ヴィゴツキーという名前を意識するようになったのはここ数年のことです。
私は今、ラボ・教育センターのラボ言語教育総合研究所の所員として活動しています。この定例会に演出家の竹内敏晴さんが招かれ、その講演を聴きに行ったのが発端でした。2007年のことです。
年に数回のこの定例会でヴィゴツキーの名前が田島信元さん(発達心理学、白百合女子大学教授)から頻繁に語られたました。さらに田島さんのこんな文章も発見しました。
〔言語機能の発達理論を世界ではじめて提唱し、現在においても他の追随を許さないロシアの発達心理学者レフ・ヴィゴツキーによれば、言語機能の獲得は、まず、言語の第一次機能といわれる社会的対話機能の獲得、すなわち社会的コミュニケーションの道具として、ことばには意味があるという認識が成立する「象徴機能の獲得」と、その意味をことばに載せて相互に伝達し合うという相互行為の成立に基づく、「伝達機能の獲得」が生起します。〕(「ラボ・パーティ研究」21号)
そこで早速ヴィゴツキーについてネットで調べてみたら、興味深いことが書かれていました。(ウィキペディア)
●レフ・セミョノヴィチ・ヴィゴツキー、1896年11月17日(ユリウス暦11月5日)- 1934年6月11日)はベラルーシ出身、旧ソビエト連邦の心理学者。
唯物弁証法を土台として全く新しい心理学体系を構築し、当時支配的であった既存の心理学(フロイトの精神分析学・ゲシュタルト心理学・行動主義心理学・人格主義心理学など)を鋭く批判した。
「1918年、ホメリに帰って文学と心理学担当の教師となり、同時に演劇学校で美学と美術史を講義。そのかたわら勉学を続ける。多くの中学校・師範学校・演劇学校に出かけ、学生たちの人気を集めた。この頃に、ゴメルスキー国民教育部の演劇課の主任を務め、また、師範学校に心理学実験室を設けた。」
ここで注目してみたのは、ヴィゴツキーは演劇とのかかわりがかなり濃厚だということです。年譜を見てびっくりしました。1925年、『芸術心理学』をはじめて出版します。そして1936年、論文「俳優の創造性についての心理学的問題」がペ・エム・ヤコブソン著『俳優の舞台感覚の心理学』の付録として掲載されました。こんなことなら、ひょっとして演劇教育に何かしら示唆を与える提言はしているかもしれないと思ったのです。
ある日の定例会の後、田島さんにヴィゴツキーを知るための本を教えてもらいました。まずは『ヴィゴツキー入門』柴田 義松 (寺子屋新書 2006.3)を読むのがいい、ということでした。
もくじは次の通りです。あわせて本の〔扉〕〔著者プロフィール〕も見てもらいましょう。
●『ヴィゴツキー入門』柴田 義松 (寺子屋新書) もくじ
はじめに
第一章 心理学におけるモーツァルト
1.ヴィゴツキーの生涯 2.<発達の最近接領域>の理論 3.ヴィゴツキー・ルネッサンスの時代
第二章 新しい心理学方法論の探求
1.「心理学の危機」克服のために 2.精神の精神的-歴史的発達理論 3.人間の心理の被媒介的性格
第三章 話しことば・書きことば・内言の発達
1.子どものことばの発達 2.話しことばと書きことばの関係 3.ピアジェとの論争
第四章 生活的概念と科学的概念の発達
1.生活的概念の非体系化 2.科学的概念の形成 3.ことばの自覚性と随意性の発達 4.ことばの意味と概念体系の発達 5.ヴィゴツキー理論の学び方
第五章 思春期の心理
1.ヴィゴツキーの発達段階論 2.思春期における興味の発達 3.思考の発達と概念の形成
第六章 芸術教育論
1.美的反応の法則性 2.芸術教育の目的は何か
第七章 障害児の発達と教育
1.一時的障害と二次的障害 2.知的障害児と集団のあり方
第八章 教育における環境と教師の役割
1.環境を変えることで子どもを教育する 2.「学校死滅論」への批判
あとがき
〔扉〕
「心理学におけるモーツァルト」と称され、「繊細な心理学者、博識な芸術学者、有能な教育学者、たいへんな文学通、華麗な文筆家、鋭い観察力をもった障害学者、工夫に富む実験家、考え深い理論家、そして何よりも思想家」と評される、ロシアの天才的心理学者ヴィゴツキー。近年、アメリカをはじめ西欧などで再評価が高まり、脚光を浴びるなか、日本でも再び、心理学・教育学の両面でヴィゴツキーの学説への注目が集まってきた。本書は、そのヴィゴツキー理論の全体像をわかりやすくまとめたはじめての入門書である。
