はがねのような絆だけが
へこんでく心を 踏ん張らせる
僕にも 何かを 変えられる
さりげない 言葉で ささやいて
あなたの声が 明日への衝動
***
あなたのすべてが 僕の衝動
衝動/B'z
一昨年の秋くらいから、毎日日記をつけています。
(といっても抜けている日も結構あるのだけれど)
内容は別にどうということはなく、
その日の出来事を割と機械的に時系列で綴る感じ。
でもこれが割と、あとで読み返すとおもしろい。
先月の、半年前の、1年前の自分は何してたのかなあとか。
どんな環境にあって、どんな暮らしをして、どんなことを考えていたのかなあとか。
毎日の生活って
その渦中にいると
単調に流れているように感じてしまいがちだけれど
それを「過去」としてちょっと距離を置いて眺めてみると
実はとってもきらきらしていたりする。
その時に感じていたこと、考えていたこと。
見えていた景色。聞こえていた声。包まれていた空気。
それから、読み返しているとこんな風にもよく考える。
たとえば、1年前のあたしは、
1年後にはこうして盛岡を離れて大切な人と生活しているなんて、
夢には見ていたかもしれないけれど、
でも、実現するなんて思っていなかった。
逆に、来年、あたしはどうしているかな。
と、いうよりも、
どうしていたい?
どうなっていたい?
っていうのが大事なんだよね。
毎日の生活に流されて、
目の前のことに手いっぱいで。
それはそれでいいことだと思う。
充実している証拠。
今は公私ともにそういう時期であってしかるべきなような気もする。
だけど、やっぱり得たものはその場限りのものでなく、
自分のものにして、日々積み重ねていきたい。
そして1年後、「こうなっていたい」をちゃんと叶えたい。
人生計画は無意味に近いけど、
でもだから無計画でいいってわけじゃない。
なんて、言うは易し行うは難し。
結局流されちゃうんだけどねー。
けせらせらー。
「こうあるべき」なんて考え方は、捨てたの。とっくに。
というつもりで、いまだ無自覚にそこにはまってたり。
そういうことに周りに気付かされたり。
って脱線してるね。
江國香織の『神様のボート』に出てきた
「ハルダウン」という響きがすごく好きで
ときどき心の中で呟いてみる。
あたしたちのハルダウンが
穏やかなものなのか、波立っているのか
ここからは見えないけれど
それがどんなものであろうとそれは大した問題ではない
同じ景色を見ながら
一緒に進んでいくことそのものが
あたしの願いだよ