後期ゴシック彫刻・市民運動・演劇教育

小学校大学教師体験から演劇教育の実践と理論、憲法九条を活かす市民運動の現在、後期ゴシック彫刻の魅力について語る。

〔383〕「定年帰農」者のお米つくりとブドウつくり ⑨子どもたちへの推薦絵本(矢部顕さん)

2021年07月20日 | メール・便り・ミニコミ
「定年帰農」者のお米つくりとブドウつくり
⑨子どもたちへの推薦絵本

絵本『稲と日本人』甲斐信枝著(福音館書店)
――日本に稲作が伝わったのは、はるか二千数百年前です。以来、日本人は、森を切り開き、山をけずり、疎水を作って水を引きこみ、海岸を埋めたて……力の限りをつくして水田をふやしました。そして、自然災害と闘いながら稲作を続けてきました。稲と私たち日本人は、動物と植物というかけはなれた間柄ではなく、生死をともに生きぬいた、かけがえのない仲間同士なのです。――(解説より)

学習田でのお米つくり体験と共に、本からの研究学習ために私が選んだのが、この絵本でした。数年前にこの絵本のことを知ってびっくりし感銘をうけたので、ぜひとも子どもたちに読ませたいと思い、5年生の学級文庫に複数冊を寄贈しました。その頃、書いた文章は次のようなものでした。


『稲と日本人』

矢部 顕
先日、甲斐信枝さんという絵本作家の方の講演会に行ってきました。昨年出版された『稲と日本人』(福音館書店・2015年)という絵本に接する機会があり、その絵本の質の高さと内容に圧倒されたのですが、著者の講演があると知って聴きに行ったのです。

もともと、物語絵本には仕事柄ずいぶん長いあいだ親しんできたのですが、科学絵本というのか観察絵本というのでしょうか、ほとんど興味をむけたことはありませんでした。ですから、甲斐信枝さんという絵本作家も知りませんでした。

『稲と日本人』というテーマはたいへんに大きなテーマですが、そのテーマにふさわしく非常に力のこもった絵と文章に驚きましたが、15年の歳月をかけて研究し制作し完成したとのことを聞いてさらに衝撃を受けました。いまどき拙速的な書籍があまりにも多い出版界で、熟成にかけた時間の長さにため息がでます。

甲斐信枝さんは、1970年以降30冊以上の絵本を発刊(その多くは福音館書店発行)されていますが、そのほとんどは雑草か小さな昆虫の絵本です。名もない草や小さな動物も人間と同じ生き物なのだ、という視点での哲学をゆるぎないものとして持っていらっしゃることに感銘を受けます。

稲を見て、「まぁ、覇気のない生き物だこと。人間がかかわらないと生きてゆけない」と感じたとおっしゃったのですが、力強く生きている雑草などの自然界を見つめてきた眼力はすごいものがあります。「1億年以上前には雑草として生きていた稲が、人間が常食にしようとしてから飼いならされるようになった。1万年前には、飼いならされることに抵抗しなくなった」と。この直観力には信じがたいものがあります。

あとで知ったのですが、『雑草のくらし―あき地の五年間―』(福音館書店・1985年)を出版するにあたっては、空き地の雑草を5年間にわたってつぶさに観察し見守ってから制作刊行したとのことでした。タイトルの『雑草のくらし』の「くらし」という言い方に、甲斐さんの生き物に対する愛情が表れている気がします。

「なぜ、このような絵本の作家になったのですか?」という聴衆の質問に答えて、「かんたんです。小さいころから雑草が友だちだったから。雑草からたくさんのことを教えてもらったから」。

講演から<稲作の歴史もまた人間の壮大な物語である>ことをあらためて認識させられました。野生種、渡来、飢饉、品種改良、多様性、このようなことを柱にして制作されたとのことですが、日本人が稲とどのように共生し長い歴史を歩んできたかがわかる日本人の精神史でもあります。

1930年生まれの、まぁ相当なお年寄りのおばあちゃんである甲斐信枝さんが、15年の歳月をかけて制作した情熱に圧倒されました。

『稲と日本人』は、日本のすべての学校の図書室におくべき、あるいは副読本にでもすべき、絵本というか研究書といってもよい本だと思います。
(2016.3.21)