呑んで尽きぬ山談議、師匠は78歳
私が山の師匠と崇めるKさんは、御年78歳。私と丁度ひと回り違いだが、登山歴は50年以上
の大先輩である。知り合ってから30年以上、会社と山岳会の先輩でもあったが、その両方とも
学ぶ事は多かったし、今も話をすれば聞き入ってしまう程、新鮮な学び場のイメージが強い。
「もう昔とは違う。自分の弱さを知り落ちる筋力は止められない。」と。
しかし、体力温存のためには歩く事を止めず、常に登る気力を高め、地形図と睨めっこして未知
なる作戦を練る楽しさは忘れていない。
私たち夫婦のような単に未踏ピークを目標にする者とは大きく違う。
外に出さない記録は数知れず、北海道で知らない山が無いと言って良い程登り尽くしている根っ
からの山屋さんと言うのがピッタリな存在である。
「山に登れば終わりではない。」この山に登るには、どのルートから登るのか地形図を張り合わ
せて隅々まで研究し、実際に確かめるために何度でも偵察に訪れる。沢があれば沢に入り、尾根
があれば鹿道を探す。「山の弱点は必ずある」と東西南北その山のアプローチに余念がない。
一度登った山でも次はこのルートでと現場で観た山の弱点と地形図を照らしてもう一度臨む姿勢
誰に伝える訳でも無くネットで公開する事も写真に収める事もしていない。地形図に書き込んだ
記録とメモだけを残し、語ればその隅々まで解説する記憶力には頭が下がる。
日本百名山とか北海道百名山と言った名の知れた山に興味はもうない。登山道の無い低山から点
を持つ山全てが対象になってコツコツ一つずつ潰し廻っている印象である。
三角点があると言う事は、過去そこに人が登り点を埋めた事でありその彼らがどのルートからい
つ登る事が出来たのか・・それを知りたいのかも知れない。
2019.08.05 日高山系 「大山 (1361m) 」山頂にて・・・右端が師匠Kさん (当時74歳)
★ 毎日の歩荷訓練・・・
師匠の日課は、歩荷訓練から始まる。
以前は15㎏も今は10㎏ほどに落としてザックを背負い、自宅から地元の低山まで歩いている。
登山口まで片道約3㎞で、山にはアップダウンがあるので訓練としては丁度良いのかも知れない。
登山道は短いので何度か往復する事もあると言うが、「筋肉を使わないとすぐに落ちる」と言っ
て、雨荒らしでない限り続けているという・・。
御年78歳ともなれば、はやり不死身では無い。
ケガや病気は付き物で師匠とは言え完全ではない。しかし、それを知っているから止めない歩荷。
歩くスピードも持久力も脚力も皆以前とは違う、急ぐことも無くマイペースを崩さないのが続け
る秘訣とも言っている。
山登りは、危険と背中合わせで安全ではない。
自分の身を守るために必要なものは全てザックに収めている。何より読図と研ぎ澄まされた現場
での判断・読みは動物的才能が発揮する。そこに年齢は関係ない。
★ 尽きない山談議が大好きだ・・・
師匠が今も入会している山岳会の活動は、ほんの一部の若い会員のみで行われ新会員も居ない。
師匠と同年配の会員はほとんどの方が登山をしていないし、病死された方も多い。だが、会とし
ての実績と歴史は輝かしいものがあり、情報で溢れた今の登山界の基礎となる「登山の教え」を
築いて来た会なのかも知れない。岩場に於いての登攀ルートや厳冬期の冬山挑戦では、今もそれ
を越える者は少なく、GPSも無い時代の地図とコンパスだけが頼りの山屋集団だったのだ。
私自身もそんな会のお世話になり、野獣のような登山を何度も経験させて貰った事が、今の基本
になっているし、それは感謝しかない。
昔と今を知る山談議、酒を呑みながら師匠との会話は途切れる事は無い。
それはHYMLルック岳の山談議とも似ているが、もっと深いところまで追求した師匠との会話
は、弟子に教える学びの場でもあると私はいつも真剣に聞き入ってしまう。だから山談議は大好
きだし、いつまでも聞きたい話が楽しみでもある。
★ 私はわたし・・・
師匠と私では比べ物にもならない別物だ。
私自身の山人生は、付いて行く山から情報を得てから登る登山に変わって来ただけ。決して地形
図を見て登るルートを自ら探す技術は無い。誰かが登ったルートを頼りになんとか登っているだ
けだし、未踏峰を制すれば二度と登らい山も多い。
山が楽しくてしょうがないと思った時期は過去のものかも知れない。
まだある未踏峰に登る事が仕事かのように楽しくてでもなく仕方なくでもない、表現が思い浮か
ばない義務的な登山なのかも。それに妻が付き合ってくれているだけ。
私が師匠と同じ78歳まで元気で山に登っているかは分からない。
夫婦で北海道の1000m超峰全山を制覇しているのか、その前に病気や死を迎えているのか夫
婦共々未来の事は誰にも分からない。
師匠は師匠、妻は妻そして私はわたしであり、誰かと同じ様な山の登り方を真似ようとしてもあ
りえない話でその必要も無い。
山談議はまだまだ続く・・・楽しい時間だった。
