後期ゴシック彫刻・市民運動・演劇教育

小学校大学教師体験から演劇教育の実践と理論、憲法九条を活かす市民運動の現在、後期ゴシック彫刻の魅力について語る。

〔76〕 馳文科相「恥ずかしい」発言はとても恥ずかしいですね。

2016年02月22日 | 学校教育
  2月22日の朝日新聞に、<岐阜大が国歌斉唱しない方針 馳文科相「恥ずかしい」>という記事を見つけて唖然としました。まずはじっくり記事を読んでみてください。

●岐阜大が国歌斉唱しない方針 馳文科相「恥ずかしい」朝日デジタル2016年2月21日
 馳浩文部科学相は21日、金沢市で記者団に、岐阜大学の森脇久隆学長が卒業式などで国歌「君が代」を斉唱しない方針を示したことについて、「国立大として運営費交付金が投入されている中であえてそういう表現をすることは、私の感覚からするとちょっと恥ずかしい」と述べた。
 卒業式や入学式での国歌斉唱は昨年6月、当時の下村博文・文科相が全国の国立大学長らに要請していた。岐阜大は前身の旧制学校の校歌を式で斉唱しており、森脇学長は今月17日の定例記者会見の質疑で、これまで通りの方針で臨む考えを示していた。
 馳氏は21日、金沢市内での講演で「岐阜大学の学長が国歌を斉唱しないと記者会見した」と指摘。その後、記者団に「(下村氏の要請は)大学の自主的な活動についてああしろ、こうしろと言うものでもない。学長が(斉唱しないことに)言及することはちょっと恥ずかしい」と語った。

 馳浩氏が文科相になったとき、あるBSの番組で、同席した尾木ママこと尾木直樹氏が「はじめて文科相就任を応援したいと思った人です。」と嬉しそうに持ち上げていました。馳氏は元プロレスラーで、昨年の大晦日の格闘技の番組になぜかリング上で挨拶していたのを目撃し、売名行為かとも思ったのですが、元高校の国語教師であったということもあり、尾木発言とも相まって、実は多少の期待もしたのですが、あまりにも見識が無いのにがっかりしました。恥ずかしいのは馳氏の方ではないでしょうか。
 岐阜大では「君が代」は斉唱しないのですが、「日の丸」は掲揚するという方針のようです。数日前の毎日新聞の記事を読んでください。

●岐阜大 式に国歌斉唱せず 学長「伝統の歌大事にしたい」毎日新聞2016年2月17日
 岐阜大(岐阜市)の森脇久隆学長は17日の定例記者会見で、入学式や卒業式に国歌斉唱をしない方針を明らかにした。同大は従来、前身の旧制学校の校歌を式で斉唱しており、森脇学長は「伝統の歌を大事にしたい」と述べた。
 岐阜大は旧制岐阜高等農林学校(岐阜大応用生物科学部の前身)の校歌「我等(われら)多望むの春にして」を愛唱歌としており、森脇学長は「式には愛唱歌の方がふさわしい」との考えを示した。
 昨年6月、下村博文文部科学相(当時)が国立大の学長に対し、式での国歌斉唱と国旗掲揚を要請。森脇学長はその後の記者会見で「学内でよく話し合って対応したい」と話していた。
 同大は式で国旗は掲揚している。【岡正勝】

 なぜ、< 馳文科相「恥ずかしい」発言は恥ずかしい>のか、以下のブログの「請願」を読んでみてください。

●ブログ〔29〕より
      国旗・国歌に関する国立大学への要請に反対する請願
                     2015年5月28日
〔請願の趣旨〕
 安倍晋三首相は4月9日の参院予算委で、国立大の入学式などでの国旗・国歌の扱いについて「税金によって賄われていることに鑑みれば、教育基本法の方針にのっとって正しく実施されるべきではないか」と述べた。これを受けて、下村博文文部科学相は翌日の記者会見で「国立大の学長が参加する会議で要請することを検討している」と具体策に踏み込んでいる。
大学には学習指導要領が存在しないということの意味合いは、大学の「学問の自由」を考えた上でのことである。大学の自主性や自律性が尊重されるべきことは教育基本法にも規定されていることで、長い大学の歴史を紐解くまでもない。
 清瀬市議会としては文科相の「要請」に反対し、国に意見表明することを要請したい。

〔理由〕
 小中高校の具体的な教育指針である学習指導要領では、国旗掲揚・国歌斉唱が定まっているが、大学には学習指導要領はなく、規定もない。大学は教育・研究内容だけでなく、学内の運営全般にわたって「自治」が大原則であり、自主的な決定に委ねられる。それが根本的理念である「学問の自由」の支えでもある。
首相や文科省大臣の発言に危惧を抱く大学人の集まり、「学問の自由を考える会」の主張「国旗・国歌に関する国立大学への要請に反対する声明」は的を射ており、耳を傾ける必要がある。
「… たしかに教育基本法第二条は、教育目標の一つとして、『伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する(中略)態度を養う』ことを掲げる。しかし、伝統と文化とは何かを考究すること自体、大学人の使命の一つであり、既存の伝統の問い直しが新しい伝統を生み、時の権力への抵抗が国家の暴走や国策の誤りを食い止めることも多い。教育基本法第七条が『大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない』とするゆえんである。政府の権力、権威に基づいて国旗国歌を強制することは、知の自律性を否定し、大学の役割を根底から損なうことにつながる。」(4月28日)
 滝川事件、天皇機関説事件、矢内原事件など我が国の近代史を思い起こしてみたい。こうした時代に舞い戻ってはならぬと思う。

       清瀬市議会議長
        渋谷のぶゆき様

                            清瀬・憲法九条を守る会
                               福田三津夫