前の記事で、ダムの緊急放流について述べたが、色々な方からコメントをいただいた。記事について批判もあれば、賛同もあった。そこで、記事が舌足らずのところがあり、主旨が十分伝わらず、誤解を招いたこともあったように思う。
私の言いたかった主旨は、台風が上陸して、風雨が激しくなって、しかも、夜中になって、ダムの緊急放流を決め、緊急放流を実施した。そこにおいて、事前通知は、「~時に緊急放流する」という一方通行のもの、受けた自治体も、できることはただ「川の氾濫のおそれもあるので、身を守る行動を取れ」というしかない。これでは、あまりに住民不在の、それこそ「流域住民の命を守る。」意識を欠いた非情な処置ではないかということだった。
雨量が増え、ダムの限界を達してしまうと、ダムが壊れて決壊してしまい、それこそ未曽有の災害を引き起こしてしまう。それを未然に防ぐために、緊急放流する必要がある。そのことは分かる。しかし、緊急放流すると、川の水位が上がり、二次的な災害を引き起こす危険性があるため、事前に下流の住民に対して、周知徹底を図ることが必要だ。それが、3時間ということに決まっていたようだ。
ただし、今回の場合、放流する以前に、流域の水位が危険水位に達してしまっていた。だから、緊急放流は苦渋の決断だったのだろうと思う。しかし、下流に当たる住民に対する周知徹底、避難誘導等がきちんとできたかどうか、いささか疑問が残る。事前通知はしたが、それがきちんと住民に伝わり、避難行動が取れたかどうかということに、果たしてダムの関係者が関心を払っていたのかどうか?
最初に、台風上陸前に、神奈川の城山ダム?が午後5時に放流を通知したが、それが、どんな理由があったか分からないが、一旦、中止になり、台風上陸後、再び午後10時に放流すると通知され、それが急遽午後9時半に早められ、放流された。次に、各地のダムが放流を決定し、深夜に至って、次々に放流が行われた。
「命を守る行動を取れ!」という主旨のアナウンスが報道機関から盛んに流された。台風が上陸し、外出は危険ですという一方で、命を守る行動を取れ、避難ができない人は、できるだけ上階に上がって身を守れという訳だ。危険水位を超えているところに、ダムの放流があれば、考えられることは、川の氾濫だ。果たして、どれほどの効果があるのか、いささか疑問に感じたのだが・・・
公務員は色々な規則に従って判断するのだが、実際に判断の根拠にしているのは、前例に従うということが一番になりやすい。しかし、それは、「公務員は頭が固くて、融通が利かない。」という批判を招く。確かに、最初に判断するときは、根拠法令を調べて、十分吟味する。しかし、同じ事例が続くと、次からはその前例に従うようになる。それが一番簡単で間違いがないからだし、いちいち根拠法令にまで遡っていては仕事が滞ってしまう。こう考えると、初めの放流は躊躇し、途中で、取消しもした。しかし、一旦一か所のダムが放流すると、今回、次から次へと緊急放流を実施したのも、こうした公務員の習性からみると、頷けるような気がする。
しかし、もう一度考えて欲しい。事前に放流を通知するようになっているのは、流域住民の安全を確保するためにあるもの。通知したから良いというものではないはずだ。住民の命を守ることを最優先に判断して実行して欲しいものだ。