〔著者プロフィール〕
柴田義松1930年、愛知県生まれ。名古屋大学教育学部卒。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。1961年、女子栄養大学、1975年、東京大学教育学部、1990年成蹊大学文学部教授を経て、東京大学名誉教授。日本教育方法学会代表理事。総合人間学研究会代表幹事。
この中で気になったのはやはり次の箇所です。
〔第六章 芸術教育論〕
1.美的反応の法則性
「…『芸術心理学』は、芸術作品の構造の特殊性を分析することによって、芸術作品が私たちの心理に呼び起こす美的反応の法則性を明らかにしようとしたものでした。」(150頁)
2.芸術教育の目的は何か
〈3つの課題〉 ①創造性の教育 ②芸術のあれこれの技術を教える教育 ③美的鑑賞、すなわち芸術作品を知覚し、味わうことの教育
芸術教育は演劇教育と読み替えても良いのではないかと思います。そうであれば〈3つの課題〉は、冨田博之さんの考えた、演劇の創造と鑑賞(演劇教育)、演劇の要素を生かした教育(演劇的教育)と通底しているようです。このあたりは『芸術心理学』を読んで整理したいと思っています。
そしてなんとしても主著『思考と言語』(柴田義松訳)を読みたいと思います。1934年、没後に出版されたものです。最後に『芸術心理学』と『思考と言語』の紹介文を引用させてもらいます。
●『芸術心理学』(ウィキペディアより)
初期原稿として、異文「ハムレット論」がある。作者の学生時代である1915年の8月5日から9月12日に第一案が書かれ、1916年の2月14日から3月20日に第二案が書かれた。第二案は12枚綴りで、題は「デンマークの王子ハムレットの悲劇 W・シェイクスピア」。
『芸術心理学』は1924年から1925年にかけて仕上げられた学位論文であり、シェイクスピアの『ハムレット』とイヴァン・クルイロフの『寓話』の分析が中心で、芸術作品がひとの心理に呼び起こす美的反応の法則性を説明するものである。約10年をへだてたハムレット論となる。この論文により、ヴィゴツキーは「第一級研究員」の称号を得た。
執筆当時には未出版であり、作者存命中には出版されず、1965年にモスクワの「芸術」出版所から出版された。セルゲイ・エイゼンシュテインの資料コレクションの中にタイプライター原稿が一部保管されているのが発見され、これをもとに1968年に改訂版が出版された。これには、編者エヌ・イ・クレイマンによって1916年のハムレット論第二案が巻末に添えられた。
●『思考と言語』(ウィキペディアより)
〔概要〕
全7章。第1章と第7章とは著者の死の直前に書かれた。ソビエトの発達心理学の発端をつくった書であるとともに、20世紀全般の実験心理学の基礎を形成した書でもある。1962年になって米国および日本で訳書が出版された。
思想が詳細な言語表現へ移行していく過程(表現の形成)および詳細な言語表現が思想へと移行していく過程(表現の解釈)を科学的心理学の立場から解明した。(カルル・レヴィチン)
〔第2章の問題〕
1930年、ヴィゴツキーと彼の弟子たちによる自己中心的な言語問題についての実験研究に関する短い発表が雑誌『心理学レビュー』に掲載される。これを当時のピアジェは気にとめていなかったことが後に判明する。
1932年、ヴィゴツキーは、ピアジェの『子どもの言語と思考』のロシア語版への序文を書き、自己中心性、の概念その他についてピアジェの当時の学説を批判的に検討した。これが『思考と言語』の第2章となった。正確には批判の主な対象となったのは、ピアジェの初期の著作である『子どもの言語と思考』と『子どもの判断と推理』の2冊である。
1962年、ヴィゴツキーの『思考と言語』の英訳の附録として、ヴィゴツキーの批判に対して、ピアジェ自身の「意見(コメント)」が出された。この中で、ヴィゴツキーの見解を点検して自己中心性、および自己中心的言語の意義の展開の可能性を示している。
〔結語〕
「私は、私が言おうとしていたコトバを忘れてしまった。すると、具体化されなかった思想は、陰の世界に帰っていってしまう。」
「意識は、太陽が水の小さな一滴にも反映されるように、コトバのなかで自己を表現する。コトバは、小世界が大世界に、生きた細胞が生体に、原子が宇宙に関係するのと同じしかたで、意識に関係する。コトバは、意識の小世界である。意味づけられたコトバは、人間の意識の小宇宙である。」(柴田義松訳)
