光のみちしるべ ~愛だけが現実~

私たちは皆、神様の子供。
内なる神の分光を輝かせましょう。
5次元の光のピラミッドがあなたを待っています。

浄霊について(なかだるみ編)

2010年07月22日 18時39分58秒 | 浄霊
黄金の観音菩薩は頭だけがやけに大きくて、押しつぶされそうな迫力がありました。


「時は一刻の猶予もありません。

私たちはあなた様が立ち上がるのを心から待ち望んでおりました」

「そんなこと言われてもなぁ‥‥」

「私たちはあなた様が歌い始めるのを心から待ち望んでいたのです」

「勝手なことを言わないでくれよ!」


自分が歌うことで迷っている霊が天に還るというのは、とても受容できないことでした。

だって、1999年に一人ぼっちのコンサートを教会で行なったのを最後に、

全く歌っていなかったのですから。



歌わなくなったことの理由のひとつに、ある教会でいじめを受けたことが挙げられます。

それも牧師とか役員(長老)の人たちにでした。

それは陰湿ないじめでした。(教会がすべてそういう所ではありません)

ですから、歌い始めるのはとても簡単なことではありませんでした。

たとえ、観音菩薩様やマリア様に言われたからと言って、

素直に歌い始める気にはなれませんでした。

それに、そんなお役はまっぴらごめんだと感じていました。

(オレでなくたって、歌の上手い奴はいっぱいいるじゃあないか)

そう思っていました。

魔王殿での瞑想は、とんでもない妄想の世界だと受けとめていました
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浄霊について(中編)

2010年07月22日 14時12分18秒 | 浄霊


私が半信半疑でいると、さらにマリア様はおっしゃられました。

「ならば、この方々の般若心経を聴いてみてください」

すると、2人のご年配女性が魔王殿に入って来られ、

般若心経を唱え始められたではありませんか!

それを瞑想中に聴き及んでいると、私の目の前に沼地のような光景が広がりました。

そして、その沼地の中からいくつかの魂たちが天に向かって、

キラキラと光りながらゆっくりと上昇して行くのが見えました。

上昇した空は夕陽に染まって真っ赤でした。


「ご覧になられましたか。この方々が唱えられた般若心経でも、

それを聴いて上っていかれる霊がいるのです。

聴く耳のある霊ならば上がってゆけるのです。

ならば、あなたの歌ならばもっと大勢の人たちが天に上がっていけるのですよ」

「私にはとても信じられません」

「でしたら、今ここで、心の中でいいので、賛美歌を歌ってみてください」

私はおそるおそる、ルーテル教会の礼拝式文の中にある奉献唱を歌ってみました。


ああ、神よ我がために、清き心をつくり、

   我がうちに直き霊をあらたにおこしたまえ

我をみ前より捨てたもうなかれ、

   汝のきよき霊を我より取り去りたもうことなかれ

汝の救いの喜びを我にかえし

   自由の御霊を与えて我を保ちたまえ
 
                               (旧約聖書 詩篇51編 10~12節)


するとどうでしょう!

先ほどの般若心経よりも多くの魂が光となって天に上って行ったのでした。

そして、いつしかマリア様の姿は消えて、

黄金の観音菩薩様が私の目の前に立っていました。



つづく


(写真は「雲の中から現れる者」)
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浄霊について(前編)

2010年07月22日 08時35分00秒 | 浄霊




昨夏、富士山麓である神事に参加してから、

私にも浄霊が出来るようになりました。

といいますか、もともと過去世からその御役目があったらしく、

それで小さい頃から霊を見ることが多かったと気づきました。


例えば、高校時代の部活動の合宿で蔵王へ行ったとき、

山で遭難した方々の霊と遭遇したり、

特別養護老人ホームで働いている時は、

仮眠したベッドの枕元に亡くなられた女性入居者さんが現れたり、

みちしるべのときは夜1人でいると肩をたたかれたりと、

様々な不思議な現象によく出会いました。


今、振り返れば、どれも皆、天に上げてほしい方々ばかりであったと思います。

向こう側の霊たちからすれば、私がそういうお役目のある人だとわかったのだと思います。

ある霊能力者さんが私を一目見て、

未成仏霊さんが集まって来ていると言われたことがあります。

他の霊能力者さんからはその様子を見て、

「霊障を受けていますね」と言われたことがあったりしました。

要するに私が行く先々に未成仏霊さんが集まって来てしまうようなのです。

私にとってそれはとても困ったことでした。


じつは一昨年、京都鞍馬山の魔王殿へ行き瞑想したとき、

マリア様が現れ、浄霊のお役目を授かったことがありました。

驚いたことは、「クリスチャンの未成仏霊さんが数多くいらっしゃるので、

私の歌(賛美歌など)で天に帰れるようにしてほしい」と言われたことでした。

クリスチャンの方々は、死はイコール天国を約束されたものだと信じていますが、

じつは現世への執着が強く3次元に留まっている方が数多くいらっしゃるというのです。

その方々は、お経や祝詞を読んで聴かせてもまったく聴こうともせず、

または聴いたとしても天に上がらないのだということでした。

特に牧師や神父といった聖職者と呼ばれる方々に多いということなのです。

でも、「あなたの賛美歌ならそれを聴いて天に上がっていかれる」と言うのです。

私は、「ええ!!!」という感じで信じられない思いでした。


つづく。(写真は鞍馬山魔王殿)

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