フルート吹きのほっと一息

フルートのこと、音楽のこと、作曲家のこと。そして愛犬トム君との日々。
一緒に楽しんでくださると嬉しいです

全音音階がね、

2017年01月26日 | 日々つれづれに 2016~17

子供の時、クラシック音楽はレコードやラジオを通して

バロックから現代まで一気に耳に入って来た。400年分の

音楽が現存するものとして目の前にあり,クラシック音楽って

こういうものだと漠然と思っていたし固定観念も多分

持っただろうと思う。子供の耳に現代音楽はつまらないものだと

感じていたことは事実だし、ロマン派の音楽を鼻歌で歌うのは

気分は良いけれど特別に感動していたわけではなかった。

立派そうな演奏家は関係の無い特別な人種だと思っていたし

自分の子供の時の感性なんてちっとも鋭くはない。

吸い取り紙のように音楽が吸収されていたとは思うけど。

 

きっと感性の鋭い人ならルネサンスとバロックの違い。

バロックと古典派の違い古典派とロマン派の違いとか、世俗曲と

宗教曲との違いとか沢山あるけれど解らないなりに,うわっ!と、

感じてビックリして斬新に見えたりするんだろうなぁ。

だから音を聞いて自分の中で「ビックリして斬新に見えた時」は

ハッキリ覚えている。初めて全音音階の「スケール」を

練習した時だ。この捉えられるような感覚は一体なんなんだろう?

 

・・・そんなわけでいろいろ考える時に基準点になっているのは

この全音のサウンドが生み出されたその時代に古参の作曲家達に

どう影響が及んでいるか?なんだわ。ドビュッシーと言う人は

音楽家家系の出身でもなく破天荒な革命児だったようでおそらく,

同じ時代を生きたロマン派の長老達にはその影響を受けることは

我慢ならなかったのではないだろうか?この作曲家のこの作品とか

あの作曲家のあの作品とかって

ちょっとした葛藤すら感じられるんだけどな。

なんて思ったりするわけです。どうでも良い様なマニアックな

おしゃべりを聞いてくれる人がいないのでまあ書いておくか

・・・いや、ぜんぜん面白くない話でございました。ハイ。

話はもしかしたらつづくのかもしれませんー。

 

 

 


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