野々宮神社を出たら、
コースは泉北1号線をこえていきます。
交差点から深井清水町
のほうに入っていきますと、
「ソフィア堺」という施設があります。
「ソフィア」とは知識のこと。
知識や教育の場を提供する
という堺市の施設です。
おお~プラネタリウムもありますね。
実はうちのミセスもかつては
別の市でプラネタリウムの
おばさんやったんです。
なのできっとここにも
来たことあるやろなあと
かえって聞いてみたら
「行ったことあるよ~」
と懐かしがっておりました。
その施設の中庭を通り抜けて、
村の中に入っていきます。
深井清水町という町名も、
このあたりには行基が掘った
井戸もあったらしく、
町名の「深井」や「清水」も
その行基の功績に因んだもの
となっているそうです。
そんな深井清水町の中には、
こんな川も流れています。
一級河川でも二級河川でもないけれど、
その公共性から考えて
市町村が重要とみなした川を
「準用河川」と言います。
そしてこの河川周辺から
「お伊勢参り」に行く人を
見送ったというところから
この村中の準用河川には
「伊勢路川」という名前がついています。
先ほど電車から降りた
深井の駅のあたりから
津久野の石津川に合流する間の
2~3キロを間を流れるだけの川ですが、
立派な名前がついていますねえ。
赤福が食べたくなってきます。
この川に沿って登っていきますと、
村の中にもおかしな空き地があったりします。
ここは何やらいわくありげな物置ですねえ。
十三重の塔があったり
さざれ石があったりと
何かを目指して張るような場所です。
前方にちょっと小高い丘が
見えてきました。
これが、「深井花のこみち」
と呼ばれている公園です。
この中を歩きましょう。
この公園は地域のボランティアにも
支えられている公園だそうです。
色とりどりの花が植えられていて
とてもきれいでした。
朝、深井駅を降りて歩いていても、
他ではあまりみられないほど
大勢の人が、熱心に植木の管理を
されていました。
そういうボランティアの人たちに
この公園も管理されているんですかねえ。
そういう地域なんでしょうねえ。
ジャーン!ここで一つクイズです。
この写真は一体何の写真でしょうか。
「大きなネズミ捕り?」
いやあ、いまどきネズミ捕りも
なかなかありませんよねえ。
そしたら、
「トンネルの万華鏡写真」。
ふむふむ、なるほどねえ。
でも違います。
これはねえでっかい送電鉄塔の
真下から見上げて撮った写真で~す。
こういう鉄塔の下は
よく公園になったりしていますねえ。
200mほど歩いて
公園を出たら今度は堀上町の
村の中を進んでいきます。
あ、こんなコーヒー1杯50円の
ふれあい喫茶があります。
たまたまここから出てきた
6人くらいと同じ方向を向いて
歩きだしたら、
前からくるお年寄りたちと
話をしているのが
耳に入ってきました。
みんな、この喫茶店を
目指しているようでしたよ。
どうも近頃はこういう取り組みが
進んでいて、福祉委員をしている
ミセスたちにも行政側は
こんな事業をしないかと
話しかけてくるようです。
高齢者が増えると、
世の中のいろんなシステムも
これからどんどん変わってくる
かもしれませんねえ。
この辺りは田んぼがあったりして
結構田舎の景色です。
立ってる家も古いしねえ、
と思いながら家々を眺めていたら、
こんな鐘馗さんを発見しました。
お、ここにもついてます。
おお~ここもです。
周りにお寺や神社が・・・
と思ってみていましたが
わかりませんでした。
きっと何かの意味があるんでしょうねえ。
ここは「鈴の宮公園」です。
この先にある「蜂田神社」で、
土で作った鈴の音色で
豊作を占ったことから
この辺りは「鈴の宮」と言われています。
行基の母は「蜂田首虎身」の
小姫であったことから、
この神宮とゆかりがあります。
このあたりの町名は今は
「八田寺町」なんですが、
この町名も「蜂田」にちなんで
つけられた名前なんだそうです。
神社の中をぐるりと回ってさあ、
次の見どころへと向かいましょう。
コースはこのあたりから
北方向へと変わっていきつつ
続きます。