックして記事を読んだのですよ。。。
「日本王国」のページは、どのページのリンクをクリックして開いたのですか?
日本史のページですよ。。。
(hist22-12-01.jpg)
■『拡大する』
■『実際のページ』
あらっ。。。いろいろな珍しい写真が出てくるのですわねぇ〜
そうです。。。真寿美さんは紫の枠で囲まれた写真をクリックして日本王国のページを開いたのですよ。。。
この上の日本史のページは、どのページのリンクをクリックして開いたのですか?
次のページです。。。
(home22-12-01z.jpg)
■『拡大する』
■『実際のページ』
これは僕のピンタレストのホームページ(プロフィール)ですよ。。。カテゴリの写真が貼り出してあるのです。。。ピンタレストでは「カテゴリ」と言わずに「ボード」と呼ぶのです。。。
ところで、真寿美さんは『軽井沢夫人@日本王国』を読んで、日本王国は実在したと思ったのですか?
そうです。。。小百合さんもその箇所を読んでみてください。。。
あたくしは【歴史ミステリー】のようなものを信じておりませんので、こういうテレビ番組は見ないようにしているのでござ~ますわ。
あのねぇ~、卑弥子さんは 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授なのですよ。 まがりなりにも日本文化を教えている教育者が日本の歴史について無関心だということは許されないことですよゥ。
でも、【歴史ミステリー】という番組は、結局のところ 民放の“お馬鹿番組”に毛を2,3本生やしたようなものなのでしょう!?
確かに、僕も初めは馬鹿にして見ていたのですよ。 でもねぇ~、民放が作った番組で コマーシャルが入っているからといって、一概に馬鹿にできないのですよゥ。 けっこう、なるほどと思わせるような“発見”があるのですよ。
たとえば。。。?
次の「旧唐書(くとうじょ)」ですよ。
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古代史を勉強した人ならば、「旧唐書(くとうじょ)」を知らない人はいないのですよ。 しかも、「日本國者倭國之別種也」と確かに書いてある!
日本語に訳すと「日本國は倭國の別種なり」ということになるのでござ~ますか?
そう解釈する人もいるけれど、「日本國からやって来た者は倭國からやって来た人とは別種なり。 つまり、別々の2つの国からやって来たのだ」とも解釈できる。 いずれにしても「日本國」と「倭國」は違うと言っているのですよ。
でも、関東地方に日本国があったなんてぇ学校の歴史の時間に勉強しませんでしたわ。
あのねぇ~、日本史は時間と共に書き換えられているのですよ。 現在では『日本書紀』に書いてあることをそのまま史実として受け止めている歴史学者は皆無に近い。
つまり、『日本書紀』にはデタラメが書いてあるとデンマンさんは言うのですか?
いや。。。 僕が言っているのではありませんよ。 卑弥子さんは『源氏物語』を講義しているのでしょう! 紫式部も「蛍の段」で、“玉かづら”に対して光源氏に次のように言わせている。
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「にほん紀などはただ片そばぞかし」
(日本書紀はただの作り物です)
あらっ。。。 マジで そのようなことが書いてあるのでござ~ますか?
今夜、もう一度『源氏物語』を読み直してくださいよ。 それに、西園寺公望は貴族のトップにいて 第2次大戦まで昭和天皇の首相推薦にかかわっていた。 この要人中の要人が日記に次のように書いていたのですよ。
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西園寺公望(1849-1940)
「(古事記や日本書紀のような)
妄誕(もうたん)の
書(でたらめの書)を
重んずるごときは大いに国に損あり」
あらっ。。。 日本を動かしていたような人物が、そのようなことを書いていたのでござ~ますか?
だから、最近では、『古事記』や『日本書紀』には、出鱈目な事も書いてあると疑って読まないといけないと、歴史家も考えるようになっているのですよ。
でも、倭國という名前が 蔑(さげす)まれているような名称だから “日の出る所” つまり、「日本國」に名前を変えたと歴史の時間に学びましたわ。
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だから、それが出鱈目な事の一つなのですよ。 倭國とは別に「日本國」、番組では「日本王国」があったと言うのですよ。
どこに。。。?
僕の実家の近くに。。。
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僕が生まれ育った行田市には「さきたま古墳群」という古墳がたくさんあるのですよ。
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しかも、古墳の数も大和王権よりも多い。
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さらに、60メートル以上の前方後円墳も日本王国の方が断然多いのですよ。
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『軽井沢夫人@日本王国』より
(2014年3月28日)
真寿美さんは、上の箇所を読んで「日本王国」があったと信じたのですかァ〜?
そうです。。。
でも、結局、大和王権に破れたのでしょう?
そうです。。。多くの人たちが大和王権に服従したけれど、服従しなかった人たちも居たのですよ。。。その人達が北に移動し、大和王権から「蝦夷」「俘囚」などと呼ばれつつ、平安時代の終わりころまで「日本王国」は継続したのですよ。。。
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ですってぇ~。。。
あなたは「日本王国」があったと信じることができますか?
あたくしは イマイチ信じられませんわ。
興味があったら次のビデオ・クリップもご覧になってくださいませぇ。
たまには、あなたも古代の日本の歴史について 覗いてみませんか?
平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。
■天武天皇と天智天皇は
同腹の兄弟ではなかった。
■天智天皇は暗殺された
■定慧出生の秘密
■藤原鎌足と長男・定慧
■渡来人とアイヌ人の連合王国
■なぜ、蝦夷という名前なの?
■平和を愛したアイヌ人
■藤原鎌足と六韜
■古事記より古い書物が
どうして残っていないの?
■今、日本に住んでいる人は
日本人でないの?
■マキアベリもビックリ、
藤原氏のバイブルとは?
とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。
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