私が山の師匠と崇めるKさんは、御年78歳。私と丁度ひと回り違いだが、登山歴は50年以上
の大先輩である。知り合ってから30年以上、会社と山岳会の先輩でもあったが、その両方とも
学ぶ事は多かったし、今も話をすれば聞き入ってしまう程、新鮮な学び場のイメージが強い。
「もう昔とは違う。自分の弱さを知り落ちる筋力は止められない。」と。
しかし、体力温存のためには歩く事を止めず、常に登る気力を高め、地形図と睨めっこして未知
なる作戦を練る楽しさは忘れていない。
私たち夫婦のような単に未踏ピークを目標にする者とは大きく違う。
外に出さない記録は数知れず、北海道で知らない山が無いと言って良い程登り尽くしている根っ
からの山屋さんと言うのがピッタリな存在である。
「山に登れば終わりではない。」この山に登るには、どのルートから登るのか地形図を張り合わ
せて隅々まで研究し、実際に確かめるために何度でも偵察に訪れる。沢があれば沢に入り、尾根
があれば鹿道を探す。「山の弱点は必ずある」と東西南北その山のアプローチに余念がない。
一度登った山でも次はこのルートでと現場で観た山の弱点と地形図を照らしてもう一度臨む姿勢
誰に伝える訳でも無くネットで公開する事も写真に収める事もしていない。地形図に書き込んだ
記録とメモだけを残し、語ればその隅々まで解説する記憶力には頭が下がる。
日本百名山とか北海道百名山と言った名の知れた山に興味はもうない。登山道の無い低山から点
を持つ山全てが対象になってコツコツ一つずつ潰し廻っている印象である。
三角点があると言う事は、過去そこに人が登り点を埋めた事でありその彼らがどのルートからい
つ登る事が出来たのか・・それを知りたいのかも知れない。
2019.08.05 日高山系 「大山 (1361m) 」山頂にて・・・右端が師匠Kさん (当時74歳)
★ 毎日の歩荷訓練・・・
師匠の日課は、歩荷訓練から始まる。
以前は15㎏も今は10㎏ほどに落としてザックを背負い、自宅から地元の低山まで歩いている。
登山口まで片道約3㎞で、山にはアップダウンがあるので訓練としては丁度良いのかも知れない。
登山道は短いので何度か往復する事もあると言うが、「筋肉を使わないとすぐに落ちる」と言っ
て、雨荒らしでない限り続けているという・・。
御年78歳ともなれば、はやり不死身では無い。
ケガや病気は付き物で師匠とは言え完全ではない。しかし、それを知っているから止めない歩荷。
歩くスピードも持久力も脚力も皆以前とは違う、急ぐことも無くマイペースを崩さないのが続け
る秘訣とも言っている。
山登りは、危険と背中合わせで安全ではない。
自分の身を守るために必要なものは全てザックに収めている。何より読図と研ぎ澄まされた現場
での判断・読みは動物的才能が発揮する。そこに年齢は関係ない。
★ 尽きない山談議が大好きだ・・・
師匠が今も入会している山岳会の活動は、ほんの一部の若い会員のみで行われ新会員も居ない。
師匠と同年配の会員はほとんどの方が登山をしていないし、病死された方も多い。だが、会とし
ての実績と歴史は輝かしいものがあり、情報で溢れた今の登山界の基礎となる「登山の教え」を
築いて来た会なのかも知れない。岩場に於いての登攀ルートや厳冬期の冬山挑戦では、今もそれ
を越える者は少なく、GPSも無い時代の地図とコンパスだけが頼りの山屋集団だったのだ。
私自身もそんな会のお世話になり、野獣のような登山を何度も経験させて貰った事が、今の基本
になっているし、それは感謝しかない。
昔と今を知る山談議、酒を呑みながら師匠との会話は途切れる事は無い。
それはHYMLルック岳の山談議とも似ているが、もっと深いところまで追求した師匠との会話
は、弟子に教える学びの場でもあると私はいつも真剣に聞き入ってしまう。だから山談議は大好
きだし、いつまでも聞きたい話が楽しみでもある。
★ 私はわたし・・・
師匠と私では比べ物にもならない別物だ。
私自身の山人生は、付いて行く山から情報を得てから登る登山に変わって来ただけ。決して地形
図を見て登るルートを自ら探す技術は無い。誰かが登ったルートを頼りになんとか登っているだ
けだし、未踏峰を制すれば二度と登らい山も多い。
山が楽しくてしょうがないと思った時期は過去のものかも知れない。
まだある未踏峰に登る事が仕事かのように楽しくてでもなく仕方なくでもない、表現が思い浮か
ばない義務的な登山なのかも。それに妻が付き合ってくれているだけ。
私が師匠と同じ78歳まで元気で山に登っているかは分からない。
夫婦で北海道の1000m超峰全山を制覇しているのか、その前に病気や死を迎えているのか夫
婦共々未来の事は誰にも分からない。
師匠は師匠、妻は妻そして私はわたしであり、誰かと同じ様な山の登り方を真似ようとしてもあ
りえない話でその必要も無い。
山談議はまだまだ続く・・・楽しい時間だった。
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