私は今、ラボ・教育センターのラボ言語教育総合研究所の所員として活動しています。この定例会に演出家の竹内敏晴さんが招かれ、その講演を聴きに行ったのが発端でした。2007年のことです。
年に数回のこの定例会でヴィゴツキーの名前が田島信元さん(発達心理学、白百合女子大学教授)から頻繁に語られたました。さらに田島さんのこんな文章も発見しました。
〔言語機能の発達理論を世界ではじめて提唱し、現在においても他の追随を許さないロシアの発達心理学者レフ・ヴィゴツキーによれば、言語機能の獲得は、まず、言語の第一次機能といわれる社会的対話機能の獲得、すなわち社会的コミュニケーションの道具として、ことばには意味があるという認識が成立する「象徴機能の獲得」と、その意味をことばに載せて相互に伝達し合うという相互行為の成立に基づく、「伝達機能の獲得」が生起します。〕(「ラボ・パーティ研究」21号)
そこで早速ヴィゴツキーについてネットで調べてみたら、興味深いことが書かれていました。(ウィキペディア)
●レフ・セミョノヴィチ・ヴィゴツキー、1896年11月17日(ユリウス暦11月5日)- 1934年6月11日)はベラルーシ出身、旧ソビエト連邦の心理学者。
唯物弁証法を土台として全く新しい心理学体系を構築し、当時支配的であった既存の心理学(フロイトの精神分析学・ゲシュタルト心理学・行動主義心理学・人格主義心理学など)を鋭く批判した。
「1918年、ホメリに帰って文学と心理学担当の教師となり、同時に演劇学校で美学と美術史を講義。そのかたわら勉学を続ける。多くの中学校・師範学校・演劇学校に出かけ、学生たちの人気を集めた。この頃に、ゴメルスキー国民教育部の演劇課の主任を務め、また、師範学校に心理学実験室を設けた。」
ここで注目してみたのは、ヴィゴツキーは演劇とのかかわりがかなり濃厚だということです。年譜を見てびっくりしました。1925年、『芸術心理学』をはじめて出版します。そして1936年、論文「俳優の創造性についての心理学的問題」がペ・エム・ヤコブソン著『俳優の舞台感覚の心理学』の付録として掲載されました。こんなことなら、ひょっとして演劇教育に何かしら示唆を与える提言はしているかもしれないと思ったのです。
ある日の定例会の後、田島さんにヴィゴツキーを知るための本を教えてもらいました。まずは『ヴィゴツキー入門』柴田 義松 (寺子屋新書 2006.3)を読むのがいい、ということでした。
もくじは次の通りです。あわせて本の〔扉〕〔著者プロフィール〕も見てもらいましょう。
●『ヴィゴツキー入門』柴田 義松 (寺子屋新書) もくじ
はじめに
第一章 心理学におけるモーツァルト
1.ヴィゴツキーの生涯 2.<発達の最近接領域>の理論 3.ヴィゴツキー・ルネッサンスの時代
第二章 新しい心理学方法論の探求
1.「心理学の危機」克服のために 2.精神の精神的-歴史的発達理論 3.人間の心理の被媒介的性格
第三章 話しことば・書きことば・内言の発達
1.子どものことばの発達 2.話しことばと書きことばの関係 3.ピアジェとの論争
第四章 生活的概念と科学的概念の発達
1.生活的概念の非体系化 2.科学的概念の形成 3.ことばの自覚性と随意性の発達 4.ことばの意味と概念体系の発達 5.ヴィゴツキー理論の学び方
第五章 思春期の心理
1.ヴィゴツキーの発達段階論 2.思春期における興味の発達 3.思考の発達と概念の形成
第六章 芸術教育論
1.美的反応の法則性 2.芸術教育の目的は何か
第七章 障害児の発達と教育
1.一時的障害と二次的障害 2.知的障害児と集団のあり方
第八章 教育における環境と教師の役割
1.環境を変えることで子どもを教育する 2.「学校死滅論」への批判
あとがき
〔扉〕
「心理学におけるモーツァルト」と称され、「繊細な心理学者、博識な芸術学者、有能な教育学者、たいへんな文学通、華麗な文筆家、鋭い観察力をもった障害学者、工夫に富む実験家、考え深い理論家、そして何よりも思想家」と評される、ロシアの天才的心理学者ヴィゴツキー。近年、アメリカをはじめ西欧などで再評価が高まり、脚光を浴びるなか、日本でも再び、心理学・教育学の両面でヴィゴツキーの学説への注目が集まってきた。本書は、そのヴィゴツキー理論の全体像をわかりやすくまとめたはじめての入門書である。
〔著者プロフィール〕
柴田義松1930年、愛知県生まれ。名古屋大学教育学部卒。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。1961年、女子栄養大学、1975年、東京大学教育学部、1990年成蹊大学文学部教授を経て、東京大学名誉教授。日本教育方法学会代表理事。総合人間学研究会代表幹事。
この中で気になったのはやはり次の箇所です。
〔第六章 芸術教育論〕
1.美的反応の法則性
「…『芸術心理学』は、芸術作品の構造の特殊性を分析することによって、芸術作品が私たちの心理に呼び起こす美的反応の法則性を明らかにしようとしたものでした。」(150頁)
2.芸術教育の目的は何か
〈3つの課題〉 ①創造性の教育 ②芸術のあれこれの技術を教える教育 ③美的鑑賞、すなわち芸術作品を知覚し、味わうことの教育
芸術教育は演劇教育と読み替えても良いのではないかと思います。そうであれば〈3つの課題〉は、冨田博之さんの考えた、演劇の創造と鑑賞(演劇教育)、演劇の要素を生かした教育(演劇的教育)と通底しているようです。このあたりは『芸術心理学』を読んで整理したいと思っています。
そしてなんとしても主著『思考と言語』(柴田義松訳)を読みたいと思います。1934年、没後に出版されたものです。最後に『芸術心理学』と『思考と言語』の紹介文を引用させてもらいます。
●『芸術心理学』(ウィキペディアより)
初期原稿として、異文「ハムレット論」がある。作者の学生時代である1915年の8月5日から9月12日に第一案が書かれ、1916年の2月14日から3月20日に第二案が書かれた。第二案は12枚綴りで、題は「デンマークの王子ハムレットの悲劇 W・シェイクスピア」。
『芸術心理学』は1924年から1925年にかけて仕上げられた学位論文であり、シェイクスピアの『ハムレット』とイヴァン・クルイロフの『寓話』の分析が中心で、芸術作品がひとの心理に呼び起こす美的反応の法則性を説明するものである。約10年をへだてたハムレット論となる。この論文により、ヴィゴツキーは「第一級研究員」の称号を得た。
執筆当時には未出版であり、作者存命中には出版されず、1965年にモスクワの「芸術」出版所から出版された。セルゲイ・エイゼンシュテインの資料コレクションの中にタイプライター原稿が一部保管されているのが発見され、これをもとに1968年に改訂版が出版された。これには、編者エヌ・イ・クレイマンによって1916年のハムレット論第二案が巻末に添えられた。
●『思考と言語』(ウィキペディアより)
〔概要〕
全7章。第1章と第7章とは著者の死の直前に書かれた。ソビエトの発達心理学の発端をつくった書であるとともに、20世紀全般の実験心理学の基礎を形成した書でもある。1962年になって米国および日本で訳書が出版された。
思想が詳細な言語表現へ移行していく過程(表現の形成)および詳細な言語表現が思想へと移行していく過程(表現の解釈)を科学的心理学の立場から解明した。(カルル・レヴィチン)
〔第2章の問題〕
1930年、ヴィゴツキーと彼の弟子たちによる自己中心的な言語問題についての実験研究に関する短い発表が雑誌『心理学レビュー』に掲載される。これを当時のピアジェは気にとめていなかったことが後に判明する。
1932年、ヴィゴツキーは、ピアジェの『子どもの言語と思考』のロシア語版への序文を書き、自己中心性、の概念その他についてピアジェの当時の学説を批判的に検討した。これが『思考と言語』の第2章となった。正確には批判の主な対象となったのは、ピアジェの初期の著作である『子どもの言語と思考』と『子どもの判断と推理』の2冊である。
1962年、ヴィゴツキーの『思考と言語』の英訳の附録として、ヴィゴツキーの批判に対して、ピアジェ自身の「意見(コメント)」が出された。この中で、ヴィゴツキーの見解を点検して自己中心性、および自己中心的言語の意義の展開の可能性を示している。
〔結語〕
「私は、私が言おうとしていたコトバを忘れてしまった。すると、具体化されなかった思想は、陰の世界に帰っていってしまう。」
「意識は、太陽が水の小さな一滴にも反映されるように、コトバのなかで自己を表現する。コトバは、小世界が大世界に、生きた細胞が生体に、原子が宇宙に関係するのと同じしかたで、意識に関係する。コトバは、意識の小世界である。意味づけられたコトバは、人間の意識の小宇宙である。」(柴田義松訳)